04:彼女の性分


 磨き上げられた石造りの階段を登り、大理石の上をサンダルが踏み歩く。
 国が持つ財力を誇示するように調度品が設えられた王宮の中は、上手い具合に陽の光を取り込めるように計られていため、昼間はランプを灯さずとも明るい。
 シンドリア王宮内を横たわる広い通路を歩く先が、普段参内する時に通される謁見の間ではないことに気が付いたミディはジャーファルとヤムライハに視線を投げた。
「私たちは、どこに案内されているのでしょうか」
「そんな畏まらなくったって、着けばわかるわよ、ミディ」
 背筋を伸ばし、緊張した面持ちで歩いているミディの様子がおかしいヤムライハは口元に手を当てて静かに笑う。アラジンも、ミディが何をそんなに緊張しているのかがわからない様子で、ぺたぺたと歩きながら黒髪を見上げた。
 一行を先導するジャーファルは振り返りこそしないものの、ミディの心情を推し量り苦笑を浮かべる。
「平民に対して王直々のお呼び出しが掛かるとなれば、緊張しない理由がありません」
「そういうものなのかい?」
「そういうものですよ、アラジン君」
 ミディはその職業柄、王宮に足を運ぶ回数こそ他の国民と比べ多いものの、特別な身分であるわけではない。ヤムライハと行動をする事が多いため、王宮の人間にはよく勘違いをされるが、彼女はあくまでただの民間人なのだ。
 今でこそヤムライハと打ち解けているミディであるが、国が誇る八人将である彼女と出会った当初は畏れ多くて目を見て話すことが出来なかったし、それなりに親しい仲となった今でも無礼を働かないよう気を使っている。王宮サイドに人懐こい気さくな人物ばかりが揃っているからこそ、自分が気にかけねばならぬというのはそんなミディの言い分だ。
 わざとらしく線引きしているようなそれを寂しく思うのは、ヤムライハやジャーファルらミディと面識の深い人々ばかりではない。
「そうそう、王も寂しがっていたわよ。ミディが心を開いてくれない……ってね」
「私の心臓が擦り切れてしまいます、勘弁してください」
 思い出したように言うヤムライハに首を振るミディ。
 いっそ頑なにも見えるその態度に首を傾げるのはアラジンだけで、ヤムライハとジャーファルは相変わらずとも言えるその態度に小さな息を吐くのであった。

 さほど歩かないうちに目的地に到着したミディ達は、先導するジャーファルに導かれるままに扉を潜った。そして、その先で待ち構えている人物を視界に入れるなり流れるような動作で跪く。それを見た待ち人は、隠すこともせずに大げさに息を吐いてみせた。
「やぁ、ミディくん。来てくれて嬉しいよ。……顔を上げてくれたら、もっと嬉しいかな」
「……」
 膝を付いて俯いていたミディは、掛けられた声に素直に立ち上がると顔を持ち上げた。視線の先で椅子に腰掛ける人物は、そんな彼女に微笑みかける。
「……王さま、此度は如何しましたか」
「うん、まずはリラックスしようじゃないか。ほら、そんな怖い顔しないで」
 そう言いながら朗らかに笑う人物こそがシンドバッド。ここシンドリア王国の王であり、ミディを王宮に呼びつけた張本人だ。貴金属を全身に纏い、精悍な顔立ちを彩る金茶色の瞳と濃紺の髪は彼の印象をいっそう強く与えてくる。
 彼の力強い金茶色の瞳に射抜かれて、ミディは僅かにたじろいだ。一見親しげな態度を取っているものの、にこやかに細められた瞼の奥に隠れる彼の瞳が『いつものように』ミディの反応を一つたりとも見逃すまいとぎらついているのを感じたからだ。
 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、一国の主は傍目朗らかな表情を湛えたままでいる。
「さて、これで全員揃ったかな」
 その言葉を受け、シンドバッドを注視していたミディが改めて部屋の中を見渡せば、そこが執務室のような部屋であることをようやく知る。
 シンドバッドの両隣にはヤムライハと同じシンドリア王国が八人将であるマスルールとシャルルカンら二人の男が控えており、シンドバッドが腰掛けている執務机を挟んだ此方側には三人の見慣れぬ顔があった。黒髪の少年と金髪の少年、そして赤髪の少女。いずれもアラジンと同じか少し上くらいの年頃で、皆幼さの残る顔立ちをしている。
 彼らもまたミディ同様シンドバッドに呼び出されたようで、ジャーファルとヤムライハに導かれて訪れたミディに視線を向けていた。
「紹介しよう。白龍くんにアリババくん、そしてモルジアナだ。三人とも、彼女はミディくん。我がシンドリア王国が誇る『薬剤師』だ」
「薬剤師……」
 少年特有の少し高めの声が、シンドバッドの言葉を反芻する。
 全員が視線を交わしたのを見届けたシンドバッドは、朗らかだった表情を真面目なものに一変させ、おもむろに本題を切り出した。
「今日集まってもらったのは他でもない……君たちに、『迷宮攻略』に行ってもらう為だ」
「迷宮攻略!?」
 アリババと紹介された金髪の少年が困惑の声を上げる。無理もないだろう、ミディもまた、一国の王から飛び出した言葉に怪訝な眼差しを向けずにはいられなかった。
 迷宮といえば、十数年前から世界各地に突如として出現しはじめたと言われる謎の建築物の事を指す。それらは単なる建築物でなく、中に足を踏み入れた者を迎えるのは古代王朝の遺跡群だと言われ、数々の危険を乗り越えた先には目も眩むようなお宝が眠っているというのが一般的な言い伝えだ。
 ……単に、それだけならば、王がわざわざこんな年端も行かない子供たちを集めて命ずることなどないだろう。それだけならば、力ある兵を募って向かわせれば良いだけなのだ。
「君たちも力をつけたし……ずっと攻略する人手を探していたんだ。ぜひ、行ってきて欲しい」
 ぐるりと幼い少年少女を見渡したシンドバッドは、彼らより少しだけ背の高いミディで視線を止める。
「ミディくんも。彼らと共に行ってもらいたい」
「……誠に失礼ながら、王さま。私が彼らと共に行動する理由が理解できません」
 シンドバッドの言葉に眉を顰めるミディは、全力で拒否したいという己の感情が声色に出ないよう注意を払いながら言葉を返した。
 先の王の言葉から推測するに、アラジンを含めこの幼い子供たちはそれなりの実力者なのであろう。でなければ食客を危険な迷宮に送り出すような真似はしないだろうし、なによりジャーファルら臣下が許さない筈だ。
 しかし、ミディは違う。ミディは『薬剤師』という専門知識があるだけで、迷宮に赴くだけの力があるとは言い難い。それなのに、その精悍な顔立ちの裏側を読ませぬ王はわざわざミディを呼びつけた。その思惑とは。
 そんな警戒心丸出しの彼女を金茶色の瞳でじっと見つめていたシンドリアの国王は、やがて問い掛けへの答えをぽつりと呟いた。
「その迷宮はザガンというのだが……その迷宮が出現した島には、様々な効能を持った希少な植物が沢山あるという情報が入っている」
「……」
 その言葉を受け、たまらず俯くミディ。
 急に顔を伏せたミディに、隣にいたアラジンは彼女を見上げ、少し離れたところにいるアリババ達は俯いたために見えない彼女の心情を推し量ろうとする。けれど、たった今知り合った彼女がどうして俯いたかなんて、アリババ達にはちっともわからない。
 その一方で、唯一彼女の表情を窺い知ることができ、更に彼女の人柄を少しだけ知っているアラジンはというと、なんとも微妙な顔をしていた。

 ところで、ミディの職業は薬剤師である。
 薬剤師と言っても、どちらかといえば薬を研究する方面が専門で、出来上がった薬の中でも家庭用の常備薬だったり、それに近い効能を持つ薬を生活費を稼ぐ事も兼ねて国民に売るようにしていたら自然に『薬剤師』と呼ばれるようになっただけで、実際は研究家と言っても差し支えないだろう。
 研究欲に満ちたミディは、度々国外から訪れる行商人から様々な材料を買い込んでは新たな薬が製造できないものかと日々試行錯誤を重ねている。
 ミディにとって希少な植物とは、そのまま希少な研究材料となり、入手できる機会があるのならば逃さず手中に収めたいものに他ならない。
 それは、彼女が常日頃気にかけている彼女自身の身分を天秤に掛けたとしても、決して浮上することはないだろう。平民だからと畏る彼女を魔法薬で釣り上げた実績をヤムライハは大量に有しているし、そもそも仲良くなるきっかけはそれだったと王に吹聴している。
 そんな経緯をヤムライハから聞いていた一国の王は、俯いたミディを見上げて微妙な顔をしているアラジンを見て僅かに笑みを作った。
 そして、あくまで淡々と言葉を連ねる。間違いなくミディが垂涎するであろう言葉を、しっかりと彼女の耳に投げ入れる為に。
「その場所は先住民の地でね、こういう機会でもなければ足を踏み入れられないのだが……もし、ミディくんが同行するのならば、そこに生息する植物を採取できるかもしれな……」
「その迷宮。ぜひ、私も同行させていただけませんか」
「え……えぇ……?」
一国の王の言葉を遮り、薬剤師の女は勢い良く顔を上げると危険な迷宮へ同行することを願い出た。
 え、そんな理由で同行しちゃうの……? なんだか嫌そうだったのに……?
 という控えめなツッコミの声が何処かから上がるが、ミディにとってはそれだけで同行する理由に足る。
 だって、同行すれば普段は立ち入ることのできない希少な植物がある島に入れると言われてしまったのだ。仕方ないではないか。
「……シン、あなたって人は……」
「いやなに、ミディくんも行く気になってくれてよかったよかった。これで一安心だ」
 なんとも複雑な面持ちで主を見つめる臣下の視線を気にも止めないシンドバッドは、一件落着と言わんばかりに笑う。
 そして、知り合ったばかりの黒髪の女性がまだ見ぬ希少な植物を思い浮かべ、不気味に恍惚としている表情を見てしまった少年少女達は、その胸に一抹の不安を抱くのであった。



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