04.この温もりさえ嘘なんだ


朝起きるとパジャマ変わりのジャージを身につけていて、体もさっぱりとしていた。
あの人がやってくれたのだろうけど、にわかに信じられない。
もちろん、先輩がここに泊まるはずもなく部屋はいつも通り静まり返っていた。


「あ゛ー……。喉、いたいし。千尋のばか」


先輩とつけなくていいと言っていたし今度からは呼び捨てにしてやる。

でも『今度』ってあるのだろうか。
毎回思う不安が浮かび上がったけど深くは考えないことにする。

そう言えば、今日は風紀が校門で実施する一斉の身だしなみチェックの日だ。
ワイシャツを着ながら、ふと思い出す。

毎度の事ながら、先輩が体に跡を残すなんて事はしない。
キスさえも殆どした事ない。
もしかしたら、1回もした事はないかもしれない。
何の痕跡も残っていない体。
喉の痛みと体のだるさだけが、昨日の情事の証拠だ。
夢……じゃなかったはず。
流石にあんな夢見たらやばいだろう。


学校へ向かうと校門は賑やかだった。
少しでも長い間、風紀委員たちを見たいのだろう。
風紀委員が横に並び生徒達は持ち物や身だしなみを確認される。
生徒達は憧れの的であるの風紀の列に並びたいのだろうが、列の整理さえ風紀がしているので、どの風紀委員に当たるかは運であった。

俺も適当な列に並ばされ、順番を待つ。
風紀委員が誰かなんて正直どうでも良かった。
今は先輩の顔もあんまり見たくない。
どういう顔をしていればいいかわからなかった。
あんな醜態を晒したのだ。そういえば、昨日はあんまり先輩の顔は見れなかった。
顔が好きという訳ではないけど、折角ならもっと見ておけば良かったかもしれない。

前に進むにつれ、周りの声からこの列が副委員長の葛城先輩が担当している事が分かった。


「おはよう」


爽やかに声をかけられる。


「あ」

「どうかした?」


そう言えば先輩から借りた楽譜をまだ見ていないことを思い出した。
今日にでも弾いてみよう。
指もなまっているだろうし、3時間はかかるだろう。


「いえ。荷物、お願いします」


手荷物を台に置いて、葛城先輩がチェックをする。次に、頭髪や身だしなみだ。


「うん、大丈夫そう。片瀬はいつもしっかりしてるからそんなに見る必要はないけど、決まりだからごめんな」


葛城先輩は細身だが合気道をやっているらしく、とても強いという噂だった。
そうじゃなきゃ、この学校の風紀副委員長なんて務まらない。


しかし、今日はどこか儚げな……


「葛城……!交代だ」


よく知った声がしてその後に葛城先輩が、バレたか、と苦笑している。


「風邪でもひいたのか、保健室へ」


先輩の手が、葛城先輩の額へ触れた。


たったそれだけの事なのに、胸がもやもやと黒いものでざわめく。

先輩は葛城先輩を連れて早々に立ち去った。

相変わらず、だ。あの2人。
以心伝心という言葉がよく似合う。

俺の背後では生徒達が騒いでいる。
風紀委員長と副委員長を一緒に見る事ができて嬉しいのだろう。


「ばか、ほんと……ばーか」


一番、ばかなのは千尋先輩を好きになってしまった俺自身だった。

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