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 サロメ11

芹沢鴨が土方によって殺められてから、数日が経った。
混乱を極めていた屯所内も徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。

芹沢鴨がいなくなってから、新選組には穏やかな平穏が訪れていた。なにぶん土方や近藤の悩みの種も減ったようだったが、その多忙さに変わりはなかった。芹沢鴨ごときで肩の荷が降りるほど新選組も簡単な大義名分を掲げているわけではない。

しかし一方でありすにとって、芹沢鴨がいなくなったことな、死活問題だった。
元は、芹沢鴨の女としてこの屯所に置いてもらっていた。色々問題も起こったが、結局のところ芹沢鴨のご機嫌取りとして置かれていた意味合いが強い。そんな今、ありすがここに残る理由など無いのだ。

「ありすちゃん、近藤さん達が呼んでるよ。」

屯所内の枯葉を掃いていると、ありすはそう沖田に声を掛けられた。
いよいよその時がやってきた、ありすは悟った。
結局、全てが中途半端だった。土方の首を取ることも、任務を捨てて彼に想いを伝えることも、全てを投げ捨てて彼を守ることも出来なかったのだから。

「…失礼します、ありすです。」

近藤の返事を確認すると、慎ましく部屋に入る。正面に山南、近藤そして土方が待ち構えていた。

「悪いね、ありすくん。せっかく掃除をしてくれていたのに。」

「とんでもありません。皆さんには大変お世話になっていますから。」

会話は穏やかに始まった。
しかしありすの胸中は、決して穏やかなものではなかった。
今度は山南が、口を開く。

「芹沢さんの一件では辛い思いをさせましたね、申し訳ない。ところでこれから貴方の処遇なんですが…。」

ありすは目をつぶり、その時を待つことにした。用無しの女はすぐに捨てられる、自分の場合新選組の秘密を知ってしまったから殺されるのかもしれない。そう覚悟した。

「……貴方さえよろしければ、暫くここに残りませんか。」

「………へ?」

予想外の山南の言葉に、ありすは耳を疑った。あの言い方では、全て自分に決定権が委ねられているようだ。恐らくここで出て行っても殺されることもなさそうだ。だが一方で、ここに居座り続けることもできると。

「私…殺されないんですか?」

「何を言う、さとうくん。何で俺たちが君をそうしなければいけない。」

「だって……羅刹、のこととか…。」

近藤と山南は、不思議な顔をして互いを見合わせた。ただ一人、まったく表情を変えていないのが土方だ。腕を組んだまま、ずっと下を向いている。

「それはお気になさらず。羅刹のことは、我々が勝手にお教えしたものですから。これで貴方に手をかけたら理不尽にも程があります。」

「あっ、……ありがとうございます…」

「それにトシは、君に格別の信頼を寄せているようだしな。なぁ、トシ。」

近藤に名前を呼ばれて、ようやく土方が顔をあげた。別に、と一言吐き捨てるように言いつつも、恐らく近藤の言葉が本心なのだろう。鬼の副長が何故こんなにも簡単にありすに心を許したのかは、よく分からないが。

「……まぁ、そういうことだ。だが今まで通り、屯所内では大人しくしとけ。芹沢さんが居ない今、このことを知っていいのは幹部だけだ、いいな。」

土方は一人先に立ち上がる。どうやら話は終わりのようだ。ありすは今にも飛び跳ねて喜びたいところだったが、ぐっと堪える。

「これから貴方は、土方くんの小姓という扱いになります。基本的に、土方くんの指示に従うようにして下さい。」

「はいっ、よろしくお願いします。」

襖に手をかけていた土方の動きが止まる。
物凄い形相でこちらを振り返ると、ただ一言「なんの冗談だ」と。
この三人の間で認識の食い違いがあったようだ。いや食い違いというかわ策士山南の本領発揮といったところだろうか。十中八九、土方は今突然ありすを押し付けられたのだろう。

「山南さん、俺はそんな話聞いてねぇぞ。」

「何を仰る、土方くん。さとうくんを小姓にすればいいという話になったではないですか。」

「確かにそれは聞いたが……俺の小姓だとは、聞いてねぇ。」

笑顔の山南と、この世の終わりのような表情の土方を、ありすは交互に見た。土方の傍にいられるのは、願ったり叶ったりだが。

「ほらほらさとうくんが困っています。よろしく頼みますよ、土方くん。」

「んなの認めねぇぞ!山南さん、そっちで引き取ってくれ!」

大きな音を立てて、襖が閉められた。
山南はまだその不敵な笑みを浮かべたままだ。近藤は近藤で、声高らかに笑っている。

こうして翌日、土方の部屋に机が一つ増えたのは言うまでもない。












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