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side:Credo

彼女──エリカ・ルシェルシュとは一年ほど前に出会った。技術局長であるアグナスが自慢げに紹介していたのがクレドには印象的だった。閉鎖的で小さいフォルトゥナでは見たことがない東洋系の顔立ちからして、エリカが他所から来た人間だということは明らかだった。
閉鎖的な気質ゆえ、余所者であるというだけで爪弾きにされるのはエリカも例外ではなかった。とはいえ、騎士団員も皆大人だ。子供じみた真似こそしなかったものの、エリカへの対応はかなり冷たかった。にも関わらず、エリカは泣き言ひとつ言わず、態度の悪い騎士団員にも真摯に向き合っていた。明るく、朗らかなエリカに、クレドを含めた騎士団員が心を許すのも時間の問題で。1ヶ月も過ぎた頃には、エリカに文句を言う者は殆どいなかった。

それに──クレドとアグナスは元々折り合いが悪く、情報の伝達や意思の疎通に支障があったのだが、エリカが間に入ってくれてからは話が円滑に進めれるようになったのは非常にありがたかった。あのアグナスが自慢するだけあり、エリカの仕事ぶりは素晴らしく、いつ休んでいるのかと思うくらいには良く騎士団の詰め所こうして顔を出している。

「新規導入予定の武器のシステムについては誰でも分かるような簡易な物にしてるけど──」

来週から試験運用を予定している武器の説明をするエリカの姿をぼうっと眺めた。長く伸ばされた黒髪は今日は後ろで高く結われていて、動く度にゆらゆらと揺れている。

「あ、そうそう。クレド」

軽い口調なのは、クレドが許可をしたからだ。まだ幼さすら残る顔立ちのエリカが何故こんな辺鄙な場所に来た理由を詳しくは知らないが、両親はいないと聞いてクレドは自分自身とネロをエリカに重ねて、放っておけなくなった。家族と思って頼ってくれと言ったときのエリカの表情は今でも忘れられない。

「剣を習いたいのだけれど」

「──何だと?」

「だから、私も剣を習いたいから教えて欲しいのだけど」

武器の詳細を纏めた書類を片手にしれっと爆弾を投下された。暫し呆けたクレドにエリカは再度同じ言葉を繰り返す。聞こえなかったと思われたらしい。

「お前が剣を?止めておけ。怪我をしたらどうする」

突拍子もないことを言われて面食らったが、何とか我に返って却下した。エリカの細腕で剣を振り回すなんて考えられないし、手が滑れば大怪我を負う可能性だって少なからずある。

「多少の怪我くらいは承知の上よ。劇的に上手くなりたい訳じゃなくて、武器開発の上で使い方とかある程度理解した方がよりいい武器を作れそうだから教えて欲しいの」

「むぅ……」

「ね、いいでしょう?」

可愛らしく両手を合わせて、お願いをされてしまえば断れる筈もなく。クレドは渋々首を縦に振っていた。
細やかなお願い

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