04 明日は遠くて

「ぎゃーっ! 響けっ――蝉法師!」
 
 現世の空に私の大絶叫と解号が響き渡る。
 右手に構えた斬魄刀が大きくしなり三本の帯にわかれた。それらはくるくると螺旋を描き、中心に空間を残して硬化する。
 私は慌てて右手を振り上げ、襲いくる虚の角に刀を打ち下ろす。キィンと耳なりに近い音が響き、刀の中心に振動が集まる。
 そこに両手で刀を握り直し、霊力を注ぐと、振動は力の塊となって中心に留まる。蝉法師を確認し、体制を建て直すために大きく跳躍して後ろへ下がった。
 ふっと短く呼吸を吐き、眼前の虚を睨み付ける。打てるのは一発だけ、一度で仕留めなければ。
 虚が飛び出すのと私が飛び出すのはほぼ同時だった。私の首を撥ね飛ばそうと虚の尻尾が横凪ぎに向かってくるのを寸前所で交わし、懐に滑り込んだ流れで刀身を叩きこむ。 
 集めた力が爆発的な振動となって虚の体に吸い込まれていく。数秒もしない内に虚の体は内側から飛び散った。
 成功した安堵感にへなへなと座り込めば、やっと筋肉の緊張が溶ける心地がする。

 そして、

「いった〜〜〜〜い!」

 今度は私の腕に激痛が襲った。
 
 
 


 
「すごいなぁ笹竹、ずっとその技では戦えないのかい?」
「無理です。これは私の気持ちの決心がつかないと打てないですし、2発も続けて使ったら腕が死にます」
 
 私は珍しく現世の任務に来ていた。といっても、派遣されている本隊ではなく何かあった時の救護係兼、補助役としてだ。
 そしてこれまた珍しいことに私の横には浮竹隊長がいる。浮竹隊長は「そういうものなのか」と物珍しそうに私の斬魄刀を眺めていた。
 
「浮竹隊長がわざわざ霊術院の子達の、現世実習に付き添うなんて珍しいですね」
「ん? そうかな、俺としては毎回でもついてきたい位なんだが」
 
 浮竹隊長はそう言って力こぶを作るが、その弱々しさに私は困ったように眉を下げて笑った。
 浮竹隊長はお体が弱いらしく、業務に出てこられない日も多いというのは有名な話だ。勿論、隊長というからには実力も十分にあるというのは理解しているが、それでもやはり心配である。
 人好きの笑みを浮かべる浮竹隊長は、事実とても人柄が良い。それも相まって余計に心配になってしまうのだろう。

「しかしまさか私が狙われるとは思っていませんでした」
「こういう時はどうしてか俺たちが狙われるんだよなぁ」
 
 けらけらと笑う浮竹隊長の声が、現世の空に溶けていく。
 夜風に浮竹隊長の髪が翻り、長い髪が柔らかな月明かりに照らされて羽衣のように輝く。浮竹隊長はそれに慌てるでもなく自然に髪を押さえ、耳にかけた。
 私は一連の流れを目に焼き付けるように眺めていた。あぁ、最近は心が荒れてばかりいたから、今回の浮竹隊長との合同任務はまさにご褒美だ。
 実のところ、護廷十三隊の中で誰が好きかと言われれば迷う余地もなく浮竹隊長だった。それは勿論恋愛ではなく、眼福的な意味合いなのだが。
 とりあえず斬魄刀の始解を解いてしまおうと、蝉法師に声をかけて鞘に戻していると、ふと隣から視線を感じる。見れば、浮竹隊長は何か言いたげに指に顎を乗せてわたしを眺めていた。
 
「あの、何か」
「ん?あぁ、すまないジロジロと見てしまって。気を悪くしないで欲しいんだが、笹竹の斬魄刀は戦闘向きでは無いのかと思って」
「はい。その通りです」
 
 浮竹隊長の言う通り、私の斬魄刀は戦闘向きではない。本来は細々とした支援型の技が主だ。
 先程使ったのは唯一真っ向勝負で使える必殺技のようなもので、しかしいかんせん爆発的な振動に腕が耐えられず一回の解放で一発打つのが限界というぎりぎりの代物である。
 加えて面倒なのが、この技を使うには相手に一度直接触れ、相手から音を集めなければいけない事だ。相手が強ければ強いほど力は増幅し威力が上がる技らしいが、強すぎる相手にはそもそも近付くことすらできないので威力に関しては持ち主の実力にかかっている。

「お恥ずかしながら、私の実力では今が精一杯で。他にも戦闘向きの技はあるらしいんですが教えてもらえないんです」
「ほう、それはまた意地悪だなぁ」
 
 以前、私の斬魄刀である蝉法師から「主は力量不足、僕はもっと別の使い方がある」ときついお叱りを受けた事があった。

「笹竹の実力なら、少し頑張ればいくらでも習得できるだろうに」
「浮竹隊長は私のことを誤解しておられます。そもそもこの技がなければ私はきっと九席という立場も頂けませんでしたから」
 
 これはほんの少しだけ、本心だった。私はきっとこの技がなければ席官の地位は貰えていない。それも四番隊という治療専門の隊であるから余計にそう思えてしまうのだ。
 時折、ちくりと胸を指すのはきっといつも横に天才がいたから。藍染惣右介という完璧な人間はいつも遥か先を歩いていた。
 最初の頃こそ、追い付こうと必死に努力をしていたがいつからかそれもしなくなった。本当の所、私がいくら技を磨こうと足掻いても藍染惣右介に叶わないのは分かっていたのだ。ただ、叶わない代わりに惣右介くんを妬むことは信念が許さなくて。

 薄暗い思考に沈んでいると、ぽんと頭に手が乗せられる。びっくりして上を向くと、浮竹隊長が眉尻を下げて笑っていた。しょうがない奴だ、とでも言いたげな顔をしている。
 
「藍染隊長も言っていたよ。笹竹の諦め癖はもったいないと」
「……え?」
「おや、これは言っては不味かったかな。いやでも、うーん」
「あの、浮竹隊長それはどういう――「きゃああ!!」
 
 私が浮竹隊長に言葉の続きを促そうとした時、突然つんざくような悲鳴が上がる。二人共、ほぼ同時に振り返り、手を斬魄刀にかけた。
 けれども、私は目の前に広がる光景を、ただ信じられないという気持ちで見ることしか出来なかった。
 空にぽっかりとあいた巨大な穴、そこから一本の白い腕が延びている。散り散りになる実習生の子達が私の横を通り抜けていくが、私は穴から目が離せなかった。否、“穴の中にある顔”から、視線をそらすことが出来なかった。
 これは、まさか、――大虚?
 
「皆、慌てずに穿界門へ……――笹竹!!」
 
 はっと、浮竹隊長の声で現実に戻った時。
 私の前にはもう既に白くて大きなするどい爪が迫っていた。
 
「うそ、」
 
 私の小さな声は誰かの耳に届くこともなく消えた。


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