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サロメ1

華やかな灯りが夜の祇園を彩る。
至る所から聞こえる、男と女が酒を酌み交わす音。そして艶かしい音。

ここは祇園。京一番の色街である。
売り物として女たちは高い声で鳴き、男たちを悦ばせる。この世の中を動かすお偉いさんたちも、この場所にいればただの男だ。

この祇園でも最も高級店として名を馳せているのが、この「福田屋」である。

申時となると、遊女たちが自らを彩りはじめた。ありすもその一団に紛れて、紅を引く。白粉が塗られた顔に、よく映えた。
派手な着物を着飾り、大きな簪をさす。初めてに等しいくらいしか見ていないこのような自分の姿に、ありすは少々興奮気味だ。

というのも、ありすはここで遊女としてずっと働いていたわけではない。
それどころか、今まで遊女として働いた経験はまったくなかったのだ。

この一週間、遊女としての仕事を自分に叩き込んだ。それは新たに遊女として働こう、そう決めたからではない。
むしろ見ず知らずの男に媚を売り、体を重ねるほど誇り高いありすにとって屈辱的な仕事はなかった。

夜見世が始まるとありすはすぐに座敷へと呼ばれた。周りの視線がありすに集まる。なぜならもっとも偉い遊女を差し置いて、呼ばれたからだ。しかしありすには今日、そしてこの時、この男たちに呼ばれるのは分かっていたのだ。

この醜い仕事も今日でおさらばできる確信が、ありすにはあっのだ。


「小万でごさいます。」

小万とは、ここでありすに与えられた名前だった。遊女としてこの福田屋にはいったとき、名付けられた。昔いた女の名前だそうだが、それはもう美しかったという。その女に匹敵する美貌をありすは持っていたことから、店が驚きのあまりその名を与えたのだ。

丁寧に三つ指を揃え、酒の席へと上がった。全部で十名程だろうか。
簡単な用意は若い者に(ありす自身も若い、に分類されるのだが)やらせておき、ありすは自分を指名した割腹のいい男の元へと近寄った。

男は無言でお猪口を差し出した。
ありすはだまってそれに酒を注ぐ。この一週間で覚えたようにやれば、男がにやりと笑うのが分かった。

「……ありす、今日が勝負だ。あとで、仕掛けるぞ。」

「もちろん心得ております。」

男が小声でありすに声を掛けた。

そう、ありすは遊女としてある目的の為に、この福田屋に潜入していたのだった。
先ほどありすを呼んだのは、ありすの仲間であり、標的はその仲間が上手いこと連れてくることになっているのだ。

「機会がきたら、俺がお前を紹介する。それまでは、大人しくやってろ。」

「承知致しました。」


反対側の席で、酒を、と声が聞こえた。
すかさずありすはそちらの方へ向かう。

しかしそれは、仲間の男によってとめられた。手を強く引っ張られたありすは、態勢を崩し、仲間の男の腕の中に落ちた。

「まだ標的には近づくな。」

ありすは誰が標的なのか知らなかった。もちろん名前や立場は知らされている。しかしその顔を見たことがなかった。だからこのとき初めて、向こうの席にいるということを知ったのだ。

彼からの指示は守るよう、強く言われていた。ありすは仕方なく別の者にやるよう、軽く若い遊女に指示をする。

「見えるかありす、…………あれが新選組副長、土方歳三だ。」

ありすは言われた方に目をやった。そこに座っていたのは、長い美しい黒髪を結い上げた男だった。白い肌、凛とした出で立ち、そして一瞬その紫の瞳にとらえられる。

「数日以内にヤツの首をとって来い。なんなら今日でもいい。とにかく今日は土方に近付くんだ。」







あれが土方歳三という男か、ありすはこれから殺める男の顔を目に焼き付けた。

ありすの任務は、土方歳三の首をとってくること。


数日以内で終わる予定だったこの任務が思わぬ波乱を巻き起こすとは、誰一人予想もしていなかったのだ。












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