始まり-1

明るさに顔をしかめて目をこじ開ける。
ブラインドから差す光と滑らかなシーツの感触。
あれ、ここどこだっけ?ホテル?
眠っていた頭が勢いよく動き出す。
え、え、え…
がばりと起き上がって部屋を見渡すと、そこは広いベッドルームだった。
ホテルじゃない。っていうか、ここどこ!?
やばい。昨晩の記憶が曖昧すぎる。
でかいベッドは隣に誰かいた様な乱れ方で、というよりも私は何も着ていない。
そして最悪なことにこの状況は昨晩何かあった。
よくドラマなんかでは、何かあったか分からない!!ってなるけど、この全身のけだるさと内腿のべたついた感じは分からないなんて言えない。
あああああ、どうしよう。っていうか相手誰?
耳を澄ませばシャワーの音が微かに聞こえる。
ヘッドボードに眼鏡を見つけて思考が止まった。
最悪の上があった。いや下か?
見慣れたというかよく見るその眼鏡は六角形の特徴的な形で、持ち主を物語っている。
これ、バーナビーのやつだよね。
実物はそう何度もお目にかかっていないけれど、この眼鏡をかけた人物を見ない日はない。
考えるのを止めそうになる頭をどうにか動かしてこの状況を切り抜ける方法を考える。
逃げる。
それしかない。
あのシュテルンビルトの王子様と一夜の間違いなんて恐ろしすぎる。
弾かれるようにベッドから飛び出て、散乱した服をとりあえず身に付ける。
シャワーの音を確認しつつドアを開けるとそこはまた無駄に広い(失礼)リビング。
ソファの上に転がった鞄をつかむと玄関ドアを目指す。
玄関が閉まる直前に部屋で物音がした気がしたけれど振り返る余裕はない。
なんか豪華なマンションを飛び出してタクシーを掴まえた。
座席に体を預けて大きなため息が出た。
寝起きで鏡も見ていない事を思い出して鞄からコンパクトを取り出す。
あー、酷い顔。まあメイクをそのままに眠ればこうなるよね。
首と胸元に赤い痕を見つけて息が止まる。
この状況をもう一度思い知って、さっきよりも大きなため息を吐いた。
整理しよう。
ええと、まずあの部屋がバーナビーの部屋という確信はない。
うん。もしかしたらファンで同じ眼鏡を持っている人という可能性も…
ゴールドであんな豪華なマンションに住んでいて、という辺りでその可能性は少ない。
何より自分が一番分かってる。あれがバーナビーの部屋だって言うことを。
だって昨晩一緒だった。
いやいや、そもそもバーナビーと一緒に飲んだと言うこと自体がおかしい。
パニックになった頭の中で誰にするのでもない言い訳がぐるぐるまわる。

そもそもの始まりは昨日の夕方。
仕事で足りなくなった道具を急遽買いに近くのデパートへ行った。
土曜日の午後の化粧品売り場は混雑していて、ゴールドのそんなところへは仕事中でもなければいかない。
買い物を済ませて振り返った私の目に入ったのは昔の彼氏。
向こうも気づいて笑顔で挨拶した。
昔の話で別れ方はまあきれいだったほうだし未練も恨みもないんだけど、ただ奇麗な奥さんと一緒だった。
仲良く繋がれた手と手入れの行き届いたヘアスタイル、品とセンスのいいファッション。
自分の仕事着(白いシャツと黒いパンツ)に引っ詰めた髪がとたんに恥ずかしくなった。
その彼は私の荷物を見て、「活躍してるね。雑誌で名前を見かけるよ。」と言った。
私は「仕事の合間だから。」と返事もそこそこにその場を離れた。
未練も後悔もない。好きでやっている仕事。それは全部本当のことだけれど、でも、もしかしたらあっち側にいたのは私かもしれないと一瞬思ってしまった。
仕事の後一人でバーに行き、そんなことを考えながら飲んだ。
何処で差が出たのかなあとか、まあでもあいつとは遅かれ早かれ無理だったしなあとか、雑誌に出る名前なんて小さいの見ててくれる人がいるんだなあとか。
そこへ偶然上司(男だけと女)がバーナビーと一緒にやってきた。
なんか流れで一緒に飲むことになって、その時にはすでに私はかなり飲んでいて、ここの酒代を上司に半分だしてもらおーなんて事を考えていた。
それがどうしてこうなった…?

自分の家についてシャワーを浴びながら昨晩の記憶を探る。
お酒で記憶をなくしたことも前後不覚になったこともない。今までは。
バーナビーが開けたワインが美味しかった。
彼は私の上司と何故か仲がいいみたいで、仕事で何度か会ったことのある程度の私にも親しげにしてくれた。
仕事では愛想がいいけどプライベートでもフレンドリーなんだなあなんてぼんやりしながら、勧められるままに飲んだ気がする。
で…そのあとの記憶がさっぱりない。
私が潰れたなら上司が連れて帰るよね。
ほっぽって帰る様な冷たい無責任な人ではない。
ってことはどういうこと!?
バーナビーってこういう一夜の行為みたいなのする人だったんだ?
いやこれ相手が私だからまだよかったものの、質の悪い女だったらスキャンダルでしょ!
あ、そうならない相手だから私なのか。
公になったら私だってまずい。有名人とスキャンダルとか仕事出来なくなっちゃうもん。
よし、なかったことにしよう。
こんな風によく知りもしない人と関係を持つ様なことはしたことはないけれど、状況からみて合意の上だろうしぎゃあぎゃあ騒ぐ様な小娘でもない。
今交際している相手はいないし好きな人も居ない。
自分の中で結論を出してやっと落ち着いた。
オレンジジュースをペットボトルから直接飲み干して、午後の仕事の時間までベッドに潜り込んだ。


[ 1/16 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む][トップページ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -