私には兄が二人いる。活発で好戦的なダンテと、物静かだけど負けず嫌いなバージル。双子である彼らは私にとってはどちらも大切な存在だ。
「エリカ!遊ぼうぜ!」
木でできた玩具の剣を片手にダンテが駆け寄ってくる。
「エリカは今日は俺と遊ぶんだ!」
反対側から本を片手に駆け寄ってきたのはバージルだ。それぞれがエリカの腕を掴み、キッと睨み合う。兄達はいつも"こう"だ。
双子だからか、男同士だからか。折り合いが悪く、些細なことで衝突して毎回母を困らせていた。仲が悪い訳ではないのは分かってはいるが、喧嘩の度に血みどろになっているのを見るとヒヤリとする。
「こーら。エリカが困っているでしょう?」
目の前で火花を散らす二人を見かねた母──エヴァが宥める。
「今日は俺と遊ぶんだ!」
「昨日遊ぶって約束した!」
ダンテとバージルのセリフが被る。二人の主張にエヴァは苦笑いを浮かべた。
「エリカはどうしたい?」
「「エリカ!」」
「……ぅ」
最終決断を委ねられて言葉を詰まらせる。ずいっと顔を寄せてくる双子の期待の眼差しがぐさぐさとエリカに突き刺さった。どちらかを選べば面倒なことになるのは今までの経験上分かっている。どうにか穏便に切り抜けれる方法を幼いながらも思案した。
母と遊ぶ──のはついこの間使ってしまったから駄目だ。なら残る手は──
「さ、三人で遊ぼうよ!」
「そうね。それが良いわね、エリカ」
名案、とばかりにエヴァは両手を打ち合わせてニコニコと笑ってくれたが、ダンテとバージルは不満そうだ。
「喧嘩するならお兄ちゃんとは遊ばないからね!」
そう言えば二人はしぶしぶ頷いていた。
エリカ達の家はレッドグレイブ市の郊外にあり、周囲は自然豊かな野山に囲まれている。少し歩いた所には小さいが子供が遊ぶには十分な公園があり、遊び場には困らない。
「よーし、エリカ、バージル!3人で手合わせしよう!」
ダンテが嬉々としながら剣をつき出してくる。どうしても手合わせがしたいらしく、ほら!と私とバージルに剣を押し付けてきた。
こんなにも好戦的なのは父の影響もあるのだろう。父──スパーダは魔剣士と呼ばれた伝説の悪魔だ。いずれ必要になるから、と双子のみならずエリカにも剣の手解きをしてくれている。兄二人はともかく、エリカはどうにも戦闘が苦手だった。悪魔の血を引いているから常人よりも傷の治りは早いが、血だって流れるし、剣に打たれたら痛い。それにエリカは人間の母に似たからか、二人に比べると回復力は弱い。苦手なのはそれもある。
「えぇ……ちょっとだけだよ?苦手だもん」
男女の力量差もあり、エリカは二人に勝てたことは一度もないが、やるからには一撃でも兄にダメージを与えたい。そう思ってしまうあたりエリカもしっかり負けず嫌いな血を引いている。
軽く剣を振って手に馴染ませて、二人と向き合った。
「行くぞ!」
真っ先に動き出したのはダンテだ。バージルに向かって剣を振り下ろす。大振りの攻撃はいとも容易く防がれて、つばぜり合いになった。
「今日は負けない!」
膠着状態になって二人に大きな隙が出来たのを見逃さず、エリカは剣を全力で振るう。しかし、二人は地面を蹴り、攻撃を避けた。
「まだまだ!」
剣を振った勢いのまま、エリカはダンテに突っ込む。剣のぶつかり合う乾いた音が響く。
「おらっ!」
「くっ!」
力任せに剣が弾かれて、指先が痺れた。ギリギリの所で剣を持ち直して、続け様に繰り出された一閃をかわす。鼻先をすり抜けた剣に心臓が冷えた。唾を飲み込んで、もう一度ダンテに攻撃を繰り出すも、持ち前の身軽さで避けられる。視線はすでにバージルに釘付けだ。
こんなとき、置いてきぼりにされた気分になる。一緒に遊ぼうといいつつも、ダンテはバージルと手合わせがしたいだけなのだ。エリカはあくまで付属品だ。
先程よりもずっと激しく剣戟を繰り広げる双子にはもうエリカの姿など見えちゃいない。その証拠に、エリカが剣を置いて座り込んでもダンテもバージルも見向きもしない。それが何だか悔しくて、唇を噛んだ。
「エリカはもういいのかい?」
「ぱぱ……」
いつの間に帰ってきたのだろう。暫く家を開けていたスパーダが背後に立っていた。穏やかな笑みを浮かべる父は色彩はともかくとても悪魔には見えない。
「……私は二人みたいに強くないから……」
膝を抱えてぼそりと呟く。
戦いより料理が好き。
剣よりぬいぐるみが好き。
けれどいつか身を守らなければならない日が来るから、と父は私に剣を持たせる。その理由はまだ、よく、分からない。だって家の近くに悪魔が来ることなんて滅多にないし、来たとしても父が守ってくれるからだ。
「……エリカは強いよ」
スパーダが優しくエリカの銀髪をすいた。「強くなんか」と顔を上げて反論する。泣き出しそうな顔をするエリカを落ち着かせるようにスパーダは肩を抱き寄せた。
「戦う方法は剣だけじゃないんだ。わかるね?」
「うん」
「魔術はわかるかい?エリカはこっちの方が向いているんだろうね」
魔術、口の中でそっと呟く。少しだけ悪魔が使っているのを見たことがある。炎や氷を自由に操り、攻撃を繰り出す──アレ、だ。
「じゃあ今から練習しようか。父さんは剣士だからあまり上手く教えられないかもしれないけれど、それでもいいかい?」
「うん!やる!」
父の茶目っ気あるそれに私は元気よく頷いた。
regret 01