05:堕ちる世界
素っ頓狂な声を上げるジタンを見つめるハクエ。彼女の外套の裾を掴むガーネット姫もまた、ジタンをじっと見つめている。
二人の女性の視線を受けてジタンはたじろいだ。ぽりぽりと頬を掻くと、まぁいっか…とぼやく。
「なぁ、あんた、名前はなんていうんだ?」
「ハクエよ。ハクエ・レザイア」
「……それでは、ガーネット様、ハクエ様。今から私めがお二人の事を誘拐させていただきます」
ハクエちゃんね、と小さく復唱したジタンは芝居がかった口調で二人の前に跪いて悪戯に笑った。ハクエとガーネット姫も小さく笑って返す。
「よろしくね、誘拐犯さん」
「誘拐犯じゃなくて、ジタンって呼んで欲しいかなぁ」
身を低くした事でつばの広い帽子に隠れるハクエの表情を見ることができたジタンは、にやにや笑いながら立ち上がるとハクエの肩に向かって手を伸ばす、が。
「ひ〜め〜さ〜ま〜」
遠くから聞こえてきた声にガーネット姫は表情を硬くし、ハクエは遂に音を立てて舌打ちをした。
友好的にジタンに笑いかけていたハクエから発せられた、まるで彼女に似合わない音にジタンはぎょっとした表情を作って伸ばしかけた腕を引っ込める。
「いけません、追っ手がきたようです」
「ジタン、どうすればいい?」
丁度近付いてきていたジタンに指示を仰いだハクエはガーネット姫の身体を抱き寄せていつでも動ける体制だ。
見た目麗しい女性二人が密着する姿に、羨ましいという言葉を顔面に張り付けたジタンは手段はないかと思案するように左右に視線を巡らせる。
「ジタン! こっちずら!」
「きゃあ!」
その時、ハクエ達がやってきた扉と別の扉が開かれたかと思うと、中から白い帽子を被った男が飛び出してきた。
思わず悲鳴を上げてハクエにしがみつくガーネット姫。けれど、ハクエはその顔に見覚えがあった。
「あなた、舞台にいた人!」
「ガーネット姫、こいつは仲間のシナって奴で、敵じゃない。……ま、こんなツラなら驚くのも無理はないか」
ハクエの言葉に付け足すようにしてジタンがガーネット姫に説明する。最後に付け加えられた一言に、シナは手にしたトンカチを振り回した。
「これでもきちんと手入れしてるずら! ……とにかく、早くこっちにくるずらよ!」
姫さまー、という声と共に近付いてくる足音に、シナは表情を切り替えると三人を扉の中へ招き入れる。
部屋の中は舞台道具やらが雑多に散らかり、中央に大きな丸テーブルが備えられているだけで手掛かりになりそうなものは何も無い。ほかの扉も見当たらず、ハクエ達は困惑の表情を浮かべシナへ視線を向けた。
「おい、シナ! こっちへ来ても行き止まりじゃないのか!」
「ふふふ、そんな事もあろうかと、こんな仕掛けを作っておいたずら!!」
得意気に進み出たシナが軽い掛け声と共に丸テーブルを蹴り飛ばすと、ひっくり返ったテーブルの下からスライド式の扉が現れた。さらに、床に備えられた開閉スイッチを踏むとぽっかりと穴が開く。
床下からけたたましいエンジン音が聞こえてくる辺り、どうやら機関室に通じているようだ。思わず声を上げたハクエにシナは満足気に頷いた。
「さあジタン、早くいくずら!」
「よし、シナについていこう!」
軽快な動作で穴に飛び込んだジタンとシナに、ガーネット姫とハクエも続く。ハクエが飛び込んだ頭上で扉が開く音が聞こえたあたり、本当にギリギリだったようだ。
エンジンの上に飛び降りた一行は勢いをそのままに通路に降り立った。
「なかなか身軽だなぁ、お姫様! 思わずホレちまいそうだ!」
「覚悟を決めて城を飛び出したからには、これくらいの事なんて平気ですわ」
「まったく、お姫様にしておくのが惜しいね!」
感心したように声を掛けたジタンに、さも当然だと言わんばかりのガーネット姫。
鉄を踏む固い音を響かせながらガーネット姫の隣に降りたハクエは、帽子の下からジタンを睨みつける。
「今は口説いてる場合じゃないと思うけれど?」
「ん? ……もしかして、妬いてたりする?」
ハクエとしては、先を急ぐ場でのんきな事を言っているジタンを咎めたつもりだったのだが、なにやら都合の良い解釈をしているらしい。
にやにやと笑いながらハクエの顔を覗きこもうとしてきたジタンに、今度はガーネット姫がハクエの腕を引いた。
「そのような話は後にして、さぁ、行きましょう!」
ジタンを置いてさっさと先に行ってしまった女二人に、ジタンは肩を竦めて頭を掻いた。
「……なんだか仲のよろしいことで」
機関室を抜けた先、広い部屋に入った所でシナが困ったように踏鞴を踏んでいた。視線の先を辿れば、スタイナーがシナに剣を突き付けている。
他の通路からやって来たようだ。ガーネット姫を庇う様に立つハクエの隣を通り抜けたジタンもまた短剣を構えた。
「姫さま、ハクエ殿! このスタイナーが助けに参りましたぞ!」
高らかに告げたスタイナーと対峙するジタン達の間に、プルート隊と思われる兵士が剣を片手に飛び込んできた。
一瞬表情を強張らせたジタンだったが、兵士の姿を見てニヤリと口の端をつり上げる。シナも大した動揺を見せていない様子から、ハクエも兵士の正体を察する。
「ガーネット様! ご安心のほどを!」
芝居がかったような喋りをしながらハクエの後ろに隠れるガーネット姫に目を配る兵士。
その勇ましい姿にスタイナーは歓喜の声をあげた。
「いいぞ〜! プルート隊始まって以来のチームワークだ!」
「ククク、なーんてね。大丈夫だよ、俺達が無事に誘拐させていただきます」
「なぬ!? おぬし、何者だ!」
たった二人でのコンビネーションでさえ、ロクに取れないほどプルート隊の指揮系統は乱れているのか。そして、ようやく連携が取れたと思えば、プルート隊員の男は不気味に笑うとジタンの隣に着いてしまう。
目をかっ開いてプルート隊員と思われる兵士を見ていたスタイナーは、やがてぎりりと歯を噛んだ。
(隊長、自分が率いる隊のメンバーすらわからないの……)
二人のやり取りから十分すぎるほど伝わってしまった、普段のスタイナーの仕事ぶりがあまりにも哀れで場違いにも思わず目を細めるハクエと、彼女に庇われながら不安気にジタン達を見守るガーネット姫。
そんなガーネット姫の視線を受けてか否か、ジタン達はそれぞれの得物を手にすると先ほどのスタイナーのように高らかに叫んだ。
「ガーネット姫をお守りするのは俺達だ!!」
「おのれ、姫さまをたぶらかす悪党どもめ!」
完全に頭に血を上らせたスタイナーは手にした剣を構え直すとジタン達に向かって勢い良く突進する。
短剣を逆手に構えたジタンは向かってくるスタイナーへ峰打ちを入れようとするが、スタイナーはそれを容易に弾き返す。
その瞬間を狙って懐に潜り込んだ兵士がスタイナーの足元で一閃煌めかせると、流石にかわし切れなかったのかスタイナーは少しよろめく。
みるみる防御を崩されて行くスタイナーに畳み掛けるようにシナがトンカチで殴り付けると、鈍い金属音と共にスタイナーは悲鳴を上げた。
そのまま追撃を入れようとしたシナを受け止める事に成功したスタイナーは、力任せに放り投げてジタン達から数歩距離を取った。
唯の悪党だと思っていたのに、予想以上の手練れだった事に驚きを隠せないでいるようで、額には汗が流れている。
「ムム……こうなったら……!」
剣を構え直したスタイナーは、目を閉じて神経を研ぎ澄ませると円を描く様にゆっくりと剣を動かす。きらめく切っ先が光の軌跡を残し、剣が天を指すと美しい満月が描き出される。
見慣れぬ動きに警戒して防御の構えを取るジタン達に、大きく目を開いたスタイナーは勢い良く剣を振り下ろした。放たれた衝撃波は真っ直ぐに兵士の元へ向かい、彼の身体を切り刻む。
しかし、衝撃波は彼を傷付けるには至らなかったようだ。代わりに破壊された鎧の中から、ブランクと呼ばれていた赤髪の男が現れる。
そして、それと同時に。
「いっ……!?」
「し、しまった! 思い付きで知らない技を出すものではないのだ!」
鎧の中から弾け飛ぶように無数の小さな虫が現れると、あっという間に部屋を埋め尽くしてしまった。
ぶりぶりと気色の悪い音を立てながら部屋の中を飛び回る見た目もまた気色悪いそれに、ハクエは引き攣った声を上げて固まり、スタイナーやジタン達は戦うことを忘れて叫んだ。
「ハクエ? どうしたのですか?」
「……ぶ、ブリ虫は……いや……」
この部屋で平然としているのは最早ガーネット姫のみで、青ざめた表情で何事かをぶつぶつ呟いているハクエの肩を揺すったが、反応の無さに諦めて息を吐く。
ガーネット姫が辺りを見回してみると、相変わらず無数のブリ虫と呼ばれた虫達が元気良く飛び回っており、スタイナーやジタン達はそれから逃れようと部屋の中を右往左往している。
まさか皆、混乱しているのではガーネット姫は危惧したが、暫く様子を伺っているとジタンがガーネット姫の方を向いて、小さな動作で手招きをした。
見ればシナやブランクは部屋の中を走り回りつつ互いに目配せをしており、ジタンは扉の付近ばかりをウロウロしている。スタイナーはといえば、ただがむしゃらに走っているようだ。
混乱に乗じて彼を撒こうと言うことなのだろう、ジタン達の意図を汲み取ったガーネット姫は、青ざめたまま動こうとしないハクエを何とか引っ張ってジタンに招かれた方へと駆けて行った。
一人残されたスタイナーが全員去ったことに気付くのは、もうしばらく一人部屋の中を駆け回ってからの事である。
「ハクエ、大丈夫ですか?」
「ありがとう、助かったわ……」
腕を引かれて扉を潜ったハクエは何とか気を取り直すと、ばつが悪そうにガーネット姫に礼を言った。
「ハクエはあの虫が苦手なのですか?」
「恐らく、あれが平気な人はそういないと思うわよ……」
城で大切に育てられたガーネット姫に、害虫扱いされているブリ虫は縁のない生き物だろう。
とはいえ、あんなに大量の虫が部屋の中を飛び回っていても顔色変えずに状況を観察する余裕があるガーネット姫は、なかなか肝が座っている様だ。
そんな彼女を守らなくてはならないのだ、しっかりしなくては。ハクエは内心自分を叱咤すると表情を引き締めた。
「行き止まりか……シナ、どうすればいいんだ!?」
「ジタン、ナンバー2に乗るずら!」
「よし、ガーネット姫、ハクエ! こっちだ!」
ハクエ達よりもやや部屋の奥に進んだ所で言葉を交わしていたジタンとシナは、糸口が見つかったらしくハクエ達を誘導した。
どうやら部屋の奥に幾つか並んだ丸リフトを利用して逃走を続けるらしい。
先にジタンの元へ辿り着いたガーネット姫はジタンが立っているリフトに同乗し、ハクエもそれに続こうとする、が。
「そうはさせんぞー!」
「きゃあ!?」
「ぐえっ」
文字通り扉を蹴破って侵入してきたスタイナーに突き飛ばされたハクエはジタン達の隣のリフトに乗ることは叶わず、隣のリフトで尻餅をつき、更にリフトに乗り込もうとしていたシナまでも突き飛ばされた。
ハクエが乗ったリフトまで突進した所でスタイナーが止まると、リフトは上昇をはじめる。
腰をさすりながら立ち上がったハクエが見上げれば先程まで閉じれていた天井が開いており、そのまま上に出て見ればそこは舞台の上だった。
(うそでしょう……)
舞台上では、レア王とマーカスが睨み合っている場面だった。
うっすらと記憶に残っているシナリオを思い出して、今がクライマックスである事を悟ったハクエは顔をひきつらせる。
状況が全く飲み込めていないスタイナーとハクエを置いて、先に舞台に立っていたジタンとガーネット姫はごく小さな声で言葉を交わすとそのまま演劇に混ざってしまった。
「マーカス!」
ひしりと抱き合うガーネット姫とマーカス。
どうやらコーネリア役に成り代わるらしい、切ない表情を浮かべてきつくマーカスに抱き着く。
「マーカス、逢いたかった……もう離れたくありません、このまま、わたくしをどこかへ連れて行ってくださいまし!」
舞台に響き渡るコーネリアの澄んだ声に、観客の涙腺は既に緩んでいるようだ。ハンカチを取り出す者や鼻をすする者が舞台の上からでもちらほらと確認できる。
ジタンは抱き合う二人を示すと、レア王を振り返った。
「どうだい? レア王さんよ、二人の仲を認めてやってくれよ」
「だめだ! もう離れたくないだと? ならん! コーネリアは、このシュナイダー王子と結婚するのだ。のう! シュナイダー王子!」
「じ、自分が、姫とでありますか?」
突然、話を振られて素の声を上げるスタイナー。
見るに耐えられなかったハクエは、ぎゅっと手を握り締めるとスタイナーを見上げて口を開いた。
「王子、いまさら何を躊躇っておられるのですか。貴方は幼い時よりコーネリア姫を想い、彼女が幸せになれる国を作ると仰っていたではありませんか!」
「そうだ! どこの馬の骨とも知れぬ奴より、シュナイダー王子と結婚する事こそ、コーネリアにとっての幸せよ! 刃向かう奴は皆殺しだ!」
ハクエが咄嗟に出したアドリブを拾ったレア王は、剣を振り上げて控えていた従者の男二人をジタン達にけしかけるも、あっさり撃退されてしまう。
だが、その隙にコーネリアに近付き彼女の腕を取ると強引に引き寄せた。
「コーネリアよ……さあ、父と一緒に城へ帰るのだ」
「嫌です! わたくし、もう嫌です!」
「コーネリア……もうこれ以上、父を困らせないでおくれ、お前のためを思っての結婚なのだ」
腕を振り払おうともがくコーネリアに、レア王は両肩を掴むと言い聞かせるように優しく語りかける。けれど、コーネリアはかぶりを振るだけで聞き入れようとしない。
こうなれば無理矢理にでも、とレア王がコーネリアの腕を引いて歩き出そうとした時、マーカスが吼えた。
「そうはさせまいぞ、レア王! 今こそ年貢の納め時! 親の仇、そして、愛するコーネリアのため……この刃にものを言わせてやる!」
レア王を目掛けて突き出された刃は、しかしレア王を庇うように飛び出したコーネリアの腹部に深々と突き刺さってしまった。
流れる音楽が一転して悲痛なものになり、マーカスは崩折れるコーネリアの身体を支える。
「どうして……!」
「マーカス、ごめんね……こんな人でも、わたくしの父なのです…」
「コーネリア!」
「姫さま!」
叫ぶレア王とシュナイダー王子…になり切れていないスタイナー。
震える手でマーカスの頬に触れたコーネリアは、最期の力を振り絞って口を動かす。
「父上、わがままばかりで申し訳ありませんでした。でも、どうか、マーカスを許してくださいまし……」
最後の方はもはや掠れて聞き取れなかった。頬に触れていた手が糸が切れたように落ち、マーカスは動かなくなったコーネリアの身体を抱いて慟哭の叫びを上げた。
「なんてことだ! もう、コーネリアの声は聞けないのか! もう、コーネリアのあたたかい温もりには触れられないのか! ……こうなれば、もう、俺が生きている意味はない!!」
コーネリアをそっと床に横たえたマーカスは、立ち上がり手にした剣を自分の腹に突き立てた。うめき声を上げてコーネリアに寄り添うように横たわると、そのままぴくりとも動かなくなる。
「マーカス!」
「そんな……」
友の死に言葉をなくすジタンと口元を覆うハクエ。
スタイナーはコーネリアに扮したガーネット姫が本当に倒れたものだと勘違いして咽び泣いているし、レア王はあくまで演技を続けている。
「なんてことだ、コーネリア! 父を許してくれ!」
流れる悲痛な音楽にも負けないほどのスタイナーの泣き声が響き渡る舞台の上で、ハクエはふと思った。
(……この物語、最後はどういう終わりだったっけ……)
空で言えるほどに読み込んだガーネット姫と違い、ハクエは彼女が本を読んでいるのを隣で見ていたことがあるだけだ。
肝心のラストが思い出せないことに内心冷や汗をかくハクエだが、その心配は徒労に終わった。
「ごめんなさーい!」
「こらまてー!」
「またんかー!」
舞台に駆け上る影がみっつ。
一人はとんがり帽子をかぶった小さな子供で、それを追いかけて二人のプルート隊員が駆けてくる。
そこが舞台上であることも構わずに駆けまわったとんがり帽子は、ガーネット姫を飛び越えると振り返り手をかざした。
「来ないでーっ!」
とんがり帽子の手に魔力が篭められるのを感じたハクエは顔を青ざめさせ、咄嗟にガーネット姫に覆い被さった。
その直後、二人の頭上では炎が吹き出し、ハクエが身に纏っている外套を焦がす。
ガーネット姫も、ハクエに庇われたお陰で火傷こそ無かったものの、ローブが少し焦げてしまったようだ。
「あつぅーい!」
「人に向けてファイア放つなんて、何考えてるの!」
それぞれ好き勝手に叫びながら使い物にならなくなった外套とローブを脱ぎ捨て、ガーネット姫はついに顔を観客やブラネ女王に晒してしまった。
コーネリアだと思っていた役者が、まさかのガーネット姫であった事に観客はざわめく。
これでは、演劇をなんとか終わらせてそのまま逃げるという手は到底通用しない。
「ジタン! そろそろ潮時だ! これで劇団タンタラスもおしめぇだな!」
「ガーネット姫! ハクエ! 逃げるぞ!」
ぱたぱたとガーネット姫の身を叩いて彼女に怪我が無いかを確かめていたハクエはジタンの言葉に頷いた。
演技を放棄したレア王とマーカスはそそくさと舞台から立ち去る。
「何が何だが、ワケがわからないぞ!?」
倒れたと思っていたガーネット姫が突如立ち上がり、更には元気よく喋っているものだから、スタイナーは混乱しているようだ。
きょろきょろとガーネット姫を見、ハクエを見、さらにジタン達をも見たスタイナーは不思議そうな顔をしている。
「スタイナー! もう、これ以上、わたくしを追いかけないでください!」
要領の得ないスタイナーの様子に苛立って叫んだガーネット姫に、スタイナー以上に状況に追いつけていない二人のプルート隊員がスタイナーを見た。
「隊長、どうすれば良いでありますか!」
「う〜〜〜〜〜〜〜む、そういうワケにはいかないであります〜っ!」
たっぷり数秒は唸り声を上げたスタイナーは、時間を掛けて悩んだことで我に返ったようだ。
背中に担いだ鞘から剣を抜き取ると刃をジタン達に向ける。
「相変わらず頑固者ね!」
「こんな奴は放っておいて早くいこう! おい、おまえ、大丈夫か!?」
「う、うん、ちょっとコケただけ」
腰を抜かして座り込んでいるとんがり帽子の子供を立ち上がらせたジタンは、視線を合わせて声を掛ける。
おどおどしながらもジタンに答えたとんがり帽子の子供は、ずれた帽子を整えた。
「えぇい! 姫さま! ハクエ殿! 覚悟なされい!」
「なんで私まで!」
斬りかかってきたスタイナーの攻撃を横に飛んでかわしたハクエは、腰の剣吊りにぶら下げていた鞘からガンブレイドを抜き、構える。
知り合いだけにあまり傷付けたくはないが、自分も標的に含まれた以上相手をしない訳にはいかなかった。手早くガンブレイドの安全装置を解除したハクエは、スタイナーやプルート隊員の足元に数発弾を撃ち込む。
「隊長! 俺、ハクエちゃんを斬るなんてできねぇっす!」
「デートに遅れちゃう〜」
「えぇい! お前ら、それでもプルート隊の一員か!」
単なる威嚇射撃であったが、銃声と足元に開いた穴に竦んだプルート隊の二人には十分だったようだ。
情けない声を上げて退散していった二人に、スタイナーは眉を吊り上げて怒る。一人で対峙する事になったスタイナーの足元に更に弾丸を撃ち込んで動きを封じると、急に舞台が激しく揺れた。
バランスを崩して床に膝を付いたハクエは、ゆっくりと遠のいて行く観客席に飛空艇が離陸した事を知る。
激しい揺れに立ち上がれずにいると、とんがり帽子の子供がハクエめがけて転がってきた。なんとか腕を広げて受け止めると、抱きしめて身体を固定してやる。
「お、おねえちゃん、ありがとう」
「陛下……何をなさっているの……!?」
ぎゅ、と腕にしがみついてきた子供に声を掛けてやりたい所だったが、それよりも視界に飛び込んできた光景に絶句した。
ぐらぐら揺れる視界の中、扇子を振り回して兵に指示を飛ばしていたブラネは、城壁に備え付けられた射出機から槍を次々撃ち出させ飛空艇を止めに掛かっている。
鎖で繋がれた槍が飛空艇に突き刺さる度に船体は大きく揺れ、どこかで破損した木片がハクエ達を襲う。
「なんてやつだ! 実の娘が乗っているんだぞ!?」
とんがり帽子を支えるハクエ同様、ガーネット姫を支えていたジタンが信じられないように声を上げた。ハクエもそれに同調するが、攻撃は止む事を知らない。
撃ち込まれた槍によって正常な飛行ができなくなった飛空艇は城壁や尖塔に何度もぶつかり、その度に観客や兵士達の悲鳴があがる。
瓦礫が辺りに飛び散り、これでは恐らく怪我人だけでは済まされないだろう。
ブラネからするとガーネット姫が連れ去られそうになっている場面とはいえ、国を治める王が下す判断にしては度が過ぎている。
国民の犠牲をも厭わない姿にガーネット姫は悲痛な表情を浮かべた。
「お母様……どうして……!」
「……ちょっと、あれ……」
「おい、何かやべぇのがくるぞ!」
ブラネの頭上に備えられた砲門が開くのを見付けたハクエとジタンは、そこから撃ち出された物を見て顔を引き攣らせた。
勢い良く放たれた燃えさかる弾は、ハクエ達の目の前まで飛んでくると火の玉の姿をした魔物に変貌する。
「嘘でしょう!? なんでボムを飼っているの!」
未だ激しく揺れる足場の中、なんとか立ち上がったハクエは手近に有った柱にとんがり帽子の子供の腕を巻きつかせると、ボムめがけて走り出した。
下手に攻撃をして爆発でも起こされたらたまらない、なんとかして追い返す必要がある。それはジタンも同じ考えだったようで、ハクエよりやや遅れてボムの元へ駆け寄ってくる、が。
「隊長! 後ろを見てください!」
「そのような手には騙されませんぞ!」
ボムの前に陣取るようにスタイナーが立ちはだかっていた。
己の背後に迫る凶器には気付いていないようで、ジタンとハクエが自分に立ち向かってきたと思っているようだ。
「おっさん、後ろを見ろ!」
「えぇい、観念するのだ!」
容赦なく剣を振り下ろしてくるスタイナーに、短剣で受け止めるジタン。三人が悶着している間に、ボムはどんどんその身を膨らませていく。
今にも爆発しそうなその姿に、ガーネット姫ととんがり帽子の子供も柱にしがみついたままスタイナーに声を掛ける。
「お願いスタイナー! 後ろを見て!」
「ボムがぁ!」
「そのような手には騙されないと言っておろう! ……ん!?」
ボムが再びその身を翻し一回り大きくなると、いよいよスタイナーも違和感に気がついたようだ。
ついに後ろを振り返り、眼前に迫ったボムに悲鳴を上げたが、もはや手遅れだった。
「隊長! 逃げて!」
咄嗟に身を伏せたスタイナーの頭上でボムが爆発する。
間近にいたスタイナー、ジタン、ハクエらはまともに爆風を喰らってしまい、舞台の上を転がる。
ガーネット姫達もまた、爆風のあおりで吹き飛ばされないように柱にしがみつくので精一杯で、舞台はもはや壊滅状態だった。
爆破の衝撃は飛空艇にとっても致命打となったのか、先程よりも揺れが激しく、ふらふらとした危うい飛行になっている。そこら中から煙が立ち上り、飛空艇の部品が次々と焼け落ちていく。
城下町の家屋に何度もぶつかりながら低空飛行を続けた飛空艇は、アレクサンドリアを出た所でついに力尽きたように急激に高度を下げ始めた。
「まずい……ガーネット!」
這うようにガーネット姫に近付いて手を伸ばしたハクエだったが、あと少しで彼女に触れられるという所で船体が激しく揺れ、その揺さぶりに耐え切れずに飛空挺から放り出されてしまった。
「ハクエ! ……くそッ!!」
それを見たジタンも、彼女を追いかけるように飛空挺から飛び出して行く。
煙を吹きながら霧の中に姿を消した飛空艇は、霧の上にそびえるアレクサンドリア城からでも確認できるほどの爆発を起こすと崖下に広がる森へと墜落していった。
一度迷い込んだ者は二度と出られないと噂される、魔の森へ。
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