16 気持ちを形に押し込めて

「透子ー!決まったの?」
「うわっ」
 
 どすんと背中に衝撃があり、続いて柔らかい重みが押し付けられた。私はその感触にどきまぎしつつも体制を建て直し後ろを仰ぎ見る。首元で、豊かな髪をなびかせた松本副隊長がにこにこと私の顔を覗いていた。
 
「いえ、まだ」
「えーっ!あたしもう色々と買っちゃったわよぉ」
 
 驚いた松本副隊長が言葉に合わせてゆらゆらと揺れる。つられて私の体も左右に振られ、ぐえっと声が漏れた。
 苦しみながらも視線を動かせば、確かに松本副隊長の手の先には様々な包みが握られていた。ここに来てまだ30分も経っていないと思うのだが、一体いつこんなに買い物をしたのだろう。
 
 それにしても先程から当たっている松本副隊長の胸に意識がいってしまって仕方ない。自分の胸元をそっと触り、あまりの頼りなさに少しだけしょんぼりとする。
 
「そもそも何を買いたいのよ」
「あー、えっと。贈り物を」
「だーかーら!それは誰なのよ、ほら言ってみなさい」
「いだだだっ、ほっぺたを引っ張らないでくだひゃいっ」
「じゃあわかった、男?女?これなら答えられるでしょっ」
「……だんせいです」
「まぁ!」
 
 私の返答を聞いた松本副隊長が、手を離してやっと背中からどいてくれる。ほっとしつつも痛む頬を押さえた私は、悶々と思考を巡らせていた。
 そう、贈り物を買いにきたのだ。何をとち狂ったか、惣右介くんへ。
 
「ついに恋人ができたの?!」
「違います!」
「じゃあ好きなの?!」
「すっ、……好きじゃないです」
「えー怪しっ」
「とにかく松本副隊長についてきてもらったのは私じゃ不安だからなのでっ、一緒に選んでくださいよ〜」
「まかせてまかせてーっ!さぁいくわよ!」
 
 来るんじゃなかったかなぁと後悔をしつつ、松本副隊長を見ているとやっぱり来て良かったとも思う。たまたまお店の前で出くわさなければ、きっと私は諦めて帰っていたからだ。

 それから二人で様々なお店を巡ってみたが、ピンとくるものは中々見つからなかった。そもそも惣右介くんは人から贈られた物を使う人なのだろうか。毎年彼の誕生日にはえげつない金額の織物や帯留めが贈られていたように思うが、それらを付けている惣右介くんを見たことは一度もない。
 あぁ、やっぱり。いやでも、などと一人で考えていれば、察しのいい松本副隊長にすぐさま怒られた。ついで「気持ちが大事なんだから!」「寧ろこれぐらい積極的に行きなさい」とスケスケの下着を渡されて私は盛大に吹き出した。
 現世の下着が大流行しているのは知っていたが、こんなに布の面積が少ないものなのか。思わずつまんで目の前にかざすと、向こうの光が透けて繊細な模様が浮き彫りになる。
 えぇ、こんなのどこも隠してくれないじゃんと引き気味に眺めれば「これはどーお?」ともはや下着ではなく紐のような物を渡されて私は慌てて押し返した。

「私が身につけるものじゃなくて、渡すんですよ!」
「だからこれを着て相手の人に見せればいいじゃない。私が贈り物ですよって」
「ただの痴女!」
「分かった分かった、ほら次行くわよ」
 
 そうしてあちこちをつれ回され、いい加減足がガタガタになってきた頃。最後に辿り着いたお店で私はようやく目ぼしい物を見つけたのだ。

「これ……」

 表に出された机の上、隅に置いてあった腕飾りに目がとまる。三本の紐で編み込まれたそれは腕輪と言うには頼りないが、かといって寂しい感じもしない。丁度いい品だった。
 質素だけど、よくよく見れば上質な紐で編まれているし紐の結び目に付いた小さなトンボ玉も可愛らしい。それに何といっても彼に似合う渋めの唐紅色だ。
 
 思わず釘付けになっていると、ひょっこりと松本副隊長が私の後ろから顔を出す。驚きながらもおずおずと手元の中身を見せれば、「いいんじゃない?」と優しい声がした。私はそれを聞いていそいそとお会計をしにお店の人へ声をかける。

「良いもの見つかって良かったわね」
「はい、本当に今日はありがとうございました」
「いいのよ〜それにあたし何にもしてないし」

 と言いつつも、最終的には私が選んだものを買わせるつもりだったのだろう。松本副隊長はそういう人だ。強引なように思えて、実はとても思慮深い。心の中でもう一度、松本副隊長にお礼をする。
 
「喜んでくれるといいわね、その人」
「……そうですね」
 
 いつ渡そうか。明日か、明後日か、はたまた遠い未来か。
 そわそわと浮き足立つ気持ちを押し込めるように、私は小さな包みを懐に押し込んだのだった。
 


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