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 彼方まで光を

台所に出汁の香りが立ち込める。BGMは、煮物ができるぐつぐつとした音。時折お皿どうしがぶつかる音が、不規則なリズムを刻む。

「えっと……次は、っと…。」

小さじと調味料を両手に持ち、目の前に置いた一枚の紙を見た。
きれいに並んだ小さな文字、まるで一直線上に並んだかのように真っ直羅列している。
そのに記された通り、調味料をとった。今のところいい香りが漂う鍋に、ゆっくりとおとした。

「うーん、いい匂い!この調子なら、はじめくんの味に近づけるかも。」

私の同居人のはじめくんは、料理上手だ。
結婚を前提に付き合っている今、家事や料理の一切を仕切るのは、はじめくん。私はバリバリのキャリアウーマン、ちなみに料理は苦手な部類に入る。

「しかしほんと、はじめくんったら細かいよなぁ。」

大さじ小さじなんて、使ったことがなかった。だいたい適当にたらして、いい色合いになったら味見して、足りなかったらなんかを足して、濃ければ………水で薄める。
そんな適当極まりない私に、料理なんて向いていない。

そんな私が、なぜ台所にいるのかというと。
先日、はじめくんの特製レシピを発見のがきっかけだった。正確に、しかし試行錯誤したあとがきっちり記載されたそれは、「自分にもできるかもしれない」そう思わせるのに十分だった。
いつも美味しい料理を作ってくれる彼に、そしてたまには女性らしいところを見せるために、私はついに一大決心をした。

一煮立ちしたら、小皿に出来たばかりの煮物をのせる。色とりどりの野菜が、ほくほくと湯気をあげている。

「さ、味見しよーっと。」

自分でもなかなか上手く切れたと思う人参を一切れ口にした。程よく柔らかくなっていて、口触りは良好。
だけどその喜びは一瞬にして、砕け散った。

「うっッッわ!しょっぱい!!!!」

あろうことか、味が悲惨極まりない。塩味が濃すぎる、この人参一切れで今日一日の塩分を摂取した気がする。

「おかしいなぁ…味付け、レシピ通りにやったんだけど…。」

試しに他の野菜も味見してみる。
……だめだ、全体的に濃い。濃すぎる。
くるっと鍋底をひっくり返して更に驚いた。底の方に沈んでいた野菜たちは、真っ黒焦げだ。つまり全体的に、アウト。

「…調子は、どうだ。」

「えっ、ひゃ!だめ!来ちゃだめ!死ぬよ!」

まさかの出来栄えに項垂れる私の背後から、そのレシピの主が姿を現した。
私の慌てっぷりに少々驚きながらも、鍋の様子を伺う。

「いい香りではないか。完成が……楽しみだな。」

この味を知らないはじめくんは、まんまといい香りトラップに引っかかっている。このままでは間違いなく盛大な期待を抱かせてしまう、そう判断した私はさっそく訂正することにした。

「と、思うでしょ?!でもだめ!さっき味見したの!大失敗!ほんとお願いだから……食べないで……。」

「何故恥ずかしがる。上出来ではないか。もし気に入らないというなら、今なら調整できる。一口くれないか。」

「無理です!修正不可能です!」

必死に食べさせまいとはじめくんから鍋を遠ざけるが、私よりも力の強いはじめくんに敵うはずもなく。まるで死海のようなだし汁の中で煮込まれた野菜が、はじめくんの口の中へダイブした。

「…………、なる、ほど。」

穏和なはじめくんの表情がみるみるうちに、青ざめていくのがわかった。すぐに麦茶を流し込むその様子から、彼がどう思ったかは一目瞭然だ。

「だから、食べないでって言ったでしょ…。」

「いや……その、俺も昔は……こうだった。」

明らかに今、はじめくんにフォローされた。何と声を掛ければいいだろうか迷うはじめくんに、申し訳なさすぎて泣けてくる。

「やっぱりさ、私だめだ。料理すらできないなんて、お嫁さん失格だよ。レシピ通りにやったのにさ…苦手にも程があるよね。」

手持ち無沙汰に、台所に散らかった調理器具を適当に整理した。妙に整った調理台がむなしさを増す。
結局女性らしいことが何一つできず、役割分担しているとはいえ、悔しい。

「ごめんね、せっかく教えてくれたのに。ほんと、だめだなぁ。あのさ、もったいないけどこれは食べるのやめておこう?」

「いや大丈夫だ、まだ修正はきく。まずは水を……。」

「そんな無理しないでいいよ!ってかやっぱり修正って……まずかったんでしょ!」

「あ、いやそういう訳では……。」

悔しくて、ついつい喧嘩腰になってしまう。この男勝りな性格、どうにかしたいのに。

「はじめから、はじめくんに任せていればよかったんだよ。私、センスないし。この鍋見てるだけで嫌になっちゃう!」

「待て、落ち着け。だから……」

「いいの!はじめくんが最初から作って!」

勢いよく流しにむかって、鍋を傾けた。茶色味かかった汁が流れ出る。
しかし煮込まれていた野菜たちは続いていかなかった。

「………はじめ、くん……?」

理由は、すぐにわかった。
はじめくんが、いつもの華奢な体からは考えられないくらいの強い力で、私の手首を握りしめていたからだ。
窮屈そうな体勢で私の背後から手を伸ばし、ぎりぎりのところで止めている。余程焦ったのだろうか、感じる鼓動が早い。

「そんなに、これやり直したいの……?」

「当たり前だ、あんたが作ったものだ。決して無駄にしてはいけない。」

そう即答された言葉は、とても強い意志があって。多分お世辞じゃない、そう思うのに時間はかからなかった。

熱い出し汁が少し手にかかったのかもしれない、はじめくんの手はほんのり赤くなっている。それでも構わず鍋を死守するはじめくんの姿をみて、思わず我に返った。

「はじめくん……。」

もう一度、彼の名前を呟いた。
今度は疑問じゃなくて、どうしようもない喜びの意味を込めて、だ。

「あんたが懸命に作ったものなら、俺は何としてでも口にしたい。俺の言葉が無礼だったのなら、謝る。どうか早まらないでくれ。」

はじめくんの誠心誠意こもった言葉に、強張った頬も緩む。思わず小さな笑い声を零すと、はじめくんは驚いた様子でこちらを見た。

「何が…可笑しい?」

「ごめんごめん、私が自殺するみたいな言い方だったから。」

「あっ、いや…そんなつもりは。」

「分かってる、分かってるよ。」

こうやっていつも私は、はじめくんにそっと支えられている。
彼なら私のどんな所でも受け入れてくれる、いつだってそうだったことを思い出した。自ら「お嫁さん失格」などと言ったことを、少し悔いた。きっとその言葉は、彼を知らないうちに傷つけたはずだ。

「だからさ、はじめくん、やり直すの手伝って?」

「ああ、もちろんだ。」


二人の初めての共同作業だな、はじめくんの漏らした言葉に、未来が照らされるのを感じた。




end





あいり様

相互記念そして頂いた土方さんのお礼を込めて書かせていただきました、斎藤さんです。
具体的なことはお任せしていただいたので、ただ甘いのがお好きと聞いたので……甘くないけど甘くしました……!!限界です笑そして実はこっそり、クリスマスアンケ企画であいり様よりいただいたシチュエーションでの設定を引き継いでいます。
あいり様ってお料理がお上手なイメージがあったのであえて逆のヒロインちゃんにしてみました。ちなみに私は苦手です←


あいり様、この度は相互リンクありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いします。お持ち帰りの際は、あいり様のみでお願いします。

ありす











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