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 恋することしかできないみたいに

単純な気持ち一つで、運命は廻りだすから






「あのぅ....土方、先生ですか?」

誰もいなくなった体育館に訪ねてきた、一人の女性。
付き添いの警備員が彼女から離れると、控えめに俺のそばに寄ってきた。

「すみません、総司の姉です。総司が忘れ物しちゃって、代わりに取りにきました。」

ああ、よく知ってる。
お前のことなんて、とっくの昔から知ってんだよ。

この時俺は初めて彼女と言葉を交わしたが、すでに俺の心臓は見事なエイトビートを刻んでいた。


柄でもねぇ、俺はこの女に一目惚れしたのだ。



***********************************


俺は普通の仕事をする傍ら、時折地域のボランティア的な活動の一環として、週末限定の剣道の講師をしていた。
なぜか問題児ばかりが集まったこの剣道教室だが、一緒に講師をしている近藤さんの教え方が上手いせいか、そこそこの大会で強豪チームとして名を馳せるようになった。

今のチームのエースは、沖田総司という餓鬼だ。
その見た目からは想像もできないような力強い竹刀裁きは、俺でも目を見張るものがある。
個人戦では優秀な成績をおさめ、団体戦でもチームを引っ張る大黒柱にまで成長した。

ただ問題は、素行だ。
「剣道界のサド王子」などと他チームからも称されるほどの性格の持ち主で、少々、というかかなり、ひねくれている。
俺に対してはひでぇ態度を取るくせに、近藤さんにはべったりだ。
もっと人に対して公平に接しろ、と言いたくなるのは山々だがもう半ば諦めた。
あいつにそんなことを求める方がどうかしている。

そんな総司に、社会人の姉がいるのは何度か聞いていた。
だがよりによって、そんな総司の姉貴に一目惚れするなんざ、誰が想像しただろうか。

きっかけは試合のたびに現れる、彼女を見かけたことだった。
毎度旨い差し入れを持ってきてくれる彼女に、チーム一同その心を射抜かれた。

俺も例外ではなかった。
差し入れの握り飯は俺の好きな味だったし、洒落た味付けの唐揚げがとにかくうまい。
おまけにその美しい顔立ちときたら、放っておく男などどこにいるだろうか。

毎度彼女を見かけるたびに、鼓動が高鳴るのが分かる。
いつの間にか、こちらから進んで彼女を探すようになった。いつも俺たちの近くの観覧席から控えめに、こちらを見ている。
俺たちと目が合って、手を振ってくれた時は、理性がブチ切れるかと思った。

「やだなぁ、土方さん。こんなところで、フォーリンラブですか?」

にたにたと面白がるように、総司が言った。

「うるせぇ、総司だって気になってんだろ。」

「え、嫌だなぁ。誰が自分の姉貴に惚れるんですか。」

あの時の俺たちの悲鳴は、試合を一時停止してしまうほどのものだった。
あの姉と、なんでこんな性格の悪い弟が姉弟なんだ。
皆で竹刀片手に総司を問い詰めたが、どうやら本当らしい。

彼女の名は、沖田ありす。
ただでさえ近場で恋愛すると面倒なことになるっていうのに、よりによってそれが総司の姉貴だ。
総司にからかわれるのは、目見えている。

「姉貴には、手、ださないでくださいね。土方さんなんかに手付けられたらたまったもんじゃないや。」

「馬鹿野郎、教え子の姉さんになんて手ェださねーよ。おもしれぇ姉弟だと思って見物させてもらうぜ。」

んなことを言っといて、内心は違う。
もっと近くで喋りてぇ、ありすの作る料理を俺が独占してぇ、いやもう俺のもんにしてぇ。

ただ無駄なプライドと、総司という壁が、予想以上に大きかっただけなのだ。




***********************************




「ああ、総司の忘れ物なら俺が預かってる。わざわざ取りに来たのか?」

「ええ、まぁ仕事帰りだったので。」

仕事帰りとは思えない綺麗な装いに、俺の限界は近い。

「いつも旨い差し入れ、助かってる。ありがと、な。」

総司が忘れていった袋をにありす手渡した。
ありすはそれを受け取ると、紙袋に詰めて軽く頭を下げた。

「あ、お気付きだったんですね…。いいえ、とんでもない。弟がいつもお世話になっております。」

この剣道教室のあとは、いつも楽しそうに家に帰ってくるんですよ。そう付け足した時の笑顔が、ものすごい破壊力だった。

俺は別に、一目惚れから始まる恋ってもがあってもいいと思っている。
確かに人を見た目で判断しちゃならないが、男なんてみんなそんなもんだ。
目が覚めたらベッドの上でした、責任とってください。なんて始まり方よりも、よっぽどマシだろう。
ただ気をつけなきゃならないのは、この場合相手がどう思っているのかがまったく読めないところにある。
勝手に好きになって自分のことをみてください、なんてご都合主義にも程がある。

だから余計に手が出せねぇ。
女々しいと思うかもしれないが、一目惚れ故に嫌われたくないという思考が余計に働く。
しかも総司の姉貴ときた、下手すれば総司にぶっ殺される。
姉貴にべったりな弟ってのも気持ち悪いが、総司の場合ならそれをいい理由に俺に殴りかかってくるだろう。

「その、アレだな。お前の作る飯がよ、俺の好きな味付けで…。あの握り飯、好きな味なんだ。」

「ああ、あれは土方さんはどんなお味が好きなのかなって、総司に聞いたんです。そしたら……、あっ、その…。」

「じゃあアレは…俺の好きなようにしてくれたって、ことか?」

さっきまでにこにこ喋ってたありすが、急に顔を赤らめた。きょろきょろ目を泳がす姿も、また俺の心を揺さぶる。
ギラギラと射し込む夕陽のせいかもしれないが、俺に淡い期待を抱かせるのには十分だった。

冷たい風が通り抜けた。
しばしの沈黙を破るように、俺たちの間を吹き抜けていく。

「……帰り道は、どうするんだ。」

「えっと、普通に電車で帰ります。」

「なら俺の車で送ってく。乗ってけよ。」

乱暴に荷物を纏めて、車のキーを取った。手を振ってそれを断るありすだったが、俺はどうにか乗せることができた。
初対面に等しい男の車なんざ、のこのこと乗り込む方が普通おかしい。
彼女はきっと正しい判断をしている。
事実、狭い車に二人きり。我慢できる保証もねぇ。

「大丈夫、何もしねぇよ。」

ありすにはそう言ったが、半分自分に言い聞かせている。
こんなにも女性を車に乗せることってのは緊張するもんなのか。
気分はもう初めての彼女とドライブデートに出掛ける、彼氏だ。

「そっ、そういうわけではないのですが……それじゃあ、お言葉に甘えます。」

体育館裏の駐車場から車を回し、彼女の待つ目の前につけた。
急いで運転席を降り、助席の扉を開けた。遠慮がちに乗り込む姿すら、愛おしい。
好きな女が自分の車に乗っていると思うだけで、今日一日の疲れがぶっ飛んだ俺は、相当単純だ。

平静を装いつつ、キーを差し込みエンジンをかけた。
形式上のウインカーをだしたら、しばらく裏道が続く。

「……誰か、付き合ってる奴はいるのか。」

何聞いているんだよ、俺は。
沈黙に耐えきれなくてなんか言わなきゃならないと焦った結果が、これだ。

「え、私ですか?」

「あっ、いや。特に深い意味はねぇ。ただお前さんみてーな美人だと、引く手数多だろうなっ、て。」

深い意味しかねぇんだよ、どうせならこの際気付いてくれ。

やり場のない恥ずかしさが、こみ上げる。仕方ないから、ハンドルを強く握り締めた。

「………好きな人なら、います。」

「……そう、か。」

小さな声で紡がれた、想い。

ここを左に曲がれば、やがて大通りにでる。

「一目惚れ、だったんです。しかも写真を見て。」

俺も似たようなもんだ。
だけどその想いは自分に向いていない、かもしれない。
微かな希望を抱きつつ、心ん中はどす黒いなにかが渦巻いてる。
こいつがそんなに一目惚れするような男なんざ、ぶっ殺してぇ。

「どうにかして、その人に会いたくて。理由をつけては、近くまで行って、お節介焼いて。」

「………それは、どんな男なんだ。」

苛立ちのあまり、軽く制限速度を越えていた。ゆるくブレーキを踏みたいところだが、あいにくそんな穏やかな気分じゃない。

「見た目はちょっと怖そうだけど、本当はすごく他人想いで。それから、意外と情熱家。そして…」

そう言いかけたところで、信号が赤に変わった。

自分で聞いといてなんだが、もうこれ以上聞きたくはなかった。
ありすの口から、想い人の話を聞くなんて屈辱極まりない。

ブレーキを踏み込み、サイドブレーキを引いた。
シートベルトを勢いよく外すと、思いっきり彼女の方へ身を寄せる。







そして、思いっきり、自分の唇を彼女のそれに重ね合わせた。








総司の姉貴だから、なんだ。
あいつの姉貴だから、手が出せない?
冗談じゃねぇ、きっと俺は、お前に嫌われるのが怖くて何にも言えなかっただけだ。

いつも目の前にいるのに、何もできないでもどかしかった。
だけど今日、ひょいっと俺の前に現れて。
無理に誘ったのは俺だが、拒絶することなく車に乗ってきて。

何もしないわけ、ねぇだろ。

「......悪かった、何もしねぇって言ったのは、俺なのに。」

信号が青に変わる。
ご丁寧にサイドブレーキを引いていたことを危うく忘れるところだった。

「......その好きな人の、名前...。」

たった今俺のが触れたその場所を手で押さえ、彼女はこちらを向いた。
いきなり初対面に等しい男にキスされたってのに、予想以上に冷静だ。
意外と、場数踏んでるのか?

「おう、言ってみろ。今の侘びといっちゃなんだが、間でも取り持ってやるよ。」

落ち着かない空気。
さよなら、俺の一目惚れ。


「......土方、歳三さんっていうんです.....。」

聞き覚えのある、それどころか突然呼ばれた自分の名前に思考が停止した。

「....総司に写真を見せてもらって、好きになっちゃいました。それで、どうにか逢いたくて、土方先生の好きなご飯を差し入れとか言って押し付けて...。」

もしかして、同じ気持ちだったのですか?
そう首をかしげてこちらを見るありすの顔が、心なしか赤く染まっていた。

「総司には、すぐバレちゃって。ぜったい面倒なことになるとは思っていたのですが...。土方、先生にもご迷惑かけると思って。」

今、彼女は何と。
つまり写真の中の俺を見て惚れたもんだから、実際にどうにかして俺に会いにこようと、俺好みの差し入れを作って……。

「………歳三、だ。」

「へっ?」

「付き合ってる男のことくらい、名前で呼べ。」

口をパクパクさせてこちらをみるありすは、おそらくこの状況を理解していない。

自分の気持ちは素直に白状するくせに、人のことはまったく分かってない。

「付き合ってる、って....」

好きでもねぇ女に、キスするかって。
お互い想い合っていれば、それだけで十分付き合う理由になる。

「総司が降参するくらい、幸せにしてやるよ。」

一瞬で芽生えた気持ちを、変わらずに大切にしてこう。
そう願いを込めて、俺はそのまま彼女を連れ去った。




end






Triangleのみやちゃんと相互リンクさせていただいた記念に献上します、「沖田姉や風間妹といった面倒な兄弟がいるヒロインちゃんに、不器用な土方さんが告白して付き合うまでのお話」でした!!!!
結論から申し上げますと、別に沖田姉でなくてもよかった!!!!ごめんなさい!!!しかも告白どころか、ちゅーまでしちゃいました。順番逆……というか不器用どころかもはやいろいろすっ飛ばしてる。ぜんぜんっカッコよくない!!
ということで改めてみやちゃん、サイト開設本当におめでとうございます!これからも仲良くしてくださいね。
お持ち帰りの際は、みやちゃんのみでお願いします。ありがとうございました!ありす





















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