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 Stay



会社のすぐ隣にあるカフェで、今日も一人テラス席でホットココアを飲む。
まだ肌寒いこの時期に、あえてテラス席を選ぶお客さんなんていないけど、私はどうしてもここに座る。

18時までに会社を出れたご褒美。
こういう日は必ずといっていいほど、この場所に居る。

(いたっ……)

目的は、この一瞬だけ。
隣の部署で働く、原田さんをたった一目見るためだ。原田さんは会社からでると、必ずこのカフェの前の道を通る。それも社内でイケメンとの名声高い、土方さんとセットで。

二人があっちの部署で、名コンビなのは知っている。見た目よし、頭よしのスーパーコンビ。
原田さんだって、もちろんかっこいい。現にこうして私が好きになったのは、原田さんの方だった。
綺麗な赤毛、ラフだけど上品なスーツの着こなし方、そして気さくな性格。社内で見かけた彼に、私はあっという間に心奪われた。
数えられるくらいしか言葉を交わしたことはないけれど(それも仕事のことだし)、そんなことは関係なかった。

原田さんを目で追っているうちに、必ずこのカフェの前を通ることを知ったのは数ヶ月前のこと。
好きだけど、言葉にできず。ただ彼を見ているだけで、幸せを感じていた私にとって、世紀の大発見だった。

原田さんを一日の最後に目に焼き付けたいという欲望と、ほんの一握りの希望を抱いて、私はここに座り続けているのだ。

(あれっ…)

今日は原田さんの様子が少し違った。
いつもなら何事もなく私の前を通りすぎるのだけど、何だが土方さんとぐちゃぐちゃもめている。別に空気が悪そうなわけではない。ただ押しては引いての繰り返し、そんなかんじだった。

(うっそ………!)

イレギュラーな出来事は更に続く。
まさかのまさか、原田さんだけが私のいるカフェの方に向かってきたではないか。
いや、原田さんだってカフェくらい入る。今日はたまたま仕事帰りにコーヒーでも飲みたくなったのかもしれない。ラッキー、珍しく目の前スレスレで原田さんを拝めるではないか。

(きゃっ、目が合っちゃった…かも!)

顔がぽっ、と赤くなるがわかって思わず手で覆ってしまう。原田さんであろう人の気配を真横で感じながらやり過ごそうとした、その矢先。

「…さとうだよ、な?」

大好きな想い人の声で紡がれた自分の名字に、思わず心臓が止まった。

「一緒に、座ってもいいか。」

「は、はは原田さんっ?!ええっ、もちろん、もちろんですけど…!」

どうやら私は日頃の行いがよかったらしい。突然恋の女神様が私に微笑んでくれたようだ。

「ありがとよ。んじゃちょっと俺、コーヒー買ってくるから。」

愛用のビジネスバッグを私の隣の椅子に置き、その場を一旦離れた。

すぐそばで見たことがなかったから知らなかったけれど、原田さん愛用のこのバックは海外のブランドものだった。さらりと持っているあたり、さすが着こなせているというか、不自然さがない。
それにああやってレジの列に並んでいるだけで、ものすごいオーラを放っている。決して嫌らしいとかそういうわけではなく、いい意味で目立ってるというか。
私はとんでもなくすごい人を好きになってしまったんだと、改めて実感した。

「どうした?人の鞄じろじろ見て。欲しいのか?」

「あっ、いえ、す…すみません…。」

「だよな。だってこれ男物だもんな。」

そうこうしているうちに、いつの間にか原田さんは戻ってきていた。コーヒーにミルクだけを入れ、スプーンで軽くかき混ぜた。別に意外ではない。だって会社でいつもそうやってコーヒーを飲んでいる姿を見ていたから。

「さとうとは…風間商社との一件以来、だったっけな。」

「あ、はい。そうです。あの時はお世話になりました。」

軽く頭を下げると原田さんは、そんなことない、と私の方を見た。
目の前で、仕事以外の時間でこうして原田さんと過ごせるなんて。多分帰り道、鳥の糞が頭に落ちてきても私は怒らないくらい幸せだ。

「あ、あのぅ…原田さん、どうしてこちらに?」

私は思い切って、原田さんにその理由を尋ねた。さっきまでの土方さんとのやり取りも気になっていたのもあるけれど。
そう聞くと原田さんは、少し困ったような表情をみせた。

「その、な。……土方さんが、どうしても行けっていうから…。」

「え、土方さんが?」

そうか、さっき二人がゴタゴタしていたのはそういうことだったのか。

「でも…何で土方さんが?」

経緯は分かったが、何故土方さんがそうしたか分からなかった。原田さんもそうだけど、格別土方さんとも仲がいいわけではなかった。何か悪い知らせでも、言われるのだろうか。

「いや、俺にもわからねぇんだけどよ…お前さん、…土方さんのこと好きなんだろ?」

「……はい?」

「いつもこのカフェで座ってるのは、土方さんを一目見ようとか、そういうやつなんだろ?残念なんだけどよ、土方さんには彼女が…」

まったくこの人は何をどうしてこう理解したのだろうか。私が好きなのは、あなた。
土方さんじゃなくて、原田さんに会いたくてここで待ってるのに。

「俺の推測だが、土方さん的にはお前さんに変な期待をしてほしくないから、俺に伝えさせようと…」

原田さんの的はずれな推論が、静かに展開される。思わず私はそれを遮る。けれど自分の頭で考えるより先に、言葉が口から零れていった。

「ちょっと待ってください!わ、私別に、土方さんのこと好きじゃないです!というか、ここでずっと待っていたのは原田さんですからっ!!」

……しまった、と思った。
だけど時既に遅し。原田さんは、度肝でも抜かれたかのように目を丸くして驚いている。
直接的に好き、って言ったわけではないけれどこれじゃあ告白したのも同然だ。

「あっ、あの!今のは聞かなかったことに…それから土方さんにもよろしくお伝えください!」

大慌てでまだ半分残ったココアを持って立ち上がる。食器の返却口に駆け込もうとすると、原田さんがその動きを妨げた。振動でココアの水面が大きく揺らぐ。

「原田さん、手を離していただけませんでしょうか…。私、今物凄く恥ずかしいんですけど。」

「いや、俺の方が…恥ずかしいことしちまった。頼む、座ってくれ。」

後ろを振り返れば、目線を下に伏せた原田さんが居て。私は思わず戻らざるを得なくなった。

私が戻ったのを確認すると原田さんは、大きくため息をついた。暫くの沈黙、原田さんの真意が見えない。

「……くそ、土方さんに一本とられた。」

「……はて、どう意味でしょうか…?」

沈黙を破った原田さんの言葉が、さらに状況を混乱させる。一本とられた?この二人、柔道でもやってたっけ。

「土方さんがとにかく俺をここに寄越した理由が、分かったぜ……。」

話を聞けば、随分前から土方さんは私のところへ行くよう勧めていたらしい。ただ原田さんはその意味が分からず、その度ゴタゴタを起こしていたらしい。
その時期は、私がここのカフェで原田さんを出待ちするようになってすぐ後だということも話してくれた。

「それで、土方さんがどうして…?」

事の流れは理解できたけど、それがどう繋がるか分からず更にその先を尋ねる。

「まじかよ、お前さんここまで俺が言ってもまだ気付かねぇのかよ?!」

「気付くもなにも…なんか、すみません、状況がイマイチ……。」

私がそう言うと、原田さんはまた少し何か考え込んでしまって。
まだ湯気がたつコーヒーを一気飲みすると、どこか意を決したように、神妙な声で私の名を呼んだ。何を言われるのかと、思わす身を構えてしまう。どきり、と嫌な鼓動を打った。

「一度しか言わねぇから、よく聞け…。」

もしかしたら、何ヶ月も原田さんを待ち続けたのに、さっきの一言ですべて崩れてしまったのではないかとか。それこそ土方さんに彼女がいた、のではなく原田さんにも彼女がいて待ち続けるのは無意味だとか。そんなこと言われるんじゃないかって、ネガティブなことばっかり頭の中を駆け巡る。








「俺だって、お前さんが俺を見ていてくれればいいなって、思っていたんだよ。」







その瞬間ふぁっと暖かい春の風が吹いて、何かが動き出すのを感じた。
この時期にはまだすこし早いけれど、私の長く終わりがないと思っていた冬が、終わりを告げるものだった。

「俺のこと、好きだってこと、だろ?」

「……はい。」

ただ原田さんには遠すぎて、一生かけても伝えられないを思っていた「好き」の言葉を、あっという間に誘導される。
いったん口から飛び出した本当の気持ちは、何度も何度も伝えたくなる。

「好きです、ずっと前から…好きでした…。」

原田さんはテーブルの下に、私の手をそっと引き寄せ、自分の指と私の指を絡めた。
誰にも見られないように、だけど強く。





「……俺も、好きだぜ、ありすのこと。」








Stay
(それは何気ない日常から始まる)









紀子様

紀子様、この度はキリリクありがとうございました!
土方もしくは原田でオフィス設定切甘とのことでしたが...相変わらず切甘の定義に苦戦しました笑以前サイトアンケにて、勘違い〜仲直り的な展開がお好きだとお聞きしていましたので、勘違いからの両思い発覚!という流れにしてみました。今回は原田で書かせていただきましたが、ばっさり土方を登場させないのも可哀想でしたので、キューピット役ということで許してください笑
お時間頂戴してしまったわりには、薄っぺらい内容となってしまったかも..と心配ですが、お気に召していただけることを祈りつつご挨拶とさせていただきます。改めまして、この度はありがとうございました!
ありす





















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