始まり-2

OBCにヘルプで入ることになった。
普段は雑誌やCMの撮影がメインでたまにアイドルのコンサートのヘアメイクなんかもする。
OBCに入るヘアメイクは基本的にうちで、出演者のお抱えのメイクさんはまた別。
OBCって聞いてバーナビーが一瞬よぎったけれど、あれから十日何もないし上司も何も言ってなかったから本当になかったことになるだろう。
偶然会うこともないだろうし。
なんて思っていたのにどうして居るの。

控え室を開けてすぐに廊下にバーナビーの姿を見つけてうろたえた。
なかったことにしたんだから気にしちゃいけない。
「マナさんのメイク久しぶりで嬉しいなー。ね、さっきのあれ、収録終わったらもう一度やってください!」
今人気急上昇中の男性アイドル君が私を振り返って素晴らしいスマイルを見せてくれる。
「いいですよ。あのくらいで喜んでもらえるなら。」
「マナさんの手って魔法みたいですよね。気持ちよすぎて昇天しちゃう。」
「あはは。おおげさですね。リアム君にならいつでもしますから言ってくださいね。」
立ち話をしているバーナビーの横を何でもない風に過ぎる。
通り抜ける一瞬、バーナビーの鋭い視線を感じたけれど気づかない振りをして先に歩くアイドル君の後を追った。
黙礼くらいしたほうがよかったかな。
しかし相変わらずかっこよかった。モデルやアイドルは見慣れているけれどそれとは違うそれ以上のオーラみたいなものがある。
やっぱSBの王子様だもんなー。
「マナさん!」
アイドル君に人懐こい笑顔で呼ばれて我にかえる。
「収録中も居てくれて、僕ほんとに嬉しいんですよ!!」
かわいい言葉にニコニコしながらスタジオに入った。



OBCにはしばらく近づきたくないという私の願いは虚しく届かなかった。
「だからちょっとの間OBCに行って欲しいの。マナちゃんには軽い仕事で悪いんだけど、ね。」
上司はすまなそうな表情を浮かべる。
「彼女の怪我は大丈夫なんですか?」
「手首はねん挫だから一ヶ月もすれば復帰出来るわ。その間だけ!」
お願いと言う名の業務命令には逆らえない。
局での仕事が嫌いな訳でも軽んじている訳でもない。
「わかりました。」
それに困ったときはお互い様。
あんなことをいちいち気にしてる方が可笑しい。
メイクボックスの中身を確認して早速OBCへ向かった。

なにも一発目がこれってないんじゃないの。
私を待っていたのはインタビュー収録のヘアメイク。ゲストはバーナビー。
深呼吸をして腹をくくり手早く準備に取りかかった。
控え室に入って来たバーナビーは私を見てちょっと驚いた後にっこり微笑んだ。
「本日ヘアメイク担当します、よろしくお願いします!」
バーナビーは、ぺこりと頭を下げた私に「こちらこそ。」と返事をしてゆったりと椅子に座った。

ああほら、やっぱりバーナビーはいつもと同じだ。あれは夢だったんじゃないかなって思えてくる。
もしかしたら本当に夢だったのかもなー、なんて頭の隅で考えながらメイクを終える。
鏡越しにバーナビーと目が合った。というのは気のせいで、眼鏡を外しているからほとんど見えていないだろう。
テーブルにはあの朝見たのと同じ眼鏡が置かれている。
「マナさん。」
突然話しかけられて髪の毛を整える手が止まる。
「はい?」
「マナさんの魔法の手って有名なんですね。」
そうなの、かな。
「いたって普通ですけど、そう言ってくださる方もいますね。」
「マナさんは他の人はしてくれないサービスをしてくれる、気持ちよすぎて昇天しちゃう、って。」
「あはは。大袈裟ですよ。ちょっとしたテクニックです。そんなのどこで聞いたんですか?」
「この間番組で一緒になったアイドルがそんなこと言ってましたよ。他にもモデルの…なんだったかな、若い男の子。」
「ああ、若い男性はああいうの慣れてない人が多いから余計にそう思うんでしょうね。」
「マナさんが男性に人気があるのはそのせいかな?」
「いやぁ、そんなことないと思いますけどね。うちの上司がヘアメイクは異性がやった方が栄えるっていう考えなんで、私が男性に付くことが多いだけですよ。」
うちの男性スタッフでは老若問わず女性にモテモテの人が二人いる。
「じゃあ僕にもそれ、してくれます?それとも若い男の子限定?」
「いいですよ。収録が終わってからやりますね。時間はそんなにかからないと思いますけど、次って詰まってます?」
「いえ。今日はこれだけです。」
バーナビーが鏡越しにニヤッと笑った気がした。

収録はスムーズに終わって控え室へ戻る。
「マナさんは収録中ずっとついててくれるんですね。」
バーナビーがソファに座りため息を吐く。
「お疲れさまでした。そうですね、アシスタントに任せる人もいますけど私は自分でやりたい方なので。それにアシスタントが付くほど偉くないんで。」
メイク直しだけならアシスタントで自分はスタジオにも行かない人もいるけれど、私は照明の具合やその人の雰囲気もみたいから現場について入ることにしている。
鏡の中のバーナビーはミネラルウォーターのペットボトルを手に取ってそのまままたテーブルに戻し、メイク道具を片付ける私を振り返った。
「さっきの話、あれやってくれますか?」
「はい。」
ローションボトルを二本とコットンを取り出しテーブルに置く。
「じゃ、失礼します。」
背後から前髪に触れるとバーナビーはビクッとした。
「緊張してます?バーナビーさんにするの、初めてですもんね。リラックス効果のあるアロマのローション使いますね。」
バーナビーは、はいとかええみたいな返事をした。
「目、閉じていてください。バーナビーさんは肌が奇麗だし普段から手入れされているから私のなんて必要ない気もしますけど…。」
ローションをたっぷり含ませたコットンを肌に滑らせる。
メイクが落ちたところで今度は自分の手にローションを馴染ませそっと顔に触れた。

最初は強ばっていたバーナビーも力が抜け、ソファに体を預け規則正しい呼吸音だけが聞こえる。
こめかみと耳の後ろを軽く刺激すると心なしか表情が穏やかになる。
スチームで温めておいたタオルで優しく拭い、留めていた前髪を下ろす。
「終わりました。」
私の言葉に、バーナビーはゆっくりと息を吐き目を開けた。
「気持ちよかったです、すごく。」
その言葉が嬉しくて笑顔になる。
「バーナビーさんにそう言ってもらえて光栄です。」
「魔法の手ってこういうことだったんですね。」
「魔法かどうかはわからないですけど、十分でリフレッシュしてもらえたら嬉しいです。みなさん忙しくて疲れていらっしゃるから。」
ローションボトルを手に取って片付けの続きをする。
「マナさんはこの後まだ仕事ですか?」
「いえ、今日はこれで終わりです。」
時計は七時を回っている。
「じゃあこの後一緒に食事に行きませんか?」
手から筆が落ちて慌てる。
今なんて?
「僕と食事、いやですか?」
バーナビーは落ちた筆を拾い上げて私の横に立つ。
「今のお礼に、ね?」
キラッキラのスマイルに圧倒されて頷くことしかできなかった。


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