オムライス

無類のオムライス好きのミユちゃんと一緒に、新しくできた洋食屋にやって来た。
この辺一帯の再開発でできたばかりの複合商業施設のレストランだ。
案内された席は窓際で、一面がガラス張りになっていて外がよく見える。
いつも来ている街でも見下ろすと違う景色になるもんだなぁ。
「あっ、ねえ、このあとグッズショップ行っていい?」
確かヒーローの新しいグッズが発売になっているはずだ。
「いいよー。しかしアヤちゃんは熱心だねぇ。殆ど全部買ってるんじゃない?」
「あー、うん。そうかも。えへへ。ミユちゃんもワイルドタイガー派だよね?ナナちゃんは完全にバーナビーだけど。」
「そうだねー。でもアヤちゃんほどじゃないかなぁ。かっこいいとは思うけど。」
そんな話しをしていたら、注文したオムライスがやってきた。
私はデミグラスソース、ミユちゃんはトマトソースだ。
「わ、おいしそう。いただきます。」
スプーンを手に取った時、視界の端をピンク色のものがかすめた気がした。
次の瞬間、ガシャーンという音と共にキラキラとしたものがふりそそいだ。
それがガラスの破片だと気づいた時には、窓枠が左腕を直撃していた。
しかし、痛いという感覚はなく目の前にあのワイルドタイガーがいる事に、ただ呆然としていた。

「お嬢ちゃん、大丈夫?じゃないよな。すまん!ほんっとごめん!」
ワイルドタイガーが私に向かってしゃべっている。
「あ、バニー?こっちちょっと失敗しちゃって大変・・・あ、捕まえた?じゃそっちよろしく。」
「お嬢ちゃん、とりあえず病院に。そっちのお嬢ちゃんは怪我ない?」
「あ、私は全然平気です。」ミユちゃんは冷静に答えている。
私はもう、目の前にワイルドタイガーがいると思うだけで倒れそうだ。汗かいて来た。と、額を拭うとそれは血だった。
あ、だめだ、視界が狭くなる。
倒れる瞬間、ワイルドタイガーが支えてくれた気がした。


気がついたら病院のベッドだった。
左腕が痛む。
「あ、気がついた?」ミユちゃんだ。
あちこちにガーゼと絆創膏、左腕には包帯が巻かれている。
「私、どうしちゃったの?確かワイルドタイガーが突っ込んで来たんだよね?」
「うん。なんか、犯人追ってる途中で間違って突っ込んじゃったんだって。」
「すごい!本物だったよね!私、話ししちゃった!!!」
「えっ、そういうことじゃなくて、あの、怪我大丈夫?痛くない?」
ミユちゃんがちょっと呆れ顔だ。
「ガラスでの切り傷が数カ所と左腕は打撲だって。骨には異常ないみたい。傷跡は残らないっていってたよ。」
あー、よかった。これでも一応嫁入り前の女子だからね。
「ね、私、倒れたときもしかして…」
「うん、アヤちゃんのことはワイルドタイガーが抱きかかえてくれたよ。救急車にのせるまで。」
ぎゃぁぁぁぁ。なんで意識失ってたんだろう!ああもう、私の馬鹿!!あ、でも意識あったら倒れなかったわけだし…うわぁぁん、覚えてないなんて!!!
「ね、写メとかないよね?」一応聞いてみる。
「あるわけないじゃん…。大変だったんだよ。」
「ですよねー。」
そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」ミユちゃんが開けに行ってくれた。
入って来たのはなんと、ワイルドタイガー本人だった。
私は言葉を失った。
「あの、お嬢ちゃ・・アヤちゃん、この度はほんとにすいませんでしたっ。」
ハンチングを取って頭を下げている。
「あ、あ、あの。そんな、怪我なんて全然大した事ないですし、気にしないでくださいっ!そんなことより握手してください!!」
ワイルドタイガーが一瞬ぽかんとして、そして笑った。
「あの、これ、お見舞い、です。」
そういってピンクのチューリップの花束を差し出してくれた。
ミユちゃんが横から、「アヤちゃんはワイルドタイガーのファンなんですよ。」と口を挟む。
「そうかー、そうなのかぁ。うれしいなぁ。でも壊し屋といえども若いお嬢さんに怪我させちゃってほんと申し訳ない。」
もう、あのワイルドタイガーが目の前にいるというだけでパニックになりそうだ。
「いえ、そんな、たいした事ないみたいですし、そんなに謝らないでください。追跡中だったんですよね?」
「あ、そっちのほうはバニー・・バーナビーが確保しました。あいつ優秀だから。」
あー、視界をかすめて行ったピンクの物体はバーナビーだったのか。
ナナちゃんが聞いたらうらやましがるだろうなぁ。
あっそうだ。
「あの、ワイルドタイガーさん、お願いが一つあるんですけど…」
「俺にできる事ならなんっでもさせてもらいます!」
「一緒に写真とってもらえませんか?」
「なんだそんなこと。お易い御用。」ニカッと笑った。
ミユちゃんにスマートフォンを渡してシャッターをきってもらう。
もちろん親指を立てたあのポーズだ。
「一生宝物にします!」
「アヤちゃん、大げさだなぁ…」
また、誰かがドアをノックした。
次に入って来たのは、バーナビーだった。
真っ赤な薔薇の花束を抱えている。
「このたびはバディであるワイルドタイガーがあなたに怪我をさせてしまって申し訳ありません。」
そういうと頭を下げた。そんな仕草もどこか優雅だ。
「怪我の痕は残らないそうですが、左腕が使えない間の保証はアポロンメディアが責任を持ってさせていただきます。治療費等もお任せください。」
それとこれ…といって花束をくれた。
うん、なんというか、バーナビーらしい花束だ。でも私はチューリップの方がうれしいな。
「あと、なにか不都合な事やこちらにできる事がありましたら、なんなりとおっしゃってください。」
「なんでも?」
「ええ、まぁ、できる限りは…」
ワイルドタイガーが心配そうにこっちを見ている。
「あの、さっきワイルドタイガーさんと一緒に写真取ってもらったのでもう十分なんですけど、あの、もう一つ我がままお願いできるなら、サインも頂きたいな、なんて。」
「は?サインですか?ワイルドタイガーの?」
「はいっ!大ファンなんですっ。」
「アヤちゃんのためなら、いっくらだってよろこんでサイン書くぜ!」とワイルドタイガー。
「だ、そうですので、来月発売の写真集にサインお付けしてプレゼントさせていただきますね。」
わーーーーーーー。まじか。やった。
あー、怪我してよかったかも。
「今日はびっくりしましたけど、ワイルドタイガーさんに会えたのでいい日でした!」
そういうと、ワイルドタイガーは苦笑いしながら「そういってもらえると助かるよ。」と言って、頭をくしゃっと撫でてくれた。

お二人が帰った後、もう一度お医者さんから直接説明を受けて、その日は帰った。
「オムライス、食べ損なっちゃったね。」
「また行けばいいよ!まぁ、あの店はしばらく休業だろうけど。他にもたくさん美味しいお店あるんだよー。」とミユちゃん。
「あ、あと、バーナビーにもあった事、ナナちゃんに自慢しないとね。」
「あはは。きっとみんなびっくりするね。」



一週間後、切り傷のガーゼが殆どとれた頃、アポロンメディアから電話がかかって来た。
怪我のその後の状況を聞かれたので、順調です。と答えた。現に左腕ももう殆ど痛くない。
「それとですね、もしよろしければなんですが、今回のお詫びにお食事にご招待させていただきたいのですが、いかがでしょうか?お友達とご一緒に。」
へぇ、そんなことまでしてくれるのか。断る理由もないので快諾する。
指定された場所がゴールドステージのホテルのレストランで、ちょっとビビった。
すぐにミユちゃんに電話をかける。
「すごいよ!さすがアポロンメディアだよ!何着てく?」
「私までご相伴にあずかっていいのかな?」
「えー、私一人でなんて行けないもん。」
「じゃあ遠慮なく。ゴールドステージのホテルかぁ。ドキドキするね!」



当日、できる限りゴールドステージっぽい服を選んでオシャレした。浮く事はないだろう。たぶん。
ミユちゃんも普段着ないジャケットなんて着てる。
「なんかコスプレみたいだよね。」といって笑い合った。
入り口で名前を告げると、「お連れ様がお待ちです。ご案内いたします。」と言われた。
お連れ様?
普通の席に案内されるのかとおもいきや、どんどん奥へ進んで、個室に案内された。
扉を開けると、そこにはワイルドタイガーとバーナビーがいた。
フォォォォォォ!!と心の中で叫びながらも、身体は固まってしまった。
「こんにちは。今日はご足労頂きましてありがとうございます。」とバーナビー。
「さ、座って座って。」とワイルドタイガー。
えっと、これって・・・・
「アヤさんがワイルドタイガーのファンでいらしてくださるということだったので、せめてものお詫びに一席設けさせていただきました。驚かせてすいません。」
「あの、あの、あの・・・ワイルドタイガーさんと一緒にお食事ができるということですかっ?」
「おう。ほんとに俺でいいのか?」
もちろんです!頭をぶんぶんふって頷いた。
「メニューは勝手ながら、あの日ガラスまみれにさせてしまったオムライスにしました。ここの、おいしいんですよ。」
「わぁ、ここのオムライス有名ですよね!一度食べてみたかったんです。」とミユちゃん。
「アヤちゃん、大丈夫?」ミユちゃんが覗き込んで来た。
「うん、なんか、夢みたいで・・・」
「私、ほんと、ずっと大ファンなんです。だからなんていうか、感激しちゃって・・・」
「おいおい、大げさだなぁ。でもそんな風に思ってもらえるなんておじさんうれしいなぁ。」ワイルドタイガーがアイパッチの向こうでニコニコしている。
程なくスープとサラダが運ばれて来た。
温かいコンソメスープを飲んだら、少し落ち着いた。
「あの、あの時のガラス割ったのってやっぱり賠償金ですよね?」
「あちゃー、まぁ、うん、そうだな。」
「あれ、犯人が発砲した銃弾を受けたんですよ。この人そういうの言いたがらないから…。」と、バーナビー。
えっ、そうなの!?じゃあワイルドタイガーが身を以てていしてくれなかったら、もしかして撃たれてたかもしれなかったんだ。
「う、まあな。でもおかげでスーツに傷もつけちゃって斉藤さんにも怒られちゃったよ。」
「まぁ、でもガラスぶち破ってけがさせてしまった事にはかわりないですけどね。」うわっ、バーナビーいうなぁ。
「でも、銃弾から私たちを守ってくださったんですもんね!このくらいの怪我ですんでよかったですよ。」
「アヤちゃんいい子だなぁー。」
オムライスもとってもおいしくて、何より目の前にワイルドタイガーがいることが夢の様で時間はあっという間に過ぎた。
最後に、プレゼント。といって、来月発売の写真集(サイン入り!)とワイルドタイガーグッズをたくさんもらった。
包帯のない姿でもう一度写真を一緒に撮ってもらって、握手した。
あったかい大きな手だった。
「あの、私、ファンレター書きます!」
「おう!これからも応援よろしくな!」

ああ、これで今回の事を思い出に強く生きて行けそう。
そういったら、ミユちゃんは笑った。


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