バーテンダー

今日は久しぶりにこのお客さんが来た。
いつもハンチングを被っている黒髪でひげの男性だ。
続けてくる日もあれば、何日も来ない日もある。私がこの店で働くようになる前からの常連さんだ。
いつも大体焼酎ロック。
大柄な男性と仲良さそうに飲んでいるときもあるが、一人のときの方が多い。
長く通ってくれている割には私とはあまり言葉を交わさない。
バーテンダーと話すのが好きなお客さんも居るが、そうでもない人も居るのでそう言うときは無理に話しかけない。
珍しい焼酎が入った時とか、何かいいことがあったような時など、話すときは陽気に接してくれる。

「なぁ、最近の若者ってさ、先輩に向かって『古いですね』とかいっちゃうものなの?」
ふいに話しかけられて、その意図に戸惑った。
「さぁ?私だったら先輩に向かってそんなこと言えませんけどね…。」
「だよなぁ。はぁ・・・」
深ーいため息を一つついてグラスを空けると、「ごちそうさん。」と帰って行った。

次に来たときは、いつも一緒に来る大柄の男性と一緒だった。
「だってあいつおれのこと”おじさん”とか呼ぶんだぜ?」と聞こえて来た。
おじさんというほどの歳でもないと思うのだけど…。
どうやら愚痴をこぼしているらしい。
こんな日は杯が進む。
「そろそろお水お出ししましょうか?」
「おー、わりぃね。」
水を一気に飲むと、若干ふらつきながら帰って行った。

2、3日後今度は一人でやってきた。
グラスの氷を見つめて静かに飲んでいる。
そのとき私はカウンターに居る男性客と会話をしていた。というか、若干しつこ目に誘われていた。
「ねー、おねえちゃん、いいじゃん。今度どっか飲みに行こうよぉー。」
悪酔いしたお客様はたちが悪い。バッサリできるほどの手腕が無いのが悔しい。
そのとき、ハンチングの男性がこちらにやってきて
「おっさん、みっともないぜ。ここはそう言う店じゃないんだ。」と言ってくれた。
男性客はそれに怯んだのか、そそくさと帰って行った。
「ありがとうございました。本当は私がきちんとお断りしなきゃいけないところを助けていただいて…。」
「いや、いいのよ。お嬢ちゃんいつも頑張ってるよ。いつもうまい酒いてれくれるしな。」そういうとニカッと笑った。

しばらく間が空いた後、ブロンドの男性を連れてやって来た。
初めて見る顔・・・んんん?あのバーナビー!?
最近活躍しているヒーローのバーナビーにそっくりだ。
心臓が口から飛び出るかと思ったが、ここはまがりなりともバーテンダーの端くれ、動揺は出さない。
お客様はどの人もみな同じお客様だ。
「ワインのロゼ、置いてますか?」さわやかな笑顔でオーダーされた。
うちは品揃えが豊富なのが売りだ。もちろん置いてある。
上品な身のこなしは流石といえる。たぶん本人だと思うのだけど…。
ちょっと距離を置いて観察してみる。
ハンチングの男性の方が気を使っているように見えるが、バーナビーも時折笑顔を見せている。
どういう関係なんだろう?と気になるが、お客様のことは詮索しないのがルール。
お会計で二人がそれぞれ出すと言い張って、結局ハンチングの男性が支払って帰って行った。


お店のライムが切れていることを思い出して開店前にあわてて買いに出かけた。
これだけはさすがに買い置きできないからだ。ついでにミントも買っておく。
スーパーマーケットでレジをすませた時、館内放送が入った。
『店内に爆発物が仕掛けられたとの情報がありました。安全のため速やかに避難してください。』
えっ、マジで!?最近世間を騒がせている爆弾魔の仕業かな。
急いで出口に向かう。客が一斉に向かうので混雑している。
親とはぐれたのか小さな男の子が泣いている。
近寄って手を引いてあげる。とりあえず外に出なければ。もう回りに人は居ない。
その時、ドカン!と大きな音がした。
思わず男の子をかばう。
その時入り口のドアを破ってワイルドタイガーが突っ込んで来た。
私たちを両脇に抱えると素早く外へ連れ出してくれた。
ワイルドタイガーはマスクをあげると「坊主、怪我は無いか?男の子だろ、泣くなよ。」とアイパッチの向こうでニッと笑った。
「お嬢ちゃんも大丈夫?」
「あっ、はい。ありがとうございます。」抱きかかえられたまま、お礼を言う。
オープンしたマスクの下に見える特徴あるひげの形が見覚えがあるような気がした。
ワイルドタイガーは私たちを下ろすと、他に逃遅れた人は居ないかとまた店の中に突っ込んで行った。

爆発事件の翌日、ハンチングの男性がまた来店した。
やっぱりあのひげの形…。
お客様のプライベートには干渉しないのがルール。
だけど・・・
「助けていただいたライムです。」とジンライムを差し出す。
ハンチングの男性は一瞬びっくりして私を見たが、ニカッと笑って「無事でなにより。」というとグラスを受け取ってくれた。

その後もハンチングの男性はちょくちょく来店してくれる。
最近はバーナビーさんと一緒に来ることが増えた。
常連さんの多いこの店は、最初の頃こそはヒーローバーナビーに驚いていたが、最近はお客様になじんでいる。
初めの頃はよそよそしかった二人が、近頃は親しげに話している。
私はというと、HEROTVがやっていると見るようになった。

今日も「焼酎ロックで」とオーダーが入る。


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