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 この熱は消えぬまま

あれは、高校2年生の冬のこと。

「原田....先生?」

夕暮れの、多目的室。
担任である原田先生に呼び出され、私はここへやって来た。

「何か、ご用でしょうか。」

どうやら呼び出されたのは、私一人のようだった。

実はいますごく緊張している。
もちろん突然の呼び出し、というのもあるけれど。
私はこっそり原田先生のことが、好きなのだ。

「お、来たか。悪かったな、呼び出したりして。」

「いえ...別に。」

この高校は元はといえば、男子校。
それが突然共学になって、まだ数年しか経過していない。
もちろんその男女比というのは、恐ろしいものだ。
この高校の女子生徒は、指で数えられるくらいしかいない。

完全な、男社会。
そんな私を入学当初から気にかけてくれたのが、原田先生だ。
最初はその思いに応えたい、その一心だけだった。
だけどいつからか、それは原田先生に認められたいという風に変わっていって。
そして最後は、恋愛的な意味に変わっていった。

だからこうして、部屋にたった二人きりなんて、この上もなく緊張する。

「まあそこに座れよ。」

「あ、はい。....私、何か。」

原田先生は、大きな声で笑った。
そりゃそうだろうな、と笑いを堪えながら言う。

「安心しろ、お前さんは何もしてねぇよ。今日はちょっと個人的な、話だ。」

私が椅子に腰掛けると、原田先生はどこからか温かいミルクティーを差し出した。
ホッと専用のペットボトルに入ったそれは、少し既にぬるい。
もしかすると、ずいぶん前から私のために買っておいてくれたのだろうか。

「...お前さん、今年の冬休みの予定は?」

「え、今年の冬ですか?」

確かに、かなり個人的な話だ。

今年の冬といえば、大学受験までちょうど1年。
そろそろ塾に通わなくては、と考えていたところだし、センター試験の準備も始めなくてはいけない。
要は、つまり。

「そろそろ本格的に受験勉強を始めなくては...と思っていたところですが。」

個人的な話とはいえ、原田先生の前では一応模範的な返事をした。
まぁ友達と遊びに行く予定もたくさんあるのだけど。

「真面目だなぁ、確かに教師としては嬉しい返事だが....。」

でも原田先生の担当は、保健体育。
実際のところ、あまり関係ない気もするけど。

「クリスマスは、どうだ?」

「えっ、クリスマスですが?」

原田先生の姿が、夕陽に照らされる。
もうじきに辺は真っ暗になるといったところだ。

「クリスマス、どこか行く予定とかあるか?」

原田先生は、もう一度訪ねた。
分かってますって、クリスマスはどうだ?って言われたら、予定を聞かれていることくらい。

「空いて……ますけど、模試か何かでも?」

あの原田先生にクリスマスの予定を聞かれるなんて、これは何かの夢だろうか。
もしくは大事な学校行事を忘れていただろうか。それだったら、優等生(原田先生の前限定)の私にとって、死ねる。

「さすがに受験生でもないのに、クリスマスは勉強させねぇよ。」

もう一度、原田先生が笑う。
素敵な笑顔、だ。

「では……?」

ならば、最後の望みに賭けてもいいのだろうか?

「今年のクリスマスは……お前さんと過ごしたいと思ってる。一個人として、な。」

胸がキュンとするのが分かった。
ああ恋のときめきって、こんな感覚なんだ。
今までもたくさん原田先生にはドキドキしていたけど、多分今がMAX。

「これ、俺の電話番号。それから、アドレスだから。」

とりあえず連絡してくれ、と紙切れを渡される。
シンプルなメモ用紙に書かれた、数字とアルファベット。
それは紛れもなく原田先生の書いた文字だった。

私は何と答えたらいいのか分からなくて、ただ無言で受け取った。というか、受け取るのも必死だったけど。

「返事は、OKってことで、いいんだな?」

こくこく、と首を縦に振った。
だめだこんな時の、言葉が見つからない。

「話はそれだけだ、悪かった、紛らわしくて。」

気を付けて帰れよ、そう言って原田先生は扉を閉める。
私はまだ飛び出しそうな心臓を抑えるのに手一杯で、椅子から立ち上がれない。

そして再び、扉の開く音がした。


「クリスマスに出掛ける意味、分かってるだろうな?」

期待が、確信に変わった瞬間だった。
分かってます、分かりました。

今年のクリスマスは、貴方と過ごしたいです。




この熱は消えぬまま
(それは、貴方のせいだから)






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