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 第三夜

それからというものの、私は一切この洋館から出ることを許されなかった。
というよりかは、出られなかった、というのが正しい。
外のことなんて最早気にならなかった。なんといっても、この場所がどこか懐かしく非常に居心地が良かったのだ。

洋服もご飯も、余る程用意されていた。
朝がきて目を覚ませば、普段着ることのない可愛らしいクラシカルなワンピースが置いてあって。お腹がすいたと思えば、大広間の部屋(だと勝手に思っている)にはいつの間にか食べきれない位のご馳走が並べられている。洋館の中はとても広いし、本もたくさん置いてあったから退屈はしなかった。

そうしてぼんやりと一日を過ごし終え、最後に彼の眠る最上階へ行く。
どうしても彼を近くに感じたくて、そっと棺の上で目を閉じるのだ。夢の中、正しくは私の意識の中では彼に自由に会えるから、ほんの一時の逢瀬を楽しむ。

夢の中で、彼に会った記憶はある。
最上階に行って、棺のに横たわったことも覚えている。
それなのに目を覚ますといつも、何故かベットの上にいるのだ。
もしかすると、彼がそっと私を運んでくれているのかもしれない。なんとなくそう感じていた。

夢の中で彼は、自分を「土方歳三」と名乗った。
この不思議な逢瀬が始まってから何度目かの晩のことだった。
どこか聞き覚えのある、名前。すごそこにまで記憶が戻りかかっているのに、あともう一歩のところで妨げられる。必死になって思い出そうとする私に、歳三さん(そう読んでほしいと彼に言われたので、ひとまず歳三さん、と呼ぶことにした。)はそっと頬を撫でて、無理しなくていい、と言った。だけどその表情がやけに切なくて、とても申し訳なくなるのだ。

この日もいつも通り1日を終え、歳三さんの待つ場所へ続く螺旋階段を上がる。
すっかりこの光景にも慣れたので、初めての時のような驚きはもうない。天井からみえる月を仰ぎ、燭台を床に置く。ひんやりとした無機質な床に、金属がぶつかる音が響く。

「歳三さん、今夜もまたきましたよ。早く私の意識の中に来てくださいね。」

棺にもたれかかり、意識を手放す。
ただ彼に会えることだけを願うばかりだった。
けれどこの日だけは、久しぶりに「夢」を見たのだ。

どこか懐かしい、哀しい夢だった、と思う。













コンコン、と控えめなノックの音がした。
私は読みかけの本を閉じ、ベットの上に投げ捨てる。

「歳三さん!お待ちしていましたわ!」

扉を開ければそこには、ティーカップ2つとポットをのせたお盆を持ち、姿勢良く立つ歳三さんの姿があった。歳三さんは軽く一礼する。

「さ、早く入って!誰かに見つかってしまうわ。」

何も言わない歳三さんを、そそくさと招き入れる。紅茶のいい香りが広がった。

「お母様達には気付かれていない?」

「………大丈夫だ、不自然に見られないようこうして紅茶を持ってきたからな。」

私は名家であるさとう家の長女として生まれた。この大正の時代、何不自由なく生活していた。普通の女の子が着られないようなドレスを身に纏い、お洒落をめいいっぱいする。食事は西洋のものが中心で、これはみんな我が家の料理人が作ってくれる。

歳三さんは、この家に仕えるうちの一人だ。
私が物心付いた頃から、ずっとこの家で働いている。
幼い時からずっと私を見ていて、歳三さんもずっと私の成長を見てきた。特によく私の面倒を見ていてくれた、そんな歳三さんに私が恋心を抱くのは私みたいな世間知らずのお嬢様にとって、ごく自然なことだったと思う。

他の人の目があるときは、あくまで主人と使用人。だけど私たちはひっそりとその愛を育んだ。

「なるほど、さすがは歳三さん。ねぇ、今夜はいつまでいてくれるのかしら?」

「そうだな…明日の舞踏会の準備があるから、そう長くはいれねぇな。早起きしなくちゃならねぇ。」

2人きりのときは、敬語を使わないことが決まりごとだ。身分の違いについても、触れてはいけない。

「……嫌だな、明日の舞踏会。」

「仕方ねぇだろ、さとう家の長女としての仕事なんだから。」

歳三さんは、慣れた手付きで紅茶を注ぐ。外国から直接取り寄せたこの紅茶は、巷ではあまり飲めないものだ。

「そうじゃないわ。仕事をするのは苦じゃないの。ただ…。」

「ただ、なんだ?」

「歳三さん以外の殿方に、気安く触れられるのが嫌なだけ。」

そう言って私は、自分の指と指を絡めた。
そっと歳三さんの手のひらがそれを包み込む。

「俺だって、耐えられねぇよ。」

だから、と付け加えた歳三さんは、真っ白なふかふかのベットに私を押し倒した。
衝撃はない、だって歳三さんが私の背中を支えてくれていたから。

そのまま深い口づけを交わして、お互いを貪り合う。
いつも間にか私の肌は外気に晒され、ひんやりとした空気が小さく体を震わせた。

「だから今のうちに....先客がいる証をつけておかねぇとな。」

「あれ?今夜は早く戻るんじゃなくって?」

今度は私から一切の酸素を奪っていくような、接吻。
ちかちかを目の前が眩んで、思わずその体を引き離した。

銀色の唾液の糸が、唇同士が離れていくと同時に引くのを視界の片隅に見た。
それを手でぬぐった歳三さんが妙に艶かしい。

「予定変更だ。今夜はたっぷり可愛がってやるよ。」



少しだけ、眠りが浅くなった。

夢に出てきた女性は、私と同じ名前を名乗っていた。見た目も瓜二つ。
なんとなくその意味を分かっていたけれど、それが何を意味するのかは、まだ理解できていなかった。

私とそっくりな女性が、歳三さんそっくりな「歳三さん」と恋仲であったこと。
これはきっと、前世の記憶なんだと思う。

もう一度ゆっくりと目を瞑れば、その続きが再生された。





ひんやりと冷たい風が吹き込む。
宴が終わった後の舞踏会場は、嵐が過ぎ去った後のように静かだった。

「...お嬢様、そこにいらっしゃいましたか。」

「歳三...さん。」

声をかけられ、ふと我に返る。
歳三さんは周囲の様子を確認すると、庭園に佇む私に近寄ってきた。
思わず流れそうになった涙を飲み込む。

「...聞いたぜ、婚約決まったって、な...。」

「随分と聞きつけるのが早いのね。」

付き合いだと聞かされていた舞踏会は、実は婚約の儀式のようなものだった。
相手は名家の次男坊。男の子のいないさとう家の後継となるため、婿養子としてやってくることになった。

この人とは初めて今日顔を合わせた。
付き合いだと誤魔化したお母様も、私に後ろめたさがあったからそうしたのだろう。
そんな人といくらなんでも、婚約なんてできるはずがない。さっきだってほんの少ししか言葉を交わさなかった。

そもそも私には、歳三さんがいるのに。

「いつかはありすにもそういう人が現れると思ったが....。」

こんなに早いとは思っていなかった、そう深くため息をついた歳三さんを見たら、堪えていたはずの涙が止まらなくなってしまった。
この前の誕生日に歳三さんからもらったハンケチーフを握り締め、ひっそりと目元を拭う。

いいものを着られる、食べ物に困らない。
こんな贅沢いらないから、自分の選んだ人と結ばれる自由が欲しかった。

「私は嫌よ、ぜったいに嫌!お父様やお母様が決めた人となんか、結婚しないわ。私は歳三さんと、このままいたい...のに...。」

「...いいから、今日はこのまま部屋に戻れ。眠れそうになかったら酒持ってきてやるから。」

歳三さんは私の手首をぐっと掴んだ。それがすごく冷たく感じた。
そのまま引きずられるように庭園を突き抜け、私の部屋の前まで運んだ。目の前にそびえるこのガラス張りの扉が、私の部屋とベランダをつないでいるのだ。
胸ポケットに仕舞われていた合鍵を取り出すと、その扉を開け、やさしく放り込んだ。

「何がいい?この間いただいた果実酒がいいか?」

「....いらない。」

そんなものいらないから、ここにいて。
そう言ってしまえば楽だけど、歳三さんを困らせてしまうのは分かっている。

「わかった、とりあえず横んなれ。今後どうしてくかは、明日から考えればいいだろう。」

だめ、明日からじゃ遅いのよ。
だって結納は来月にやるって言っていたじゃない。

歳三さんは忍ばせていた懐中時計に目をやった。
もう少ししたら、庭師がこのあたりを巡回する。そうすれば歳三さんの姿が見つかってしまう。

「...すまねぇが、俺はこれで行く。また、明日...な。」

ねぇ、どうして何にも言ってくれないの?
貴方は私の「困ったこと」を全て解決してくれたでしょう?なのに何で、こればっかりはどうしようもしてくれないの?

歳三さんに怒っても仕方ないけれど、この時ばかりはどうしようもなくて。
気がついたら私は、いつも出さないような声をあげて歳三さんと呼び止めていた。

「何か言って頂戴よ!歳三さんだって、嫌でしょ!?だったらいつもみたいになんとかしてよ!!」

だけど歳三さんからは何も返ってこなかった。
そして初めて私の許可なしに、その背を向けたのだ。

扉の締まる無機質な音だけが、月明かりにこだました。



















To be continue...








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