16:空路を往く


 まるで糸が切れたように、燻る腕を地に落とした黒のワルツは、やがて霧へ還っていった。
 薄気味の悪さを胸に抱えながら彼が伏していた場所を見続けていたハクエは、やがて静かに口を開いた。
「一体なんなのよ、こいつら……」
「黒のワルツ2号……本当に、お母さまが放った者なのかしら……?」
 ハクエの横に並んで焦げた芝生を見つめていたダガーは、彼がブラネの差し金である事が信じられないでいるようでぎゅうと手のひらを握りしめている。
 スタイナーがガシャガシャと鎧を鳴らしてそれを否定しているが、ハクエの思考は違う所に及んでいた。
(1号といい2号といい、私を見た時のあの反応は……まさか)
 他の者達へ向ける視線と違い、明らかに何かを聞かされている様子だった。
 ダガーやスタイナーはあれがブラネに遣わされた者とは信じ難いようだが、ハクエはそれが事実である事を裏付けるものを耳にし、また目撃もしている。
 氷の洞窟で聞いた奇妙な喋り方をする二つの声は幼い頃からアレクサンドリア城に訪れる度に嫌というほど聞かされていたし、またあの小さな足跡もそれら声の主の持つものと酷似していた。
 アレクサンドリアに仕える宮廷道化師の二人。
 ブラネから命を受けた彼らは黒のワルツをダガーの追っ手として宛てがったのだろう。そして、語らせる事のないように言い含めつつも、ハクエに対しても何らかの働きかけを命じているのだ。
 ブラネがハクエに対して執着しているものが何かだなんて、ハクエにはひとつしか考えつかない。
(……師匠)
 スヴェン・レザイア。
 ハクエの育て親であり、また彼女にあらゆる力と知識を叩き込んだ師でもある彼は、曰く「アレクサンドリアにご贔屓にしてもらってる」程の実力者だ。
 事実、庶民であるハクエが王女であるダガーと幼少の頃から親しく出来たのも、また護衛を付けていないブラネと対面で話せるのもスヴェンの存在があったからで、ブラネは昔から何かと彼に頼っている面があった。
 そんな彼が姿を消した当初こそ案ずる女王の表情をしていたが、昨年からその顔には欲望がぎらつき、そしてハクエに早く見つけ出すよう急かしはじめたのだ。
 様子のおかしいブラネ。彼女は間違いなく彼の類稀なる戦闘能力を欲しているだろう。
 先日ハクエが城に訪れた際にブラネが口走っていた「戦争」なんて、それこそスヴェンがいれば圧倒的に有利になる事は間違いないのだから。
 そのスヴェンが可愛がっているハクエを手中に収め、いずれ彼が戻ってきた時、戦争に協力するように交渉する為の切り札とするつもりなのだろう。
 全ては憶測の域を出ないが、そうでなければダガーのついでとはいえ、ブラネが追っ手を遣わせてまでハクエを求める理由が見当たらない。
(陛下……あなたは一体何を考えているの……)
「おい、ハクエ?」
「……うん?」
 思考を巡らせているうちにどうやら話は進んでいたようだ。
 反応を見せないハクエを不安そうに覗き込むジタンの顔が間近にあって咄嗟に後ずさるが、逆に背中に腕を回されて押し戻される。
「なにボーっとしてんだ、早くしないと船が行っちまうぜ!」
「え、う、うそ」
「ほら、急ぐぞ!」
 そのままぐいぐいと背中を押される先を見てみれば、静かに停まっていたカーゴシップにエンジンが掛かりプロペラが回り始めていた。
 ダガーとビビは既に船尾に備えられている梯子を登り切っていて、ハクエ達を待っている。しかし、その中にスタイナーの姿は見当たらない。
「隊長はどこに行ったのよ!」
「お前何も聞いてなかったのか? おっさんが船に乗せてもらうよう話つけに行ったら動き始めたんだよ!」
「はぁ!?」
 言いながら走り、梯子に飛びつく。
 離陸してしまう前に登り切ってしまおうと固い音を響かせながら梯子に手足を掛けていると、不意に太腿を掴まれた。
「ひゃ!?」
「おっ、柔らかい?」
 ぐにぐにと太腿を揉まれる、なんとも言いがたいぞわぞわとした感覚に視線を下げれば不思議そうな顔をして太腿を掴んでいるジタンがいる。
 そのジタンが掴んでいるものの正体を確かめるべくおもむろに顔をあげようとした瞬間、迷わずハクエの足は動いた。
「何してんのよバカ!」
「いてっ!?」
 旋毛目掛けて踵を落とし、上を見ようとしていた顔を強制的に下へ向ける。 
「早く手を離して! あと上を見ないで!」
「わ、わかったから! 足どけろって!」
 ハクエがそう言う傍からプロペラによって巻き起こされた風が彼女のワンピースを大きく捲り上げ、あられもなく中身を晒してしまう。
 両手で梯子を掴んでいるお陰で為す術もなく風に悪戯されるがままでいるしかないハクエは、僅かに頬を染めながら急いで梯子を登るのだった。
 離陸したカーゴシップは船体を揺らしながらゆっくりと空へ舞い上がる。
 巻き起こした風が草原をなびかせ、高度を上げるにつれどんどんダリの村が小さくなっていき、やがて見えなくなった。

「わざとじゃないし、そんなに怒らなくても……」
 船尾に備えられた、猫の額ほどの小さな足場の上、ジタンは手を擦り合わせてハクエの様子を伺っていた。
 言うまでもなく、太腿を思い切り掴んでしまったために損ねてしまった彼女の機嫌を直そうと画策しているのだ。
「……内心ラッキーとか思ってたでしょう」
「うっ」
「ジタン……あなたという人は……」
「ダガーまで……」
 なのだが、女性陣から浴びせられる視線はまるでブリザドのように冷たく鋭い。
 完全に自分に非がある為に下手な言い訳も講じられず、ジタンは勘弁してくれと言わんばかりに頭を掻いた。それを冷たい眼差しで見続けていたハクエは、やがてやれやれと首を振る。
「……まぁ、いいけど」
「ホント、悪かったって」
 どうやらお許しが出たらしい。
 ここで腹を立てていても、一度やらかしてしまったものはどうにもならないから諦めたというのが正しいのだろうが、引っ込められた怒気にジタンはほっと息を吐いた。
 ただし、ダガーから注がれる視線は冷たいままだが。
「……ビビ、大丈夫?」
「なんだか、すいこまれそう……」
 ジタンへの言及を諦めたハクエが、手摺を掴んで俯いているビビの背中に手を添えた。
 落ち込んでいるように思えたが、どちらかと言えば眼下に広がる光景に目を奪われているようだ。ぽつりと呟かれた言葉はプロペラの音に飲まれていく。
 一定の高度を保ちながら空を泳ぐカーゴシップの下には、一面に広がる霧があった。霧の下からでは空の色がわからないように、霧の上からだと地に何があるのかなんて全く見えない。
 ところどころそびえる山に立てられている旗の色と描かれた印によって飛空艇は大まかな現在地を把握しているのだろう。それ以外に見えるものといえば、どこまでも広がる青空が綺麗だった。
「中に入りましょう、ビビ」
 そんなビビに言葉を掛けたダガーは、船内へ続く扉を開けてビビを促す。
 ビビが扉の中に入り、自身も後に続こうとした時、思い出したようにジタンを振り返る。
「……ジタン。私、あなたを信じていますから」
「オレって、まだ信用されてないのかね……」
「さあ……」
 言うなり閉められた扉を見つめながら呟いたジタンに、ハクエはやや投げやりに返す。
「ま、ここでがんばりゃ、熱いチューのひとつでも……」
「懲りるって言葉を知らないの?」
「そんなにヤキモチ妬かなくっても、ハクエがしてくれてもいいんだぜ?」
「はぁ……」
 先ほどのセクハラ紛いのやり取りは彼の中では既に無かったことになっているらしい。
 いつもの軽い調子でハクエに向けて腕を広げてみせたジタンだったが、勢い良く開かれた扉に視線を向ける。
 ジタンにやや呆れた視線を投げていたハクエも扉に視線をやれば、ダガーが青ざめた表情で顔を覗かせていた。
 それを見たジタンが何故か期待に胸膨らませたような顔をしていたが、無視してダガーに声を掛ける。
「どうしたの?」
「ジタン、ハクエ……!」
「どうした、何かあったのか!?」
「ビビが……」
「ビビ!?」
 ダガーの切迫した表情に、ジタンもふざけている場合ではないと察知したらしい。それ以上言葉を続けられないでいるダガーの横を通り抜け、船内に入る。
 エンジンの音が低く響くその部屋にいるものを見て、ジタンとハクエは息を飲み込んだ。
「……これ……」
「驚いたな……動いてる」
 ダリの地下で目撃したばかりの、ビビそっくりに造られた黒魔導士の形をした人形。それが、目の前で動いている。
 黙々と機械をいじり、何かしらの作業を行っている様子で、ビビはそんな人形たちに声を掛けているようだ。
「あ、あの……」
「ダリの村でつくった人形を、同じ人形が運んでいるのか……」
 ジタンが声を潜めつつもそう言い、ハクエとダガーもそれに頷く。
 ダリの地下でレールに運ばれていたそれらは、ビビの声が聞こえていないのか話しかけても無反応だ。それでもビビはめげずに声を掛け続ける。
「こんにちは……」
「ビビ……」
「あ、あの……」
「ビビ!」
 いっそ痛々しいほどのビビの姿にジタンが声を荒げると、ビビはゆっくり振り返った。
「話はできたのか、ビビ?」
「ううん。だって、ボクのこと、見えてないみたいだったから。何度も、何度も、話しかけたけど、振り向いてくれないから」
「ビビ……」
 ぽつり、ぽつりと呟くビビの両肩にハクエが努めて優しく手を置く。
 しばらく言葉に悩んでいたハクエだが、柔らかく微笑む。
「……みんな、きっと作業に夢中で周りの事が見えてないのよ」
「ハクエ……」
 そんな訳ない。
 ダガーはそう言いたげな表情をしていたが、ハクエがビビを思い遣っているのだとわかる為に何も言えないでいる。
「わるいけど、ちょっと上に行かなきゃならないんだ。放っておくと城に着いちゃうからな」
「ジタン……」
「ビビの事、頼むよ」
 そんな三人の様子を見ていたジタンが、わざと明るい声でおどけたように甲板に出ることを告げた。ハクエとダガーが頷き、ビビもワンテンポ遅れながらも頷く。
 それを見たジタンが奥の梯子を登って甲板へ上がっていくと、ダガーとハクエはビビに向き直る。
「何のためにこんなことを……」
 呟かれたダガーの声は、エンジン音が響く部屋の中でいやに鮮明に聞こえたように感じた。
 それに返す言葉を持っていないハクエは、代わりにビビ肩をぽんと叩く。
「ねえ、甲板に行ってみる? 外の景色がもっと良く見えるよ」
「……うん」
 この船の行き先はアレクサンドリアだという。
 今はジタンがリンドブルムへ向かわせるべく甲板で色々と手配をしているのだろうが、船内の壁に掲げられている印章はアレクサンドリアのものだ。
 このカーゴシップはダリで生産した人形たちを城へ運ぶためにアレクサンドリアが貸し出した、城所有の船なのだろう。
 何のために、この人形をわざわざダリの村で大量に生産させ、城に運び込んでいるのだろう。
 ハクエの脳裏に戦争という二文字がちらついたが、見る限りではこの人形たちが意思を持って戦う姿は想像できない。
 何のために……さきほどのダガーの言葉を、ハクエは胸中で繰り返した。

 その時、にわかに船体が激しく揺れた。
 ふらついたビビを支えるハクエは窓の外に見える景色が勢い良く流れていくのを見て、船が大きく旋回している事を知る。
「どうやら、ジタンが上手くやってくれているみたいね」
「ジタン……」
 不安げな表情をしていたダガーに声をかければ、安心したように息を吐く。
 船体が安定したのを見計らって甲板に出れば、なにやら黒魔導士の人形たちが操舵室に集まっていた。
 操舵室の中でジタンとスタイナーが言い争っている様子が伺え、黒魔導士たちはそれをぼんやり眺めている。
「なんであんなに集まっているのかしら……?」
「こちらへ向かってきます」
 黒魔導士たちに気付いた様子のスタイナーがジタンに何かを叫んでいるが、黒魔導士たちはくるりと身体の向きを変えハクエ達の元へやってくる。
 異様な光景に思わず構えるハクエだったが、にわかに漂った魔力の気配を感じ咄嗟にダガーとビビに覆いかぶさった。
「ダガー、ビビ!」
「きゃあ!」
「うわあっ」
 ハクエが突然覆いかぶさった事で二人はバランスを崩して後ろに倒れ、三人が立っていた所に雷撃が走る。
 ビクリと身を強ばらせたダガーとビビを後ろに庇って立ち上がったハクエは眼前に降りてくる気配を睨み上げた。
「ちぃ、外したか」
「あなたは……!」
 音もなく船首に舞い降りた者は、黒のワルツ2号と酷似していた。
 自身の背丈と同じくらいの長さの杖を持ち、それに僅かにまとわりつく電流が先ほどの雷撃の犯人である事を物語る。
 ハクエの後ろに庇われているビビを冷たく見下ろし、耳につく笑い声を上げる。
「どんなヤツが2号を倒したかと思えば、貴様のような小僧とはな! この黒のワルツ3号の敵ではないわ! カカカカカ! 姫、そしてハクエよ! 邪魔なやつらを始末するまでそこで待っていろ!」
「……!」
 ついにハクエをダガー同様城へ連れて行く宣言を下した黒のワルツに、ハクエは表情を硬くする。
 その時、ハクエ達の周りに黒魔導士たちが集まりはじめた。入れ替わるようにしてじりじりと操舵室まで後退するハクエ達。
 布張りの靴が甲板を静かに踏みしめ、声も無く表情も無く集まった彼らはただただ静かに黒のワルツを見上げる。
 何をする訳でもなく、じいっと見上げてくるその姿に黒のワルツは不愉快だと言わんばかりに舌打ちをした。
「まさか、庇うつもりか? ……気に入らん。何も考えられないただの作り物が一人前に小僧を守ろうというのか?」
 言いながら、杖に魔力を集中させる。
 しかし、それでも黒魔導士たちは微動だにしない。
「ええい、そこをどけ! この黒のワルツに逆らうつもりか! おのれ、黒魔導士兵ふぜいが!」
 言い切った瞬間、杖から雷撃が迸る。
 それはバリバリと嫌な音と共に爆ぜながら甲板を縦横無尽に走り、辺りを容赦なく焦がしながら黒魔導士たちを吹き飛ばしていく。
 魔法を直に浴びて身を焦がされようとも、爆風を浴びて吹き飛ばされようとも、果ては甲板から空へ放り出されても表情ひとつ変えない黒魔導士たち。
 ちりちりと焦げる臭いが鼻をつき、強い魔力を感じる肌はびりびりと僅かな痺れを訴える。
 けれど、ハクエ達にはただ呆然と見ることしかできなかった。
 雷撃が積み荷に直撃し、炎が上がる。燃えた蓋が外れ、その中に入っていた黒魔導士たちが空へ滑り落ちていく。
 次々引火する積み荷は全てカーゴシップから落ちていき、やがて黒魔導士たちは一人残らず落ちていってしまった。最後まで、抵抗することも、何をすることもせずに。
 それを呆然とみつめていたビビが、ふと甲板の隅に引っかかっている帽子を見付けた。はためくそれの持ち主はとうに落ちてしまっているのだろう、虚しく揺らめいている。
 それを嘲笑うかのように黒のワルツが杖を揺らすと、甲板を這い回っていた雷が帽子を襲い、弾かれるように飛んでいく。
 風に煽られるままに宙を舞った帽子は、あっと言う間に見えなくなってしまった。
「な、なんたる非道……!」
 同じくそれを見ていたスタイナーが、怒りに声を震わせる。
 するとビビの身体が光に包まれ、幼い叫び声が甲板に響き渡った。
「…………ぅぅわあああああっ!!」
「ビビ殿! 助太刀いたす!」
「おい、おまえら!」
 感情の昂ぶりによって引き起こされるトランス。
 激昂したビビは杖を強く握り締めると、船首へ向かって走り出した。すかさずスタイナーが後を追い、二人は黒のワルツと対峙する。
 更にそれを追おうとしたジタンだったが、ふと足を止めてダガーに向き直ると真剣な面持ちで口を開いた。
「ダガー!」
「は、はい」
「黒のワルツはオレたちがなんとかする。それまで舵を支えててくれ。……これから危険は増えるだろう。でも今なら、まだ戻れる。このまま国境の南ゲートに進むか、舵を戻して城に帰るか、ここはダガーが自分で決めるんだ! どっちにしてもオレがついてる! 船をふらつかせないように頼んだぜ!」
 ジタンの言葉に息を飲んだダガーは、しかし力強く頷いた。
 海のように深い青色の瞳を、強い意志を秘めた黒曜の瞳が見つめ返す。それを受けたジタンは、ニッと口の端を上げて笑ってみせた。
「気をつけて、ジタン!」
「まかせろ! ハクエもここで待っててくれ!」
「何言ってるの、私だって戦うわよ!」
「おい!」
 ダガーの隣で二人の会話を静かに聞いていたハクエが、ジタンの言葉を聞くなり背中からガンブレイドを抜き片腕に収める。
 そのまま操舵室の出口に手を掛け、引きとめようとしたジタンの声に振り返ると、不敵な笑みを浮かべダガーを見た。
「ダガー。私はあなたがどんな道を選んでも絶対にあなたを守ってみせる。どんな危険も、私がこの銃剣で振り払ってみせるわ。だから、今のうちに、どうしたいかをしっかり考えて、そして決めて頂戴。私は、どこまでもあなたに着いていくから! ……ジタンだけに美味しい思いはさせないわよ?」
「お前だって狙われてるんだぞ? わかってるのか!?」
「あら、私がそんな程度で大人しくしていられるように見える?」
「はぁ……よし。行くぞ、ハクエ!」
「えぇ、任せて頂戴!」
 ビビとスタイナーに加勢すべく彼らの横に並べば、黒のワルツは不気味な笑い声を上げて一行を見下ろした。
「おまえら、一体何者なんだ?」
「ほう……取り巻きが揃ったか。これは好都合だ」
「答えないつもりか!」
 噛み付くように叫ぶジタンを見下ろす黒のワルツは、再び杖に魔力を集め始める。
「死にゆく貴様らが何を知っても無駄であろう? カカカカ! 任務を邪魔するものは全て排除する! ――暗雲に迷える光よ、我に集いその力解き放て、サンダラ!」
「闇に生まれし精霊の吐息の凍てつく風の刃に散れ、ブリザド!」
 言うが早いか、黒のワルツが放ったサンダラを、ビビが素早く発動させたブリザドを壁のように聳え立たせることで防ぐ。
 強い雷撃を受けた氷壁は一瞬で崩れ去るが、ビビは立て続けに魔法を放った。
「ブリザド!」
「なっ……!?」
 無詠唱どころか、術式の展開すら見せずに再びブリザドを放ってみせたビビに油断していた黒のワルツは氷の刃をもろに浴びる。それを好機とばかりにジタンとスタイナーが黒のワルツ目掛けて走り出した。
「いくぜおっさん、ビビが魔法を使えるように援護するんだ!」
「言われなくともわかっているのである!」
 トランスの影響か、ビビが魔法を二回連続で放てる姿を見た二人はメインアタッカーをビビに据える事にしたようだ。
 ビビ目掛けて魔法を撃とうとしていた黒のワルツに斬り掛かり詠唱を中断させる。
「小癪な……しかし、これで手出しできまい!」
 纏わり付く二人の前衛に舌打ちをした黒のワルツは宙に飛び上がり距離を取った。飛んだまま船首よりも後ろに下がれば、ジタン達は迂闊に手出しを出来なくなってしまう。
 ジタンとスタイナーが歯噛みをする様をせせら嗤い、改めて杖に魔力を集めようと腕を掲げる。
 しかし、黒のワルツ3号はビビ以外にも遠距離攻撃の手段を持つ存在がいることを失念していた。黒のワルツが悠々と詠唱をしている最中、彼女の放った弾丸は鋭く腹部を貫く。
「まさか、それで安置を確保したつもりでいるのかしら?」
「ぐッ……!」
「ナイスだぜ、ハクエ!」
 再び詠唱を中断された黒のワルツは腹部を抑えてよろめいた。
 ビビの隣に立って真っ直ぐにガンブレイドを構えたハクエが不敵に笑ってみせれば、ジタンとスタイナーがすかさず黒のワルツを引き摺り下ろす。
「ビビ殿!」
「――ファイア!」
 スタイナーが長剣を振りかぶって甲板の上に叩きつけ、ジタンが短剣を刺して身動き出来ないよう縫い止める。ハクエが撃った弾は握っていた杖を弾き飛ばし、黒のワルツは為す術も無くもがく。
 そこへ詠唱を終えたビビの放つファイアが容赦なく襲いかかり、カーゴシップ中に絶叫が響き渡る。しかし、それだけでは終わらない。
「あんな酷いことをして、許さないッ……サンダー!」
 感情を爆発させたビビが魔力いっぱいに放ったサンダーは剣のような鋭さをもって黒のワルツに突き刺さり、激しい雷撃がその身を焦がす。
 身体のあちこちを燻らせた黒のワルツはふらふらと後退し、力なく船首から落ちていった。
「……倒したのか……?」
「ビビ……大丈夫?」
「うん……」
 敵を倒したことでトランスするほどに昂っていた感情を落ち着けたビビは、ぺたりと力なく座り込んだ。隣にしゃがみこんだハクエは労るように肩に手を置いてゆっくりと擦る。
 ジタンとスタイナーもそれぞれ鞘に剣を収め、ビビの元へやってくる。
 そうして一行が改めて船首を振り返れば、その先にそびえる山に築かれた巨大なゲートが見え始めていた。
 大きく口を開けたゲートは飛行船の高度に合わせて建設されており、幾つもの船が出入りしているのが見える。
 アレクサンドリア領とリンドブルム領を繋ぐ空の関所、南ゲートである。



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