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 冷たい手でもいいよ

温まった体で荷物一式を抱え込み、「女湯」を書かれた暖簾をくぐった。
そしてすぐそこに見えたのは、雪がしんしん積もる窓の外をずっと覗き込む、愛しい彼の姿だった。

「はじめくん!部屋で待っててって、言ったのに...!」

いくら室内で暖房が効いているといはいえ、湯上りで浴衣一枚。
そんな無防備な姿では、風邪をひいてしまう。

「大丈夫だ。あんたを待っていると思えば、寒さなど関係ない。」

「もぉ...それは気持ちの問題でしょ?ほら、冷えちゃうよ。」

持ってきた上着を一枚、そっとはじめくんの肩にかけた。
素直に着ているあたり、多分本当に寒かったのだと思う。

はじめくんと私は、今日みたいな雪が静かに降る、クリスマスに近い日に出会った。
予想外の降雪に、傘がなく薄手のコート一枚でバス停に佇んでいたはじめくんに、私が声をかけたのがきっかけだった。
バスがくるまで、と一緒に入った傘。おかげで凍え死にそうだったのから救われた、はじめくんはそう笑顔を見せてくれた。
一緒にバスにのって、せっかくだからって一緒にご飯を食べて。
だから私たちにとって、雪の降っている冬の日は特別だ。
さらに今日は出会った記念にやって来た温泉旅行、なんだかより一層特別な気分がする。

「夕飯何時だっけ?」

「18時からだ。」

「そっか、今からなら一休みできるくらいだね。」

クリスマス旅行が温泉というのも、はじめくんらしいチョイスだ。
前からはじめくんが温泉旅行のパンフレットとにらめっこしていたのは、知っていた。
照れくさそうに「普段の疲れを癒すといい。」と誘ってくれたけど、本当はそんな記念日的な意味も含まれているのはすぐにわかった。

大浴場の入口で、移動用の下駄に履き替える。
手すりのない場所でそっと私の前に立ち、肩を貸してくれる。
何も言わないけど、気を遣ってくれるところ、すごく好きだ。

「ありがと、はじめくん。」

「俺は何もしていない。」

はじめくんは言葉数が少ないから、最初は意思疎通にちょっと苦労した。
だけどはじめくんのことがだんだん分かってくると、そんな彼の姿に気持ちも和んだ。
ちなみにこの流れで照れ隠しは、「どういたしまして」の意味、だ。

部屋までの外廊下を歩く。
からんころん、と下駄の音が鳴り響いた。
私たちを包む、静寂。それを破ったのは珍しく、はじめくんの方だった。

「あんたは、....悔いていないか。」

「え、何を?」

「あの晩...俺に傘を貸したことだ。」

突然はじめくんから漏らされた、言葉。
消え入りそうな小さな声で、そっと尋ねた。

「どうして後悔するの?あれがきっかけで私たち付き合い始めたんだよ?」

「ああ、そうだな..。」

「もしかして、はじめくんが後悔してる?」

はじめくんは首を大きく横に振って、それを否定した。
正直、少し安心した。こんなところで別れ話なんて、たまったもんじゃない。

はじめくんはその場で立ち止まり、手を擦りあわせる。
私よりも先に温泉から上がっていたから、余計に冷えているに違いない。
だからあれほど、先に部屋で待ってて、と言ったのに。

「ごめんね?冷えちゃったでしょ?」

「いや、もう少しこのままで...。」

意外と頑固なのも、はじめくんの素敵なところ。
何を考えているかイマイチわからない時も、ちょっと遠回りした気分ではじめくんに合わせてみるのも、意外と面白いことを私は知った。

きっと雪でも見て、何か考えているのだろう。
少し寒いけど、ここは流れに身を任せてみる。

「雪見ると、思い出すね。初めて出会った日のこと。はじめくん、すっごい寒そうだったもん。」

はじめくんを待っている間は適当に独り言でその場をしのぐことが多い。
意外な反応が返ってくるときも、多々ある。

「なぜあんたは、俺に声をかけた?」

「えっ?そんなこと考えてたの?」

まずあの雪の状態で、凍えそうな人を放っておけるほど、私は冷血な人間じゃない。
確かに傘を一人で使って、できる限り雪から逃れたい思いもあったけど。
でもそれは、ただの言い訳に過ぎない。
ただ直感的に、声をかけたくなった、それだけだ。

「理由は特にない...じゃ、だめかな。」

うつむきかけていたはじめくんの顔が、私の方に向けられた。
多分予想外だったのだと思う、ちょっと目が大きく開かれているから、驚いたって証拠だ。

「そんな男と、あんたは約1年間付き合ってきたというのか。」

「そんな男、だからだよ。はじめくん。」

紙切れみたいな人ごみの中で、はじめくんだけがその姿で見えたから。
頭の中では既にはじめくんに惹かれていたのかもしれない。

「その……恋仲になるまでの期間が短い故…あんたをがっかりさせていないかと。」

「え、がっかり....?」

あの晩食事を一緒にして、適当に話して、番号を交換して。
それから何度かデートして、いつも間にか自然とキスしていた。
でもそれは私も、もちろん合意の上。心からはじめくんとしたいと思ったから。
それが早急だったとは、考えたこともなかったけど。

「俺は...その、あまり口が達者ではないから...、あんたに、その...。」

聞こえるか聞こえないかの、ぎりぎりのところ。
はじめくんは今にも消え入りそうな声で、呟いた。

「気持ちを...うまく伝えられない...、気がするのだ。」

全然知らなかった、はじめくんの心の奥底のこと。
確かに、何を考えているかわからないことも多い。
でもそれ以上に、はじめくんからの気持ちは伝わっている。私はそう思ってるけど。

「思っていることってさ、全部言葉にしなくても……いいんじゃないかな。」

ほら、そうやって、不意に繋がれた手。
その指先を通して、十二分に伝わっているから。

「…でもね、はじめくんとの想っていることは、ちゃんと伝わっているよ。」

口がだめなら、手があるじゃない。
私たちが通じ合う手段なんて、この世にはたくさんある。

「だから……。」

「大丈夫だ、この手は決して離しは、しない。......俺は、一生そのつもりだ。」








冷たい手でもいいよ
(だから、離さないで)

シチュエーション提供:はじめ大好きママ様
(ありがとうございました!)



















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