25:白と黒の離別


 ジタンに揺すり起こされ、周囲を見渡したハクエはダガーに謀られた事を悟った。
 すっかり冷めた狩猟祭料理が並ぶテーブルに、一度も料理に手を付けた形跡のないダガーの席。
 彼女の姿は何処にもなく、その隣にいたスタイナーの姿も見えない事から、二人が何らかの手段を用いてハクエ達を昏睡させ、引き止める者のいない間に城を出た事を推測させた。
 ぎり、と強く歯を噛んでハクエが立ち上がり、ふらつく頭を抑えながらフライヤが呻いた。
「睡眠系の薬のようじゃな」
「スリプル草だ……」
「やられたブリな」
「やってくれたわね……ダガー」
 フライヤの言葉に即座に反応したジタンには、心当たりがあるようだ。
 自然とジタンに注がれる周囲の視線。ジタンもまたハクエ同様強く歯を食いしばり、その表情には後悔の色が滲んでいる。
「眠れないって言うからダガーに分けてやったんだ……」
「箱入りだと思っていたが、あの娘、意外とやるようじゃ」
 フライヤが吐き捨てるように言った。
 透き通るような白髪の奥に隠れる青い瞳が、不快そうに細められる。
「ちっ、一体何考えてんだっ!? まさか先にブルメシアに向かったのか!?」
「うむ、だとすればまだ間に合うかもしれないブリ!」
 あれだけ盛大にブルメシア行きを反対されたのだから、正攻法では行けないと判断し、強攻策に出たのだろうか。
 スリプル草の効果が残っているのか、ぼんやりとする頭を振って意識を覚醒させようとする。
 ハクエがそうしている間にも完全に意識が覚めたらしいジタンが、未だに床に転がっているビビを揺すり起こす。
「ビビ、起きろ! すぐにブルメシアへ出発だ!」
「ギザマルークの洞窟へ向かおう、そこを抜ければすぐブルメシアじゃ!」
「リフトで下層へ降り、『地竜の門』から城を出ると良いブリ」
 矢継ぎ早に交わされる言葉たち。
 一行は強い焦燥感に駆り立てられるようにして大公の間を後にした。

 リンドブルム城からブルメシア王国へ向かう道のりは険しい。
 霧の下に位置する地竜の門から向かうとなると、広大な湿地帯を抜け、ギザマルークの洞窟と呼ばれる関所を抜けなければならない。
 リンドブルムとブルメシア間の関所を兼ねているその洞窟には、ブルメシアの守り神として崇められているギザマルークという竜が棲息しているのだが、洞窟内はモンスターが棲み着いているのだ。
 そのモンスター達が中々に手強く、かつてハクエが一人旅をしていた時、うっかり遭遇してしまわぬよう注意を払いながら通り抜けた記憶がある。
 ブルメシアへ向かうメンバーには、味方を回復させる手段を持つ者がいない。
 正確にはハクエに白魔法の心得が申し訳程度にあるのだが、使えるのが不思議な程に魔力が低い為に乱発は出来ないだろう。
 となれば、ポーションなどの道具類は大量に買い込んでおくべきだ。
 リフトで下降している間の手持ち無沙汰な時間を活用すべく、頭の中で必要な物を確認しているハクエに声を掛けて来たのはジタンだった。
「ハクエ……本当に一緒に来るつもりなんだな?」
 先程のやりとりの延長戦とも取れる言葉に顔を顰めそうになるハクエだったが、いざ振り返った先にあるジタンの顔は真剣そのものだった。
 その表情と声色から、戦地へ向かうことを非難するというよりは、最終確認といった意味合いである事を感じ取る。
 ハクエはジタンの目をしっかり見据えて頷いた。
「えぇ。この期に及んで『残ってくれ』なんて言わないでね? 仲間の故郷が攻撃されて黙ってられないのは私だって同じなんだから」
「……わかったよ。その代わり、絶対にオレから離れないでくれよ」
「あら、私はジタンに守って貰わなくちゃならないほどか弱い女じゃないわよ」
「それでも女の子を守りたいって思うのが男ってもんさ」
 二人のやりとりに、フライヤが小さく溜め息を吐くのが聞こえた。
 それでも何も言ってこないのは、放っておけばどこまでも思い詰めて沈んでしまいそうな一行を盛り上げてくれようとしてくれるジタンの気遣いをわかっているからだろうか。
「それじゃ、頼りにしてるわね、ナイト様」
 苦笑しながらハクエが答えれば、ジタンが口角を上げて頷いた。
 そうしている間にもリフトは一定の速度を保ったまま下層部へ向けて滑り降りて行く。
 上層部や中層部では感じられなかった霧の匂いを感じるようになった頃、重厚な音を響かせながら下層部へ到着した。
 リフトから伸びる足場。その左右に停まっているトロッコのうちの片方が地竜の門へ向かうものだ。
 数日ぶりに赴く霧の大地に、ハクエ達は気を引き締めた。

 地竜の門の内側に居た行商人から大量に道具を買い込んだ一行は、言葉少なに湿地帯を進んでいく。
 先程リフトに乗っている最中にジタンが場を和らげてくれたものの、それぞれの胸中に渦巻く不安が消え去ってくれる訳ではないのだ。
 それはハクエも例外ではなく、襲いかかる魔物を斬り伏せながらも意識は他の所へ及んでいた。
(ダガー……本当に、ブルメシアへ行ってしまったというの?)
 ハクエの脳裏を過るのは数刻前、半ば斬り捨てるような言葉をダガーに浴びせかけてしまった時の事だった。
 あの後すぐにジタンとの言い争いに発展してしまった為に完全に言い包める事が叶わなかったが、俯いた表情からは悔しさが滲んでいるのが見て取れた。
 ブルメシア兵の惨状から咄嗟に連想された、彼の地で繰り広げられている惨劇。
 その地にダガーを連れて行くという事は即ち、アレクサンドリアの王女を危険な目に遭わせるという事に他ならず、ブルメシア行きを希望するダガーを非難した。
 けれど、恐らくは現在ブルメシア侵攻を指揮していると思われるブラネ女王は、ダガーにとっては唯一の肉親であるのだ。
 どんな危険が待ち受けているとしても、大切な人を何としてでも助け出したい――この場合は、戦争を止めるよう説得する事だが――と思う気持ちは、ハクエであれば痛い程に理解してあげられた筈なのに。
(私だって、同じ事してるくせに……)
 行方不明になった師匠を探し、危険な霧の大陸を一人旅し続けるハクエ。
 戦争を企てているブラネを心配し、戦地へ飛び込もうとするダガー。
 立場の違いこそあれど、大切な人を心配し、行動しようとする気持ちは、その想いは、二人とも変わらない筈なのに。
 彼女の事を、それなりに理解しているつもりでいた。けれど、結局は彼女の願いを無視して己のエゴを押し付けてしまっている。
 ハクエに糾弾された時、ダガーは何を思ったのだろう。
(……早くあの子に追いつかなくちゃ)
 大切な友人の無事を祈りながら、霧の中を進んでゆく。
 立ち込める霧は、まるで己の心境のようだ。ハクエは顔を顰め、銃剣を握る掌に力を込めた。



 リンドブルムの塔上からも隆々とそびえる姿が見えていた、国境の役目を担うアーブス山脈。
 その麓に口を広げるギザマルークの洞窟には、噎せ返るような血の臭いと色濃い魔力の気配が充満していた。
「おい! しっかりせぬか!」
 見張りとして洞窟の入り口に立っていたであろう、二人のブルメシア兵の亡骸。
 傍目でもわかるほどに酷い怪我を負って事切れている彼らに駆け寄り膝を付いたフライヤが、その肩を揺さぶった。
「フライヤじゃ、なんとか言え!」
 当然、縋るような声への返答はない。
 固く閉ざされた瞼はピクリとも動かず、ただでさえ青白いネズ族の面立ちが不気味なほどに浮かんでみえる。
「ひどくやられてるな……」
 フライヤの後ろからその様子を覗き込んだジタンが、険しい面持ちで呟いた。
 その言葉に反応したフライヤが立ち上がり、ジタンへ振り返ると吠え立てる。
「何者じゃ! 黒魔道士軍団とは何者じゃ!!」
 同胞の命をいとも容易く奪い取り、果ては祖国へ攻め入ろうとしているこの状況。
 得体の知れぬ敵への憤りに満ちているフライヤに、ビビがおどおどと顔を俯かせた。
「ぼ、ボク……」
「心配するな、おまえは関係ねえよ」
「ビビとやら、おぬしの仲間が……否! それよりも王の身が心配じゃ! 急ぐぞ、ジタン、ハクエ!」
「ええ!」
 彼らの亡骸を越えて進むと、直ぐに扉に突き当たった。
 細やかな彫刻で飾られた鋼鉄の扉の上部には穴が空いていて、そこに扉と同じ材質のベルが吊り下げられている。
 しかし、扉には取っ手となるようなものが存在せず、試しにジタンが扉を押してみてもびくともしない。
 早速行き詰まった状況に、一行はフライヤを振り返った。
 その視線を受けたフライヤは、扉の横から伸びている小道の先――恐らくは詰合所だったのだろう――で事切れているブルメシア兵が握り締めていた大振りのベルを拝借し、それをジタンに手渡す。
 ……白銀の髪から見え隠れする瞳は、悲しみと怒りに満ちていた。
「扉の前に立って、ベルを振るのじゃ」
 ジタンが受け取ったベルは、よく見ると扉に吊り下げられているベルと同じ模様が彫られているように見えた。
 フライヤの言葉に従ってベルを振ると、辺りには清浄な鐘の音が響き渡る。
 からんからんとベルが鳴る度に、扉に吊り下げられているベルが揺れ始め、やがて同じ音を響かせ共鳴しはじめる。
 すると不思議な事に、扉が動き始め、重厚な音を響かせながら壁の中に飲み込まれていく。
 ジタンが手にしていたベルが、まるで硝子細工が砕け散っていくようにして消滅した。
「ここって、前に来た時は何も無かったと思うんだけど」
「そうじゃ。非常事態にのみ、扉を守るベルの仕掛けが作動する」
 ハクエの疑問に答えるフライヤ。
 扉の消えた先には、無数の足跡と僅かな血痕が見て取れた。
 足跡は一律して同じ大きさで、規則正しく洞窟の奥へ行進していった事が窺える。
 突破され、第二波を恐れて再度扉を封じたのだろうか。
「……急ごう」
 手にしていたベルが割れ、不思議そうに掌を見詰めていたジタンだが、フライヤの言葉と続く先の状況に表情を切り替え呟いた。

 人ひとりがようやく通れるほどの幅しかなかった扉を抜けた先は、広い空洞が広がっていた。
 洞窟の入口と中の空洞は幅の狭い崖で分断されており、焼け切れた吊り橋の上に被せるようにして大き目の板切れが乱雑に置かれ、足場の役割を果たしている。
 板切れが真新しい事から、吊り橋を落として足止めをしようとしたものの、足場を用意され攻め込まれたのだろう……というのはハクエの推察だ。
 崖を渡った先にあるアーチ状の二重構造をくぐりぬければ祭壇への扉があり、ギザマルークという水竜が棲む水辺を越えてブルメシア方面に抜ける事ができる……筈なのだが。
「ジタン、あれ……!」
 崖を越えた先、アーチ状にくり抜かれた二重構造の足場の上に、方々の体で逃げ惑うブルメシア兵の姿があった。
 全身に傷を負い、得物であるランスの穂先が欠けている。
 それでも懸命に逃げ延びようとする彼の背後にひたひたと歩み寄る二人の死神の姿には、ハクエ達は嫌という程に見覚えがあった。
 とんがり帽子を目深に被り、暗がりの奥に潜む表情は窺えず、ただ爛々と輝く金色の眼がそこにある。
 魔道士のローブを身に纏い、布張りの靴が彼らの足音を軽くする。その足音は、およそ人の重みが感じられぬほど。
 ――ダリ村で、カーゴシップで見たままの姿の黒魔道士達が、男を追い詰めている。
 ひたひたとブルメシア兵の男を行き止まりまで追いやった黒魔道士の二人が、そこでおもむろに両手を掲げた。
 可視化出来る程の魔力の渦が掌に沸き起こり、一切のコントロールがされていないように見えるそれが男に叩きつけられる。
「キル!」
 詠唱も術式の組み立てもなく、ただ発動のトリガーである言葉のみを唱え、その声色は一切の感情を感じさせない。
 魔力の凶刃を叩きつけられた男は、喉が潰れたような悲鳴を上げてその場に崩折れた。
「あ……」
 思わずといった風に数歩後退るビビ。
 ハクエがそのちいさな肩に手を置き、掛ける言葉に迷っていると、崖の上には新手が現れていた。
 ピエロのような格好をし、ドーランで肌を真っ白に染め上げている、赤と青が印象的な派手な二人の老人。
 その二人の姿は、ハクエは何度か見たことがあった。
「奴は何者でおじゃる?」
「知らないでごじゃる」
 特徴的な語尾を持つ二人はハクエ達に気付いているようで、崖の上から一行を見下ろして何やら会話をしているようだ。
「いや、どこかで見たことがあるでおじゃる」
「そうかな? 知らないでごじゃるよ」
「とりあえず、消してしまうでおじゃる?」
「それが良いでごじゃる」
 彼らがそう言い切るが早いか、ブルメシア兵を屠った黒魔道士兵の二人がハクエ達の前に飛び降りてきた。
 爛々と輝く金色の瞳には表情が無く、ただ命令のままに動くゴーレムのようだ。
「やっつけてしまうでおじゃるよ!」
「我々は先に向かってるでごじゃる!」
 崖上の二人が踵を返しながらそう言い残すと、黒魔道士兵は両手に魔力を集め始めた。
 その様子に、ハクエ達も武器を構える。
「やるしかない……か」
 先手必勝とばかりにジタンが駆け出し、手前にいる方の懐に潜り込んで斬りつける。
 回避しようともせずにジタンの攻撃を受け止めた黒魔道士は、どさりと軽い音を立てて仰向けに倒れ込んだ。
 ハクエもまた、魔法を発動される前に倒すべく、奥にいる黒魔道士目掛けて銃弾を放つ。
 胸元を狙って放たれた弾丸は、やはり回避をすることもせずに受け止められ、黒魔道士兵が軽い音を立てて吹き飛んだ。
(手応えが全然感じられない……)
 砂袋を撃ち倒したような感覚に、ハクエは顔を顰める。人を撃つというよりも、人形に向けて銃を撃っているかのような気分だ。
 ジタンとハクエ、それぞれに倒された黒魔道士兵はそのままぴくりと動くこともなく、やがて溶け出すようにして霧へ還っていった。
 ――それは、彼らが霧から産み出された存在であることを裏付ける決定的な証拠。
 ハクエの脳裏に、氷の洞窟やダリ村で襲いかかってきた黒のワルツ達の存在が思い出された。
 死に様を見たのは1号と2号のみであるが、彼らもまた最期は霧へ還っていなかっただろうか。
 知能を持ち、会話を交わし、そして明確な目的を持って動く、霧から産まれた存在たち。
「あの人たち、カーゴシップで見たのと、同じ姿だった……」
 ぽつりと呟かれたビビの言葉に、ハクエはいつの間にか俯いてしまっていた面を持ち上げた。
 今は、彼らの出生について思い悩んでいる時間ではない。
「はやく、行きましょう」
「……うん」
 そっと背中を押すハクエに、ビビはちいさく頷くのであった。

 途中、巨大なベルに閉じ込められてしまったモーグリ夫妻の片割れを助け出したりなど小さなハプニングに見舞われたりもしたが、他に黒魔道士兵達に遭遇する事もなく洞窟の中を進むことが出来た。
 どうやらあの二人の道化師達が率いていたものが最後に残っていた部隊らしい。
 モーグリ夫妻から渡されたベルで、ギザマルークが棲んでいる水辺へ続く扉の封印を解除すると、そこには傷付いたブルメシア兵が倒れていた。
「おぬし! 大丈夫か!」
「フライヤさん……気を付けてください……」
 一目散に駆け寄ったフライヤが彼の隣で膝を付き、身体を支える。
 息も絶え絶えといった様子のブルメシア兵は、血塗れの腕で水辺を指した。
 ギザマルークが棲んでいるこの部屋は、現在ハクエ達が立っている一本の長い足場の両脇に巨大な水場が設けられている。
 足場はブルメシア地方へ続く扉に近付くにつれ幅が細くなっていき、通路の高さも水面に近付いていく。
 扉の脇には巨大な空洞が口を開いており、その中から何かの咆哮が響いているのが聞き取れる。
 徐々に近付いてくる咆哮。フライヤがそんな、と悲鳴にも似た声を漏らした。
「ギザマルーク様が変なふたり組にあやつられ…荒れ狂われております……!」
 ブルメシア兵がそう告げた瞬間、咆哮の主が空洞の中から躍り出た。
 そのまま真下に広がる水辺に飛び込み、辺りには水飛沫が飛び散っていく。
 その飛沫が収まる前に再び姿を現す咆哮の主。彼こそがブルメシアの守り神・ギザマルークであった。
 全身を青い鱗で覆い、胸部からは翼を伸ばし、それによって宙に浮いている。尾は長く伸び、頭部には二本の角が生えていた。
 きっと普段であれば美しい色を湛えていたであろう彼の瞳は真っ赤に染まっており、そこに理性は感じ取れない。
 再び咆哮を上げるブルメシアの守り神。ハクエ達が武器を構える中、フライヤが縋り付くように前に出る。
「ギザマルーク様! どうかお鎮まりくださいッ!」
「フライヤ、下がれ! 話が通じる状況じゃなさそうだ!」
 そのまま水辺に走り寄ろうとするフライヤをジタンが慌てて引き留める。
 そうしている間にもギザマルークはのたうち回る様に暴れ、力任せ叩きつけられた尾鰭が細い足場を叩き砕く。
「なんて力なの……あれに当たったらタダじゃ済まなそうね」
 粉々に砕かれた足場を見て青ざめるハクエ。
 被害が増える前に力ずくでも彼を止める必要がある。
「さっさとやるぞ!」
「う、うん!」
「わかったわ!」
「ギザマルーク様……お許しください!」
 届かぬ声に諦めたのか、フライヤが槍を一心に突き出した。
 鋭い一突きはギザマルークの硬い鱗を容易く貫通し、血が噴き出る。
 フライヤの攻撃に怯んだ様子のギザマルークは、耳をつんざくような咆哮を上げたかと思うと、翼を小刻みに震わせ始めた。
 その動きに引き寄せられるかのように、ギザマルークの足元に広がる水辺から大量の水が浮かび上がり、巨大な水球となる。
 天井近くまで浮かび上がった水球はやがて弾け飛び、鋭い弾丸となって一行に降り注ぐ。
 津波に飲まれたかのような衝撃に、前列に立っていたジタンとハクエは堪らずその場に膝を付いた。
「くっ!」
「痛ぅっ……!」
「ジタン、ハクエ! 無事か!」
 ギザマルークの近くに居たために攻撃から逃れることが出来たフライヤが、ポーションを片手にジタンとハクエの真横に跳んで戻ってくる。
 二人にポーションを振り掛け、くるりと槍を一回転させブルメシアの守り神を仰ぎ見る。
 仰ぎ見た先の守り神は、心なしか弱っているように見える。
 フライヤは槍を構えたまま、視線だけをジタン達に向けた。
「出来ることなら、ギザマルーク様に無用な苦しみを与えたくない。……すまぬが、協力してもらえぬか」
「……わかった」
 ブルメシアの守り神であるギザマルークは、それこそブルメシア建国当初からこの近辺に棲息し、国の発展を見守り続けていたという。
 本来であれば人の言葉を理解し、またブルメシアの民に祝福を与えることもあるというこの水竜を助けたいというフライヤの言葉は、痛切な色を持っていた。
 その言葉にジタンが強く頷き、ハクエはビビとフライヤに振り返る。
「フライヤ、あなたの槍をどこでも良いからギザマルークに突き刺して。そこにビビのサンダーをお見舞いすれば……上手く行けば気絶させられるかもしれない」
「成る程。ビビよ、頼んだぞ!」
「う、うん!」
 言うが早いか、軽やかに飛び上がったフライヤに、ビビがサンダーの詠唱を始める。
「なら、オレとハクエはアイツを撹乱させれば良いって事だな!」
「えぇ、お得意でしょ?」
「任せろ!」
 不敵に笑って見せるジタンに、ハクエもまた口角を上げて返す。
 詠唱中のビビを守るようにハクエが銃剣を振るい、ジタンが最前列に立って翼を斬りつける。
 素早い前衛二人の動きに、弱っているギザマルークの攻撃は空を切るばかりだ。
 その時、かの守り神の頭上に竜騎士の一閃が煌めいた。
 前衛組を狙うばかりで無防備に曝け出されている後ろ首の付け根目掛けて槍を突き刺し、そのまま槍を残して飛び退く。
「今じゃ!」
 フライヤが吠えるように出した合図に、ビビは溜めていた魔力を爆発させるかのように杖を振り上げた。
「まばゆき光彩を刃となして、地を引き裂かん――サンダー!」
 眩い稲妻の刃が、フライヤが突き刺した槍に向かって一直線に落ちていく。
 ばりばりというけたたましい音と共に落下した雷光は瞬く間にギザマルークの全身を外から内から焼き尽くし、辺りには肉の焦げる臭いが立ち込める。
 一際大きな悲鳴を上げたブルメシアの守り神は、やがて力なく水辺に落下した。
「ギザマルーク様!」
「上手くいったかしら……?」
 ぶすぶすと口から煙を吐き出しているギザマルークに駆け寄ったフライヤは、槍を回収すると膝を付いて彼の容態を確かめ出す。
 その後ろから恐る恐るハクエが覗き込むと、微弱ながらも腹部が脈打っているのが確認できた。どうやら重症を負わせたものの、殺さずには済んだらしい。
「ギザマルーク様が荒れ狂うとは、たたごとではない……王が危険じゃ!」
「ダガー……本当にこんな危険な所を通っていったのか……?」
 ギザマルークの容態を診終わったフライヤが立ち上がり、ブルメシア地方へ続く扉へ走り出した。
 後に続くジタンは、しかし険しい顔をして小さく呟く。それは、一向に追いつく気配のないダガーの行方を案ずるもの。
 銃剣を鞘に仕舞ったハクエがそれに答える。その表情もまた、ジタン同様険しいものだった。
「行ってみれば、わかるでしょ」
「……そうだな」
 扉の向こうに広がるブルメシアの大地。
 霧の三大国の中で唯一霧の下に国土を有するその国には、まるで侵略される事を嘆くかのような豪雨が降り注いでいた。



|
BACK | TOP ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -