それから-1

”始めましょう”と言われて連絡先を交換したけれどこちらから特に連絡することもないから放っておいた。
あんなのを真に受けるほどの小娘じゃない。
二日続けて雑誌の撮影に走り回って今日はOBC。一日局内で移動がないのは楽だわ。
廊下を歩きながら今日のスケジュールをもう一度確認する。
右手の荷物が軽くなって振り向くとSBの王子様がいた。
「おはようございますマナさん。」
「お、おはようございます。」
慌ててメイクボックスを取り返そうとするもかわされる。
「あの、自分で持ちますから!」
BBJに荷物持たせるとか後ろから刺されるよ。
バーナビーはにっこり微笑むとすたすたと行ってしまう。
自分の立場考えなさいよ、まったくもう。
そのまま控え室に入って行くのを慌てて追う。
「朝からマナに会えるなんて嬉しいな。」
はあ。
「あっ、今日はよろしくお願いします。」
こっちは朝イチバーナビーでなんか疲れるわよ。
にこにこと「コーヒー飲みます?」なんて言ってくるバーナビーが若干うらめしい。
折角だからと差し出されたカップを受け取る。
アレ?これ…
「途中のカフェで買って来ました。マナはカフェラテでよかったですか?」
なんで知ってるの?
「あはは。そんな驚いた顔しないで。マナが自分で言ったんですよ。朝はカフェラテだって。」
そんな話したんだ。そんでそれを覚えていてわざわざ買って来てくれたんだ。
「っていうか、今日のメイク担当が私だって知ってたんですか?」
こっちは前日か当日その場になってスケジュールが決まることだって多いのに。
意味深にニヤッとするバーナビー。まあいいけど。

メイク中は変なことを言わないから助かった。
仕事は仕事。たまに仕事中に口説いてくる人もいるけど。
バーナビーについてスタジオに入ると女の子達の歓声が上がる。
今日は名司会と素人(ということになっているタレントの卵達)の女の子達のトーク番組のゲストがバーナビーだ。
ひな壇に並ぶ女の子達がいつもより煌びやかなのは気のせいではないだろう。
にこやかにキラキラを振りまくバーナビーをぼんやりと眺める。
こういうスター性がある人ってほんとにいるんだよなあ。
ポケットでケータイが震えて、スタジオを出る。
『マナいまOBCだよね!?』
先輩の焦った声。
「はい。どうかしましたか?」
『道具落として中身割っちゃってさ。ファンデとローション貸して!っていうか手伝って!!!』
「わかりました。すぐにそっちいきますね。」

指定された控え室のドアを開けると、アシスタントの女の子が半泣きで割れた瓶を片付けていた。
「「マナさーん!」」
部屋の奥から男の子達の声。
「マナさんもメイクしてくれるの?」「ラッキー!」「俺マナさんがいい!!」
おおっと。
五人組アイドルグループVolumeだったか。
先輩は苦笑している。
「マナ、悪いね。そっちは大丈夫?」
「はい。いま収録中なんで。」
手早く自分のメイクボックスから必要なものを取り出して並べる。
直しのセットをアシスタントの彼女に差しだす。
「失敗は誰にでもあるから大丈夫。あっちのほうよろしくね。バーナビーだから気をつけてね。」
彼女はきょとんとしたあとぱっと頬を染めて頷いた。
かわいいなあ。
パタパタと出て行く彼女を見送る。
「マナー、あんまり甘やかすなよ。」
「レイジさんが厳しいんですよ。」
「でもこれで二回目だぜ。この間はカラーパレット粉々…。」
ああ、それはちょっと痛いかな。
苦笑を返して早速メイクに取りかかった。

「この間リアムだけマナさんにスペシャルメニューやってもらったのずるい!!」
「ねえねえ、今度の写真集はマナさんがついてくれるの?」
何故か妙になついてくれているアイドル君達は廊下でも騒がしい。
「レイジさんだっているじゃないですか。この前のCFかっこよかったですよ。」
「むー。レイジさんはかっこよくしてくれるけど僕はマナさんの方がリラックス出来るんだよね。」
「僕はマナさんだとやる気100倍!」
はあ。その年からそういう台詞をサラッと言えちゃうなんて末恐ろしいわ。
当の先輩は後ろで笑っている。
「まあ、俺より女の子にメイクしてもらった方がテンションはあがるよね。俺だってきれーなお姉ちゃんのメイクしたいもんね。」
”レイジさんひでー!”という声が上がる。
あはは。かわいい。
突然後ろから腕を掴まれる。
「あ、バーナビーさん。お疲れ様です。」
「マナさん、僕のメイク。」
ぐいと腕を引っ張られる。
あ、あの?
「マナ、助かったよサンキュ。あとはこっちで足りるから道具はそっちに届けさせる。」
そう言った先輩に向かってバーナビーは黙礼すると私を掴んだまま歩き出す。

控え室に入っても無言のまま、ソファに座るバーナビー。
「えっと…休憩ですか?」
返事はない。無視かよ。なんなの。
メイクったって道具はあっちに置いて来たし直しが必要なほど崩れても居ないように見える。
「目が痛い。」
えっ。慌ててソファの隣に座って顔を覗き込む。
空気が動いて唇に柔らかいものが触れた。
「ちょっと!」
そのままぎゅっと抱きしめられる。
「あ、あの…バーナビーさん?」
「収録中はついていてくれるんじゃないんですか。」
「メイクアシスタントの子に失礼がありましたか?すみません。」
苦しいから離して欲しいんだけど身動きが取れない。
「僕よりあのアイドルの方がいいんですか?」
は?
「トラブルで呼ばれただけで別にそう言う訳では…」
「じゃあこの後は僕と一緒にいてくれます?」
「ええ、はい。」
当初の予定通りバーナビーの収録が終わるまでは私の仕事だ。
バーナビーの腕が緩んだと思ったら再び顔が迫って来て、必死で肩を押し返す。
「人が来ますから!」
「来なかったらいいの?」
「そういうことじゃないです!!!」
ノックの音にほっとする。
「ほら、誰か来ましたから離してください。」
バーナビーがニコッとした。はあ、助かった。
チュッとリップ音を立てて唇が触れ合って離れた。
!!!!
「どうぞー。」のバーナビーの声に我にかえりソファから立ち上がる。
こんなところを誰かに見られたら大変なことになる。
「マナが油断するからですよ。」
しゃあしゃあと言ってのけるバーナビーを睨みつけて、道具を持って来てくれたアシスタントちゃんの相手に向かった。


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