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 サロメ3

ありすが新選組に潜入してから、数週間が経過した。

ほとんどの幹部たちと親しくなったありすは、彼らの内部事情についてよく分かるようになった。
二人の局長を中心に新選組全体が二分されていること、それぞれの派閥にどの役職の誰がいるのかということ、そしてそれぞれの人達の性格とその関係性。

もちろん土方歳三のことについても、よく分かった。副長として新選組のあらゆることを担う土方は、だいぶ芹沢鴨に手を焼いている。芹沢鴨のその難ありな性格上、ありす自身もしばしば被害を被ることがあったが、土方はそれ以上だった。しかし土方は、自分のことを一切顧みない。全ては近藤局長のため、であった。もちろんありすへの配慮も忘れなかった。

「知ってるか?土方さん、ずっとありすのこと見てるんだぜ?」

幹部と仲良くなり、時折外の巡回に連れて行ってもらえるようになった頃、十番隊隊長の原田左之助にそう言われた。
恐らくまだ土方は自分のことを、完全には信頼していないのだろう、そうありすは思った。

ありすは、今まで芹沢鴨に連れられて屯所に転がり込んだ女とは違う。そう多くの隊士から言われた。
家事は一通りこなせるが、刀を握ったり、学がある者はいなかったという。
まあそれは当然だろう。遊女が本業ならば、その必要性もないからだ。しかしありすは便利屋さんの職務をこなす上で、欠かせないことだった。
このご時世女がそのような力を持っていれば不審がられるのは、当たり前だ。きっと土方は、いや新選組全体がありすのことを疑っているのかもしれない。ただし、ありすを完全な遊女として弄ぶ芹沢鴨を、除いて。






ありすは最近、新選組内に不穏な空気が流れているのを感じていた。おそらく、公にできないような事態が新選組内で起こっている。生まれ持っての第六感が、ありす自身に警告していた。
しかし一向に土方に接近できる機会を見出せず、ここで引き返すわけにはいかなかった。今回の依頼は大金が動いている。任務失敗となれば、自分の今後が危うくなる。

数日以内で片付けてこい、そう仲間には言われていたが。今仲間はどう思っているのだろうか。失敗して殺されたでも思っているのだろうか。
長引いた場合、福田屋の番頭に扮した仲間が様子を見に伺う手筈になっていたが、そういった気配もなかった。依頼完了が言い渡されない以上、続行するしかありすに道はなかったのだ。







いつものように、芹沢鴨の夜の相手を済ませ、ありすは与えられた部屋に戻った。
布団に吸い込まれるように、ありすは横になった。
少し開かれた襖から、満月がのぞき見える。真ん丸と光り輝いているそれは、何もない部屋を照らすには十分すぎた。まぶしさのあまり、再び身を起こして襖に手をかけた。

その時、聞こえた奇妙なうめき声。

ありすは一瞬身を強張らせた。恐る恐る、首だけを動かして背後を確認する。
何も見えなかった。気のせいか、と安堵ののため息をついた。
襖を閉めると、一切の灯りが消えた。風の音だけが、部屋を通り抜けていく。

いや、それにまぎれて聞こえてくる、何か。

危ない、逃げろ。そう頭の中で警鐘が鳴る。しかしこの部屋に逃げ隠れする場所もない。
判断に迷っていた、その瞬間。

「きゃああああああああああああ!!!!」

部屋の扉を破って、白髪の鬼が2体現れた。
目を真っ赤にして、口から牙をむき出しにして、手は硬直したかのように伸びきっている。人間とは思えないうめき声をあげながら、ありすに全力で近づいてきた。

長い爪でありすに襲い掛かる。
間一髪でよけると、その場に転がりこんだ。

血をよこせ、化け物はそう言った。
下から見上げると、ありすにとって見覚えのある顔が一瞬脳裏によぎった。

「新見錦...と、平間重助.....?!」

芹沢鴨にぴったり寄り添っていた、あの二人組だった。
沖田や原田と違って、あの二人はあまりありすのことに興味はなさそうだった。
否、むしろ積極的に避けていた。理由は、おそらく芹沢鴨の琴線に触れないようにするためだろう。とにかくありすにとって親しみはなかったが、その面影を思い出すのに十分だった。


再び刀が、ありすにむかって振り下ろされた。
軽く身をこなして、よけ切る。しかしいつの間にか部屋の隅に追い込まれていた。

(芹沢さんは、来てくれないの……?!)

こんな化け物に殺される末路だったとは。ありすは、せめて襲いかかってきた化け物を近くで見ながら死ぬことのないよう、ぎゅっと目を閉じた。

同時に聞こえた、肉の裂ける音。

「………ったく、何かと思ったぜ。」

不思議とありすは、痛みを感じなかった。おそるおそる、目を開く。

「怪我はねぇか?芹沢さんはどこ行った?」

ありすの目に飛び込んできたのは、返り血に濡れた土方歳三の姿だった。





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