【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
10 審神者


 過去の人間に歴史を教えるのはタブーとされている。だが、これは歴史ではない。教えても問題にはならないし、責任は俺が取る。
 硬い口調で言った亀田は、一度大きく息を吐き出して津留崎に視線を向けた。彼はチッと舌を鳴らしてそっぽを向いた。苦笑した亀田は雅に向き直り、再度口を開いた。
「今更だが自己紹介だ。名前は知ってると思うから省略する。肩書きは政府の役人、一応、国家公務員だ。内閣府宮内庁史書部歴史修正主義者対策課、通称・歴史テロ対策課に所属している。現場を補助する者の補助が仕事のノンキャリの下っ端だ。ちなみにあいつはI種合格のキャリア様だぜ? 経験積ませる為に手取り足取り教えてやってるところだ」
 と、後ろにいた津留崎を親指で指した。
「ふざけている場合ですか? 腹をくくったのなら、さっさと先に進めてください」
 津留崎はイラつきを隠しもせずに悪態をついた。津留崎ばかりではない。早く進めろという雅の射抜くような視線を受けた亀田は、ゴホンと咳払いをした。
「本題はここからだ。俺たちの仕事の一つに、審神者候補者のスカウトってモンがある。あんたをスカウトに行ったのもその一環だ。しかし、時を超えてまで行くことは滅多にない。過去の人間に接触するのは、それだけで歴史を変えちまう恐れがあるからな」
 雅は首を傾げた。
「ではなぜ私を……いえ、その前に、祖父は例外だったということですか?」
「そうなるな。基本は同じ時代の人間をスカウトするもんだ。だが審神者は特殊な職種でな。これが中々に難しい。成る者がいないんじゃない、成れる能力を持った者が極端に少ないんだ。そうだ、司法試験って知ってるか?」
「は?」
 突然の話題転換で虚を突かれたが、ポンッと頭に浮かんだのは、丸眼鏡をかけた壮年の男の顔だ。梅小路家の顧問弁護士である彼は、もしかしたら今頃、半壊した屋敷の前で腰を抜かしているのかもしれない。
「弁護士になるための試験が、何か?」
「厳密に言えば、弁護士・検察官・裁判官といった法曹になるための国家試験だ。今も昔も試験の最高峰と言われている。そんな最高峰の試験でも、毎年2000人以上が合格してるんだぜ? ところがどっこい、審神者の場合、毎年何人の新人を迎えていると思う?」
「さぁ、検討もつきません」
「そらそうだ」
 亀田は腕を組んで目をつむり、少し上を見上げた。
「審神者になるのは、弁護士よりも遥かに難しくてな。見込み有りとスカウトした人間であっても、成れない場合もある。……そういや大昔の故事にあったな、貧乏暮らしの中で官吏を目指して蛍の光で勉強したり、雪明かりで勉強したりってのが。なんだっけか?」
「蛍窓雪案(けいそうせつあん)」
 津留崎が溜息を吐きながら助け舟を出した。
「それそれ。それみたく、ガムシャラに努力したからって成れるもんじゃねぇんだ。司法試験合格率の1/1000にも満たないと言われる程でな」
「それが、祖父が生き返ることと、どう繋がるというのですか?」
 痺れを切らした雅は、脱線ばかりの亀田を睨みつけた。早く結論を言えと急かす。
「前置きが長くなっちまったが、止むを得ず過去の人間をスカウトに行く場合もあるということだ。これはかなり慎重に吟味した上で行われる。いくつか条件もあって、その中の一つに、死亡記録がハッキリ分かっている人物でなければならないというものがある」
「なぜです?」
「行方不明の末に失踪宣告出されて死亡が確定した人物なんて、恐ろしくてスカウトなんざ出来ねぇよ」
 不在者の生死が7年間明らかでないときは、家庭裁判所は利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。という条文を含む民法は、明治に施行された古い法律だ。にも係わらず、一部の改訂を繰り返しながらも、23世紀でも未だ現役だという。
「つまり、審神者となったために死亡する可能性のある人物は除くという意味ですか?」
「そうだ。審神者にスカウトする人間は、確かにその時代で亡くなったという記録が残っている人物に限られる。記録は歴史だ。そして歴史修正主義者は、閉じた歴史を無理やりこじ開けて歪める存在。政府の役目は歴史の改変を事前に防ぐと共に、歪められた歴史を正すことでもある。……彼が生き返るという確証はない。だが、可能性はある」
「……分かりました」
 雅は自分の手に戻って来た、綺麗に手入れをされた守り刀を見つめた。刀に問いかけるように、自身の心に問いかける。
 心が決まるのは早かった。
 黙して動向を見守っていた三日月の元へと向かう。小柄な雅より遥かに背の高い彼を見上げて微笑んだ。
「三日月宗近殿、今一度、お顔を見せていただけますか?」
「いいぞいいぞ。『すきんしっぷ』というやつか?」
「そのようなものかもしれませんね」
 右腕を伸ばすと、少し屈んでくれた。そっと頬に触れる。陶器のような滑らかな感触が指に心地よいばかりで、先ほどまであった小さな裂傷など、どこにも見当たらない。見間違いではなかったようだ。
「これは、私が?」
 自身の涙が彼を癒したなど、とても信じられなかった。
「そうだ。俺も礼を言わねばならぬな、大したものだ」
 しかし、三日月は肯定した。胸が熱くなる。
「こちらこそ、お礼を申し上げなければなりません。あなたには助けられてばかりです」
 雅はフッと笑ってから、目をつぶり、自身を巡る霊力に意識を傾けた。
 いつから自分はこんなに涙もろくなったのだろう? あれだけ泣いたというのに、気を抜けばまた涙腺が壊れてしまいそうだ。

 ――歴史修正主義者に対抗できる唯一の存在、刀剣男士だ。俺たちは君に、彼らを束ねる審神者になって貰いたい。

 津留崎に言われた言葉を反芻する。歴史修正主義者に対抗できる唯一の存在は刀剣男士のみ。その刀剣男士を顕現し、癒し、束ねる役目を負う存在――審神者。
 成れる者はごく僅かだという。梅小路の正当な血統でもない自分のような者が審神者になり得るとは思わなかったが、刀剣男士たる三日月の傷を癒したという事実に、肌が粟立った。
(私が、審神者に成れる……?)
 あれだけ避けていたというのに現金なものだ。今は嬉しくて堪らない。
 亀田に顔を向けた。
「ひとつ聞かせてください。あなた方がスカウトに来たということは、私のさき(未来)も分かっているのですか?」
 亀田が確認するように津留崎を見ると、彼はやはりそっぽを向いた。勝手にしろと態度で言っている。
「ハァ……ここまで来たら大差ねぇな」
 後ろ手で頭をガリガリとかいた亀田は、雅の肩をガシリと掴んだ。
「あんたも繁幸さんに負けず劣らず長生きする。白寿(99歳)まで生きる大往生だ。将来は子供を5人も生んで、孫にひ孫に玄孫(やしゃご)に囲まれて暮らす幸せな未来が待っているんだ。だから自分を殺すなんて馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと生きるんだ!! 分かったな!!」
 と、終いには真剣に諭そうとするものだから、悲観にくれていた先ほどの自分と相まって、むずむずと湧き上がってくる笑いを抑えきれなくなった。
「ふふっ、そうですか……子供を、5人も!」
 笑い出したと思ったら、ついにはお腹を抱えて大笑いしだした彼女に、三人の男は呆気にとられた。亀田でさえ予想を超えたリアクションに驚いたのか、ポカンと口を開けて固まっている。
 しばらくして、目元の涙を拭った雅は、吹っ切れた顔を見せた。
「分かりました。審神者の話、お引き受けします」


【序幕・了】

※毎年2000人〜のくだりは新司法試験後のデータを参考にしております。
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