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 サロメ2

今ありすが身を寄せているのは、所謂便利屋である。表向きは、町の愉快な便利屋さん。だけど裏では際どい仕事も請け負っていた。
なぜここにありすがいるとかというと、自分自身でもよく分かっていない。物心ついたころからこの便利屋にいて、そのような仕事を間近で見て育ち、当たり前のようにここで働くようになった。あまり親の顔を覚えていないことが関係してそうな、そうでないような。

都合のいいことに、ありすはその類稀な美貌に恵まれた。しかしそと美貌を生かすことなく今日まで生きてきたわけなのだが、ある時ありすは思わぬ依頼に遭遇するのだった。





ありすの仲間が、指示を出した。

『標的に近寄れ』

ありすはそれを見逃さず、頷いた。酒の瓶を持ち、標的である土方歳三という男に近付いた。

「一杯どうどすか?」

土方は小さく要らねぇよ、そう言った。
土方歳三、彼は新選組の副長と聞いている。新選組の名は知っていた。遊女の間では、新選組の芹沢鴨という男の前で逆うような真似はしない方がいい、と絶えず噂が流れていたからだ。
話の流れからして、土方の隣に座っているのが芹沢鴨だろう、ありすはそう確信していた。

体を土方に寄せて、下から見つめ上げる。色目を少し使えば、仕方なくお猪口を差し出した。

「それにしても土方さん、ほんまに美人さんですなぁ。よう言われません?」

「まぁな。それより俺はいいから隣の芹沢さんとこ行ってくれよ。あの人女好きだからよ。」



土方歳三の首をとってきてほしい。
そう依頼が舞い込んだのはおおよそ一ヶ月前だった。何度も暗殺類の仕事は請け負ってきたが、まさかこんな大物相手の仕事は初めてだった。

仲間と作戦会議を重ねた末、ついにありすの美貌が生かされることとなったとだ。
作戦はこうだ。なんとしても土方の隙をつかなくてはならない。しかもそれは、土方一人の時だ。下手して他の連中が助太刀に入ったら、こっちがやられる。まずは芹沢鴨に近付き新選組の屯所に潜入したあと、隙をみて土方の首をとる、というものだった。ここでこの男を選んだのは、彼が無類の女好きだったからであり、芹沢鴨に近づく役目こそありすに持ってこいだった、ということだ。と、同時にそれはありすが土方を殺す役目を担うということを意味していた。


予想通り、芹沢鴨に自然な形で近づくことができたありすは、まずは芹沢鴨を酔わせることに専念した。
気に入った女は屯所に持ち帰る、とにかく屯所に潜入するには持ち帰ってもらうことが大前提だからだ。

ただありすには気になることがあった。それは予想以上に、土方歳三という男はよくできていた。

それはもう、殺めるのが勿体ないくらいに。

「芹沢はんとこうしているの、楽しいですわぁ。他の女からもいい殿方だと聞いております。どうか小万も可愛がってくださいな。」

土方を横目に、ありすは芹沢鴨のご機嫌をとっていた。

ひょいと持ち上げればすっかりいい気になっている。まったく哀れな男だ、ありすはそう思った。










ありすは予定通り新選組屯所に潜り込むことができた。
さらに都合のよいことに、しばらくここに居座ることを許された。ただし芹沢鴨の身の周りの世話をすること、そしてむやみに与えられた部屋からでないことを言渡された。

潜入できたわりには、思ったよりも行動が制限されてしまった。仲間と連絡をとる手段もなく、ありすは持て余した時間で、今後どのように土方に近付くかを考えていた。

「君が、芹沢さんの新しい女?」

自分以外いないはずの部屋のどこかから、声が聞こえた。顔を上げれば襖の向こうで影が揺らめくのが見えた。

「どなた、でしょうか……?」

「開けていい?」

返事をする前に、既に襖が開かれた。
現れたのは体格のよさそうな、男だった。

「こんにちは。僕、沖田っていうんだ。……へぇ、芹沢さんが気に入るのも分かるかも。」

沖田、と名乗ったその男は、ありすの顔をしみじみ見つめた。

「その、私、ここから出れなくて……。」

「ああ、知ってるよ。あの人いつもそうしてるから。それで僕は、こうして見物にきてるわけ。」

沖田の話によれば、新選組幹部の連中は芹沢鴨の女癖をよくわかっているらしい。こうして気に入った女はこの部屋に閉じ込めること、女中紛いのことをさせること、もだ。

ありすは他の幹部と親しくなれば、何かしらの突破口ができると考えた。そしてこの沖田という男はなかなかのお喋りさんだ。素知らぬ顔をしていれば、色んなことを聞きだせるかもしれない。

「あの人はね、無類の女好きだからさ。なーんにも仕事しないくせに、接待だけは好きなんだよねぇ。」

「それじゃあ普段は……?」

「主に仕事をしてるのは、もう一人の局長の近藤さん。まあ土方さんも、仕事の鬼だよね。」

なんとなく、構造がわかってきた。
そして不意に出てきた、土方という言葉にありすは肩を震わせた。

「どうせ芹沢さん夜まで帰ってこないから、こっちきなよ。暇でしよ?」

「で、ですが私……。」

「幹部の連中なら事情は分かってるからさ。根詰まるよ?」

真上に昇った太陽が眩しい。
ありすはこの好機を逃すわけにはいかなかった。それじゃあ、と立ち上がり、沖田のあとを続いて歩く。

遠くから笑い声がした。
新選組は思ったよりも、怖いところではないのかもしれない。
ありすはぼんやり考えていた。




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