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 Cried a little

君の何気ない仕草を思い出して。


薄桜高校の、放課後。
夕焼け色に染まったグラウンドからは、生徒の元気な声が聞こえる。

(ったく……なんで俺が、こんな仕事を)

この高校で国語教師として働く俺は、どういうわけか図書室の本の整理という雑用を押し付けられた。

(図書委員ってのが、いただろ……)

新学期早々、委員会同士の顔合わせのとき俺のもとに挨拶にやって来たのはなんだったんだ。
そういや毎週水曜の定例会ってのも暫くやってねぇ。……教室を確保してなかった、俺のせいか?

誰もいない広すぎる図書室に、山積みにされた本。
終わる目処などつかず、近くの椅子に腰掛けて、その辺に重ねられた本を手に取った。

「オスカーワイルドか。この学校も渋い本を仕入れやがる。」

ページを一枚めくった。
どこから手に入れたのかは知らないが、だいぶ年季がはいっている。

「そーいやアイツ……今頃はどうしてんだろうな。」

ページをめくる音が響くたびに、この作家が好きだといった、ある女のことを思い出していた。




*****************



中高一貫校の生徒だった頃の俺は、所謂優等生ってやつだった。成績は常に上位にはいり、万年学級委員をやっていた。
好きな教科は、国語。中でも古典は学年1位を何度もとったことがある。
それに比べて理数系はさっぱりダメだ。微分方程式なんざ、解いてどうする。何か生まれるわけでもない。感性を磨ける国語の方がよっぽど有意義だ。


ところで、俺と同じく万年学級委員の変わった女がいた。
彼女の名は、さとうありす
クラスは一度も一緒にならなかったから、あまりよく知らなかった。毎年の学級委員の顔合わせで、またアイツいるな、くらいの認識だった。

彼女のことをよく知ったのは、高校一年生のときの小さな事件でだった。
一部の成績優秀者が、こぞって下の奴らを馬鹿にしたことがあった。当然クラスメイトからは嫌われていたが、誰一人立ち向かうことはなかった。

そこに現れたのが、さとうだ。
平然と現れては、期末試験での決闘を申し込み、試験結果が一点でも勝った方が勝ちというという勝負を挑んだ。
俺はまださとうをよく知らなかったから、内心やめとけ、と思った。

結果は、さとうの圧勝だった。学内に貼られた成績表に並ぶ、満点の連続。現代文や古典に関しても、俺を追い越していきやがった。
名前の隅に書いてある、前回の成績順位をみて驚いた。2位、そして俺は知った。あいつ、頭よかったんだ、と。


そのまま中堅の国立大学の文学部へ進学した俺は、西洋文学の講義で思わぬ人と遭遇した。

「さとう……なぜお前がここにいる。」

さとうが俺と同じ大学の理学部に進学したのは、噂には聞いていた。
さとうならもっと上の大学を目指せたはずだろうに、なぜ自分と一緒なのかはよく分からなかった。受験とは、恐ろしいものだ。

「え、大学生の自主性の精神に乗っ取って、講義を受けにきたんだけど。」

「ってお前、理学部だろ。なんで西洋文学の講義にいる。」

ちゃっかりノートをひろげ、講義を受ける態勢だ。
ペンを指元で一回転させると、さとうはウインクを仕掛けてきた。

「私、こう見えてよく本読むのよ?知らなかった?」

「どうせ映画のノベライズとかだろ。ふざけるな、あれは本にはいらねぇ。言ってみろよ。」

最近巷で平積みにされる本は、いってしまえばミーハーだ。もっと文学らしい文学を、俺は望んでいる。
ちょっと本を読んだだけで勘違いされちゃ、たまったもんじゃなかった。

「一番好きなのは、オスカーワイルド、かな。」

「………予想より、渋いな。」

さとうが得意気にふふん、と鼻を鳴らせば、猫背の教授が壇上に立つのが横目にはいった。
そこら中に散らばっていた学生が慌てて席に着く。そんなこともお構いなしに、教授は本のフレーズを朗読し始める。

『土方くんは、古典の方が好きなんでしょ?』

ルーズリーフに走り書きされた文字が、俺の前に差し出された。
適当に肯定の返事を、書いた。

『私、古典はだめだなぁ……』

語尾には、泣き顔の絵が書いてある。
だめだといいつつ、俺よりいい点とってた記憶があるが、思い違いだっただろうか。

『他には、何が好きなんだ?』

『フランツグリルパルツァー』

『よくわかった、要はお前中二病をこじらせたな。』

そう返事を書いたあとに、俺の肘から電気が走るような激痛がした。
その原因を確かめようと、痛みの大元をみると、真っ赤に腫れ上がっていた。

(てめぇ……抓りやがったな……!)

ちらっとさとうを見れば、講義を聞く振りしながら、必死に笑いを堪えていた。
まったく冗談じゃねぇ、今日の講義何にも聞けてねぇじゃねーか。

こちらを見たさとうと、一瞬だけ目があった。
さとうの目線はすぐに下を向き、手持ち無沙汰に手元のプリントに落書きを始める。

『そんなに興味があるなら、なぜ文系を選択しなかった?』

さとうの落書きを遮るように、文字を書き連ねた。
そして、とたんにさとうの表情が曇ったことを、俺は見逃さなかった。

なにか俺は、さとうの琴線に触れてしまったらしい。
白い紙を埋め尽くした俺たちの筆談は、そこでぴったりと止んでしまった。

確かに、それが好きだからという理由だけで大学は入れない。全ての人が好きなことを学んで職業にできたら、どんなによいだろうか。
だけど俺は、好きものの先に、自分の進路ってのはあると思ってた。
だから(初めて知ったのだが)アイツだって、そういった進路を選べばいいのに、そう感じた。

「土方くん、さっきの話だけどね。」

講義が終わり、教室が賑やかさを取り戻した頃、さとうがようやく口を開いた。

「やっぱり、好きだけじゃダメなんだよ。」

「それは……好きだけど、仕事にはできねぇってことか?」

「うん、国語とか社会の成績、どうしても伸びなくて。」

本当は私だって、文学部に入りたかったんだよ。
さとうは、そう付け加えた。
その時見せた彼女の顔があまりにも寂しくて、言葉がでなかった。
あの学年1位をとった時の頭脳があるじゃないか。

「土方くんは、いいね。案外面倒見いいから、先生とか向いてるかもよ。」

「……案外、は余計だ。馬鹿野郎。」

「ふふっ、まあ私はせいぜい趣味程度に楽しむことにするわ。」

そうしてさとうは、その場を後にした。

さとうが持ってきたノートやペンがそのまま残されているのに気がついたのは、次の講義の予鈴が鳴った頃だった。

それ以来、さとうに会うことはなかった。
もちろん同じキャンパス内だったので、時折姿を見かけることはあったが、言葉を交わすことはなかった。
一度大学の学報に、さとうのインタビューが掲載されていた。卒業後も定期的に学報が送られてくるのだが、その時に初めてさとうが医者になったのを知った。
その記事によれば、第3学年に上がるとき、同じ大学の医学部に転部したらしい。


医者という職業は、アイツの天職かも知れない。
そう思った時に俺は、好きなものと向いているものってのは違うんだというさとうの言葉を理解した。



*****************






「まったくよ、こんなもん残していきやがって...。」

図書室での作業を終え、整理したばかりのあの本を、俺は借りた。
自分のデスクの一番よく見えるところに置き、さとうの姿を思い出す。

今思えば、俺が教師の道を選んだのはアイツの言葉がきかっけだったかもしれない。

あの時さとうが忘れていったノートをペンは、今でも俺が持っている。
ペンはすでにインクが乾いているから、使い物にはならない。それにノートにはあの講義の板書くらいしか書いてないから、残したところで特に役立つことはない。
しかしどうしても手放せない理由が、あった。

「こんなこと書かれちゃ、捨てるに捨てられねーだろ。」

そのノートを俺が預かり続けてから、数年後、ふとした拍子にノートを一番最後のページにあった走り書きを見つけた。
ノートの癖のある筆跡と同じ、紛れもないさとうが書き残したものだった。

「参ったよ、お前のほうがよっぽど詩人だ。」

昔を懐かしむように、その文字をなぞる。




















『ずっと土方くんのこと、好きだったんだよ。気付かなくて当然だけどね。』









end











4500HITを踏んでくださった、インドア派様より頂きましたリクエスト「SSLの土方さん!土方先生の学生時代とか気になっちゃいます!」でした(すみません、すっごいまとめました)
裏設定として、制服はブレザーでお願いします。あと友達は、………少なそうかな。笑
どうしても学パロだと、土方さんは先生になってしまうので、学生時代楽しかったです!
インドア派様、お気に召していただけましたか?お持ち帰りの際は、インドア派様のみでお願いします。
改めてまして、ありがとうございました! ありす

















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