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 スカイ・ブルー

「ありす……?」

その大好きだった声で、何年か振りに呼ばれた私の名前。
こうして聞くと思い出す、昔のこと。

「…お前、ここで何して……。」

「歳三くんは、相変わらず、かな?」

今渡されたばっかりの名刺をぎゅっと握りしめて、私は目の前に座る男をじっと見つめた。

彼の名は、土方歳三。
数年前にいつの間にか別れてしまった元彼との再会の瞬間だった。




歳三くんと知り合ったのは、大学生の時、
たまたまゼミが一緒だったのがきっかけだった。
当時はうまくやっていたと思う。お互い好き合っていたし、相性も悪くなかった。
きっとこのまま、彼と一緒にいるのだろう。口には出さなかったけど、そんなことも考えていた。

でも、案外人の心っていうのは儚いもので。
勉強、就活、そして仕事。余裕が無くなれば無くなるほど、恋人が占める割合が減っていく。
会いたい気持ちはあるけど、今は自分のことで手一杯で。一日が終わればもうくたくた。ちょっとでも会おうね、とか声聞けたらいいな、なんて言っていられるはずもなく。

「恋愛なんて、心の隙間でするものだったかもしれない」そんなことが脳裏によぎり始めた頃、私たちの関係はいつの間にか自然消滅していた。
不思議と寂しくなかったのは、多分余裕がなかったから。それほどまでに歳三くんの占めていた部分は小さくなっていた。

歳三くんのことをふと思い出したのは、それから随分先のことだった。
もっと大人になって仕事も器用にこなせるようになった頃、突然何してるかなぁって思ったりして。
歳三くんは頭が良かったからきっと偉くなっているかもしれないし、もしかするとすごい美人さんと結婚しているかもしれない。

歳三くんを思い出すことは、悲しいことではなかった。だけど私と過ごしたあの時間を、今頃どう思っているかなって、気になっただけ、そういうことにした。




「お前……この資格、取ったんだな。学生ん時かなり勉強してただろ。」

「うん、お陰で一発合格できたよ。…歳三くんこそ、すごいじゃん。大手外資系企業の、幹部じゃないの。」

今日初めて一緒に仕事をする人との、単なる顔合わせのつもりだった。
ドアを開けて、軽く一礼して、顔を上げて名刺を差し出した時に、ようやく気付いた。

名刺から溢れんばかりの肩書きが、土方歳三の横に並べられている。
ああやっぱり、歳三くんはすごい人だ。

「…そういえば私。最後にデートしたとき、お金借りっぱなしだったね。」

本当は、そんなこと覚えていなかったけど。
歳三くんと昔話をしたくなって、適当なことを切り出してみた。

「最後……か。」

歳三くんは、意味有り気にそう呟いた。
私の思ってる最後と、歳三くんの思っている最後が一緒だとも限らない。それくらい私たちの関係は、緩やかに消滅した。

あの時はもう自分のことしか見えなくって、相手のことなんて考えてる余裕なんてなかった。
だけど社会にでて、色んなことを経験して、一回りも二回りも大人になって。

「…私は時々、思い出していたよ。歳三くんのこと。」

当時のことは、後悔していない。
就職だって、趣味だって、もちろん恋愛だって。何事も全力でやりたかったから、疎かになってしまったものだけが消えてしまった、それだけだ。

「…就職して暫くしたら、突然ね。歳三くんの顔が思い浮かんだの。」

それでも心の奥底には、間違いなく歳三くんがいて。整理整頓された心のスペースに、ふっとその姿が浮かんだ。

「奇遇だな、…俺も、お前のこと思い出してた。まったく……参ったもんだぜ。」

その一歩引いたような笑い方、昔とまるで一緒。懐かしいような、そうでないような感覚に襲われる。

「もしかしたらっ……て、何度か考えたけどね。」

「何かが怖くて、連絡できなかった。」

私の言いたかったことが、歳三くんの口から零れた。ひょっとすると、ひょっとして、思っていることは一緒なのかもしれない。

がたん、会議室の椅子が小さく揺れた。
すらりとした歳三くんの体が、私の目の前に現れる。

「思えばあん時はまだお世辞にも、器用な人間って言えなかったからな。」

「お互い、ね。色んなことを両立する自信なんてなかったの。」

今ならわかる。
私たちの赤い糸が弱かったのではなく、ただ不器用な人間だけだったってことが。

それは一瞬の出来事だった。
歳三くんの姿が動いたと思ったら、私は既にその腕の中にいた。
不意に抱きしめられた。歳三くんからは、煙草の香り。

「…いつから煙草、はじめた?」

その答えは返ってこなかった。
だけどその代わり聞こえてきたのは。

「今ならお前を離さねぇって、自信持って言える。だから、…もう一度やり直せないか。」

大人になった、歳三くんからの言葉だった。

確かに年齢的には、あの頃も大人だったけど、それと今でいう意味は違う。
私たちは、仕事も趣味もそして恋愛も。全部両立させていく術を知った。

「……恋人だからって、今日の商談、手加減しないからね?」

貴方に全力でぶつかっていくから。

「それでこそ、俺が惚れた女だ。」

どうか、もう離さないで。


スカイ・ブルー
(明日からは君と風に乗っていく)





fin.




城里ユア様

ユアさん、この度は相互ありがとうございました!
「ユアさんのイメージをヒロインちゃんに重ねつつ、土方さんと復縁」とのことでした……が、決してユアさんが不器用、器用という話ではなく!!日記などを拝見していると自分の趣味、そして家事や育児を上手に両立させている方だな…と思っておりました。きっとこれは過去の色んな経験に基づくもので、試行錯誤しながらユアさんの今の生活があるのだと考えまして。そして来月から職場復帰されるとお聞きしまして、そんな応援も込めて書かせていただきました。
おそるおそる初めてのラブレターを出してから(出すまでに一年かかりました笑)数ヶ月、このように相互できるまで仲良くして頂いて本当に感謝です。

これからもどうぞ宜しくお願いします!

ありす











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