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 P.S GIRL




私の彼は、注目の的だ。
整い過ぎた美しい顔立ちに、仕事は完璧にこなし、人望も厚い。
我が社の重要部署を率いる彼は、いい意味でとにかく目立ち過ぎだ。
当然会社の女性陣の噂話の中心には必ず彼がいて、会社内外から虎視眈々と狙っているのだ。

彼の名は、土方歳三。
何を隠そうと、私の上司であり彼でもある。

彼の下について数年が経つが、付き合い始めたのは数ヶ月。ビジネスパートナーから恋仲になったのは、多くの時間を共にしていた私たちにとって自然なことだったのかもしれないが、その先が前途多難なのは分かりきっていた。

私たちの関係は、公にしていない。というか、するつもりもなかったけれど、なってしまえばそれで良いと思っていた。ただ土方歳三美男子部長にはどうやら彼女がいるらしい、それだけは皆は知っているようだった。

モテる彼氏をもつと、気苦労がとにかく半端ない。
好いてくれていると理解してるとはいえ、何度脳血管が切れそうになったことか。明らかに色目を使ってくる女性社員、それが私より格段美女だともはや降参したくなるレベルだ。

そして、ほら今日も。


久々に大口の商談がまとまった。相手は、現代らしいビジネスを展開する流行りっぽい会社だった。そこの女社長が、とにかく絵に描いたように美しい。清楚さを残しつつアレンジされた髪型や、ビジネスには少し派手なスーツを上手く着こなし、爪はほのかに彩られている。土方さんのお手伝いとして同席した私は、一発でやられた。リクルート時代の延長のようなスーツ、効率重視の髪型、紙でぼろぼろになった爪たち。どうみても輪から外れているのは、私だ。

まず、女社長の色目の使い方がえげつない。明らかに土方さんを狙っている。ビジネス上なら土方さん自身が武器になる。特に相手が女性ならば。しかし男と女になれば、話は別だ。
彼女は私たちの関係を知ってか知らないか、とにかく私を引き立て役にしようとする。合コンでいえば、自分より下の女を誘って、自分を可愛くみせる、アレである。

「ではこちらに関しては、さとうの方から、ご説明させていただきます。」

土方さんが、私の方に話をふる。手元から適切な資料を相手方に渡し、軽く一礼した。とたんに、彼女の視線が冷たくなる。さっきまで土方さんの話はあんなに聞いていたのに。なんだ、こいつ。


商談が一段階つくと、相手方の会社の社員食堂で軽食をいただいた。女性中心の会社とあって、食堂も可愛らしく明るい色で統一されている。メニューも女性が好きそうなものばかりだ。
自慢の紅茶とスイーツをいただきながら、談笑する。
実は今、彼女と私だけという異様な状態だ。土方さんは、同じ会社の別の方と商談をまとめている。

「さとうさん、土方さんとは、長いの?」

「あ、はい。土方とは2年程一緒にやっています。」

「それは、公私ともども?」

くすくすっと彼女が笑う。分かってる、こいつ分かってるぞ。私はどう返すべきか迷ってしまった。

「しかし土方さんも大変ねぇ。仕事もプライベートも手のかかる子がいて。」

「は、はぁ………。」

「あなたのことを言ったいるのよ。さっきのあなたのプレゼン、大分土方さんに助けられていたじゃない。」

自分でも失敗した、そう感じたあの部分か。悔しいが、その通りだ。しかしよく見てるな、この女。

「ああいう方には、身の丈合った人がいるわけでね、分かる?」

まるでそれで自分と言わんばかりに。
つまり自分のような、容姿もよくて仕事もできる、彼と同じくらいの人間でないと付き合ってはいけないと。
例えそれが、仕事でもプライベートでも。

「私の不注意でご迷惑をおかけして申し訳ございません。」

こんな時はとにかく謝って引き下がるのが、先決だ。

「別に、私は迷惑じゃないけど。ただ忠告して差し上げただけよ?」

つくづくむかつくな、こいつ。私がさっさと謝ってその場を終わらそうとしてることを、分かっている。
唇をきつく閉じ、悔しさのあまり泣きそうになるのを堪える。彼女はそんな私を見て、楽しんでいるに違いない。

「こいつは正確に言うと、この担当じゃねぇ。俺が連れてきたんだ。大目に見てやってくれないか。」

私の肩に、柔らかい感触を感じたと思ったら、聞きたかった愛おしい人の声が聞こえた。

土方さんが戻ってきた。

彼女は目を丸くしている。土方さんが、私を庇ってくれた。

「あらやだ、ありすさんを苛めていたわけじゃないのよ。ただ土方さんってよい上司ねっ、て話をしてましたの。ねぇ。」

私のことをチラリ、と見る。ほら頷け、と。

「申し訳ないが時間が迫っていてな。これで失礼する。」

お茶の誘いに乗ったのは、紛れもない、土方さんだったのに。事実、この後に予定は数時間後だ。なんやかんやで付き合いを大事にする土方さんが、嘘をついてまでこの場を離れようとしてるなんて。

「いくぞ、ありす。」

……もしかして、私の為?

その場を急いで立ち去る彼に、ついていくのが精一杯だった。







会社に戻り、土方さんが小会議室に私を呼び付けた。5人くらいでディスカッションするために使うような、こじんまりした会議室だ。部屋によってテーマみたいのがあって、指定された部屋は「社員同士腹を割って話せるように」とデザインされている。きっと今日のことだろう、先程まで使っていた資料を抱え込み、小会議室に駆け込んだ。
土方さんは不機嫌度MAX。私、そんなにやらかした?

そこに座れ、とカラフルな回転椅子を指す。

「…本日も、たくさんご迷惑を…」
「あのクソ女社長に、何言われた。」

え、あれ。私を馬鹿にしたこと?いやそんなんじゃ、こんな場所使わなくていい。今はまだビジネスパートナーversionだ。

「えと、先程の資料でご指摘をいただきました。」
「ちげぇよ。あの女に、なんて馬鹿にされたかって聞いてんだ。」

つまり、土方さんが言いたいのは。

「もしかして、気が付いていたんですか…?」

土方さんの怒りの表情は、少し和らいだ。だって照れ臭そうな表情になったからだ。

「……悪りぃ、すぐに止めるべきだったんだが……。」

つい大口の取引ですぐに口が出せなかった、そう彼は言った。

「ああ!大丈夫です、私慣れっこですから。こういうの。」

社内で彼の噂が出る度に、傷ついた。土方さんの彼女ってすごく美人なんだろうね、あの人と一緒にいるとか自分に自信がないとできないよね、とか散々言われてきた。
彼が一緒にいたいと望んでくれているのに、私は本当に彼に見合う女なのだろうか。そんなことばかり考えさせられた。

「慣れてる、ってお前…。良くねぇだろ。ってか、もしかしてこういう事、しょっちゅうだったのか?」

「土方さんは、もっと自分のスペックを認識すべきです。」

それは仕方のないことだ。彼はあまりに出来すぎている。注目されるのはもちろん、その周りに与える影響は大き過ぎる。

突然、視界が反転した。
背中にはクーラーで冷え切った会議机があたり、天井がみえる。しかしその視界に入るほとんどは、土方さんの顔に埋めつくされていた。

「ひ、土方さん……?」

「手前ぇの惚れた女が、そんな風にされているの、黙って見てられるかってんだ。」

再び怒りの表情。さすがに、鬼の土方部長と呼ばれるだけある。気迫が迫っている。

「あ、あの。勘違いだったらアレなんですが。さっきお茶を断ったのは、私の為です、か?」

土方さんは小さく、ああ、だからなんだ、と言った。それだけで私は十分だ。

「もう一度言います、私は大丈夫です。誰がなんと言おうと、貴方がそばにいてほしいと望んでくれるだけで、私は大丈夫です。」

「ったく、これだからよ…。そんなお前が、………好きだ。」

愛の言葉とともに落とされる口付け。
徐々に深みを増すそれは、そうまるで。

「ひ、ひひ土方さん!ここ!ここ、会社です!!!」

太腿をかすめた彼の腕から逃げるように起き上がる。彼はこの、しれっとした表情。

「なんだよ、俺ぁなにもしてねーけど?なぁ?」

してました!アウトです!と思いながら、彼越しに時計が見えた。

「土方さん……じ、時間。やばいです。18時からテレビ会議です。」

「まだ先の話だ。このままじゃ、お前も良くないだろ?」

「色んな意味で良くないです!あと10分で始まります!!!」

仕事人間、土方さんの目つきが変わった。軽くスーツを手でのばすと、散らばった椅子を直し、一人勝手にでてきく。

「置いていかないでください!行きますから、今!!」

慌てて手元の資料をかき集め、彼の後を追った。すると、突然振り向き…

「お前はもう上がれ。後は俺がやっとく。」

まさかの帰宅命令。と同時に、私の手に握らされた、硬い何か。

「食事、用意しといてくれ。今夜は泊まってくだろ?」

それは、彼の家の合鍵。
拒否権なしの、いや拒否する理由もないけど。






追伸
どうやら今夜は、眠れそうにありません。



P.S GIRL
(突如目覚めた、私のジェラシー)










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