その後-2

お酒、買っておけばよかったな。
シャワーから上がってルームサービスのメニューを眺める。
今回のロケはスタッフも比較的年齢が若いのとまだ一日目ということもあって夕食後はすぐにそれぞれが部屋に戻った。
もう一度着替えてバーに行くのは面倒だけど、眠れる時間じゃない。
それに、キラキラしたアイドル君達が今日は少し眩しい。この時間なら誰かに会ってしまうだろう。
慕ってくれるぶん立場の違いを見せつけられて、それはそのままバーナビーを思い出してしまうから。
今夜はこのまま部屋にこもる事に決めて、ルームサービスの電話をかけることにした。

行儀悪く、シャーベットに白ワインを注ぐ。
誰も見てないからいいもん。
レイジ先輩からのメールに適当に返事をしながらテレビをぼんやりと眺める。
ザッピングの途中にバーナビーが出て来てリモコンを持つ手が止まる。
香水のCM。私がヘアメイクしたヤツだ。
画面中のキスシーンに、あの時の掴まれた手とバーナビーの唇を思い出して慌ててテレビを消した。
ほんとにもうどうかしてる。
そうだ。レイジ先輩からの合コンぽいお誘いに参加しよう。誰かとデートしよう。
そうすればきっと忘れられる。気にならなくなる。
『この間の合コンの話、まだ有効だったらお願いします』気が変わらないうちに慌ててメールする。
返事は『もちろんオッケー!!いい男揃えるよー:)』だって。
ほんとにいい先輩だ。


ドアベルが鳴って時計を見ると23時を過ぎたところだった。
明日の連絡かな?何か変更あったっけ?
用事なら電話でもいいのに、とドアを開ける。
そこに居たのはアシスタント君じゃなくて、慌ててドアを閉めた。
白くて奇麗な、でも力強い手に阻まれてドアは閉まらなかった。
なに?なんで?え?
「こんばんは」
ごく普通に夜の挨拶をされてますます混乱する。
夢?夢を見てるのかな。そうだ、考えすぎて寝ちゃったんだ。
ドアを両手でぐっと押さえる。
「マナ?僕です。バーナビーです。」
そんなの分かってる。妄想の産物。悪霊退散!!!
「ちょ、ちょっと。折角来たんだから開けてください。ね。」
廊下に誰かの話し声が聞こえて気を取られた。
力一杯押していたはずのドアが動いて、バーナビーが滑り込んで来た。
拒む間もなく抱きすくめられてふわっと香るバーナビーの匂いに泣きそうになった。

「顔をよく見せて?」
ようやく緩んだ腕の中で見上げるとバーナビーはくすりと笑う。
「僕に会いたかった?」
は?なんだそれ。
「女の人はみんなあなたに夢中になると思ってる?」
さっきまでの自分は棚の上だ。
「マナはいつも通りだね。僕は会いたかったんだけどな。」
バーナビーはくすくすと笑いながら、額に頬に鼻にキスをする。
「バーナビー、酔ってるの?」
「まさか!車で来ましたからね、飲んでいませんよ。」
キスが唇に降りて来て、思わず吐息が漏れる。
柔らかいバーナビーの唇。
もう一度欲しいと思ったこの感触。
割り込んで来た舌の熱に溶ける。
ぐちゃちゃ考えていたことがばかみたいに思えてこのままどうなってもいい。
唇が離れて、バーナビーのカットソーを思わず掴む。
「ふ。マナはアルコールの匂いしますね。」
「…ワイン飲んでたから。」
腰に回された腕が解かれる。
「ところで、誰だと思ってドアを開けたんですか?」
「アシスタント。」
「今回のは男でしょう?」
…うん?
「そんな格好で相手を確かめずに無防備にドアを開けたらいけません!」
そう言われて、お風呂上がりに備え付けのルームウェアだけだった事を思い出した。
丈が長い前ボタンのパジャマみたいなやつ。
急に恥ずかしくなる。
「ご、ごめん。」
慌てて後ろを向く。化粧だってしてないどころが髪もたぶんぼさぼさだ。
「そう言うことじゃなくて…」
後ろからバーナビーの腕が巻き付く。
「襲いたくなる。」
耳にバーナビーの息がかかる。
「他の男に見せないで。」
首筋を舌が這う。
動きにあわせて触れる柔らかい金髪と優しいのに緩むことのない腕に呼吸が苦しくなる。
ねえ、どうしてこういうことするの?
「…したいから、来たの?」
思わず口からこぼれた。
それならそれでいいけど。
バーナビーが止まる。
あれ?
そっと振り返ると、バーナビーは無表情だった。
温度が下がる。
「ご、ごめん。無粋なこと聞いちゃったね。」
そうだよね。いくら遊びでもそれを明言しないのがルールか。
「いえ。違います。…ちょっとまって、ごめん。」
バーナビーの声が掠れた。

しばらく固まったままだったバーナビーを促してベッドへ並んで腰掛けた。
この部屋にはソファは一人掛け一つしかない。
私の手をぎゅっと握るバーナビーの手は冷たい。
「なんていうか、それならそれでいいっていうか…」
よくはないけど仕方ないっていうか、ね。
沈黙に堪えかねて口を開く。
「よくない!マナはそう思ってたんですか?ああでもそう思われる様なことをしたのは僕ですよね…」
バーナビーの顔が歪む。
「軽々しく手を出して、ろくに連絡もしないで、突然会いに来てあんなことしたら…そう思われてもしかたないですよね。この間のロケの夜、気持ちが通じたと思ったのは僕だけですね。」
翠の瞳がじっと私を見つめる。
「僕は本気です。遊びでこんなことしない。マナは僕のこと、遊びですか?」
だって…
「ロケの後連絡くれなかったし、それに何も言ってなかった。バーナビーは私が好きなの?」
「なん、なんどもそう言ってるじゃないですか。リップサービスなんかじゃないです。どうしたら信じてくれますか?ねえマナ…」
握りしめられた手が痛い。
「連絡できなくてごめんなさい。どうしてもまとまった時間が取れそうになくて。電話したかったけど声を聞いたら我慢出来なくなりそうで…」
「今日は?どうしてここが分かったの?」
「やっと時間が空いたから会いたくて電話したらロケだって言うからレイジさんに聞いたんです。」
「先輩に!?」
「ええ。この間メイクしてもらった時に仲良くなりました。マナのこと、色々教えてもらって。」
はあ?色々ってなんだ。いやな予感しかしない。
「マナ、君は僕のことどう思ってる?」
バーナビーの手が肩に置かれる。
「ねえ、マナは僕が嫌いですか?」
顔がぐっと近づく。
ちょ、ちょっと近いよ。鼻先が触れそうな距離。
「僕とキスするの、イヤ?」
翠の瞳が私の心を見透かすようにじっと見つめる。
私は、バーナビーのこと…
「すき、だと思う。」
バーナビーの表情が緩む。
「だと思う、って…はは。」
「だって恋なんて久しぶりだしバーナビー相手になんかわかんないよ!今日だって一日中バーナビーのことばっかり考えちゃって、」
「僕のこと、思い出してくれてたんです?」
嬉しそうなバーナビーがなんかちょっとイラつくけど正直に頷く。
「僕の恋人になってくれますか?」
あ、思い出した。
「マナ?」
「うん。大事にしてね。」
勢いよく抱きつかれて心地よい締め付けに体を委ねる。
思い出したよ。
始まりの夜、バーナビーは私に言ったんだ。
『ねえ、僕たち恋人になりましょう。』
ちゃんと初めからそう言ってたんだ。



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