06 酒は飲んでも…?

「卯ノ花隊長!頼まれていた書類ができました」
「有難う御座います。それと、」
「追加の備品ですね、先ほど納品を確認し倉庫へ運んでもらいました」
「そうですか、それでは……」
「各班への分配でしたら既に班長達に連絡済みなのでじきに皆取りに来るかと」
「まぁ笹竹九席、今日は随分と働き者ですね?」
「なにを仰るんですか卯ノ花隊長、私は四番隊九席ですよ?四番隊の為に尽力するのは当然です!」
「あらあら、本当にどうしたんですか」
「もう何でも言いつけちゃって下さいね!そして末永く私を四番隊に置いてください!」
「……笹竹九席、こちらにいらっしゃい」
「はい!」
 
 卯ノ花隊長の白魚のように綺麗な手が私の方へ延び、前髪をかきあげて額に触れる。
 
「熱はないようですね」
「……隊長」
 
 それは流石に心外です。
 
 
 
 
 
 
 
 退院してからというもの、私は今までとは比べ物にならないくらいパキパキと働いていた。
 東に急患があれば飛んでいき、西に疲れた同僚がいればお茶を出し、南で書類の雪崩が起きれば助っ人に入る。さらには北でいちゃもんをつける十一番隊の隊士がいれば拳で黙らせた。
 周囲の人は、ついに笹竹九席が可笑しくなったと言い、同僚に至ってはあいつは昇進を狙っているのではと噂をする。
 可笑しくなった?まさか。
 昇進?とんでもない!
 
「五番隊に行きたくないからに決まってるでしょうが!」
「はいはい、分かったから。そろそろお水に切り替えなさい」
「私は酔ってません!松本副隊長もほら、もっと飲んでください」
「ちょっ、笹竹九席!僕は松本さんじゃないですよぉ!」
「あっはっはっ!透子ったら酔いすぎよぉ。どうやったら吉良があたしに見えるのかしら、ねぇ隊長!」
「俺は日番谷隊長じゃなくて修兵です。そして日番谷隊長はここには居ません」
 
 夜の帳も降りきった頃、私はへべれけに酔いながらも不満の種を撒き散らしていた。大丈夫、まだ視界はしっかりしているし周りの声も耳にはいる。
 荒ぶる心のまま手当たり次第に運ばれてきた酒をつかみ液体を喉に流し込むと、周りから悲鳴が上がった。

「笹竹九席ってこんなに酒癖悪かったんですか?」
「いや実は俺もよく知らないんだ、今日初めてまともに話したぐらいで」
「なぁにコソコソしてるんですか、吉良副隊長、檜佐木副隊長……私に何かご不満でも?!」
「いえ、とんでもないです!」
「そんな事はないぞ!」
「あっはっはっ!透子ったらおもしろぉい!」

 なんか、私すごい失礼な事をしているんじゃないだろうか。松本副隊長が誘ってくれなかったら、こんな集まり、私は本来参加なんて出来なかったのに。
 最初こそ、檜佐木副隊長、松本副隊長、吉良副隊長といった面々に「えっこれ副隊長のみ参加可能とかじゃないんですか?」とビビり倒していた私がいた筈なのだが、料理と共にお猪口を空にしていくと、そんな心配は消えてしまった。
 気付けば私が話題の中心となっていて、可笑しいなとは思いつつ、不満を吐き出す口が止められないでいる。
 
「笹竹九席、どうぞ」
「……ありがとうございます」
 
 吉良副隊長が私を気遣って水を一杯差し出してくれる。ありがたくそれを受け取り、一気に煽ると頭がキンと冷えて少しだけ冷静になれた。
 
「それにしても何で笹竹が五番隊に行きたくないって話になるんだ。笹竹は四番隊だろ?」
「それが〜何だか五番隊の人にうちにこないかって言われたらしくて〜透子は行きたくないからお仕事頑張ってるのよねぇ」
「乱菊さん飲み過ぎっすよ、溢れますって…あぁ!」
 
 ふらふらと揺れる乱菊さんに合わせて、お猪口の中身も盛大に揺れる。当然お酒は溢れ、乱菊さんの胸を濡した。てらてらと乱菊さんの胸が輝き、元から漂う色香がさらに倍増する。
 檜佐木副隊長の顔が真っ赤に爆発し、手はおしぼりをどこに渡すべきかと右往左往している。
 あっちもこっちもめちゃくちゃだなと私は他人事のように目の前の景色を眺めていた。
 
「でもそれって引き抜きって事ですよね、行くか行かないかはさておき名誉な事なのでは?」
「……いやれす!ぜぇったい弄ばれてるんです!」
「こいつどんだけ飲んだんだ」
「やだこれ鬼殺しよ、この子なんてもの飲んでるの」
 
 ある程度酔いが収まったのか、乱菊さんが豊かな髪をかきあげながら床に置かれた一升瓶を掴み上げる。
 乱菊さんが銘柄を読み上げると、男性陣から悲鳴が上がった。
 吉良副隊長は唖然としながらもホッケを口に運び、静かにお猪口を傾けた。檜佐木副隊長も呆れつつ漬け物を口に運んでいる。
 二人共、物珍しい物でも見るように乱心する私を眺めていた。
 
「意外でした、四番隊で見かける笹竹九席はどちらかと言うと淑やかな印象だったので」
「俺も一度手当てしてもらった事があるが、こんなんじゃなかったぞ」
「あんたたち人を見抜く目がないわねぇ!透子はこれでも結構お転婆なのよ〜」
 
 はい、あーん。と向かい側から差し出された唐揚げに私は勢いよくかぶりつく。もしゃもしゃと咀嚼すると、吉良副隊長と檜佐木副隊長はやはり目を見開いて一連のやり取りを見ていた。
 
「で、肝心のそいつは五番隊の誰なんすか?」
「あたしもしつこく聞いてはみたんだけど、誰なのかは絶対に吐かないのよねぇ。怪しいわぁ」
「いだだだだ、松本ふくたいちょ、もげる、ほっぺたもげる」
 
 机を挟んで延びてきた手が、がっしりと私の頬を掴んで捻る。「こいつめ〜!」と言いながら乱菊さんは楽しそうに頬を摘まんでいるが、さすが副隊長と言うべきか、その腕力たるや凄まじいもので。見かねた檜佐木副隊長が慌てて乱菊さんを剥がしてくれた。
 惣右介くんの名前を出さないのは面倒事をこれ以上増やしたくないからだ。けれども愚痴は聞いてほしいなんて、我ながら我が儘である。
 
「五番隊といえば、藍染隊長と笹竹九席は同期なんですよね」
「あら、そうなの?」
「はい。このあいだ市丸隊長がそう話してるのを聞きました」
「ごほっ!ゴホゴホッ、!」
「おい笹竹大丈夫か?!」
「どうしたのよ、はいお水!」
 
 不意打ちで聞こえた惣右介くんの名前に、飲み下そうとしていた唐揚げがつまり私は盛大にむせる。今まさに貴方達が名前をあげたその男こそ、話題の男なんです。なんて言える訳もなく、差し出されたお水を黙って飲み、私は場が過ぎるのを静かに耐えることにする。
 あれ、なんか私さっきからお水ばっかり飲んでるな。
 
「笹竹が藍染隊長の同期、かぁ」
「透子と藍染隊長って何だか結び付かないわよねぇ」
「市丸隊長は二人は仲良しだって言ってましたけど」
「ぜんっぜん仲良くないです!!」
「うわびっくりした。透子もっとお水飲みなさい」
 
 市丸隊長、余計な事を……!
 市丸隊長のことだ、面白がってわざと吉良副隊長に喋ったに違いない。この間の事件を言いふらしていない辺り、実はとてもいい人なんじゃと思い直していた所だったのに。
 止めようにも副隊長達の会話を遮ることなんてできる筈もなく、話はどんどんと私の思いとは逆の方向へと進んでいく。
 
「藍染隊長が霊術院に通ってた頃はえげつなかったらしいぞ」
「えげつないとは」
「あまりの力の差に半数はクラスを辞めたとか」
「へぇ〜特進クラスだったのよね?そこでも半分が辞めちゃうなんて、流石藍染隊長だわぁ」
「そう考えると笹竹九席がいま同期として死神をしているのは凄い事ですね」
「っていうか笹竹特進クラスだったのか、すげぇな」
 
 あぁ、まただ。私の知らないところで私が勝手に歩いている。私は本来であれば会話の話題に上がるような人物ではない。
 特進クラスだって、合格者の一人が辞退して普通クラスの私が繰り上げで入ったに過ぎないのに。
 確かに、惣右介くんの才能に打ちのめされて半数のクラスメイトは霊術院を去っていった。
 私はと言えば、惣右介くんが何かとちょっかいをかけてきて、逃げることに必死になっていたらいつの間にか卒業していたのだ。
 一人で考えこんでいると、瞼が途端に重くなってきた。机に頭をもたげると、ひんやりとした感触が心地いい。

「それで、肝心の五番隊の人というのは誰なんでしょうか」
「そもそも女なんすか、それとも男?」
「男の人みたいよぉ、透子がぽろっとあの男はって溢してたの聞いちゃった」
「へぇ」
「それって」
「んふふ。うちの隊へ来い、だなんて」
 
 愛されてるのね……――。
 
 うつらうつらとした思考の中に、松本副隊長の言葉が落ちて溶ける。
 愛されている。誰が、誰に?
 
 私の記憶はそれを最後にぷっつりと途絶えた。


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