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 ため息まで白い

(今頃、あの人はどうしているのだろうか。)

この季節がやってくると思い出す、あの時の温もり。
その温もりは、あまりに早急に求めすぎたが故に、すぐに失ってしまった。


私は、いや私達はあの時過ちを犯した。
高校ニ年の冬休み、私は担任教師と一線を超えてしまった。
それまで教師と生徒だったのが、あのクリスマスを境に恋人になった。

周りには隠していたけれど、不特定多数の人が集まる公共の場で恋人として振舞っていれば、その関係がバレるのは時間の問題だった。
どこが発端かはよくわからないが、私たちの恋人としての関係が露呈したのは、高校三年になって3ヶ月ほどたった蒸し暑い日だった。

もちろん両親は大激怒、確実だった推薦入学も学校側に取り消された。
停学や退学という処分が下らなかっただけ、マシだっただろう。
そしてその担任教師は学校を追われ、その行先を知らされることなく去っていった。

私たちはお互いを想いながら、強制的に引き裂かれたのだった。
その担任教師の名前は、原田左之助。私は左之さんって呼んでいた。
多分一生忘れることのできない、男の名前。



今年ようやく成人して、久々に訪れたのは、すべての境目となったクリスマスに訪れた海辺の町。
大きなクリスマスツリーが港にそびえ立ち、その周りには即席のスケートリンクが設置されている。可愛らしいテントを張ったお店が連なり、寒い日にぴったりな軽食を販売している。

ホットワインを片手に、チキンを頬張るカップルが目に入った。
あの時自分は未成年だったからお酒は飲めなかったけど、左之さんのを一口だけもらった記憶がある。
口いっぱいに広がるアルコール感に噎せつつも、初めて味わったその味に、どんどん「大人の女性」にされていく感覚に酔いしれた。

今なら何の障壁も後ろめたさもなく、飲める。
温まった白ワインを一口飲めば、寒さで冷え切った体に染み渡る。

(あの時私が既に「大人」だったら、あのまま左之さんと一緒だったのだろうか)

後悔してもどうにもならない、「年齢」の壁。
いくら体が温まったところで、この心だけは冷え切ったままだった。

(もう一度だけでもいい、どうか一目左之さんを見ることはできないだろうか)

そして何よりも、「教師と生徒以外で」出会うことが出来たならば。
私たちの関係は許されるものだったのだろうか。

(あ....雪)

まるで嘲笑うかのように、天から雪が舞い落ちる。
白い雪は、さらに私の心を凍てつかせる。
吐き出す吐息一つ一つが、真っ白だ。



『ねぇ、今あなたは何をしていますか。』

もはやこうなってしまった以上、左之さんの幸せを祈るしかない。
追われるようにあの高校を去ったあと、どんな生活が待っていたのだろうか。
何も知らない生徒の前であの時と同じように授業をしているのか。
ひょっとすると陰で噂が付きまとっているのかもしれない。

(お願いだから、今なりの幸せを見つけてほしい)

あの時、あと少しだけ待てばよかったのに。
どうして待てなかったのだろう。
こうして一生待たされるのならば、ほんの数年我慢すればよかっただけなのに。

いま涙を流したら、凍ってしまいそうだったから、必死にこらえた。
手の中のホットワインはとっくに熱を失っている。
アルコールで温まったはずの体も、一切その温もりは残っていなかった。

(..あれ)

紙切れみたいな人ごみの中に見つけた、見覚えのあるダウンジャケット。
その後ろ姿といい、まさに記憶の中の左之さんに瓜二つだった。

(もしかして....!)

カバンを急いで持ち直し、ベンチを蹴るように離れた。
その人物が向かった方へ、急ぐ。
そこまでの人混みではないというのに、動きにくい。
手をつないだカップルとカップルの間をすり抜けるのは、なかなか至難の業だ。

時々間に割り込んで、とにかくその人を見失わないようにした。
会場に流れていたはずのクリスマスソングが、聞こえなくなった。
響くのは、自分の足音だけ、そう感じた。

(待って、もうあなたと離れ離れになりたくない....!)

その人物もたった一人、誰かを探し求めるかのようにあたりを見渡している。
仮に左之さんなら、同じように何か望みをもってここへやって来たというのだろうか。
きっと今年私が成人することを知っているはずだ。
堂々と恋人に戻れるなら今だ、そう思ってくれたのかもしれない。

手を伸ばせば、彼に届く距離にまで追いついた。

「左之さ....っ」

手を伸ばしたとき、自分の体がバランスを崩すのが分かった。

とたんに私の視界に入る景色が変わる。
一面に広がるコンクリート、足元に走る鈍痛。
人の靴しか、見えない。
握り締めていたはずのホットワインが、こぼれていた。

(嘘でしょ....!)

あまりのタイミングの悪さに、運命さえも恨んだ。
くらくらと目眩をおこす体に鞭を打って、起き上がる。
転んだのはほんの一瞬、だと思ったのに。

「あ.....いない。」

追いかけていたその人物は、すでに何処かに行ってしまっていた。

「これじゃあ....あの時と一緒じゃない。」

何も言わず、どこかへ行ってしまったあなた。
そしてその後、結局見つけることもできず、ようやく掴んだチャンスも逃げていくかのように逃して。

「ああもうっ....バカみたい...!」

こらえていたはずの涙が、ぼろぼろと溢れた。
どうしていつも、この手は左之さんに届かないのだろうか。








ため息まで白い
(それくらい貴方を待っても、貴方は…)














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