19:求める影は違えど


 見張りの兵士に食事を摂りに街へ出ることを告げてリフトに乗り込むと、ジタンは大きく伸びをして身体を解しはじめた。
 さも疲れたと言わんばかりに上半身を捻っている様子に、ハクエは思わず苦笑する。シド大公を前にしてもさして緊張した素振りを見せていなかったというのに、なんともわざとらしいものだ。
「さて、何を食べにいきましょうかねぇ」
「別に、皆と一緒に食べたってよかったのに」
「ああいうところでお行儀良く食べるのって、居心地悪そうじゃないか?」
 仰々しい表情でナイフとフォークを上品に扱ってみせる仕草をするジタンがおかしくて、ハクエはたまらず吹き出す。
 右手を口元に持っていって咀嚼する素振りをしていたジタンは、その反応に気を良くしたのか歯を見せて笑った。
「確かに、ジタンがそうやってお上品にご飯食べてる所、似合わないかも」
「だろ?」
 悪戯に笑うジタンに肩を震わせるハクエ。
 中層に到着したリフトを降り、先程通ってきた道を引き返すようにエアキャブ乗り場へ向かう。
「ハクエは何度かリンドブルムに来たことがあるんだろ? 食べたいものはあるか?」
「そうね。せっかくなら地元の人オススメのお店が知りたいかも」
「ん〜、そうだなぁ……それなら、工業区に行ってみるか!」

 リンドブルムの街は大きく分けて三つの区画に分けられている。
 先程カーゴシップが通過した地竜の門を抜けた先にある商業区は、宿屋や道具屋など旅行者に必要な施設のほかに、民家のほとんどが集まっている一番規模の大きい区画だ。
 その商業区よりも高い位置に区画を有する劇場区には、大規模な劇場をはじめ様々な劇団の事務所や稽古場が設けられており、劇場通りから一望できる街は絶景との評判である。
 そして、ジタンが向かうことを告げた工場区でほぼ全ての産業が行われ、国民の大半がこの区画で働いているという。
 それら区画を移動する主な手段として、エアキャブという小型の飛空艇が運用されている。
 区画の間に設置されたレールに沿って定期的に走るそれは、ここリンドブルム城からも搭乗する事ができ、ジタンとハクエは工場区へ向かうエアキャブに乗り込んだ。
 二人が乗り込むのを確かめた後にハッチを閉じ、プロペラを回しながら走り始めたエアキャブに揺られる二人。
 レールに沿って工場区へ降りるのに合わせ、窓の外に見えていた街の景色がだんだんと近付いてくる。
「お城から乗るのははじめてだけど、本当に良い景色よね」
 窓枠に手を付いて、流れていく景色を眺めるハクエ。
 ジタンはその隣に立つと、さり気なくハクエの腰に手を回した。
「……何かしら、この手」
「ん、いや。なんか良い雰囲気だなって思って……」
 腰に回される温かな感触を受けジト目になるハクエに、ジタンは悪びれた様子もなく笑いかける。腰から伸びる尾がふらふらと揺れ、機嫌が良さそうだ。
「ダガーがお気に入りだったんじゃないの?」
「とんでもない、オレは可愛い女の子全員がお気に入りだぜ」
「何馬鹿なこと言ってるんだか」
 全くフォローになってないジタンの言い分だが、ハクエは軽く息を吐いただけでその腕を振り払う事はしなかった。
 出会ったばかりの頃であれば流石に違っただろうが、彼の人柄を知った今となっては少しばかり呆れを覚えただけだ。
 初対面は警戒心丸出しだったというのに、共に行動すると決まるなり今のようなお調子者の面を見せるようになった彼。
 どこまでが冗談で、どこからが本気なのかはいまいち理解できないが、あえて軽い調子でいることでこちら側の緊張を解そうとしてくれているのだろうとハクエは解釈している。
 単なるお調子者かと言えばそうでなく、プリマビスタや魔の森を抜けた後でのやり取りに加え、随所で見られる決断力に、ハクエはジタンに信頼を寄せはじめていた。
 現に、魔の森に墜落してからというもの、幾度と無くスタイナーと衝突しているハクエに助け舟を出してくれるのは決まってジタンだった。彼が(形はどうであれ)タイミング良く仲介に入ってくれるお陰で、何とか得物を取り出すほどの事態に発展しなくて済んでいる。
 ……ただ、女性相手だと少しばかり調子に乗りすぎる節があるのが気にかかるが。
 物思いに耽る最中、腰に回されていた腕に力が入るのをハクエは見逃さなかった。
「ちょっと、そこまでは許してないわよ」
「これはダメなのね……」
 半身に掛かる体重に身を捩って肘をねじ込めば、引き寄せようと力を込めていたジタンの腕は慌てて離れていった。
 肘をねじ込んだ手を返してしっしと振れば、降参と言わんばかりに両手を上げられる。
「まったく、調子いいんだから」
「へへ……」
 『可愛い女の子全員がお気に入り』という彼の発言。
 それは、ハクエがジタンという人物に対する評価を行うにあたり、さらには今後ジタン自身が彼女へのアプローチを行うにあたり、大きなマイナス要素となっていく事を、深く考えずに発言したジタンは気付かない。

 そうこうしているうちに、工場区のホームに到着した。
 エアキャブから降りた二人が街に出れば、賑やかな喧騒が出迎えてくれる。建物の一つに設置されている時計を見れば、ランチタイムの時間内のようだ。
 迷うことなく歩を進めていくジタンについていくうち、ひとつの店の前で足が止まる。
「メシはやっぱりここに限る! 今日のスペシャルメニューは……沈黙のスープか、悪くないな」
 酒場と思わしき店の前に立てかけられていた看板のメニューを眺めていたジタンが、うんうんと頷いた。
 それに倣ってハクエも看板を覗きこんでみるのだが、どれも独特な名前でメニューの内容まではよくわからない。とりあえず、お手頃な値段で食べられる店であるという事だけは理解できた。
「ここがジタンのお気に入りのお店なのね」
「あぁ。量も結構あって、なかなかウマいんだぜ」
「へぇ」
「おやっさん、いつもの安っちいスープひとつ頼むよ!」
 小洒落たスイングドアを開けるなりカウンターに向かって叫ぶジタン。
 店の人に向かって頼み方をするんだとハクエが慌てるも、ジタンは気にした風もなくカウンター席にハクエを座らせた。
「だれだ〜!? うちのスープにケチをつける奴は! ……って、ジタンか! 最近顔を見せなかったが、元気そうだな! そこのお嬢ちゃんは、彼女か?」
「へへっ、おやっさんも! そうなんだ、実はオレ、この子と付き合って……」
「おじさん、私にもジタンと同じやつください」
「よし、沈黙のスープがふたつだなっ! 少し待っててくれよ!」
「……ハイ」
 なんとも不躾な注文の仕方に勢い良く振り返った店主だったが、声の主がジタンであることを知ると笑顔になった。どうやら常連なだけでなく、それなりに良い仲であるらしい。
 店主の問いかけに鼻をこすってハクエを紹介しようとするジタンを遮って同じメニューを注文すれば、店主も調子を合わせ注文を受けてくれた。
 そんな二人のやりとりに肩を落とすのはジタンだけで、ハクエはそんなジタンを置いて初めて訪れた店内の様子を興味深げに観察しはじめていた。
「ちょっとぉ、お客さん、そこに立ってられると邪魔なのよ」
「ひゅ〜」
 いつまでも着席しないでいるジタンをじれったく感じたのか、ウエイトレスの女性がジタンに着席るよう促した。
 大胆な服装をしているウエイトレスに鼻の下を伸ばしたジタンはおもむろに彼女に近付く。一方で、その様子に気付いたハクエといえば先程エアキャブの中でジタンが言っていた言葉を思い出し、白い目を彼に向けた。
 『可愛い女の子全員がお気に入り』を、まさか発言してすぐに実証してくれるとは思っていなかったのだ。
 ハクエの中でのジタンの評価がまたひとつ下げられたのを、だらしない表情でいるジタンは知らない。
「なぁ」
「あら、何かご注文かしら?」
 ハクエに白い目で見守られている事なんて露知らず、髪と襟元の具合を整えてから声を掛けたジタンにウエイトレスの女性は愛想よく答えた。
 明らかに営業スマイルであろうその笑顔にジタンは鼻の下を伸ばしていた表情を引き締め、努めて爽やかな声を出す。
「飛空艇で、クルージングでもどう?」
「えっ、飛空艇……?」
「あぁ、乗った事ないだろ? 空から見るリンドブルムはすごいぜ」
 ウエイトレスの女性に密着せんばかりに近付いたジタンが口説を投げかけるが、対する女性は困惑気味だ。
 それは、注文かと思って振り返ったらまさかのナンパだった事に対する困惑なのだが、それをどうしてか、飛空艇に乗ったことがない事に対する困惑だと受け取ったジタンは何とかウエイトレスの気を惹こうと色々な言葉を並べ続けている。
 そうしているうちに、彼女の持つトレイに乗せられたグラスに入っている氷がカラリと音を立て、早く配膳しなくてはと張り付けた営業スマイルに焦りが滲む。ハクエの視線もまた、ジタンの良く回る口から言葉が溢れるのに比例して段々と冷たくなっていく。
 第三者の声が割って入ったのは、そんな時だった。
「そこのシッポ、他の客に迷惑だぞ……」
 低く落ち着いた女性の声。
 見れば、ハクエと同じくカウンターに腰掛けた女性がグラスを傾けたまま、視線だけをジタンに投げていた。
 全身を赤い衣で覆い、深々と被る帽子もまた赤く、竜のひれを思わせる装飾を付けている。
 腰から伸びる尾はジタンと違って細く毛に覆われておらず、彼女がネズ族である事が伺えた。
「なんだと!? そういうおまえもシッポがあるじゃねえか!」
「おいおいジタン、ケンカなら外でやってくれよ」
 尻尾に結われたリボンが不愉快そうに揺れているのを見たジタンが言い返すと、店主が慌てた。
 しかし、女性が軽い溜め息と共にジタンに顔を向ければその表情は驚きへと塗り変わっていく。
「!」
「久しぶりじゃな、ジタン」
 美しい人だ、とハクエは率直に思った。
 ヒト族と違い面長な顔立ちのネズ族であるが、伸ばした白銀の髪の隙間から覗く碧色の瞳は細められ、長く伸びる白い睫毛が作る陰はどこか儚げな印象を抱かせる。
 先ほどの刺のある言い方と打って変わり、親しげな声をジタンに投げかけた彼女はジタンの反応を待っているようだ。その様子に、彼女へ向いていたハクエの視線は自然とジタンへ戻される。
「よ、よぉ! えっと……どなたでしたっけ?」
「この私を忘れたのかい?」
 対するジタンと言えば、思い出せないでいる様子だ。
 親しげに話しかけられてしまうと強く出れないらしく、困惑気味である。
「覚えてるさ! お静だろ?」
「……違う」
「クリスティーヌだっけ?」
「違うっ!」
「あっ、わかった! 小さい時、隣に住んでたネズ美だろ? でっかくなったな〜」
「しつこいのじゃっ!」
「冗談だよ、いい女の名前は忘れないさ」
 あまりにも自信たっぷりに名前を間違い続けるジタンに、ついに彼女は耐えかねたようだ。美しく整った表情を歪ませて吠える姿に、ジタンはあっけらかんと答える。
 冗談というよりは嫌がらせの域にも近いのだが、そういう事をしても許されるような関係なのだろうな、というのは傍からそれを眺めていたハクエの感想だ。
 その証拠に、改めて視線を交わした二人は旧友との再会を懐かしむ、喜色に満ちた表情をしている。
「ほんと、久しぶりだな、フライヤ」
「ほんと、相変わらずじゃな」
 フライヤと呼ばれた彼女はやれやれといった風に微笑む。
 その時、頼んでいたスープが運ばれてきたので、ハクエは二人から視線を外すと食事に集中することにした。
「何年ぶりだっけ……」
「三年ぶりくらいかの」
 ハクエとフライヤの間に座ったジタンは、同じタイミングで運ばれてきたスープに口をつけながら呟いた。
 対するフライヤも、グラスの中身を傾けながら返す。
 三年前といえば、ハクエが旅に出たのもその頃だ。
「あれからどうなんだ? 見つかったのか、恋人の消息は?」
「だめじゃ、まったく……」
(……恋人の、消息)
 二人の会話に聞き耳を立てながら、彼女もまた誰かを探し求めているのだと知る。
 旧友の再会に水を差すつもりのなかったハクエは口を挟むでもなく静かに耳を傾けていたのだが、出てきた話題に思わず二人の方へ視線を向けた。
 すると、ジタン越しにフライヤと目が合う。
「ジタン、そちらは?」
「あぁ、今、理由あって一緒に旅をしてる、ハクエっていうんだ」
「ハクエ・レザイアよ。よろしくね」
「フライヤ・クレセントじゃ。ジタンと旅を共にしているとは、とんだ不運じゃのう」
「どういう意味だよそれ」
 ジタン越しに握手を交わしたフライヤの手はひんやりとしていて心地が良い。
 ごく自然な流れでハクエを労うフライヤに、ジタンは笑いながら彼女を小突く。気心知れた仲間のようなやりとりに、自然とハクエも笑みを浮かべた。
「しかし、また旅をしているとはのう。タンタラスに戻ったのではなかったのか?」
「んー、まぁ、ちっと色々と事情があってね」
「そうか……ハクエもか?」
「私は人探しの旅をしてたんだけど、成り行きでジタンと一緒になったの」
「ほぉ……人探しとな」
 彼女もまた、自分に興味を持ったらしい。
 僅かばかりに身を乗り出し、詳細を聞く姿勢に入っている。
 それを見たハクエは、新たな手がかりを求めて口を開いた。

「金髪赤目で黒いコートを着た男……か」
「見かけたことない?」
「残念じゃが……」
「そっか……」
「私も長く旅を続けている身。何か力になれればと思ったのじゃが……すまぬな」
「ううん、そんなことないわ」
 話している間に食べ終えたスープ皿をウエイトレスに下げてもらいながら、やんわりと首を振るハクエ。
 この三年間、どの街でも手掛かりを得ることが出来なかった情報なのだ。今更転がり込むとは到底思えないが、それでも芳しく無いフライヤの反応はハクエの心に若干の落胆をもたらした。
 聞けば、ジタンとフライヤは共に旅をしていた時期があったという。
 霧の大陸の大半は踏破したという二人の記憶にも、あの行方不明の男の姿は残っていないのだ。
 フライヤは先の反応の通りで、ジタンに尋ねてもしばらくの間を置いた後に首を横に振られてしまった。いい加減、探す当ても無くなってきたハクエはこれからどうしようかと視線を宙に泳がせる。
「そうじゃ、ハクエよ。その男は腕が立つのであろう?」
「うん、そうだけど?」
「ならば、狩猟祭に出てみるのはどうじゃ?」
「狩猟祭……」
「やっぱり、リンドブルムに来たのはそれが目的だったのか」
 そんなハクエの様子を見ていたフライヤがおもむろに口を開いた。
 狩猟祭という言葉に目を丸くするハクエと、合点いったという表情のジタン。
「うむ、狩猟祭には色んな所から腕に覚えのある者が集まるからな……」
「そうか……きっと見つかるさ。ハクエも、もしかしたらソイツが参加するかも知れないぜ?」
 リンドブルム狩猟祭。
 古来からこの国で行われている伝統行事で、年に一度、街の中に魔物を放ち、それを参加者が競って倒し合うという内容だ。
 それぞれの魔物にポイントが割り振られ、強力な魔物を倒せば高いポイントが加算され、有利になるという。優勝者にはリンドブルム大公直々に賞品を授けるという事もあり、国民からの支持も高い。
 それらの知識をハクエに与えた師匠も、暇であれば参加していたように思う。もっとも、何かしらの任務が入っていて出るに出れない事の方が多かったようだが。
 ……長期任務と言って行方知れずになっている今、まさか参加しているとは思えないが、ハクエに希望を持たせようとするジタンの心遣いは素直に嬉しかった。
「ジタンは参加しないの?」
「う〜ん……オレはパスね」
「なんじゃ、つまらん奴じゃのう」
「人に勧めておいて出ないのって、どうなのよ」
 けれど、それを勧めて来た割に、ジタン本人は出ないようである。
 ハクエとフライヤの顰蹙を受け、ぽりぽりと頬を掻いた。
「んー、なんか気乗りしないっていうか……あ、優勝したらハクエがチューしてくれるってんなら、オレも……」
「ねぇ、賞品って、結構豪華なんでしょう? 私は出てみようかな」
「ふむ、それは楽しみじゃの」
 続けられたジタンの言葉を当然のように流したハクエはフライヤを振り返る。
 ブルメシアの戦士であるフライヤは、先の会話の通り、数年前に消息を絶った恋人を探しているという。祖国を出てまでも、大切な人を探したいという彼女の想いはハクエのそれと全く同じで、出会って間もないながらも二人は奇妙な親近感を抱いていた。
 打ち解けるのが早かったのも、その共通点があったからこそなのかもしれない。
「……なぁ、国に帰るつもりはないのか?」
「ブルメシアに帰る理由もないじゃろ。それに、私にはもう必要のない国じゃ!」
 そういえば、と思い出したように問いかけるジタンに大きく首を振るフライヤ。
 そんな彼女を視界の隅に収めながら、ハクエも今後の事に思考を巡らせる。
(ダガーをリンドブルムに送り届けた今、師匠を見つけ出すまではアレクサンドリアに帰る理由がない。狩猟祭を終えた後、私はまたあの人を探す旅に出る……)
 単に一晩護衛をすればよかっただけの筈が、なんだかんだで長い道程になってしまった。
 しかし、シド大公にダガーを預けた今、ハクエの任務は終了しており、ジタン達と共に行動する理由もない。
 間もなく訪れるであろう別れに少しばかりの名残惜しさを感じながら、ハクエは二人の顔を見つめるのであった。



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