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 第二夜

突然目の前に現れた洋館、そしてその中で蝙蝠の一軍に襲われた私は、棺の中で眠る男の人に助けられた。
真っ黒な蝙蝠の集団が去っていき、視界が開ける。気が付けば男の人は、その場に倒れ込んでいた。

「あ、あの!大丈夫ですか...!」

駆け寄り、その体に触れる。手についたぬるりとした感覚、紛れもなく血だった。
傷一つ一つはそれほど大きくないが、なんといってもその量が多い。急いでハンカチを取り出して拭おうとするが、瞬く間にハンカチが真っ赤に染まった。

「よせ、俺は大丈夫だ。その棺に入れば...。」

無理やり立ち上がろうとする彼に、そっと肩を貸した。
名前も知らない、初めて会うような人に庇われて、放っておけるほど私も冷血ではない。
言葉とは裏腹に、私の肩にそっともたれかかった。やはりダメージは大きいようだ。

半開きになった棺に潜り込むようにして入っていく。
その傷ついた体を横にすれば、目を疑うような光景が広がった。

傷ついた箇所が、ぶくぶくを膨れ上がり、そしていつの間にかそれは塞がったのだ。
一瞬の出来事だった、それが全身至るところで起こっていて、彼の体には乾いた血の痕跡だけが残った。

「これって……やだ、勝手に傷が治ってる…?」

あまりの衝撃に、私は今度こそ意識を失った。
閉じられた棺に倒れこんだのは何となく分かったけれど、冷たい、それくらいの感覚しかなかった。






遠くから、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
どこか懐かしい、心地のいい男の人の声だった。

「.....ありす。」

遠い記憶の彼方、私を包み込むような温かな風が吹き込む。体がまるで宙に浮いているような感覚に襲われる。

「ありす。」

今度はすぐ後ろから、名前を呼ばれた。
思わず反射的に振り返ると、そこにはついさっき名前も知らぬまま棺の中で眠りについた男性の姿があった。

「あっ、あなた、は…。そうだ!お怪我は大丈夫ですか?あの、ありがとうございました…!」

「礼なんていらねぇよ。お前が無事ならそれでいい。」

ふと、私は周囲の異変に気付いた。
先ほどまでのゴシックホラーな環境とは違い、方向や立体感覚を失うような一面同じ色の空間にいたのだ。
妙にふわふわとした感覚は、このせいかもしれない。

「…あの、ここは何処ですか…?」

「ああ、ここはありすの意識の中だ。」

「え?私の……って、何故私の名前をご存知なんでしょう…?」

そう尋ねれば男の人は、そのうち分かる、とだけ言った。
この瞬間はじめて真正面から彼を見たが、自分を庇ったせいで傷付いた体は既に回復している。暗闇で光り輝くようだった紫の瞳は、思ったよりも優しかった。

「何だが質問続きで申し訳ないのですが、さっき棺の中で…寝たはずでは…?」

「驚くのも仕方ねぇか。確かに基本棺の中にいるが、お前が寝ている時だけ、ありすの意識の中で姿を見せることが許されてる。」

「…なんだか、面倒ですね…?」

「そういう呪いだからな。」

そう呟いたのは、半ば諦めなのだろうか。
どこか悲しげな彼の表情が、胸を締め付ける。
それにこの人は私の名前を知っているのに、私は知らない。初対面だと思っていたけど、どうやら身を呈して守ってくれたあたり、そうではないのかもしれない。
そんな彼自身の心中なんて容易に察しがつく。無条件に与えてくれている微笑みが、申し訳ないくらいだ。

「貴方は…呪いを、かけられているの?」

「ああ、でもお陰でこうしてお前に会えるから気にならねぇよ。」

眼差しが、痛いくらいに優しかった。
そっと私の頭を撫でてくれる彼の手が、柔らかい。でも不思議と熱を感じることができなかった。ものすごく、冷たい。

「あの、貴方にはどんな呪いが…?そして何故…?」

なぜ彼がこうならなければならなかったのか、純粋な興味が湧いた。

彼の話によれば、この呪いは解けることはないという。
特徴はいくつかあるが、まず第一に人間の前では棺の中で眠り続けなくてはならないことだ。しかしたった3度だけ、現実の世界で人間の前に姿を現すことが許されるという。しかしそのタイミングは本人でも分からない、らしい。勝手に目が覚める感覚だと彼は言った。その第一回目が、ついさっきだったというわけだ。
しかしこうして他人の意識の中であれば、姿を見せることができる、と彼は言った。
要はたった3度だけ、現実で目覚めることができるということだ。3度目覚めたらそのあとは、一万年眠り続けるらしい。その時は他人の意識にも入り込めない。

しかしその重い口から、呪いがかけられた理由は語られなかった。ただ、いずれ分かるかもしれないが今は知らない方がいい、としか言わなかった。

「あっ、あれ……?体が透けてきた…。」

ふと自分の体に違和感を覚えた。
さっきまでしっかりあった自分の体の感触が徐々に薄れてきていたのだ。

「お前の目覚めが近いんだろう。そろそろ俺も出ていかねぇとな。」

彼はすっと私に背を向けた。
まだ知らないことばかりだというのに、もっと話していたかったのに、随分と短かった気がする。

「ね、ねぇ!……また、会える?」

多分下半身は消えかかっていたと思う。
だけど最後に、どうか再会だけは約束しておきたかった。

「……ありすが望むなら、いつだって会いにきてやるよ。」

そう聞いたのを最後に、目の前が何も見えなくなった。








瞼の隙間から、朝日が差し込む。
真っ暗だった夜とは違い、館内が太陽の光に照らされていた。想像よりも、物騒ではないように見える。

(あれ……私……)

まるで棺の中の彼を抱きしめるような体勢で、目を覚ました。
背中が温かい。ついさっきまで誰かが暖めてくれていたような、感触がした。

(名前……聞きそびれちゃったなぁ…)

額に手を当てて、ぼんやりとした記憶をたどる。でも確かに、私はこの棺の中の人物と会ったのだ。

(まあ会いたい、なぁ…)

理由は分からない。
だけどまた彼に会いたいと、心から思った。
そして、その手で抱きしめてほしいなんて、何故だろう。そう欲しているのだった。





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