◎ Crier Girl & Crier Boy
もう何本目になるか分からない煙草を、携帯灰皿に押し付ける。既に満杯になったそれは、パンパンに膨らんでいた。
「……寒ぃ……。」
両腕をさすり、なんとなく寒さを凌いだ。
それでもどうしようもなくて、もう一本、再び煙草に手を伸ばす。
「歳三……さん?」
だけどそれは、俺の名を呟いたその変わらない声によって遮られる。
幾分伸びた髪、昔なら着ることもなさそうだったワンピース、そして違う香水の香り。
「よぉ...久しぶりだな。」
そう言い返した俺の声は、微かに震えていた。
馬鹿みてぇだ、この俺が女ひとり会うのに、こんなにも緊張していやがる。
「...ずいぶん前から待っていたようだけど...。離婚した女に、今更なんの用?」
さすが、鋭いと思った。
手元の吸殻の量を見て、俺がずっとここでコイツを待ち続けているのを悟ったのだろう。俺のことを本当によく見ている。だからこそ、コイツの前ではごまかしが効かねぇ。
「話がある、聞いてくれないか。」
壁にもたれていた姿勢を正し、正面から向き合った。
相変わらず、その全てを見透かすような目は変わってない。
「……お茶くらい、出します。あがって。」
すっ、と手で小さく俺を招き入れると、マンションのオートロックを開ける。暗証番号を入力し、入り口のランプが青く光ると自動扉が静かに開いた。
そしてエレベーターに乗り、5階のボタンを押す。奇妙な沈黙が俺たちを包んだ。
コイツとは、3年前に結婚して、2年前に離婚した。つまり1年しか結婚生活を送ってない。傷が浅いうちに別れたのはいいが、まだ若かったコイツには早いうちからバツをつけちまった。
離婚の原因は俺にある。好きで結婚したはずなのに、夫婦という縛りが妙にじれったくなって浮気した。馬鹿みてぇな話だが、まだ若い新入社員の女に手を出した。
多分、悔しかったというよりは呆れたいたんだろう。バレていないと思っていた俺の愚かな行為はすでに見透かされていて、離婚届を突き付けられてようやくコイツが全てを知っていたことに気付かされた。
「立派な……マンションだな。」
「どうも。」
離婚届にサインさえしてくれればお金は要らない、あの時コイツはそう言った。最高に機嫌の悪かった俺は、それでいいなら、と軽い気持ちでその名前を書き込んだ。
それぞれが違う会社だったから細かいところは分からないが、こんな立派なマンションに住めるほどの金はなかったはずだ。
なのにこれ程の所に住むなんて、もう新しい男の影しか見えない。
それでも、仕方ねぇが。
今更後悔してるなんて言ったら、コイツはどんな反応をするだろうか。
「……前の仕事、辞めたのか?」
「…いいえ、離婚してからこっちの支部に回したもらったの。地方に行く代わり、ポジションあげてくれるっていうから。」
俺と別れて、仕事に打ち込むしかなかったとでも言うのか。違う、きっとそれは自惚れだ。コイツに惚れる男なんざ、石ころみてぇにいっぱいいる。
「どうぞ、座って。」
言われるままに、かわいいクッションの置かれた椅子に腰掛ける。辺りを見渡す限り、新しい男の影はない。少しだけ、安心した。
「…それで?改めて、何の用?今更謝りにでもきたの?」
図星をつかれて、黙り込んでしまった。
俺らしくもないが、コイツの前に向ける顔もない。ただ膝に手を置いて、下を向くしかなかった。
「あれっ、ビンゴ?とりあえず……前向いてよ。話、聞かせて。」
俺好みに淹れられた、コーヒー。
今でも覚えてくれていたことに、微かな希望を感じる。だけどコイツの目は笑ってない。今コイツが抱いている、俺に対する感情が手に取るようにわかった。
「……単刀直入に言う。あの時は、すまないことをした。」
言葉は思ったよりも素直に出てきた。
あの時は意地でも謝らない、そう決めたはずだった。この2年、死ぬ思いで反省して心からコイツが愛おしいと思った、そのせいか。
一時の流れに身を任せ、半分プライド固めのつもりで結婚した。あん時は俺自身、そんなにコイツに惚れ込んでるとは思ってなかったが、見た目もいいし料理も上手いおまけに裁縫もできる絵に描いたような嫁さんもらって満足してた。
そんな結婚が上手くいくはずもなく、あっという間にコイツとの生活に飽きた。身勝手過ぎる理由でコイツを傷付け、俺たちは離婚した。
誰もいなくなった部屋で思い出したのは、「おかえりなさい」の声だった。どんなに忙しくても絶対俺より先に帰ってきて、飯を作ってくれた。寝る時間は一緒なのに、俺より朝早くに起きて朝食、それから洗濯。家事の分担なんて思い付きもしなかった俺に、コイツは文句一つ言わなかった。夫婦らしいことは、一つしてやれなかった。セックスどことか新婚の甘いデートだってしてやれなかった。すれ違い、どころじゃねぇ。これじゃあ妻という名の、ただの使用人だ。
別に俺の為に働いてくれることが、好きだったわけじゃない。「俺の為に」何かをしようとしてくれる気持ちが嬉しかった。無意識に当たり前になって、終いにはそれが重い、とまで言ってしまった。
「今になって、お前の有り難さに気付いた。だから、その...俺は...。」
そう思って、コイツに連絡をした。
電話も繋がらない、メールも返ってきちまう。共通の友人にはじめて頭を下げたが、「本当に知らない」の一点張り。仕方なくコイツが勤めていた会社に適当な事情をつくって、なんとか聞き出すことができた。
地方ではわりと大きいこの場所に、離婚してすぐやってきたという。
何を思ってここにやってきたかは知らないが、コイツがこんなに遠い存在になってしまったんだと、道中の電車の中で思い知らされた。
「お前に会いたくて....。」
「許してほしい、とでも?」
首を傾げてそう聞く姿は、離婚届けを差し出したあの時の表情そっくりだった。
またコイツを失ってしまうのではないか、そう心臓が気味の悪い鼓動を打つ。
「さすが....なんでもお見通し、なんだな。お前には、一生かなわねぇよ。」
心から、そう思う。
たった一人の女すら、大切にできないなんて、俺は今まで一体何年間男をやっていたというのか。
今だってこうやって曖昧な言葉で、乗り切ろうとしている。この仕方ないやり切れなさが、喉の奥底で引っかかる。
「だが、無理は言わねぇ。いっそ許してくれとも言わない。お前があの時、何を思って俺に別れを切り出したのか教えて欲しい。」
コイツの苦しみを少しでも知りたい。
そうしたら、俺にもなにかできるんじゃないかと。だめだ、こうやって結局許しを貰おうとしている。こうすれば、自分が楽になれる、そう心の隅で思っている。
「ねぇ、歳三さん。あの時の記憶を思い出させるって、一番私に辛いことさせてるのわかってる?それで満足するのは、歳三さんだけでしょう?」
今度は逆に、ありすが俯いた。
コイツはコイツの中で、必死になって俺との思い出を消そうとしてた。そう気づいたときには時既に遅し。また俺は、コイツを傷付けた。
小さく震えた声に、今更選択を誤ったと思った。俺は一体何度間違えればいいのか。
重なる、俺たちが別れの署名をした晩の様子。
こうやって静かに泣きながらあの紙切れを差し出したコイツの面影が、ちらつく。
まずはありすがペンをとり、名前を記す。
きれいな文字が、無機質に踊った。
「俺は....。」
現実と過去が、入り混じる。
俺の心ん中の時間は、どうやら2年前で止まったままだったみたいだ。
「歳三さんって、ほんと身勝手な人...!人の気持ちなんて知らないで...。」
そっと俺の方に向けられた、「別れの誓約書」。
あとは俺の名前を書いて、印鑑を押せば完成だ。
「俺は....。」
あの時のデジャヴ。目の前で再生された、その過去に俺の脳みそはパンクしていた。
「お前と、別れたくないっ....!!」
あるはずのない離婚届を手で思いっきり払うと、ありすは驚いた様子でこちらを見た。
頬には一筋の涙の跡があった。
すまねぇ、本当に悪かった。
薄々俺の愚かな行為に感付いたときお前は何を思っていた?
言葉にしなくていい、その答えは俺が一生をかけて探す。
こうやって一生もがき続けて、苦しみ続ける。
2年間?だからなんだ。これは一生かけても償いきれねぇ。
そう思ったら無意識のうちに、俺はコイツを抱きしめていた。
「...歳三、さん...。」
「ありす、ほんとうにすまなかった。だからどうか、俺を...俺に、チャンスをもう一度くれっ...!」
苦しいよ、ありすの言葉で我に返る。
大きく深呼吸をすると、ありすはその口を開いた。
「あの....。」
視線が怖い。
俺はもう一度、お前を失うのか?
いいや、違う。ありすを本当に俺のものにすることは、出来ないのか?
「私はね、歳三さん....。」
Crier Girl & Crier Boy
(本当の君に逢いたい)
fin.
はじめ大好きママ様
はじめ大好きママ様こんにちは、この度はキリリクありがとうございました!
夫婦設定ですれ違いが続く中、会社の女の子と浮気して離婚、かーらーの土方さんが公開してよりを戻そうとする奮闘劇☆とのことでした。が....まさかの夫婦設定は回想、浮気に関しても軽くしか触れず、奮闘劇ところかただの大反省会....になってしまいました....あの、ほんとすみません...!!!!今回、ヒロインちゃんが許す許さないという場面まではご指定なかったので、むしろこれは土方さんにスポットを当てるべきなのかな、と思いまして最終的にどうなったかは書かないことにしました。もしはじめ大好きママ様がこれをお読みくださって、ヒロインちゃんの気持ちと重ね合わせてくださるのなら、許すor許さないかをこっそり教えてくださると嬉しいです。あとで続編として書かせていただきます←(すみません、逃げてるわけではありません...!!!)
お待たせしてしまったわりには、ご期待に沿うことができているか不安ですが...許せる範囲でお気に召していただけることを祈りつつご挨拶とさせていただきます。改めてありがとうございました!
尚、お持ち帰りの際ははじめ大好きママ様のみでお願いいたします。
ありす
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