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初雪が降るまでに

立て続けにやってきた仕事をなんとか終わらせ、家路に向かう。
時刻はまもなく23時15分。

もうすぐ、クリスマスが終わる。


駅前のケーキ屋のシャッターも既に閉められ、居酒屋の明かりだけが光る。
孤独に光を放ち続けるクリスマスツリーは、まるで今の私のようだ。

(クリスマスなんて、私らしくない。)

全て、仕事に捧げてきた。
鬼のような上司に幸運にも?恵まれ大分評価されるようになった。
平日休日問わず、働いてきたのだもの。
ならば祝日でもなんでもないこんなクリスマスを、どうミラクルが起これば楽しめるのだというのだろうか。

(でもちょっと、寂しいよね……)

家に帰っても、一人。
人が一人住むのに十分な広さしかないワンルームマンションを思い出せば、寒さが堪えた。

多分数時間前までは、カップルで賑わっていたであろうツリー前のベンチに腰掛ける。

終電まで、見ていこう。
それよりも先にツリーが消灯するかもしれないけど。

(こんな時、彼がいてくれたらなぁ…)

思い出すのは、仕事で行動を共にし続けてきた例の鬼上司。
ずっと傍で見続けてきた。それがいつからか自分の中で恋心に変わったのを、薄々感付いていた。

だけど公私しっかり分ける彼は、そういう関係を望まない。
仮に彼が自分に好意があったとしても、間違いなく仕事の為にその気持ちを犠牲にするのは目に見えていた。

(もしかすると、私の感覚が麻痺しちゃったのかも……あまりにずっと一緒だったから)

空を見上げる。
今年の初雪は、まだだ。もしかすると来年に持ち越しかもしれない。

遠くから車のヘッドライトが見えた。
私の目の前を通り過ぎ、駅前のロータリーへと吸い込まれていく。そこで止まったその車に、私は目を見開いた。

あの黒い左ハンドルの車は、間違いなく彼のものだ。

音を立てて車のドアを閉めたその主が、こちらに向かって歩いてくる。
こんなところでこんな時間に待ち合わせ、だろうか。

スラリとした長身が、私の目の前で立ち止まった。

「……彼女に振られちゃったみたいですね、土方さん。数分前からここにいますけど、誰も来てませんよ?」

「誰の彼女だ、俺は待ち合わせなんてしてねぇ。」

「いやいやいや!強がりはよしてください、タイミング悪かったですねー!部下に見られちゃいました。へへっ、これで弱みゲットです。」

「馬鹿も休み休み言え。……お前を迎えに来たんだよ。」

「は、い……?」

今、彼はなんと言っただろうか。
私が土方さんに書類を提出して先に会社をでて、それを追っかけて迎えにきた、とでもいうのか。

「……もしかして、何か間違いでも?このまま会社に戻るパターンですか?」

笑顔が引きつった。
あの寂しいマンションではなく、会社でクリスマスを終えるとは相当寂しい。今なら働きマンの主役になれる。

「はぁ?!なんで俺がお前連れて会社に戻るんだよ。こっちから願い下げだ。」

「じゃあどうして私を迎えにくるんですか?!」

半分は嬉しくて、半分は悔しい。
そんな気持ちが入り混じって、つい声を張り上げてしまう。

「おい、落ち着け。クリスマスくらい、家まで送ってやるよ。そういうことだ。」

クリスマスくらい、って……。
私の荷物を取り上げ、ぶっきらぼうに肩から下げた。
ビジネスシューズ独特の足音が、誰もいない空間に響く。
さっき車を止めた場所まで、無言で私の先を歩いた。

「まあ、乗れよ。」

開かれた、ドア。
中に入れば、つるつるとした革張りのシート。
フロントガラスを隔てた目の前を突っ切って、反対側から土方さんが車に乗り込めば、すぐにエンジンがかけられた。

「すぐに暖まるから、待ってろ。」

土方さんがハンドルを握ったと思えば、すぐに車は発車する。
駅前の大通りを右折の車線に入った。

「……私の住所、知ってるんですか。」

「知ってる。」

「……ストーカー上司…。」

「なんだその口の聞き方は。明日から残業してぇのか。」

いや、毎日してますけど。
そんな言い訳は、言わないことにした。

まさかクリスマスを、土方さんと過ごせるなんて。
初めてに等しいくらいの仕事以外の彼の表情が、心臓に悪い。

どくん、どくん。

「土方さん、彼女……いないんですか。」

「なんだ、いて欲しいのか。」

「いえ、意外でした。」

本当はいてほしくないけど。
そんなこと今更言えるはずもなく。

「土方さん……。」

「さっきからなんだ。」

「クリスマスにこんなことすると、勘違いしますよ?」

ただの計らいかもしれないけど。
私にとっては誤解してしまうのに、十分だった。

裏道にはいる。
あともう少しで、この夢のような時間が終わる。

土方さんの笑い声が聞こえた。
滅多に見ない、土方さんの笑顔。

「勘違いって、なんだよ。」

「え、だってほら。クリスマスの夜に男と女がこういう状況だったら…。」

具体的には言わないことにした。
だけど土方さんなら分かってくれる、と思う。

「……勘違いしとけよ。」

ふと紡がれた言葉に、驚いた。
でもそれに答える言葉が見つからなかった。

だって。

「……雪。」

はらはらとフロントガラスに、白いものが舞った。
通りで今日は寒かった。

土方さんは、何も言わない。
彼の言う勘違いが、もはや分からない。

(告白されたも同然なのに……)

この男は、なぜ顔色一つ変えないのだろうか。



だから、どうか。





初雪が降るまでに
(気付いて、この気持ちに)














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