はじめましての日



「……――欠陥品だ」
 
 くぐもった耳の奥に、誰かの声が入り込む。鼓膜を撫でるその心地は随分と久しぶりのもので、私はゆっくりと重い瞼を持ち上げた。
 薄暗い部屋の中、視界に入ったのは三人の男達だった。
 
「どないしましょ、この子」
「やっと形になったと思いましたが」
「悩ましいな」
 
 彼らは今、けっかんひん、と言っただろうか。私は最初にその言葉を聞いた時さっぱり意味が分からなかった。
 分かる事といえば、冷たい床の感触と、三人の男が私を見下ろしている。という事実だけで、
 男達は口々に何かを言い合い、揃って私を観察しているようだった。
 ふと、真ん中に立った男が何かに気付いたように私に近付いてくる。そのままパサリ、と体に落ちてきたのは薄くて軽い変なモノだった。
 不思議そうにそれをつまんで持ち上げると「これが何かも分からないのか」と呆れたように男は呟く。
 
「これは羽織といって体を包むものだよ」
「……はおり、つつむ?」
「まいったな。本当にまっさらだ」

 君はいま裸なんだよ、と言われてもやはり私は首を傾げることしか出来ない。私の反応でさらに顔を歪ませた男は後ろを振りかえって、二人の男に目配せをした。

「もう処分でええんちゃいます?」
「それは藍染様が決めることだ」
「いくら私でもこんな無垢な存在を消すのは忍びないな」
 
 再び男達は何やら話し合いを始めるが、私はそれをただぼんやりと眺める。
 というか私は一体何故ここにいるのだろう。思い出そうとしても、頭の中は真っ白で、記憶を辿ろうとしてもそもそも記憶らしいものは何一つ無かった。
 
「君はどうしたい?」
「……えっ」
 
 ふいに、かけられた声に床に落としていた視線を上げる。いつの間にか私の前に男がしゃがんでいた。
 呆けたままの私にもう一度「どうしたい?」と柔らかい声が向けられる。私を安心させる為ではなく、元からそういう声質らしい。
 低いけれど耳障りの良い声だ。
 
「簡単な事だよ、死にたいか、生きたいか。二択の内から選べば良い」
「しにたいと、いきたいって何ですか?」
「……そうだな、死にたいというのは全てを無くすことさ。君がいまこうして私と話している事も忘れて、まっさらに消えてしまう事だ」
 
 それはとても悲しそうだと、私の顔がきゅっと強ばるのを感じた。
 でも悲しいとは一体何なのだろう。なんだか胸のあたりが痛い気がしてそこに手を当ててみたが、手を伸ばした場所はぽっかりと穴が空いているだけで指先に触れるものは無い。
 それを見た男がくすりと声を漏らして続ける。
 
「生きたいというのは、単純にこのままという事だ。今の君は“生まれたて”だからよく分からないかも知れないけれど」
「……このまま」
 
 男が言ったことを繰り返し呟く、口の動きに合わせて指先が空虚を掴んだままぴくりと震えた。
 真っ直ぐと繋がった視線は反らされることは無く、私を見つめたまま答えを待っている。
 
「……生きたい、です」
「そうか。ならば歓迎しよう」
 
 この時、私の喉から勝手に出た「生きたい」という願い。
 この言葉の意味を、私はずっと探し続けている。
 

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