◎ Normal Question.2
今私に、絶体絶命のピンチが迫っている。
とある休日、恋人の左之助くんとゆったり寛ぐ昼下がり。
ひょんなことから私の昔のアルバムを一緒に見ることになった。
友人の写真とか、家族の写真とか、ちょっぴり恥ずかしい私の幼少期の写真とか。左之助くんも、楽しそうに見てくれた。
「それでね、このサークルのメンバーで.....」
アルバムがおわりに差し掛かったころ、写真は大学生時代のサークルのものになった。
夏の合宿でふざけあったこととか、思い出話が尽きない。特に大学時代の友人たちは、左之助くんとの会話にも何度か登場したことがあり、写真だけれども左之助くんに紹介できてよかったと思っていた。
だけど、ふと私は別のことを思い出したのだ。
ここから次のページには、元カレとの写真が並べられているということを。
そしてページは、無情にもめくられた。
アルバム一面に並べられている、元カレとの思い出が晒される。
一緒に遊園地に行ってピースしているものや、ふたり揃って浴衣を着ている花火大会の時のもの、そして極めつけはなんといってもこのプリクラ。ハートのフレームの中で仲良くキスしている、いわゆる「キスプリ」が恥ずかしげもなく貼られていた。当時の若さに、自分でも呆れかえる。
(だめめだめだめ....!!今はそんな場合じゃない!!どうにかしてこの場を切り抜けないと...)
当の左之助くんはというと、顔色一つ変えずに先ほどと同じように、アルバムを眺めていた。別に怒っているわけではなさそうだったけれど、どうしてもそんな風に見えてしまう。こっちの肩身はどんどん狭くなり、なんと言っていいのか分からない。
迂闊にアルバムなんぞ見せるべきではなかった、と激しく後悔する。
特に左之助くんは束縛するような人ではない。
それにお互い、過去にお付き合いしていた人がいたというのは薄々分かっている。あなたのはじめていただきます、といかう淡い幻想も抱いていない。年相応にそれなりに経験があることは分かっている。
だから今更隠すこともないのだけれど、恋愛に関する昔話というのは現恋人に進んで話すようなものではない。むしろ居心地の悪い話題だ。
それなのに今、私の過去の恋愛遍歴が現恋人である左之助くんにオープンされている。
なんとも言えない気恥ずかしさ、今更後戻りもできない息苦しさ。
気分は、あとひと押しで崖から転落するドラマのヒロインだ。
「......さ、左之助、くん..。」
「なんだよ?」
「あの....見るの、やめない?ほらこの前喋ってた旅行の話、しようよ。」
だめだ、完全に言葉のチョイスを誤った。
わざとらしいにも程がある。このあとの左之助くんの反応が怖くて死にそう。
「....そーだな。面白かったぜ、お前さんの昔話。」
「...はは、あ、ありがとうう...さーてガイドブック〜」
奪うようにアルバムを受け取り、引き出しの奥底に入れる。もう二度と、左之助くんの目の前に現れることのないようにした。
代わりに旅行のガイドブックを倍返しにして、差し出す。この旅行の話も、具体的に話あっていたわけではない。ただ行けたらいいね、そんな風に話していただけだから、無理すぎる話題転換だ。
「さ、どこにする?私、気になっているのが....、あって...。」
明るく振舞ったるもりが、自分の中で大きく空回りするのを感じた。
原因はやっぱり、さっきのアレ。元彼を平然と左之助くんに見せておいて、気にならないはずがない。
左之助くんなら、特にねちねち言わないと思う。
だけど何とも言えない息苦しさが、胸の中でつかえていた。実は結構気にしていたりとか、もしこれが逆の立場だったら、とか。嫌なことばかりが頭の中でぐるぐる駆け巡る。
「ありす....?」
何も言えない私に、左之助くんが異変を感じたようだった。
俯く私をそっと覗き込むようにして、声をかける。
「ごめん、なさい。...左之助くん。」
「.....なんだよ、突然。」
「分かっているでしょ...?さっきの写真のことだよ、....元カレとの。」
素直に白状すれば、左之助くんはたった一言「ああ。」と呟いた。
予想外の反応に、思わず左之助くんを見てしまう。
「別に...気にしてねぇよ。今もうソイツをは続いてないんだろ?」
「も、もちろんだよ!今の私には、左之助くんだけ。左之助くんが一番だから!」
「それなら十分だ。気に病む必要はねぇよ。」
そう言って微笑んだ左之助くんを見れば、自然と笑い声がこぼれた。
それにつられて、左之助くんも笑ってくれる。
気を改めてガイドブックを開けば、それだけで左之助くんとの楽しい旅行が見に浮かんでくる。
....しかしそんな平穏も束の間。
いつの間にか私の瞳は、天井を写していた。
両手首は左之助くんの強い力でしっかりと固定され、身動き一つとれない。足の間に左之助くんが割って入り込んできたと思えば、直ぐに私の唇が塞がれた。視界の隅っこで、左之助くんのきれいな髪の毛が、さらさらと動く。
「お前さんがどうしても気にするって、いうなら...これでチャラにしてやってもいいぜ?」
そうして意地悪そうに撫でられた体のライン。
この手つき、そしてその左之助くんの顔つきから次に私の身に起こるであろうことが容易に考えられた。
「え、そんな私....っ!」
「ほら、意外と俺も傷ついたんだぜ?慰めてくれよな?」
……絶対ウソ、だ。
この人、私が断れないって絶対分かってやってる。
本日二度目の大猛省をしながら、左之助くんのされるがままに身を任せた。
fin.
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