17:国境を越えて


 いやにあっさり倒すことの出来た黒のワルツに引っ掛かりを感じながらも、燃え残った『積み荷』を静かに眺めているビビを残して操舵室に戻ったハクエ達は目前に迫る巨大なゲートに圧倒されていた。
 なにせ、ゲートにはカーゴシップよりも大きな船が出入りしているのに、それらが豆粒のように見える程なのだ。
 この南ゲートをはじめ、霧の大陸各地に設けられたゲートは、今ハクエ達が向かっているリンドブルム大国の先代国王がかつて霧の大陸で起こっていた戦争を止めた後、現国王が和平の証に建設したという。
 霧機関を用いた飛空艇団など、その圧倒的な技術力は当時他の国にとっては大変な脅威であり、抑止力とするには十二分な設備だったのだと、かつて師匠が座学でくどくど長ったらしく説いてくれたのを思い出すハクエ。
 そして、そのついでに今更ながら重要な事も思い出した。
「この船、通行証は積んでいるのかしら」
「……ま、大丈夫だろ」
 ぽつりと呟いた言葉に反応したのはジタンだ。
 気まずげに視線を逸らしているあたり、彼もまた存在を忘れていたのだろう。とはいえ、引き返すわけにもいかないので、彼の言うように大丈夫であることを祈るしか無い。
 ハクエから視線を逸らしたジタンは舵を握ったままのダガーに近寄ると、グローブに包まれた華奢な手に己の手を重ねた。
「南ゲートは飛空艇の為につくられた巨大な国境の門だろ? だから高度ギリギリにつくられてる。つまり、あれをくぐるにはちょっとした腕と度胸が必要になる……代わろうか、ダガー?」
「私……最後まで、自分の手でやってみたい」
 ジタンの申し出に、しかしダガーは舵を握る手に力を込めた。唇をきゅっと引き結び、黒曜の瞳は凛と前を見据えている。
 ジタンは決意に満ちたその姿を穏やかな表情で見ていたが、ハクエは南ゲートに視線を戻す。
 あの先に、ハクエとダガーの目的地であるリンドブルム大国がある。紆余曲折と続いてしまった旅も間もなく終わりを迎えるのだと思うと、肩の荷が降りるような心地だ。
「そうだな……この船はゲートをくぐる予定にない船だ。下手すりゃ閉じられてしまうかもしれない。でも、劇場艇で来た時、チェックは甘かったからな。ま、たぶん大丈夫さ。ダガー船長!」
「ありがとう!」
 ジタンが茶化すと、ダガーは嬉しそうに笑った。それは年頃の少女そのもののあどけない笑顔であり、ハクエも思わず破顔した。
 エンジンの低い音が響く操舵室。このまま無事に南ゲートまで到達できるかと思っていた矢先。
「進路反転であります〜! 姫さま!!」
 甲板でビビの傍についていたスタイナーが、がしゃがしゃと鎧を鳴らしながら操舵室に駆け込んできた。
 カーゴシップの後方を指さす彼は切迫した表情でダガーに訴えかける。
「今すぐ舵を戻してください! 先の黒のワルツめが、妙な飛空艇に乗って後方から追ってくるのであります! あれは、何をしでかすかわからん勢いであります!」
「なんですって!」
 スタイナーの言葉に操舵室の外へ視線を向けるジタンとハクエ。
 示されるがままに船の後方を見れば、彼の言うとおり小型船がものすごいスピードでこちらに向かっており、そこには先程倒した筈の黒のワルツ3号が乗っているのが見えた。
 バチバチと雷を身に纏いながら急接近するその姿は薄ら寒いものを感じさせる。
「ダガー、おっさんの言うとおりだ! アイツが追ってきた! 全速前進で南ゲートに向かってくれ!」
「いいかげんな事を言いおって! ゲートが閉じたらどうするのだ!?」
「何言ってるんですか、進路反転したらあいつに捕まるわよ!」
「パワーだけのでっかい飛空艇が小回りの利く小型艇をかわせるかよ! あの3号を避けるのは無理だ! だったら逃げ切る、閉じる前にくぐる! それに賭けよう!」
 ジタンがそう言っている間にも、黒のワルツが操る小型艇は近づいてくる。
 強い魔力がびりびりとハクエ達の肌を刺し、否が応でも焦らせる。
「おっさん! あのレバーで最大出力にしてくれ! ダガーは舵を今の位置で押さえてくれ!」
「はい!」
「この出力なら迷わずいけばきっと間に合う!」
 ジタンが手元のスイッチを操作しながら素早く指示を飛ばす。有無を言わせない態度のジタンを睨むスタイナーだったが、カーゴシップ目掛けて放たれた攻撃にやむを得ないとレバーを引き上げた。大きく揺れる船体にダガーが慌てて舵を握り直し、その腕に力を込める。
 操舵室をダガーとスタイナーに任せたジタンとハクエは甲板に出た。
 ジタンの指示で最大出力まで引き上げられたカーゴシップのエンジンはけたたましく唸り声を上げ、がたがた揺れる船体は足元を安定させてくれない。
 両の足裏を甲板に張り付けるようにして踏ん張るジタンとハクエはいよいよ間近まで迫ってきた小型艇を振り返った。その先には、ただひとり甲板で立ちすくむビビ目掛けて今にも魔法を浴びせようとしている黒のワルツがいる。
「ハクエ! 迎撃できるか!?」
「任せて!」
 不安定な足場の中、素早く動き回るあの的を狙えるかというジタンの問いかけだったが、ハクエは不敵に笑ってみせた。
 強力な一撃を確実に撃ち込むという前提ならば、確かにジタンが心配するように安定した足場でしっかり狙いを定めて確実に撃ちたい所だが、そうも言ってられない状況下での打開策をハクエは有していた。
 背中からガンブレイドを引き抜きながら安全装置を外し、ポーチから普段装填しているマガジンよりも大きなそれを引きずり出して手早く取り付ける。
 そのマガジンを取っ手に両腕でガンブレイドを持ち上げたハクエは、一気に弾を放出すべくトリガーを引いた。
「ッらあああああっ!」
 反動で倒れてしまいそうになるのを、叫び声を上げながら踏ん張ることで持ちこたえる。
 けたたましく爆ぜる音と共に、弾倉に込められた弾を黒のワルツが操る小型艇へ向けてありったけ放てば、直撃こそ難しいものの幾つか掠った弾丸が機体に穴を開けた。
 接近した小型艇の側面に掲げられていたアレクサンドリアの国章に弾丸が撃ち込まれ一文字に傷を描き、ヒレのように伸びる装飾を撃ち落とす。
 もう少し上を狙えば黒のワルツに当たる。ハクエが反動で跳ねる腕を押さえ付けながら上へ引き上げようとするが、それよりも素早く動いた小型艇はハクエの弾幕をかわすべくその船体を大きく翻した。
 小型艇の動きに合わせて銃口の先を逸らせば、ジタンが慌ててビビを甲板に伏せさせる。
「とんでもない攻撃手段持ってるなおまえ!」
「弾の消費が激しいから、あんまりやりたくないんだけどねッ!」
 機関銃の如く次から次へと弾丸を放つそれは、かつて師匠がハクエにこの武器を与えた際、こういう使い方もできるが一瞬で弾が尽きるから余程の事が無ければやらない方 が良いと口添えしながら教えてくれた、謂わば一種のアビリティだ。
 あっと言う間に撃ち尽くして空になってしまったマガジンを棄て、次を装填しようとポーチに腕を突っ込む。しかし、黒のワルツはその隙を見逃さなかった。
「我の存在理由ハ勝ち続けルことのみ!!」
「あああッ!」
「ハクエ!」
 ハクエの弾幕から逃れつつ、手にした杖に溜め続けていた魔力を爆発させた黒のワルツは彼女目掛けてサンダラを撃ち落とした。
 狂ったように同じ言葉を繰り返し叫び続ける黒のワルツから放たれた、一切コントロールのされていない雷はハクエの身体を容赦なく貫く。
 思わず膝を付いたハクエに、黒のワルツは追い打ちを掛けるべく杖先を向けた。
「我の存在理由ハ勝ち続けルことのみ!!」
「ッ、しつこい男は嫌われるわよ……!」
「おねえちゃん……!」
 杖の先で蜷局を巻く炎はしかとハクエに狙いを定めている。それを避けたくとも、僅かに焦げた臭いの立ち込める身体は可視できるほどの電流が纏わりついて動いてくれない。
 あわや立て続けに攻撃を浴びてしまうかと思われた時、幼い雄叫びが空を裂いた。
「――ッファイア!!」
「ビビ……!」
 ビビの放ったファイアが黒のワルツを襲う。
 杖先で膨らみきった炎の塊目掛けて飛び掛かった炎はもろとも黒のワルツの眼前で爆発し、小型艇が大きく揺れる。
「ビビ、あぶない!」
 ハクエの危機を救ってくれたビビは、よろけたかと思うとそのまま甲板の上を転がった。慌ててジタンがそれを追い、縁の向こうへ投げ出されそうになっている小さな身体を掴む。
 自身もまた縁の向こう側へと乗り出したジタンの腕に抱えられたビビは気を失っており、引き上げようとしたジタンはバチバチと爆ぜる嫌な音に視線を後方へ投げる。
「我の存在理由ハ勝ち続けルことのみ!」
 ハクエに狙いを定めていた黒のワルツは、横槍を入れてきたビビとそれを支えるジタンに目標を変えたようだった。
 帽子に沈んだ表情の奥で、ビビと同じ黄色が不気味にぎらつく。しかし、その吊り上がった瞳はおよそビビとは似ても似つかない。
「あいつ、本当にしつこいぞ!」
「空気読みなさいよね……!」
 びりびりと痺れる身体を無理矢理動かしてジタンの元へ駆け寄ったハクエは、縁にべったり背をつけ身体を支えると再びガンブレイドを構える。痛みに悲鳴を上げる身体が動く事を拒否しようとするが、そんな事を言っていてはカーゴシップもろとも黒のワルツに墜とされてしまう。
 マガジンを取り付けたハクエが勢い良く眼前へ迫ってきた小型艇目掛けて我武者羅に弾丸を放つとエンジン部に当たった。
 煙を吹き上げながらがくりと高度を下げた船体は、黒のワルツの操舵によって無理矢理引き上げられると再びカーゴシップを付け狙う。
 ビビを抱えたままカーゴシップの縁にぶら下がっているジタンと、黒のワルツへ狙いを定めているハクエが船首へ視線を向ければ眼前には南ゲートが迫っていた。
 異常事態を察知したのだろう、他に飛び交っていた船は全て退避し、ゲートが閉じられ始めている。
 このままの勢いで突っ込んで、もしゲートに挟まれでもすれば間違いなく助からないだろう。しかし、先程ジタンが言ったように閉じる前に潜り切る事に賭ける他無い。
 前方には門を閉ざし始めた南ゲート。後方には執拗に追い掛ける黒のワルツ。
 失敗の許されない状況に、ジタンとハクエの背に嫌な汗が流れた。
「我の存在理由ハ勝ち続けルことのみ……!!」
 南ゲートの入口を潜る間際、ハクエ達を捉えた黒のワルツは杖先に魔力をかき集めた。
 高まる魔力は雷の焦げた臭いを漂わせ、ハクエ達目掛けて放たれるかと思われた。けれど、爆ぜた雷は黒のワルツの手を離れる前に小型艇のエンジンへ移っていった。
 ハクエが撃ち抜いた穴から機関部へ潜り込んだ電流は容赦なく爆発し、コントロール力を失った小型艇は黒のワルツを乗せたまま墜ちていく。
 その一方、カーゴシップはゲートが身を寄せ合わせる間際をすり抜けることに成功していた。

 縁からぶら下がったままのジタンとビビを何とか引っ張り上げたハクエは、そのまま甲板の上に倒れ込む。
 中級魔法をマトモに浴びたまま回復も疎かに動きまわっていたのだ。身体は限界を訴えていた。
「ハクエ、大丈夫か!?」
「うん、ちょっと疲れただけ。それよりも……」
 甲板の上にビビを横たえたジタンが慌てて駆け寄ってくる。
 背中に回された腕に甘んじて身を起こしてカーゴシップの外に視線を投げれば、後方でもうもうと煙を上げる南ゲートが見えた。内部で小型艇が爆発し、墜落したのだ。その被害は甚大だろう。
「……ま、なんとか抜けられたんだ。良しとしようぜ」
「……そうね」
 ビビを抱えて操舵室に戻ったジタンとハクエを心配そうな表情で出迎えたダガーは、あちこち傷を負い火傷まみれのハクエの身体をみて息を飲んだ。
 白魔道士の心得を有する彼女としては今すぐにでも治療に当たりたいのだろうが、それをやんわりと制する。
 追跡者の危機が去った今、慌てて治療する必要もないと判断したからだし、なにより彼女が自分の意志でリンドブルムへ舵を向けるのを邪魔したくなかったからだ。
 ハクエが応急処置でポーションを身体の傷に振りかける傍ら、意識を取り戻したビビを床に下ろしたジタンは操舵室に置かれている機関をじいっと見つめた後、俯いている一行をぐるりと見渡して明るい表情を作る。
「ちょっとムリさせすぎたみたいだな。どうしたみんな? 黙りこくっちゃって! 無事に3号を振り切ったんだ、もっと喜ぼうぜ!」
 無理にエンジンを吹かし、更に黒のワルツの攻撃を掻い潜ってきたのだ。
 見た目もさることながら、機関部から聞こえる不穏な音はさながらカーゴシップが限界を訴える悲鳴のようだった。
「南ゲート……あれでは当分動かないわ。ジタン、私……大変なことをしたのね……?」
「リンドブルムの技術ならすぐ直るって! 大丈夫!」
「逆にアレクサンドリア側からうかつに手出しができなくなって、良いかもね」
 項垂れるダガーを励ますジタンにぼそりと付け加えるハクエだったが、スタイナーはそれらの言葉に眉を吊り上げた。
「なにが大丈夫か! なにが良いものか! カーゴシップはガタガタ、積み荷はなくなり、南ゲートは損壊! あまつさえ、この自分が盗賊の片棒を担いでしまうとは……」
「隊長、そうは言いますけどね……こうでもしなきゃ、私たち今ごろ南ゲートに押し潰されてるか、カーゴシップごと墜落させられてましたよ」
「そうなったのも、姫さまを城から連れだそうと、誘拐しようと企てたからであろう!」
「私もジタンも、ダガーから依頼されてやっている事なんですけど?」
「なにを……!」
 がなるスタイナーに半目で返したのはハクエだ。
 いつか彼のいる場で説明したような気もするのだが、相変わらずスタイナーはジタンを極悪人と決めつけて掛かっているし、ハクエの行動をある種の裏切りだと考 えている。その認識を改めずに吠えるスタイナーにハクエは丁寧に返しているつもりなのだろうが、その言葉には刺が含まれただ彼を煽るばかりだ。
 どんどん剣呑になる空気に、ここで言い争っている場合ではないとジタンがハクエの肩に手を伸ばそうとするよりも早くダガーが口を開いた。
「スタイナー」
「はっ」
 ハクエを睨みつけていたスタイナーが姿勢を正してダガーに向き直る。
「あなたを巻き込むつもりはなかったの……でも、おかげで助かりました。感謝します。それに、ハクエも……危険な目に遭わせてしまってごめんなさい。でも、あなたがいてくれてよかった」
「なんと姫さま! もったいないお言葉です! ええい、こうなれば覚悟を決めました! 城にお戻りになられる日まで、このスタイナー、お供させていただきます!」
「何言ってるのよダガー、私は一度引き受けた依頼は最後までちゃんとこなすんだからね?」
「ふふ。ハクエのそういう所、あの方にそっくりですね」
 ダガーがくすくす笑うと、ハクエは困ったように肩を竦めてみせた。
 スタイナーはハクエへの言及を諦めたのか、それともダガーの身に余る言葉に感激しているのか定かではないが(間違いなく後者だろう)胸に握り拳を押し当てダガーへの忠誠を宣誓している。
 二人へ言葉を掛けたダガー本人は恐らく意識していないだろうが、ハクエとスタイナーの間に流れていた険しい空気は彼女のお陰ですっかり消え去っている。場を上手く収めてみせたダガーの手腕にジタンは内心舌を巻いた。
「ダガー、いいのか? こうなったらこのおっさん地の果てまでだってついてくるぜ?」
「ありがとう、ジタン。今、リンドブルムの正面門が見えてきました!」
「あれがリンドブルム城でありますか!? なんと巨大な……」
 茶化すジタンの言葉に微笑んだダガーは、ふと前方を示した。
 その先を見れば、霧の向こうに巨大な建造物がうっすらと見え始めている。いくつもの飛空艇が彼方此方からその建造物目掛け飛んでいき、またその中からいくつかの飛空艇が飛び立っていく。
 ぐるりと円を描くように連なる城壁は、突き抜けるように聳える一つの建物を除けば壁の外からでは中に何があるかなんて伺えないほどだ。
 先程くぐり抜けた南ゲートなんて比でない程の雄大さに、一行は言葉を無くし息を飲む。その様子を嬉しそうに見つめていたダガーは、まるで自分のことのように得意気に続ける。
「リンドブルムはお城の中に街があるのよ」
「ほぉ〜」
「相変わらず見事な建築ねぇ」
 あまりに巨大な城壁も、中に街があると言われれば納得がいくのだろう。スタイナーは口を開けてその見事な姿に魅入り、ハクエは感嘆の息を吐く。
 一方で、複雑な表情でハクエとダガーを見つめていたジタンの服を引っ張ったのはビビだ。
「……ジタン、ボクと……あの黒魔導士って呼ばれてた人たちって……、おんなじ、なのかな?」
「……」
 舵を握るダガーを除いた全員が、ビビの言葉に向き直る。
 俯くとんがり帽子の幼い少年は、つばの下で揺らめく黄色を不安げに揺らし、どこを見ていいのかわからない様子だ。
 黒のワルツの襲撃でそれどころでは無かったが、ビビはずっと自分そっくりな、まるで意志を持たない素振りの彼らに思い悩んでいたのだ。
 ジタンとハクエが掛ける言葉を探る傍ら、スタイナーはさも不思議と言わんばかりに首を傾げてみせる。
「ビビ殿も妙な事を言われますな。何を気にされているのか自分にはわからないのですが……」
「……『わからない』」
 スタイナーの言わんとする事が掴めないビビがそれを反芻する。虚ろにさえ見える黄色の瞳は、しかし続けられた言葉に揺らめいた。
「ビビ殿はビビ殿であって、彼らは彼ら。そうではありませんか? いったい、なんのことを……」
 きっと、その言葉は、事情を知らない彼だからこそ口に出来たのだ。
 スタイナーはダリの地下に広がっていたあの光景を目の当たりにしていないし、また彼ら黒魔導士たちをあくまで船員として扱っていた。
 操舵室からでは、『積み荷』として積まれていた黒魔導士たちが空へ投げ出されていたのもよく見えていなかったのだろう。
 それが功を奏したと言って良いのかはわからないが、少なくともその純朴な問いかけは暗く淀んでいるビビの心を僅かばかりに浮かび上がらせたのは間違いない。
 心底不思議そうな顔でいるスタイナーに、ジタンとハクエは顔を見合わせて頷いた。
「おっさん、良いこと言うな!」
「ホント、隊長もたまには良いとこ見せるんですね」
「?」
 合点言ったように頷くジタンとハクエにスタイナーは首を傾げていたが、二人はお構いなしにビビへ向き直った。
「何があろうとビビはビビってことさ! な?」
「そうそう、ビビとあの黒魔導士たちは、同じじゃないわ! ビビはビビだもの!」
「う、うん!」
 光明を差したスタイナーを置いてけぼりに話をまとめた二人は動き出した。
 沈んでいた空気を払拭すべく、わざとらしいまでに明るい声を上げたジタンに戸惑うビビの背を押すハクエ。
「よ〜っし、ビビ、甲板に出よう!」
「えっ?」
「リンドブルムの城下町、空から見たことないでしょう? すごく気持ちいのよ!」
「ほら早く! 正面玄関の天竜の門がすぐそこだ!」
 ジタンが先導し、ハクエに背を押されながら甲板に走り出たビビは、船首の先に広がる光景を見て息を飲んだ。
 リンドブルムをぐるりと囲む巨大な城壁。
 そのちょうど真正面に、ひとつの巨大な門が構えられていた。
 地から天まで一直線に伸びているようなその門に刻まれている竜を象ったリンドブルムの国章は、見方によっては門を伝って天へ登る竜のようにも見えるだろう。
 それが由来となっているのか、『天竜の門』とジタンが呼んだ巨大な門が彼方此方から飛んでくる飛空艇たちを出迎えるべく左右に扉を広げると、巨大な城壁にすっかり遮られていた眩い陽の光が差し込んでくる。
 そのまばゆさに視力を奪われながらもカーゴシップが門を潜り抜ければ、ビビはかつてダリの村で風車を見た時に上げたものと変わりない歓声を上げた。
「わぁ〜っ……すごい……!」
 まず視界に飛び込んだのは、城壁の外からでも見えていた巨大な建物が悠然とそびえる姿。
 その周りを数えきれないほどの飛空艇が飛び交っており、おなじ城壁の中にいると思えないほど小さく霞んでいるものさえある程だ。それだけでも十分にリンドブルムという国の凄さを実感出来るのだが、視線を下げたビビは再び歓声を上げる。
「すごい! 街があんなに小さく見えるよ!」
 ビビの言うとおり、眼下には城下町が広がっていた。
 先程ダガーが説明したように、リンドブルムという国は城壁の中に城下町を築いているのだが、それがアレクサンドリアの比でないほどに広大なのだ。無数に連なる家屋はいくつかの区画にわけられているのか整然と建ち並び、その街の中を巨大なレールが横たわって小さな飛空艇が行き交っている。
「ねぇ、ボク、早く街を探索しに行きたいな!」
 空から望めるリンドブルムをひとしきり堪能したビビは、くるりと振り返ると興奮冷めやまぬ様子でジタンとハクエを見上げた。その表情に先程までの陰りは見えず、にこりと細められた黄色の瞳が見せるものは無邪気にはしゃぐ少年そのものだ。
「そうだね、落ち着いたら、一緒に探索しにいこっか」
「うん!」
 ハクエの返答に満足したビビはカーゴシップの縁にもたれかかると再び城下町を眺め出した。
 それを微笑ましく見守っていたジタンとハクエは、やがて悠然とそびえる巨大な建物が眼前に迫っているのを見て表情を引き締める。
「あれが……リンドブルム城。私とダガーの目的地よ」
「ああ……ようやく着いたな」
 リンドブルム巨大城。
 城壁の外からでも見えるほどに圧倒的な存在感を放つその城は、その中部にある飛空艇用のドッグを大きく広げてハクエ達の乗るカーゴシップの訪れを待ち構えていた。



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