05.それでも愛していたい
先輩が来なくなった。
期間にして2ヶ月くらいだろうか。
セックスフレンド以下の分際でこんな事を思うのは甚だしいのかもしれないが、もしかして俺達の関係は終わったのだろうか。
あれが、最後だったのか。
悲しさに浸るのもタイミングが分からない。
終わりなら終わり、と告げてほしかった。
悲しみや寂しさよりも、イラついてしょうがなかった。
俺が遊ばれていただけの存在だと証明されたようで悔しかった。
さよならの約束さえも必要ない簡単な関係。
食堂で1人で食事をとる、それもいつものことだ。
でも何かが心に足りていない気がした。
葛城先輩から借りた楽譜は何度も弾いた。
とても綺麗な音色で、その曲を弾いている間だけ心が落ち着いた。
もしかしたら、先輩の愛する人かもしれない葛城先輩。
2人は想い合って俺は不要な存在になったのかもしれない。
食堂がざわざわと騒がしくなる。
入口を見ると正しく今考えていた2人が歩いていた。
本当に仲が良いのだ、笑顔で何か話している。
ぷち、と何かが脳内でキレる音がした気がする。
俺は普段からそんなに怒らないし、喜怒哀楽も激しくない方だと思う。
でも、たまに後先考えずにやってしまうのだ。
……取り返しのつかないことを。
水が入ったコップを手に取り立ち上がり、早歩きで先輩のところへ向かった。
やるだけやってさよならとかふざけるな。
何が風紀委員長だよ、お前が率先して風紀乱してるんじゃねえよ。
2人の目の前にたつ。
葛城先輩が不思議そうな顔をしたのがわかった。ごめなさい、と心の中で謝る。
千尋先輩の顔は見てない、むかつくから。
間を置かずに、ばしゃっと先輩の顔面に水をかけた。
「水も滴るいい男だよ、千尋」
先輩の目が驚きで見開くのが見えた。
それから、思い切りグーでやつの顔を殴った。
頭がすかっとした、人を殴って気持ちが良いなんて本当にどうにかしてる。
俺の力は風紀委員長様には弱かったようで、先輩は後ろに数歩下がっただけだった。
拳が痛い、なんだよ俺の方が痛いのかよ。むかつく。
睨みつけると、先輩の口の端から血が出ているのが見えた。
ざまーみろ。
俺の傷つけた跡、消えるな。
消えないでくれ、それだけでも残ってくれたら……俺は……俺は……。
溜まっていたものを先輩に全てぶつけ終わると、周りの音が聞こえてきた。
取り押さえろ、と誰かが言っている。
俺は猛獣か。
暴れないし、逃げない、もうどうだってよかった。
これで終わりなんだから、やっと悲しみに浸る事ができる。
少しの間ぐらい少女漫画の女みたいに悲劇のヒロインぶったって誰にも迷惑なんかかけない。
両腕を後ろから誰かに掴まれる。
多分風紀委員だと思う。
でも、力はそんなに入っていなかったから俺が逃げたりしないのは分かっていたのかもしれない。
先輩は今どんな顔をしているんだろう。
もう忘れかけていたセフレが、こんな事をして呆れているだろうか。
先輩がどんな表情をしているのか知ることが怖くて、俺は下を向いたまま顔をあげることはできなかった。
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