04:舞台裏で


 闇の中、アレクサンドリア城の中に音もなく横たわるのは巨大な飛空艇。
 大きな口を開くように作られた舞台の幕は下がっており、静かにその時が来るのを待ちわびている。
 その眼前に揃えられた観客席に座る貴族達もまた、時計の針を目で追いながらその時が来るのを待ちわびていた。
 尖塔の一つに備えられた巨大時計の秒針が、一つずつ音を刻みながら天を目指す。
 それをじっと待っていた長針が、やがて辿り着いた秒針と共に真っ直ぐ天を指し示すと、タイミングを合わせたようにスタイナー隊長が舞台に向けて剣を振るった。
 ひゅ、と風を切る音と共に打ち上げられた花火が夜空で美しく弾けると、指揮者がタクトを振るい演奏が始まる。
 一斉に点けられた照明と花火の眩さに一瞬視力を奪われるが、視界が戻れば今度はただただ視線を奪われるのみだ。
 軽快な音楽と共にするする上がっていく舞台の幕に踊り出したブラネ女王の意識は完全に奪われており、ガーネット姫達の方へはちらりとも視線を寄越さない。
 誰もがこれから始まる舞台にはちきれんばかりの期待を膨らませていた。
 盛大な拍手を受けながら、一人の大きな男が舞台の中央へ歩み出る。王族のような出で立ちをした男は仰々しく一礼すると、良く通るテノールで話し始めた。

「さあて、お集まりの皆様! 今宵、我らが語る物語は、はるか遠い昔の物語でございます。物語の主人公であるコーネリア姫は、恋人マーカスとの仲を引き裂かれそうになり……一度は城を出ようと決心するのですが、父親であるレア王に連れ戻されてしまいます。今宵のお話は、それを聞いた恋人マーカスがコーネリア姫の父親に刃を向けるところから始まります。それでは、ロイヤルシートにおられますブラネ女王様も、ガーネット姫様も……そして貴族の方々も、屋根の上からご覧の方々も、手にはどうぞ厚手のハンカチをご用意くださいませ」
 ロイヤルシートに座るブラネ達を見て、そして観客席をぐるりと見ながら最後に視線を城壁の向こうに投げたその男は、再び深く一礼すると舞台の後方へと下がる。
 す、と男が手を振り上げれば、途端鳴り始めた雷鳴の音と場面を演出する厳かな音に観客は息を飲む。
 男が位置どった所とは反対にある、客席側の階段からバンダナの男が駆け上ってきた。怒気を孕んだような顔で男の前に立ちはだかると、腰に吊り下げていた鞘から剣を抜いて突き付ける。
 さきほど男が語っていたあらすじからして、バンダナの男がマーカス。そして、それを冷めた目で見る舞台上の男がレア王であろう。
 睨み合う両者。
 いつマーカスが手にする刃が煌めくかわからない程に張り詰めた緊張の中、三人の男が加勢に現れた。
 赤毛に傷だらけの男、白い帽子を被った恰幅の良い男、そして、鈍い金色の髪をうなじで一つに束ねた男。三人はマーカスの友人のようで、それぞれ友の不幸せを嘆くと雄叫びと共にマーカスの横に並んだ。
 マーカスはそれを怒鳴りつけて咎めるが、レア王が容赦無く斬り掛かって来るのを見ると、舌打ちを一つ鳴らして襲いかかる殺意を剣で受け止める。
 金属が擦れる音が舞台に響き、観客は大きく盛り上がっていく。
 鈍い金髪の男と赤毛の男は、レア王を護るように現れた覆面の護衛達を相手取り、彼らより少し後ろに陣取った白い帽子の男は両手を天に掲げると魔法を唱えた。きらびやかな光がレア王達に襲いかかり、彼らは眩しさのあまり腕で顔を覆う。
 すかさず金髪と赤毛が踊るような動きで護衛達に一太刀ずつ浴びせると、攻撃に耐えかねた彼らは情けない悲鳴と共に退散していく。
 マーカスと鍔迫り合いをしていたレア王は、戦局が不利になった事を悟ると声を張り上げるとひときわ大きな力でマーカスを押し切り、そのまま弾き飛ばした。
 レア王が一瞬有利になるも、転がり起きる様にして受け身を取ったマーカスがすかさず身を起こしてレア王に斬りかかった。袈裟懸けの斬撃を受けたレア王は耐え切れず剣を取りこぼす。
「う、うぐっ……このままで済むと思うなよ、マーカス!」
「待て!」
 傷を負ったにもかかわらず、素早い身のこなしで舞台上部の石橋を走り去っていったレア王を追いかけるべく金髪の男が駆け出した。
 しかし、意外な者に阻まれて困惑の声を上げる。
「何故止めるっ、ブランク!」
 憤りに任せて剣を振るう金髪に、ブランクと呼ばれた赤毛は剣を構えると静かな声で問いかけた。
「ジタンよ、冷静になってよく考えてみろよ。シュナイダー王子とコーネリア姫が結婚すれば、二つの国は平和になるのだ!」
 ジタンと呼ばれた金髪の男は、腰から生える猿のような尻尾を逆立てると吠えた。
「笑止千万! それですべてが丸く収まれば、世の中に不仕合わせなど存在しない!」
 平行線のやりとりに耐えかねたジタンがついにブランクに斬りかかる。
 軽い身のこなしでそれを避けたブランクは、ジタンが懐に飛び込んできたのを剣で受け止める。弾かれる剣に合わせて次第に音楽が盛り上がっていき、観客の声にも熱が入る。
「こうなれば、いざ勝負!」
「望むところだ!!」
 まるで芝居とは思えない迫真の競り合いは観客を最高潮に盛り上げさせ、ブラネもロイヤルシートの手摺りから身を乗り出すと、そのまま落ちてしまうのではと心配になるような姿勢のまま扇子を振るいはじめてしまった。

 誰もが鮮やかな剣劇に意識を奪われている。
 ブラネの様子を見ていたガーネット姫は、やがて咳払いをするとそろりと立ち上がった。
 無言で近付いたハクエにしな垂れ掛かると、後方の扉へ足を向ける。それを見たベアトリクス将軍とスタイナー隊長が気遣わし気な声を掛けてきた。
「姫さま、どうなされたのですか?」
「なんだか気分が悪くなってしまって……少し、休んできます」
 口許に手を当てたガーネット姫がそう訴えれば、二人はあっさりと道を譲る。
「今夜は肌寒いですからね……後で羽織るものを持って来させましょう」
「ハクエ殿、姫さまを頼みましたぞ」
「えぇ、失礼いたします」
 ガーネット姫を支えるように肩に腕を回したハクエは、外套を広げるとその中にガーネット姫を招き入れる。
 女性であるハクエの体格に合わせてあつらえた外套で包んでも、ガーネット姫の身体はだいぶはみ出してしまっているのだが、傍から見れば具合の悪い王女を気遣う頼もしい護衛役の友人そのものだ。
 渡り廊下までその体を保って進んだ二人は、そろりと振り返って誰も自分達に注目していないことを確かめると、顔を見合わせて静かに笑い合う。
「ガーネット、結構役者だね」
「そういうハクエこそ、何も言わなかったのによくわたくしに合わせてくださいました」
 他の兵に怪しまれないよう、ガーネット姫の肩を抱いたまま彼女の寝室に入ると、ガーネット姫は予め用意しておいた服へ手早く着替えはじめた。
 ハクエは衣擦れの音を聞きながら扉の前に立ち、部屋の外に気配が無いかを探りはじめる。
 ブラネや巡回兵達に勘付かれる前に事を成さねばならない。
 着替え終えたガーネット姫が白魔道士のローブで顔を隠しているのを確認したハクエは静かに囁く。
「誰もいないみたい。とってくるなら、今のうちだよ」
 無言で頷いたガーネット姫は、音を立てずに開かれた扉をすり抜けるとそろそろと女王の間へと姿を消した。
 それを見届けたハクエも同様に部屋を後にするとガーネット姫の事は追い掛けず、先ほどガーネット姫と共に通った扉へ張り付いて先ほどのように扉の向こうへ気を張り巡らせる。
 やがてハクエの元へ戻ってきたガーネット姫に目を配ると、彼女は力強く頷いてみせた。どうやら必要な物は手に入ったようだ。
「外に人がいるみたい……ガーネット、どうする?」
「このまま二人でここにいたら怪しまれてしまいます。少し強引ですが、いきましょう」
「わかった、劇場艇の中に入れる場所は覚えてる?」
「えぇ」
 手短に言葉を交わした二人は、帽子とフードで隠されてよく見えないお互いの顔を見て頷き合うと、扉を開け放つ。
 同時に、階段を駆け登ってきた兵士が目の前に立ちはだかった。
(ん、あの兵の顔……どこかで見たことあるような?)
 ヘルムを被っていない兵士の顔はシャンデリアの灯りに照らされて少し離れた所からでもよく見える。
 少年の顔立ちをした鈍い金髪を持つ少年兵に見覚えを感じて首を傾げるハクエ。
 この城で男性兵といえば、スタイナー隊長率いるプルート隊の面子がほとんどだ。けれど、ハクエはプルート隊の中であの顔を見た記憶は無い。
 新人なのだろうか。それならば、この既視感はどういうことだろう。
 ハクエの疑問をよそに少年兵はガーネット姫に近寄ると、こちらもまた首を傾げた。眼前で見知らぬ少年兵に首を傾げられたガーネット姫は困惑気味に口を開く。
「あの……道を譲ってくださらないかしら?」
「あ、あぁ……」
 ガーネット姫を見ていた少年兵は、その言葉を受け素直に道を譲りかけるが、ガーネット姫が通りすぎようとすると我に返ったのか、慌てた様子で再び目の前に立ちはだかる。
 身を屈めてガーネット姫のフードの中を覗きこもうとする少年兵に、今度はハクエが焦った。
 顔を覗き込まれて正体がバレるのは、非常にまずい。しかし、ハクエが何か行動を起こそうとする前に、ガーネット姫は少年兵を思い切り突き飛ばすとそのまま駆け出して行ってしまった。
 突き飛ばされて目を回していた少年兵は、階段の下からやってきた別の兵に身体を支えられる。
 その兵もまた、ハクエの記憶にはない人物だ。もっとも、こちらはヘルムを被っているため顔立ちまではわからなかったが。
「おい、どうしたジタン! なんなんだ、今のは!?」
ふらつく頭を抑えながら立ち直ったジタンと呼ばれた少年兵は、身体を支えた兵に告げた。
「ボーッとしてるなブランク! 今のがガーネット姫だ!」
「マジかよ!?」
(ジタン、ブランク……? ……さっき、舞台の上にいた人達だ!!)
 大きな声で交わされるやりとりは、未だ扉から動かないでいるハクエの耳にもよく聞こえた。
 そして、金髪の少年兵に感じていた既視感が、つい先程舞台の上で剣を振り回していた男だからだという事を知る。
(劇団の人がどうしてここに……ううん、そんな事よりも!)
「待って!」
「! やべーぞジタン、逃げろ!」
「あぁ!」
 扉を開けてからずっと沈黙を守っていたハクエが声を上げたことで、二人はようやく存在に気付いたらしい。
 暗がりに溶けるような外套を羽織ったまま扉の陰に立っていたのだから、気付かなかったのも無理はない。
 二人はハクエの声にぎくりと肩を強張らせたかと思うと、素早い身のこなしで階段を駆け下りていってしまった。城の人間に見つかったと思ったのだろう。
「あ、逃げないでよ! ちょっと!」
 逃げた二人を追いかけるハクエだが、二人は鎧を着ているにもかかわらず走るのが異常に速い。
 徐々に距離を離されたハクエは、ついに城の外に飛び出していった二人を見失ってしまった。
「もう! どこに行っちゃったのよ、あの二人は!」
 城の中を走り続けて荒くなった息を整える。
 足の速さにはそれなりに自信があったハクエだが、あの二人の速さはそれ以上だった。完全に撒かれてしまった事に歯を噛む。
(ここは船着場……今は跳ね橋は上がっているし、船もないから外には行けない。とすると……)
 呼吸を整えたハクエは視線を空へやる。そこには彼女を見下ろすように二つの塔がそびえていた。
「見張り塔ね……どっちに行ったのかな」
 ハクエが立っているのは、城から屋外に出てすぐにある城と街を結ぶ船着場だ。
 船着場から左右に道が延びており、それぞれ別の見張り塔へと繋がっている。先程の劇団員二人とガーネット姫はどちらへ行っただろうか。
 ハクエが思案していると、背後から鎧の擦れる音が聞こえてきた。
 豪快な音を立てながら音はこちらへ近付いてきており、その正体を知っているハクエは内心舌打ちをした。
「ハクエ殿!!」
(……もう気付かれたか)
 困り顔を作ったハクエは意を決して振り返る。
 物凄い形相でこちらへ駆けて来たのは、先程までロイヤルシートで女王の護衛をしていた筈のスタイナー隊長だ。
 君主にどこまでも忠実である彼が独断で持ち場を離れるとは考えづらい。
 恐らくガーネット姫が姿を眩ました事がブラネの耳に入り、捜索する様に命ぜられたのだろう。予想以上に早い追っ手の登場に、ハクエは奥歯を鳴らす。
「スタイナー隊長、どうしてここに?」
「姫さまの姿が見えないのだ! ハクエ殿は姫様の護衛であろう、何故一人でこんな所に!」
 責めるように怒鳴るスタイナーの主張はもっともだ。
 ハクエは上手く誤魔化そうとしたが、咄嗟に上手い言葉が浮かばず、ひとまず不都合な所を除いた事実だけを述べることにする。
「ガーネットが、怪しい二人組に追い掛けられてるんです。捕まえようとしたら、逃げられて……!」
 ハクエの頬を流れる汗を認めたスタイナーは、その言葉を信じ、表情をさらに険しいものへと変える。
「それは一大事でありますぞ! ハクエ殿、ここは手分けをして探すのであります!」
 言うが早いか、駆け出したスタイナーは二つに分かれた道のうち、城を背にして左側の塔へ駆け出した。
 なんとかその場をやり過ごす事に成功したハクエは、スタイナーの向かった先にガーネット姫がいないことを祈りながら反対側の塔へ向かう。
 長い螺旋階段を駆け上り、再び息が切れ始めた頃に頂上へたどり着く。ぽっかり口を開けた出口から飛び出すと、ぐるりと視線を張り巡らせる。
「ガーネット! どこ!?」
 きょろきょろと見回していたハクエだったが、向かいの塔の踊り場を走る二つの影を見付けるとそちらに身を乗り出した。
「ガーネット!」
「姫さま! 今助けに参りますぞ!!」
 いつの間にかハクエを追って塔を登って来ていたスタイナーは、ハクエの隣に駆け寄ると同じ様に身を乗り出す。
 再びスタイナーが現れた事に、今度こそ音を立てて舌打ちをしそうになるハクエだったが、寸前でそれを飲み込む。
 ジタンと呼ばれていた劇団員とガーネット姫が、まるで追いかけっこをしているかの様に狭い足場を駆けている。ジタンはいつの間にか鎧を脱いでおり、今にもガーネット姫を捕らえてしまいそうだ。
 何故、劇団の人がガーネット姫を追っているかはわからない。けれど、このままだとガーネット姫が危ないから、いっそ足を狙って撃ってしまおうか。物騒な考えがハクエの脳裏をちらりと過ぎるも、次に目にした光景に唖然と口を開いた。
「ひ、姫さま〜!?」
「なんて無茶を!」
 このままだと埒が明かないと判断したのか、塔の縁によじ登ったガーネット姫はジタンに不敵な笑みを浮かべると、なんと塔から身を投げ出してしまったのだ。
 その場にいた全員の肝が一瞬にして凍り付くが、彼女が落ちた先を辿ると装飾のロープにぶら下がったガーネット姫は実に楽しそうに空中を舞っている。
 気を取り直したらしいジタンも手近にあった別のロープを掴むとそれに続く。更にスタイナーもそれに続こうとロープを掴んで身を投げ出したが、上手く重心が取れなかったらしい彼は身体をばたつかせながら屋根に激突した。
 派手な音と痛々しい光景に顔を顰めるハクエ。
「隊長! 自分でなんとかしてくださいね!」
 声を掛けるだけ掛けたハクエもロープを手に取る。ロープの続く先が、二人の着地場所であることを確かめると勢い良く飛び出した。
 体の中身ごと浮いているような浮遊感が身体に襲い掛かり、風を切る音が聴覚を支配する。
 周囲の様子を伺う余裕もなく、布張りの柔らかい屋根に身を沈めたハクエは身体の平衡感覚を必死で呼び戻し、なんとか体制を整える。
 屋根の切れ間から下に飛び降りると、屋根の下は劇団の演奏者達の席だった。予想外の形ではあるが、これでガーネット姫も自分も船に乗り込んだ事になる。
 左右を見渡したハクエは、既にジタンとガーネット姫は別の場所に移動したと判断し、近くにある扉を勢い良く開けた。
「きゃあ!」
 扉越しに衝撃が走ったかと思うと、甲高い女の悲鳴が聞こえた。ガーネット姫の悲鳴にしては、あまりにも声質が違う。
 声の出処を辿れば、舞台化粧を施し派手な衣装に身を包んだ女性が扉の前で尻餅をついていた。ハクエは慌てて手を伸ばす。
「ごめんなさい! まさか、扉の前に人がいるだなんて、思ってなかったの」
「もぉ〜さっきからなんやねん! ウチこれから出番やってゆーとるのに、酷いわぁ!」
 奇妙なイントネーションで喋りながらぷりぷり怒る女性は、それでも差し出されたハクエの手を素直に借りると立ち上がった。
 服を叩いて整え、髪を整えると壁に掛けられた鏡で具合を確かめる。
「お姉さん、この劇団の人?」
「せや、あんたは城の人なん? さっき、フード被った礼儀知らずなコがウチにぶつかってそのまま走ってったんよ。後で注意しといて! ウチもういくから!」
 尻餅をついたにしては乱れの少なかった身体に安心したらしい、不思議な喋り方をする女性はびしりとハクエの顔に人差し指を突き立ててその横を通り過ぎていった。
「……そうだ、ガーネット!」
 思わずそれを見送ってしまったハクエは、一拍の間を開けて当初の目的を叫ぶ。
 きっと部屋の奥に見える階段を降りて行ったのだろう、ハクエはそこに駆け込んだ。
「ガーネット! 大丈夫!?」
「誰だ!」
 階段を降りた先にある扉を蹴破る勢いで開ければ、意外と近くにいたガーネット姫に激突しそうになり慌てて踏み止まる。
 突然現れたハクエを警戒するように睨むジタンに、ガーネット姫を庇うように前に出たハクエも帽子の下から睨みつけた。
 両者は無言で睨み合う。
「待ってください、ハクエ。この方……どうやらわたくしを誘拐するのが目的のようなのです」
「……はあ?」
 ハクエの外套を引っ張って意識を向けさせたガーネット姫は、それなら誘拐してくれないかと頼んでみた所だと言葉を続けた。
 予想外の言葉に目を白黒させるハクエだったが、相変わらずハクエを警戒したままのジタンもガーネット姫の言葉を否定こそしないものの、状況に追いつけていないようで、困惑の表情を浮かべている。
「あなた、ジタンって呼ばれてたよね……ガーネットを誘拐するって、本当なの」
「だったらどうするってんだ?」
 確かめるように呟いたハクエの言葉に、気を取り直して挑発的に返したジタンは腰に吊り下げた短剣に手を添える。
 ハクエがガーネット姫を連れ戻しに来た従者だと思っているのだろう、しかし。
「それなら話は早いわ。……お願い、ガーネットと私を連れ出して!」
「……はあぁぁあ!?」
 ハクエがすがる様に放った言葉に、今度は困惑を通り越して素っ頓狂な声を上げるのだった。



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