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 サロメ17

木漏れ日が降り注ぐ。季節はもう春も終わろうとしていた。そんなとある昼下がり。土方はゆっくりと重たい瞼を開いた。

「あ、土方さん。お目覚めですか?」

ありすは水でしっかり冷やした手拭いを、土方の額に置いた。

「まだ少しお熱がありますから、今日は一日お休みください。山南さんにはもう伝えてありますから。」

「…すまねぇ。情けないな…。」

「何をおっしゃるのですか。お疲れが出たのですよ。」

布団の上で珍しく弱る土方に、ありすはそっと言葉をかけた。障子の間から吹き込んできた風は、もう夏の香りだった。

「もう一度、おやすみになられますか?」

「いや…暫く横になってる。」

「分かりました、ではお水を取り替えてきますね。」

ありすは立ち上がり、足元でいつもより威勢のない土方を見る。目を瞑り、布団に身を包めている姿に、少しだけ安堵した。ありすは、土方がここ数日深夜まで仕事詰めだったのをよく見ていたからだった。

「待て…。」

「はい?」

土方は寝返りをうち、ありすに背中を向けた。

「…今はここにいてくれねぇか。」

土方がありすに仕事以外で傍にいることを求めたのは、これが始めてだったかもしれない。ありすはそれがとても嬉しかった。

「はい、もちろんです!」

土方の代わりにやろうと思っていた作業は、斎藤あたりに押し付ければいい、ありすは頭の隅でそんなことを考えながら、その場に座った。






(あれ……夢、か。)


ありすはふと、目を覚ました。
あたり一面を見渡せば、真っ暗闇の中だった。

(ああそうだ……私……)

土方に半ば押し込まれるように、布団に入らされたありすは、仕方なく寝る以外の道がなかった。意識を手放すつもりなどなかった。ただ最初は疲れがありすのなかで勝ったためか、あっという間に夢の中へ落ちていったのだ。

そして、昔の光景を夢に見て、目を覚ました。

(なんなの……この声)

原因は、微かに聞こえる呻き声だった。おそらく男のもの。無理に堪えているような気もした。
ここには、土方がいる。何かあったらまず先に駆け付けるはずだ。大丈夫、土方がいれば。ありすは自分に言い聞かせた。

(最近は平和なところにいたから…感覚は鈍ってるかもしれないけど…)

いざという時、自分の身を守る力はまだ備えているつもりだった。意を決して、ありすは襖をほんの少しだけ開く。その隙間から、様子を伺った。
襖を開いてすぐ見える囲炉裏がある最も広い空間には、どうやら異常は見当たらない。そして、土方もいなかった。
どうやら謎の声は、その向こうの物置からだった。すでに土方が向かっているだろう、そうありすは信じたかった。しかしどうにも嫌な胸騒ぎがする。

「土方さん……何かあったのかしら。」

布団から出たありすは、ひんやりとした床を素足で歩く。せっかく暖まった足先も、再び元通りとなった。それでも、気を緩めることなく物置へと向かう。

「土方……さん……?」

近付いていけばいくほど、その声は鮮明になる。どこか聞き覚えのあるものにも、聞こえた。

「大丈夫ですか…?」

ありすは確信した。これは、土方のものだと。苦しそうに吐く息から垣間見える、「近寄るな」という言葉。そのまま素直に従うわけには行かなかった。

「どこか具合が悪いのですか……失礼します、開けますよ?」

土方の叫び声は見事に空回りした。ありすは嫌な鼓動を抑えつつ、引き戸に手をかける。少しだけ動かせば、埃が舞い上がった。

「すみません、どうしても無事には聞こえなかったので………土方さんっ!?!」

ありすは思わず後退りした。なぜなら目の前にいたのは、ありすの知る土方ではなかったからだ。
目を真っ赤に染め、髪はきれいなまでに白く、獣のように当たり散らしていた。その姿は、まさに。

「らせ…………つ………」

まだ屯所で匿われていた時、目撃したそして戦った、羅刹。今目に映るのは、羅刹となった土方の姿だった。
物が散らばった空間に立ち尽くす土方が、正真正銘の鬼に見えた。

「ああ……土方さん……まさかっ…!」

「だから……来るんじゃねぇ……って、言っただろ……」

胸元を抑え、土方はのたうち回る。その原因は、ありすにとってよく分からないことだった。すぐそこで、土方が羅刹となり、苦しんでいる。ありすにはどうすることもできなかった。

「土方さんっ…!!落ち着いてっ…!!」

ありすはとにかく背後から土方を抱きしめた。

















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