22:その芽は未だ見つからず


 狩猟祭の準備を行うべくリンドブルム城に戻ってきたジタンは、がしゃがしゃと鎧を鳴らしながら走るスタイナーの姿に気が付いた。
 それがどうも何かを探している挙動に見えて、何の気なしに声を掛ける。
「どうしたんだ、スタイナー?」
「また貴様の仕業だな! 姫さまはどこにいるんだ!?」
「おい、落ち着けって、オレだって今来たばかりなんだ」
 振り向くなり囂々と怒鳴り始めたスタイナーに肩を竦める。
 相変わらず直ぐに自分のせいだと決めつける彼の態度に内心辟易するジタンだったが、続く言葉に首を傾げた。
「姫さまが見当たらないのだ。客室にいるようにお願いしたのに、ハクエ殿しかいなかったのだ」
「ハクエは行き先を知らなかったのか?」
「それが、城の中を散策してるのではと言っていたのである」
「なら、その辺を散歩してるんじゃないか? 別に心配する程でもないじゃないか」
「なにをのんきな事を! 姫さまはリンドブルムに来るまで何度も危険な目に遭われているのだぞ、万が一、姫さまがひとりの時に何かあったらどうするつもりなのだ! 貴様もハクエ殿も、話にならん! 自分は姫さまを探しにいく!」
 ジタンの言葉に激昂したスタイナーは、再びがしゃがしゃと鎧を鳴らしながら何処かへと去っていってしまった。
 どうやらハクエとも同じ問答を繰り広げていたらしい。
 ハクエは城の中なら大丈夫だと判断してダガーを見送ったのだろうが、スタイナーはそれが納得いかなかったのだろう。本当に相性の悪い二人だと思うが、それよりも。
「ダガーのやつ……どこへ行っちまったんだ……?」
 狩猟祭がはじまってしまうと、それに参加する予定のジタンやハクエがダガーの傍にいる事が出来なくなってしまう。
 それまでにダガーとスタイナーには合流していて欲しいのだが、どうしたものか。
 ジタンが首を捻っていると、ふと柔らかな歌声が響いている事に気が付いた。
「この歌……どこかで聞いたことがある……」
 微かに響く歌声に耳を澄ましてみると、ダリの村で聞いたものと同じ歌声である事を思い出す。
「ダガーなのか……? 上から聞こえてくる……」
 声のする方向に検討をつけたジタンは、彼女がいる場所へ向かうべく歩き出した。

 柔らかに響く歌声に気が付いてからしばらくして。
 兵士の目を掻い潜って上層階へ辿り着いたジタンはリンドブルムの塔上に出ていた。
 澄みやかに晴れ渡る青空と、遥か眼下に広がる澱んだ霧の大地。グラデーションを描く空の下に広がる世界は、霧の大陸なら何処までも見渡せそうな気になるほどだった。
 この場所にはあまり人が訪れないのか手摺りに苔や蔦が絡みついていて、けれどその寄り添うような自然に心地よさを感じる。
 歌声は鮮明に響いていて、間違いなくこの先にダガーがいるのだと確信できた。
 そよぐ風の心地よさを頬に感じながら階段を登り、最上層に出る。
 そこには沢山の白鳩と戯れ、穏やかに歌うダガーの姿があった。
 柔らかな風に艶やかな黒髪が揺れ、緩やかな動作で広げられた掌に白鳩が擦り寄る。
(綺麗だ……)
 ダガーの紡ぐ透き通った歌声は、いつまでも聞いていたいと思わせるほどに綺麗だった。
 穏やかに、伸びやかに、思い出せぬほど遠い記憶の水底にある何かがふつふつと込み上げてくるような懐郷を感じさせる、その声に、その姿に、ジタンは心奪われていた。
 思わず息をするのも忘れて彼女を見つめていると、ふとダガーが振り向いた。
 深い黒曜の瞳に捉えられ、胸が高鳴る。ジタンを見つめる美しい姫君の表情は、どこか憂いを含んでいるようだ。
 来訪者に気付いた白鳩達が飛び立ち、彼女が歌う事を止めた為に辺りには静寂が広がった。
「綺麗な歌だな……」
「どうやってここまで来たの……?」
 ダガーの疑問は最もで、今ジタン達がいる上層部は城の人間か許可を得た人物でないと立ち入る事が許されていない。
 けれど、兵士の目を掻い潜ってきたジタンは得意気に胸元を叩いて胸を反らした。
「へっへ! こんな事なら朝飯前さ!」
「そうね、城に忍びこむくらいジタンには簡単よね……」
「あれっ……?」
 なんだか元気が無さそうな表情をしているとは思っていたが、予想以上に反応が暗い。
 肩透かしをくらったような気分になるジタンだったが、それはそれ。なんとか場を盛り上げようと無理やり話題を変えることにした。
 何か話題がないかと周囲をぐるりと見渡すと、もう少し階段を登った先に望遠鏡が備えられている事に気が付く。
「ひゃ、ひゃ〜! 高いなぁ! 街があんなに小さく見えるぜ。おっ、望遠鏡があるじゃないか。覗いてみようぜダガー! さぁ、こっちこっち」
 言いながら手招きし、ダガーと共に望遠鏡の前にやってくる。
 へへ、と笑いながら望遠鏡を覗き込むと、既に南ゲートの修復が始まっている事や、近くの森に野生のチョコボが棲息している事など、色々なものが見渡せて面白い。リンドブルムで一番高いところから見下ろせる地理を頭に叩き込みながらぐるりと望遠鏡を動かしていく。
「ねぇ、私にも見せて」
 ジタンが夢中で望遠鏡を覗き込んでいる事で興味を惹かれたのか、ダガーも望遠鏡を覗きたがったので快く交代する。
「どうだい、よく見えるだろ?」
 アレクサンドリアの外を知らないらしい彼女が望遠鏡を覗き込む事でどんな反応をしてくれるのか、ジタンは内心期待しながら待っていたのだが、やはりどうも元気が無いらしい。ダガーは望遠鏡を覗き込んだまま、考え事をしているかのような難しい顔をして微動だにしない。
「……どうかしたのか、ダガー?」
「ねぇ、ジタン……私をリンドブルムまで連れて来てくれたのは、タンタラス団のボスに……そう命令されたからなの?」
 問い掛けると、ダガーは顔だけをジタンに向けた。
 吸い込んでしまいそうなほど深い黒曜の瞳は、相変わらず憂いを含んだまま。
「それは違うぜ、ダガー。君を助けたい。そう思ったからさ。誰かに頼まれた訳じゃない。ボスの考えとは違ったから、タンタラス団は抜けて来たんだ」
「えっ……ごめん、知らなかった……」
「な〜に、気にしなくたっていいさ。これが初めてって訳じゃないから」
「ジタン……」
「ん? なんか言ったか?」
 望遠鏡から離れ、手摺りに寄ったダガーの隣に立つ。
 その際、彼女が何かを呟いたような気がしたのだが、ジタンには聞き取れなかった。聞き返そうとするが、曖昧に微笑んで誤魔化された。
「でも、どうやって私を誘拐するつもりだったの?」
「スリプル草で眠らせて誘拐するつもりだったんだ。子供用の薬草なんだけどさ、大人でも多めに飲めばおねんねさ」
 言いながら薬草を取り出す。そう言えば、すぐに使うからとポケットに突っ込んだものの、ダガー達が自ら誘拐を志願した為に出番がなく、そのままになってしまっていた。けれど、少しばかり萎びてしまっているものの、効果の程は問題ないだろう。多分。
「でも、私達の方から来たからその薬も必要なくなっちゃったのね。よかったらその薬草、少し私にわけてもらえないかしら? ここ数日よく眠れないの……」
 先程ダガーが憂いを含んだ表情をしているように見えたのは、寝不足が原因だったのだろうか。それにしてはあまり顔色は悪くなっていないようにも見えるが、女の子はきっと色々大変なんだろうなと、深く考えないジタンは萎びたスリプル草をダガーに手渡した。ついでに茶化すことも忘れずに。
「薬なんかに頼らないほうがいいぜ。なんなら、オレが添い寝してやろうか?」
「あら、私はそんなに子供じゃないわ」
「いや、だから言ってるんだけどさ……」
「??」
 ……お城育ちのお姫様には、俗に塗れたジョークは通じないようだ。
 これがハクエだったらもっと適当にはぐらかしてくれたのだろうが、あまりにも純粋な瞳で首を傾げてくるものだから、ジタンは居た堪れなくなってしまう。慌てて取り繕うと、話題を変えようと言葉を探す。
「あっ、な、なんでもない! そ、それよりさ、さっきの歌、ダリ村でも歌ってただろ?」
「え、ええ。あの時、起きてたのね……?」
「いい歌だよな、なんの歌なんだ?」
 ジタンの慌てっぷりには突っ込まないダガーは、その問い掛けに空を仰いだ。
 釣られてダガーと同じ空を見上げたジタンは、霧に覆われていない青い世界にふと懐かしさを抱いた。
「いつ、どこで覚えた歌なのかわからないの。どういう歌なのかも。でも昔から悲しくなった時はこの歌を歌うとなんだか暖かくなって……私はひとりじゃないんだ、だから頑張ろうって気持ちになれるの」
「不思議な歌なんだな……もう一度、聞かせてくれよ」
 いつ覚えたのかわからないという、ダガーの歌。
 ダガーも覚えていないことがあるんだな、と。彼女の中に小さな小さな共通点を見出したジタンは、その優しい歌声にしばし耳を傾けた。
 自分の記憶の中でほんの微かに輝く青い光。そして、悲しそうに揺らめく鮮明な色を思い出しながら。



 劇場区で時が経った事を知らせる鐘が鳴り響き、ダガーは歌うのを止めた。
 すっかり聞き惚れていたジタンは何の気なしに口を開く。
「なあ、ダガー……飛空艇でのクルージング、いつにする?」
「えっ、何のこと?」
 そして、すぐに失言に気が付いた。
「あれ……? そうだ、それは酒場の子に……!」
 慌てて口を塞ぐも、時既に遅し。ブリザドのような視線をジタンに投げつけたダガーは、ふいと身を背けてしまう。
「ちょ、ちょっと待った!」
「あら、私は全然気にしていませんわ。楽しんでいらっしゃればよろしいんじゃないですか?」
「あ〜〜〜っ……」
 口調がすっかりアレクサンドリア王女のものに戻ってしまっている。
 弁明をしようとしたジタンを突っぱねるダガーは、艶やかな黒髪を掻き上げて両肩を竦めた。他人事を決め込むつもりだ。
 冷ややかに突き刺さるダガーの態度に唸り声を上げたジタンはしかし、次の瞬間には名案を思いついて顔を上げた。
 ダガーの注目を集める為に手摺りに飛び乗り、両手を広げる。
「よしっ、じゃあ、狩猟祭でオレが優勝したらデートしよう!」
「そんなこと私とは何の関係もないじゃない!?」
「なっ、いいだろ?」
 思わず声を上げたダガーに詰め寄るジタン。これはいけるかな、と思ったが、対するダガーは怪訝そうに眉を潜めた。
「ええ……でも、ジタンはハクエと一緒じゃなくて、いいの?」
「えっ?」
「私、ジタンはハクエに気があるのだと思っていたわ」
「ええっ?」
 予想外の言葉に、今度はジタンが声を上げた。思わずよろけて、慌ててバランスを取り直す。
 その反応こそが意外だと言わんばかりのダガーは、怪訝そうに潜めていた眉をきゅっと寄せた。
「ジタン、あなた気が付いていないの?」
「な、なにが?」
「ハクエと一緒にいる時のジタン、とっても楽しそうよ」
 ついでに唇も少しばかり尖っている。まるで咎めるようなダガーの口調に、ジタンは腕を組んで首を傾げた。
 確かに、ハクエと一緒にいるとなんだか落ち着くし、最初と比べたらイイ仲になってきていると思う。でも、それはダガーだっておんなじだ。ダガーとだって、当初と比べたらだいぶイイ関係になってるんじゃないか? 可愛い女の子が大好きなジタンは、あわよくばハクエともダガーとも、もっとお近付きになりたいと思っている。
 ……そう思っていた事が顔に出ていたのか、ジタンの考えている事を何となく察したらしいダガーは心底呆れたように息を吐いた。
「あなたって人は……」
「ス、スミマセン」
 軽蔑さえも滲んているその表情に、ジタンは思わず謝罪の言葉を口にした。
「兎に角。デートならハクエを誘ってみたら? ハクエだって、きっと喜ぶわ」
 挙句、あしらわれてしまった。これ以上ジタンと話す気がないのか、ダガーはくるりと背を向けるとそのまま階段を降りていってしまう。
 置いて行かれたジタンはといえば、取り敢えず手摺りから飛び降りて腕を組んでみる。
「うーん……ハクエとデート、か……なんか、しっくりこないのはなんでなんだ?」
 つい昨日二人っきりで出掛けたばかりではあるのだが、どうにもデートを申し出る気になれないのは何故だろう。
 なんというか、そんな他人行儀な関係ではなく、もっと近い所。例えて言うなら兄弟……そう、まるで姉のような。いや、姉という表現もあんまりしっくりこない気がする。兎に角、ハクエと一緒にいるのはジタンにとってはとても自然な事に感じていて、わざわざ畏まってデートに誘いかけるというのはなんだか気恥ずかしく感じられた。
 どうしてハクエにそういった感覚を抱いてしまうのかジタンには良くわからなかったが、とりあえず今ハッキリと言えるのは『ハクエとはそんなんじゃない気がする』、それだけだった。
「ま、こんなこと考えてもしょうがないか……そんなことより、狩猟祭だ!」
 先程、劇場区で鐘がなっていた事を思い出す。
 ジタンが把握しているスケジュールの通りなら、もうそろそろ狩猟祭の参加者が集まり始める時刻だ。
 今回は初めて参加するらしいハクエや、ジタンがこっそりエントリーしておいたビビもいる事だから、担当の兵士から説明がある筈だ。
 それを思い出したジタンはもやもやとした思考を中断させ、城内へ戻るべく歩き出した。



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