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 第一夜

「ここ.…どこ..?」

いつもの真っ暗な帰り道が、今日はいつもと違う様子を見せていた。
この道を右に行けば自宅のはずなのに、その右折する道がない。あるのはまっすぐ伸びる、石畳の道。そしてその先に見える、奇妙な古びた洋館。

「どうしよう、私こんなに疲れていたっけ...!?」

確かに、疲れているといったらそうだけど、幻覚を見るほどではないと思う。
しかし仕方ない、今来た道を振り返ればいつの間にかそこは茨の海だし、引き返す道もない。この道をまっすぐ行くしか、選択肢はないのだ。















「こんにちはー...誰かいますか....」

大きな扉が、軋む音をあげて開いた。軽くドアを押しただけで、埃が舞い上がる。小さな小石らしきものも落ちてきた。そして木霊する、自分の声。

「この時代になってもこんな建物...あるんだ...」

目の前には赤い絨毯がまっすぐとのびている。その先には豪勢な手すりのついた階段が、私を誘う。明かりを失ったシャンデリアには、クモの巣が張り巡らされていた。唯一の明かりの源は、たよりなく揺らめいているろうそくの炎。どこかの夢の国のアトラクションでもない、まさしく不気味、という言葉が似合うだろう。

幸運なことに足元にろうそく立てが転がっていたので、それを拾い上げた。この場を照らしている一本のろうそくを取る。長さ的にもまだしばらくは持ち堪えてくれそうだ。この明かりで行って引き返してこれるくらいの距離までなら、なんとか行けそうな気がした。失われた自宅への道をなんとしても取り返さなければならないので、この家主にでも助けを求めなくてはならない。

不穏な音を立てる階段を登っていく。
ミシミシ、と今にも崩れそうなそれは私の恐怖心をより煽り立てる。
階段からは、先ほどまで自分が立っていた場所を一望することができた。思ったよりも立派な作りだ。建築に関しての知識は全くの皆無なので、ただ感心してその場を後にする。
次に現れたのは、長い廊下だった。両サイドにびっしりと部屋があり、使用用途の分からないもの、またおおよそ予想がつくもの、いろいろだ。
しかし一つ分かったことがある。恐らく時代背景的には、この洋館が存在していたのは大正時代付近だということだ。教科書やテレビでみたような、大正浪漫的な要素が至るところに見受けられた。

「ひゃっ!今度は.....何...?」

次に聞こえてきた音は、これまた不気味な音だった。
何かがバサバサと音をたて、それを鼓舞するかのように何処からか時計が針を打つ。
それらから逃れるように奥へ奥へと進めば、既に方向感覚を失っていた。

「もうここが何処だかわからないよ...!」

いくら洋館に迷い込んだとはいえ、服装は仕事帰りのままだった。こういった場所用に作られていない靴は悲鳴をあげている。
痛む足元を引きずり、記憶を頼りにそこらじゅうを駆け巡った。暖炉のある大広間、ビリヤード台が置かれた応接間、立派なシャンデリアと装飾で彩られた舞踏会場、ドレスやタキシードが並んだ衣装部屋もあった。これが昼間の、人の気配のある場所だったらどんなによかったか、少し、いやかなり悔いた。

母親が枕元で読み聞かせてくれた、お姫様の住む洋館。
イメージはそんな記憶の片隅にあるような美しいものだが、今は9割方恐怖が占めている。

しばらくして、初めて見かける扉を見つけた。
それは他の部屋のドアと違って、かなり控えめにひっとりと存在していて、一見すると見逃してしまいそうだった。

「...えっ...?」

あろうことか、扉が一人でに開いたように見えた。
まるで自分を呼び寄せるかのように、奥側へとゆっくり開く。これは進め、ということなのだろうか。
ついさっきまでの自分だったら、ここで数分考え込むだろう。だが何故かこの瞬間だけは、進むべきだと一瞬で判断した。

扉の向こうは、長い長い螺旋階段が続いていた。
天井はガラス張りになっていて、今宵の満月がよく見える。見かけによらずしっかりした構造で、先程まで歩いてきた床や階段とは比べ物にならないくらい物理的な安心感があった。

「うっわ……まじで、なんか出るよ、ここ。」

螺旋階段を登りきった先に、黒いモノタイルが敷き詰められた空間が現れる。四方八方を薔薇の茨で取り囲まれ、その中心にたった一つ棺が横たわっていた。
木製の棺には小さな十字架が刻まれており、その蓋はしっかりとチェーンで閉められている。どうやら中はのぞけないようだ。
頼りの蝋燭が、どこからか入ってきた隙間風に煽られて、静かに消えた。

「うっそ…火、消えちゃったじゃない!…もうっ…生きてる人より死人を先に見つけるなんて……この家、どうなってるのよ…。」

視覚を奪われ、残りの五感を最大限に活用する。視覚に全て頼っていた先ほどまでと違い、聞こえなかった音まで聞こえるような気がする。その中には、妙に何かが動く音、更にそれはこちらに近付いている。

「……誰?」

ガサガサ、と羽を動かしているようにも聞こえる。一方で、地を這っているようにもとれる。
棺に背を向け、辺りを見回した。何もできないけれど、何かしないと確実に身が危ない。

「ちょっと…誰なの…?!」

振り返る方が遅かった。
一瞬にして黒い物体に覆われると、辺り一面何も見えなくなる。手で追い払おうとしてもまとわりつくそれは、恐らく意思を持って自分を責めたてていると理解した。

「やめっ、やめてっ…!」

抵抗むなしく、ぐるぐると黒い物体は一向に離れようとしなかった。時折自分の肌をかすめ、小さな呻き声が漏れる。しかし痛みを感じないほどに、恐怖しか感じなかった。

「いやっ、やめてっ!やめて、よ!!!」

大きな叫び声をあげた、その刹那。
今度はどこからか大きな人影が現れた。

「やめて……、えっ…?」

その人物はおもむろに短剣を取り出し、目の前の黒い物体に戦いを挑んだ。
一斉にその人物へと注目が集まり、先ほどまで自分の周りを取り囲んでいた黒い物体は、いなくなった。そしてこの時初めて気付いた、あの黒い物体は蝙蝠だったことに。

謎の人物は、まるで自分を庇うように短剣を振りかざしていた。蝙蝠が自分に攻撃しようとすれば、身を挺して守ってくれる。小さく飛沫を上げる血が、痛々しい。

「怪我は....ないか。」

一瞬だけその人物がこちらを向いた。
まるでアメジストを埋め込んだようなその瞳は、暗闇のこの空間によく栄える。そして動くたびに揺れる絹糸のような黒髪が美しい、男の人だった。

「え、ええ。大丈夫....あなたが、守ってくれたおかげで...。」

「まだヤツらはやられちゃいない。俺から離れるんじゃねぇぞ。」

今度は私を制止するかのように、その男性は腕を伸ばした。
彼の服は、いたるところ食いちぎられている。血に濡れた肌が露になっていた。蝙蝠にやられた跡だろう。
しかし一切ひるむことなく、もう一度短剣を握り直した。

「あの、あなた...は?」

「話はあとでだ、今はおとなしくしてろ。」

館内に雷鳴が轟いた。
先程まで頑丈に蓋が閉められていたはずの棺が、開いていた。








To be continue......












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