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 サロメ18

「土方さんっ…落ち着いてっ…!」

ありすはひたすら羅刹と化した土方の名前を連呼する。視界の隅でちらつく土方の姿は、髪は真っ白に変わり果て、全身から冷や汗が吹き出し、きれいな深紫の瞳は化け物のものになっていた。

「…いつもの、ことだ…このままにっ…しといてくれ…。」

途切れ途切れに紡がれた土方の言葉は、到底信じられるものではなかった。どんな苦しみが土方を蝕んでいるのかはありすにとって分からない。だから、おそらくとてつもないものに耐えている土方を抱きしめることしかできなかった。
ただ羅刹となったのは、最近ではないということをありすは察した。

「……ありす、そこに……薬がある。とって…くれねぇか。」

一瞬だけ、苦悶の大きな波が過ぎ去ったようだった。土方はその隙に、ある方向を指差す。なんの薬かなど、ありすにとって知るわけもなかったが、出来ることならと深く頷いた。

「これ…でいいですか。」

隠すように置かれていたのは、丁寧に包まれた白い粉だった。それを土方に差し出せば、あっという間に土方の喉を通っていく。そのときに動いた喉仏が、やけに男らしく見えた。

「……すまねぇ、こんなとこ…。」

「…話は後です。とにかく、横になってください。楽になるかは…分かりませんが。」

ありすの言葉に、土方は何も言い返さなかった。相当弱っている証拠だと、思った。終始無言で横になる土方を、見ていることしかできなかった。
大きなため息を吐いた土方の顔色は、一切血の気を感じられないほどきれいな白だった。呼吸も心なしか、まだ浅い。相当取り乱した様子だった。

「……それでは、私はこれで。」

どうすることもできない歯痒さを感じつつ、ありすはその場を立ち去ることにした。その場にいたからといって、土方がよくなる訳ではないということを、理解していたつもりだった。ここに残ったところで、所詮自己満足であるのは分かりきったことだった。

「……よくなったら、お互いの話をしましょう。私も土方さんにお伝えしなくてはならないこともありますし、土方さんから聞かなくてはいけないこともあります。」

そっと着物の裾を持って、立ち上がった。
少し足元がふらついたが、なんとか持ち堪えた。

「…もし助けが必要なら、いつでも仰ってくださいね。」

ありすの脳裏には、先程まで見ていた夢が過る。夢、というよりも昔の思い出、というのが正しいのかもしれない。その光景が鮮明に思い出され、それだけで胸が苦しめられた。

「……ありす。」

「はい?」

まるであの瞬間が、再び繰り返されるようだった。土方に呼び止められ、ありすは声が思わず上擦った。

「…今はここにいてくれねぇか。」

あの時そのままだった。
普段は人に頼らない土方が見せる、ちょっとした弱さ。そこに鬼副長の姿はなく、ただ一人の男としての姿だけが残されていた。

「…はい、もちろんです…!」

ありすは嬉しさの余り、勢いよくその場に座り込む。その様子に土方は少しだけ笑いを零した。

「そう焦るな。…何だか、嬉しそうに見えるな。俺が弱っているのが、そんなにいいのか。」

土方の背中はまだありすの方を向いたままだった。それでも先程まで異常に上下していた肩は、だいぶ通常に戻っている。

「いいえ、土方さんが私を少しでも頼ってくださるのが嬉しいのです。」

ありすは足を崩して、土方に微笑んだ。おそらくこの笑顔は届いていないだろうけれども、それでもその表情は崩さなかった。

「…前にも、こんなことがあったな。」

「覚えていてくださったのですか?」

「……ああ。」

言葉の間に、一瞬間があったのは、気にしないことにした。土方の中でも大切な記憶になっていることに、ありすはどこか救われる気がした。





















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