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 きらめきに誘われて

ついに待ちに待った、この日がやってきた。

洋服は今年流行りの、清楚なジャンパースカートを買った。
爪もきれいに整えて、ぷるぷるとトップコートをたくさん塗って。
お化粧は近所の大学生のお姉さんに教えてもらった。ほとんどやってもらったけど。
あと、美容院でヘアセットしてもらった。

待ち合わせは、学校の目を避けて、出先の最寄り駅にした。
カップルばっかりの待ち合わせ広場に、おニューのブーツで踏み込む。

私たちも、こんな風に見られるのかな。

「うわっ、早ぇな。待ったか?」

私が寄っかかっていた柱の後ろから、原田先生が顔を出した。
スラっとした長身に、きれいな赤毛。周囲の注目も集まる。

「あ、原田先生。先生こそ、早くないですか?」

「んなことねぇよ。お前さんを待たせる訳にはいかねぇだろ?」

目が合った。
今日のコーディネートを褒めてくれれば、自然と笑みがこぼれる。

「なぁ、今日は……その原田先生ってのは、やめねぇか。」

「えっ、でも…。」

「俺も、ありすって呼ぶし。左之でいいよ。」

差し出された小さなカイロを、受け取った。
だけどこんなものなくても、もう十分に暖かい。それはきっと、心が暖かいから。






「わぁ!スケートリンクだぁ!」

港町の倉庫街に現れた、カラフルなイルミネーションに彩られた可愛らしい小さなお店たち。そしてその中心には、華やかにライトアップされた、スケートリンク。
格別大きいというわけではないけれど、スケート文化になじみのない私にとって、感動するのには十分だった。

「よっしゃ、滑ってみるか。」

リンクの上は、幸せいっぱいのカップルであふれている。
今の私はそれに負けないくらい幸せだけど、実はまだ原田先生の本心を聞いていないのだ。

原田先生の「クリスマスに一緒に出かける意味」。
きっと、かなり期待していいけど。


だけど舞い上がっているのは私だけかもしれない。
原田先生はすごく大人だもん。

「どうした、スケートはやめとくか?」

「えっ、いいえ!したい、したいですスケート!」

「なんだ、もしかして緊張してんのか?」

...まったく、その通り。
やっぱりこういう時、そんなふうに笑ってられるのが大人の余裕だと思う。
原田先生はきっといろんな女性を見てきて、いろんな経験をして。
こんな高校生ごときに今更緊張なんてしない。

だけど、それくらい私は原田先生に夢中だってこと、分かってほしい。

「あのっ、スケートはお得意なんですか?」

「まぁな、一応保健体育の教員だし。」

スポーツは一通りやってきた、という原田先生にまた胸が高鳴った。
当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
例えば原田先生が、テニスラケットをもってコートを駆け回っていたら。軽々と器械体操をこなす姿を見たら。
一体この人はどこまで私をおかしくさせるのだろうか。

慣れないスケート靴でたどたどしくリンクの縁にたどり着いた。
一歩氷の上に踏み出せば、そこは今まで感じたことのない世界。
少し力を入れればあっという間に滑り出しそうで、初めの一歩がどうしても踏み出せなかった。
指で数えられるほどしかスケート経験のない、しかもその記憶は遥か昔の私にとって、これはかなりの難所だ。
勢い任せに両足を氷の上に乗せても、その場で立ち往生。さすがに出入り口で突っ立ているのは申し訳ないから、数歩分だけ頑張った。

「ありす?大丈夫か?」

私の異変に気が付いた原田先生が、颯爽とリンクの上を滑る。
縁から手が離せない私の横に立ち、その様子をうかがう。

「あんまり、大丈夫じゃないです....!」

「大丈夫。意外と安定するもんだぜ?ほら、とりあえず手を放せ。」

「むりむりむりむり!氷が、割れる!!!」

原田先生は笑いながら、私を見ている。
もしかして、すっごく子供に見えているのかな……

「ほらよ、こうすれば…!」

「ひやっ!」

とたんに握られた手。
初めて触れる原田先生の手の熱に、思わず大きな声を上げてしまう。

「悪い、嫌だった、か?」

「い、いえ。ごめんなさい、そうじゃなくて…。」

いつも優しく私を包んでくれたけど、触れることはできなかったから。
ずっと、このもどかしい距離を少しでも近付けられたらって思ってたから。

「んじゃ、遠慮なく。」

もう一度、添えられた手のひら。
今度こそはしっかりと握り返した。

「ほら、一歩踏み出してみろよ。倒れそうになったら俺が受け止めてやるから。」

なら、むしろ倒れてもいいですか。
そんな思いとは逆に、原田先生の完璧なエスコートで私はあっという間に滑れるようになった。
最初は両手を添えるように握られていた手は、次に片手になって。そのうちしっかり指を絡めて、二人で氷の上を優雅に滑った。

「ほらな、すぐに滑れただろ?」

「はいっ、さすが原田せんせ…。」

名前を呼ぶのが恥ずかしくて、ずっと原田先生の名前を呼ぶのを避けていたけれど。
嬉しさのあまり口走ってしまった、「先生」と。

「さっき、言ったろ?俺の名前。」

「あっ、えっとーえー……さ、さ、……左之さん。」

「よく出来たな。ありがとよ。」

そう言って頭を撫でてくれる。
いつも学校で褒めてくれる時はないそれだけど、きっと今日は特別だから。

それから周りのキレイなイルミネーションを見ながら、そして他愛のない会話をしながらリンクを何周もする。
どのくらい時間が経ったのかは、よく分からなかった。

「左之、さん。」

だけど好きって気持ちが、今日だけでもまた積み重なって、もう我慢できなくて。
つい呼んでしまった、名前。
知りたくなってしまった、本心。

「今日は....どうして、私を誘ってくれたのですか?」

もし「優しさ」ではなく「彼の意思」だとしたら。
多分これ以上の喜びはない。

「……私はお誘い頂けて、すごく嬉しかったんですけど…その、左之さんはどう思って……。」

軽やかなスケート靴の動きが止まった。
急に止まったものだから、思わずバランスを崩しそうになる。

前に倒れかかった私を、左之さんのたくましい片腕が支えた。
そのまま引き上げられるようにして、あっという間に抵抗する術もなく、左之さんの胸の中に引き寄せられた。

「左之………さん?」

腕にがっちりガードされて、後ろを向けない。だから左之さんが今どんな表情をしているかも、分からなかった。

「……それ、ありすから言うかよ…?」

ぎゅうと、腕に力が込められる。

「左之さん…苦しい、よ。」

「俺はなぁ、ありす。土方さんみたいによ、私生活まで厳格な教師ではいられねぇんだよ。あくまで、ただの男なんだ。」

その声は、いつもの威勢のいい左之さんからは考えられないくらい儚かった。

「ありすだって、分かってるだろ…?俺は、お前さんに惚れてるんだよ。」

苦しい、そう何度も伝えてもその力は弱まることはなかった。
むしろもっと強く、本当に押し潰されてしまいそうなくらい。

「いつから、だろうな。本当に最初は生徒として気にかけていただけ、だったけどよ。」

「……なんだか、その気持ちって仕事上の誤解みたいじゃない、ですか?」

「んなこと言ってねぇよ。ありすみたいな、素直で賢くて一生懸命な女を目の前にして、惚れない方がおかしいだろ。」

左之さんの大きな体が、私を包み込む。
顔一個以上違う身長差が、もどかしくて、またくすぐったい。
だって左之さんの甘い言葉が、頭を上から星屑みたいに降り注いでくるから。

「今日誘った時点で、告白したようなもんだろ……?」

「だって…原田先生は、優しいから。また私を気遣ってくれているのかと。」

この時私は、あえて原田先生と呼んだ。
今私と居てくれているのは、原田先生?それとも左之さん?

「原田左之助っていう、一人の男として、ありすに惚れてるんだよ。」

望んでいた言葉に、口元が綻びるのが分かった。

「俺は言ったぜ?…ありすの気持ちも、聞かせてくれよ。」

左之さんこそ、分かっているくせに。
だけど私はあえて言葉にしたかった。
そうでないとこの気持ちを、どうすればいいか分からなかったから。

「……私も、好き。左之さんのことが。」


そしてそのあと、周囲にバレないくらいの短いキスをした。










きらめきに誘われて
(あなたとメリークリスマス)














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