15:それは悪い夢のようで


 薄暗い地下道を、壁に打ち付けられた松明やランプの灯りを頼りに進むハクエ達。
 怪しい雰囲気こそ漂わせているが、よくよく見てみれば打ち付けられた梁や足場の悪い所に敷かれている床板はまだ新しく、比較的最近作られたということが伺える。
 相当急ごしらえだったのだろう、必要最低限の整備しかされていない道の天井から長く垂れた鍾乳石に先頭を歩くジタンがぶつかりそうになり、その度に後ろの二人に注意を促しながら奥へ進んでいく。
 そうして狭い道を抜け、木箱が乱雑に積み上げられた物置を抜けると石畳が綺麗に敷かれた部屋に出た。
 部屋の奥には大きな霧機関が備えられており、その隣から伸びる橋はこのダリの地下にまだ続きがあることを示している。
「なんだ、ありゃ?」
「あんな霧機関、地上じゃみなかったわよ。それに、これは……?」
 眉を潜めるジタンとハクエ。
 重い音を響かせて稼働する円柱状の大きな霧機関からは動力である霧の匂いが濃く漏れており、下部に開かれた小さな穴から卵のようなものがレールに乗せられて隣の橋に沿うように次々搬出されていく。
 その卵はぬめりを帯びた半透明の乳白色の殻を持ち、中身がうっすらと黒く透けていてなんとも不気味だ。しかし、ここからではその中身が何なのかはわからない。
「あの、ジタン、ハクエ……」
「どうした?」
「……泣き声が……」
 後方で立ち止まっていたダガーの言葉に口を噤んで耳を澄ましてみれば、ビビの泣き声が近くから聞こえてきた。
「……ビビ?」
「ジタン!?」
 くぐもった幼い声がダガーのすぐ横から聞こえてくる。
 一見、そこにはなにもないように見えたが、よくよく見ると細長い木箱がかたかた揺れていた。ジタンとハクエが駆け寄り、木箱に触れる。
「ビビ、そこにいるのね?」
「ひどい……」
 険しい表情で木箱をなぞるハクエと、口元を抑えるダガー。
 ジタンはハクエの手を退かせると、木箱の割れ目に指を掛けた。
「話は後だ。ちょっと待ってろよ〜今開けてやるからな……っよし、開いた!」
 ジタンが力任せに木箱をこじ開ければ、案外簡単にそれは壊れた。
 留め具ごと破壊したことで木の板がからからと乾いた音を響かせながら床に散らばり、中からビビが出てくる。
「ビビ……!」
 あまりにも怖かったのだろう、震えているビビの身体をハクエが優しく抱き締める。片腕を背中に回し、もう片方の手で帽子の上から頭を撫でる。
 怯えた表情を見せていたビビもまたハクエにしがみつき、震えが収まるのをじっと待っている。
「なぁ、何があったんだ?」
「ジタンと別れた後、男の人に無理矢理連れて来られたんだ……『動くな』って言われたからボク、すっごく恐くて、恐くて……『なんで外にいたんだ?』『カーゴシップはまだ来てないのに』って聞かれて……ボク、何のことだかわからなくて、答えられなくて、黙ってたら、『今日の分に入れておこう』……って」
「それで、あの箱に入れられていたの……?」
 ビビの震えが収まるのを待ってジタンが話しかける。
 怯えながら語る内容は、不穏どころか明らかに異様だ。抱き締める腕に力を込めるハクエの脳裏には、ダリに来てから感じていたいくつもの違和感が駆け巡っていた。
 宿屋の主人がビビへ向けた目。
 道具屋でエブとヤチャが交わしていた会話。
 先ほどの村の男達の言葉。
 そして、ビビの語る、彼が受けた仕打ちの実態。
(……まるで、まるでビビのことを……)
 まるで物のように扱っているみたいではないか。
「……でも、無事でよかったよ。いいか、ビビ。これからは黙ってちゃダメだ。そうだな……いざというときは自分から大声を出してみるんだ」
「自分から……?」
 ハクエの腕の中にいるビビがジタンを見上げる。
 それと視線を絡めたジタンは得意気に笑って握り拳を作ってみせた。
「ああ、たとえば……いい加減にしろよなコノヤローッ! って、感じかな。相手を驚かすだけじゃない、勇気もでてくるぜ!」
「なんて言葉を教えるの……」
「勇、気……」
 あまり大声を出すわけにもいかない為、振り上げた拳にこそ力がこもっているものの、その声は小さい。
 きょとんと見上げるビビとダガーに半目で見るハクエ。特にダガーにとっては耳慣れない言葉だったのだろう、不思議そうに目をぱちくりさせている。
 身分を隠して言葉遣いを改めている最中とはいえ、ダガーのような女の子は勿論、ビビのような子供にジタンの汚い言葉遣いを覚えられるのはいただけない。ハクエはビビの両肩に手を乗せ微笑んだ。
「コノヤローなんて言わなくても、お腹に力を込めて大声を出せば何でもいいよ。とはいえ、もうビビをそんな危険な目に遭わせたりしないけどね」
 念を押すようににっこり目を細めれば、安堵の息が返ってきた。大分落ち着いてきたらしい。
「ところで、ビビに頼みがあるんだ。奥をちょっと調べて行きたいんだよ。ビビは嫌かもしれないけど……」
「ジタン、ボクもここがなんなのか知りたい。あれが……なんだか、とても気になるんだ」
 躊躇いがちに言うジタンだったが、ビビは不安げながらも同意した。ぐるりとジタン達の顔を見回し、じっと見上げる。
 その拳が硬く握られている事に気付いたジタンはビビの背中を元気付けるように二度叩くと、わざと明るい声を上げた。
「よし、じゃあみんなで行こう!」
 大きな霧機関の隣から伸びている橋を渡っていると、チョコボの鳴き声が聞こえてきた。少し進んだ先には、大きな滑車の中でひたすら歩き続けているチョコボの姿が見える。ちょうどチョコボの視線の高さに合うように彼らの主食であるギサールの野菜が吊り下げられており、それに喰い付きたくて足を動かしているようだ。
「なんか、大層なモノ置いてる割に動力は原始的ね……」
 急ごしらえに造られた様子の地下道のように、肝心な所以外は手抜きなのだろうか。
 滑車はどうやら先程見かけた霧機関のレールを動かすために置かれているようだ。チョコボが足を動かす度にがらがらと音が鳴り、それに合わせてレールが動いて卵が運ばれて行く。
(設備を整えきれないほどの村が、なんでまたこんな工場みたいなものを……?)
 ハクエが抱いた疑問は、しかしすぐに解消された。
 チョコボの入っている滑車を横目に進んだ先、そこには信じられない光景が広がっていたからだ。
「う、うわっ、なに、これ!?」
 ビビが怯えたような声を上げた。ダガーが息を飲み、ジタンが訝しげな顔で『それ』を見上げる。
 天井近くに伸びる細いレール。
 そこに等間隔にフックが走り、先端には力なく垂れ下がる人の形をしたそれ。
 それはとんがり帽子を目深に被り、黒魔導士のローブを身に付けフックの動きに合わせてぶらぶらと揺られている。
 それらを吊り下げているレールの出処を辿ればハクエ達がやってきた所から伸びており、さらに目を凝らせば先程卵が流れていたレールへ続いている事が確認できた。
 ……ようは、先ほどの部屋で霧機関から産み出されていた卵の中身なのだ、これらは。
「……こいつは、細かいところは違うけど……」
 後に続く言葉を発せられないジタン同様、ハクエも言葉を無くしていたが頭の中は嫌に冷静だった。
 ダリの村に訪れてからの言い様のない違和感が、ここに来てすべて集約されていく。そして、それはにわかには信じられないような一つの解をハクエに与えようとしていた。
それを代弁するように、震えるビビの声が虚しく響く。
「な、なに……これ……人形……?」
 ――人形。
(……そんなわけない。だって、この子は、ビビはこうして感情豊かに生きている……)
 そう思うのだが、何故かそれを口にする事は躊躇われた。
 ハクエの眼前で項垂れている小さな背中。その胸中は何を思い、何を考えているのだろう。
 他にビビに掛ける言葉が見つからずに俯くハクエだったが、にわかに耳に入ってきた足音に顔を上げる。
 ジタンもそれに気付いているようで、すぐ隣で口元を抑えているダガーの肩を掴んだ。
「そんな……これを、お母さまが……?」
「ダガー! ……仕方ない!」
 足音はすぐそこまで迫っている。
 ジタンがダガーの肩を何度か揺さぶって見るものの、黒魔導士達を見つめたまま動かない。業を煮やしたジタンがダガーを抱え上げ、ハクエもまたビビを素早く抱き上げる。我に返った二人が声を上げかけるが、それぞれ口を塞いで黙らせる。
「わっ……むぐ」
「キャ……ん〜!」
「ゴメン、でも静かに!」
「ジタン、こっち!」
 手近に見えた物陰に隠れるジタンとハクエ。ようやく状況を把握してきたビビとダガーを離し、じっと息を潜める。
「なぁ! 今、なんか騒いだかい〜?」
「いんや〜なんもないよ〜」
 足音はハクエ達が身を潜めた物陰のすぐ近くで止まり、それがのんびりとした男の声を発すると少し離れた所から女の声が返ってきた。どちらも地上では見かけなかった大人達のようだ。
「そっか〜ならいいんだ〜。そろそろ時間だ〜、急いでくれよ〜」
「あいよ〜!」
 彼らはここで働いているらしい。
 男が女に何か指示を出し、女がそれに返事をしたと思うと頭上から何かが降ってきた。
「きゃあ!」
「わわっ!?」
「ジタン、ハクエ!?」
「うわあっ!」
「ビビ! きゃっ!」
 がこ、と固い音がしたかと思うと視界が遮られる。手を伸ばしてまさぐると何枚かの板切れによって囲まれているようだ。
 板切れの隙間から差し込んでくる仄かな光を手掛かりに様子を伺えば、樽に閉じ込められた事がわかった。足元が僅かに揺れ、隙間から伺える外の景色が流れて行く。どうやら運びだされているらしい、ごとごと樽が揺れる。
「みんな、大丈夫か?」
「えぇ、なんとか……」
 すぐ傍からジタンの声が聞こえ、それに応えるダガーの声が続いたが、樽で隔てられているようでその声は少し聞き取りづらい。
「ジタン……」
「ん? その声はハクエか?」
 樽に触れていた手を離し、ジタンの声がした方へ伸ばすと何やらふさふさしたものに触れた。人の身体にしてはやたら毛深いそれを掴んでみるとそれはピクピクと動く。
「あの、ハクエちゃん、そんなに尻尾を触らないでほしいんだけど……」
「あ、これ尻尾だったの」
 すりすりと指を動かして感触を確かめていたら、伸びてきた手に止められた。
 暗闇に慣れはじめた目と差し込む光を頼りに視線を巡らせると、顔を赤くしたジタンと目が合う。手元を見てみればそれは確かにジタンの腰から伸びている尻尾で、ハクエの手の中で困惑したように揺れていた。
「ごめん、つい気持ちよかったから」
「尻尾は弱いんだ……勘弁してくれ」
 しばらくふさふさした感触を楽しんでいたのだが、ジタンが本気で困りはじめていたので放してやる。
 すると深く息を吐く音が聞こえ、掴まれていた腕が引っ張られた。
「わ、ちょっと」
 ぼふ、と軽い音と共に腕の中に引き込まれる。
 見上げれば目の前にジタンの顔があり、その目はハクエの顔を真剣な眼差しで見つめていた。
「なぁ、ハクエ……」
「……ビビの事ね」
 先程よりも幾分か声を潜めたジタンの様子にハクエも声を潜める。
 ここまで密着しないと声が樽の揺れる音にかき消されてしまいそうだし、大きな声で喋れば樽を隔てた向こう側にいるビビとダガーに聞かれてしまうと思ったのだろう。
「ハクエはアレをどう思った?」
「わからない……でも、ビビとは何の関係もない筈よ」
「……オレもそう思いたいな」
 二人の脳裏につい先程の光景が浮かび上がる。
 霧機関から産み出された卵から『製造』されていたあれら。細かい部分こそ違うものの、大まかな部分はビビそっくりだったあれらは一体なんなのだ。
「……正直、オレだってあれをどう受け入れたらいいかわからないんだ」
「そんな事言わないで、ジタン。今、一番戸惑っているのはビビなんだから」
「わかってるさ。……とりあえず、コレが落ち着いたら樽から出る方法を探さないとな」
 ぎゅ、と掌を握るハクエ。
 兵に追い掛けられプリマビスタの舞台に駆け上がり、混乱のあまりファイアを放ったビビを咎めたのが出会いだった。魔の森ではダガーを心配し、魔物が怖いだろうに自分の持つ魔力を役立てようと着いてきてくれた心優しい子供。そして、昨日の夕方にダリの空を泳ぐ風車を見た時の屈託の無いあの笑顔。
 あの表情が、あの行動が、人によって造られた物が見せるものだとは到底思えなかった。
「……ビビは、ビビよ」
 絞りだすようなハクエの声は、誰に届くこともなく樽の揺れる音にかき消された。

 しばらく樽が揺れるがままに身を委ねていたら地上に出たらしく、板の隙間から陽の光が差し込んできている。
 外の様子を伺っていたジタンとハクエは、村人の声が遠ざかっていったのを確認すると樽に手を当てた。狭い樽の中でごそごそ体制を整えると、顔を見合わせ頷く。
「せーので行くぜ、ハクエ」
「えぇ、いつでもいいわよ」
「せーのっ!」
「おおっ! 樽が喋った!?」
 タイミングを合わせて内側から樽にぶつかると、樽は大きく揺れた。
 外で聞き覚えのある声がしたような気がするが、ジタンとハクエは再び顔を見合わせる。
「よし、もうひと息だ!」
「えぇ!」
 再び大きく樽に身をぶつければ、ようやく樽が横に倒れてくれた。その衝撃で天蓋が外れ、草の上に転がる。
「おごっ!」
 地面ではない、何か硬いものにぶつかる音と何やらくぐもったような声も聞こえたような気がしたが、ようやく開けた視界にジタンとハクエは外に這い出る。
 どうやら村の外れに連れて来られたようで、近くには昼間ダガーと訪れたこぢんまりとした畑があり、村の外に向かって大きく広がる草原の上には小型飛空艇のカーゴシップが停まっていた。
 そして、何故か足元ではスタイナーが樽の下敷きになっている。
「隊長、こんなところで何してるんですか」
「そ、それはこっちのセリフである……」
 立ち上がろうとするスタイナーに手を貸すハクエ。それを甘んじて受け立ち上がったスタイナーは鎧に付着した土草を軽く払う。
「ダガー、ビビ、どこだ?」
「……ここです」
「待ってろ、今開けてやるからな」
 ジタンとハクエが入っていた樽の他にもいくつかの樽が並べられており、ジタンの声に反応を示した樽の隙間に短剣の刃先をねじ込み蓋をこじ開ける。
 中に入っていたダガーとビビの手を取って樽から出るのを手伝うと、樽から出た二人は項垂れた様子でいる。樽の中からダガーが出てくるという異常事態にスタイナーは眉を吊り上げてジタンを睨んだ。
「姫さま、これは一体どうなっておるのですか!? さてはこの男が、良からぬことを企んで…!」
「静かにして、スタイナー」
「はっ……」
 いつものようにジタンに掴みかかろうとするスタイナーだったが、ダガーに咎められると素直に口を噤んで姿勢を正す。
 状況が掴めないスタイナーを静かにさせたダガーは項垂れたビビを見て両手を握り合わせ視線を落とした。
「ジタン、わたくしビビに言うべき言葉が見つかりません。城とビビに関係があったなんて……」
「決まった訳じゃないさ……とにかく、ビビの傍にいてやろう」
 視線を落としたダガーの肩にジタンが優しく手を置く。
 その顔もまた僅かに歪んでいて、ジタンはまだビビにどう接すればいいのか決めかねているようだ。
 しばらくそうしてダガーの肩に手を置いていたジタンだが、ふと思いついたようにスタイナーを振り返る。
「なぁ、おっさん。この飛空艇の行き先知ってるか?」
「……、り、リンドブルムである」
「そりゃ好都合だ! ……けど、誰に聞いたんだ?」
「あっ、あの岩小屋の老人にである! 問題はないのである!」
「ふぅん……な〜んか変だな……」
 スタイナー曰く、カーゴシップの行き先は目的地であるリンドブルムらしいのだが、どうにも様子がおかしい。
 ジタンの目を見ずに答えるスタイナーに訝しんでいると、スタイナーがふと何かに気付いたように視線を逸らした。
 ハクエもまたスタイナーの視線の先にあるものに気付いており、明らかに友好的でないそれにガンブレイドを握り締める。
「……何かこっちに向かってくるのである」
 カーゴシップに隠れるように、人影が見えた。
 しかし、瞬きをするよりも早くそれは消え、風を切る音と共にジタン達の背後に現れる。
 それに反応して振り向こうとするが既に姿は無く、今度はダガーの眼前に現れた。
 装飾のついたとんがり帽子をかぶり、青いローブを身に付け大きな羽を生やして宙に浮く黒魔導士の姿は、ジタンとハクエにとって嫌というほど見覚えがあった。
 敵意に満ちた視線からダガーを庇うようにハクエが前に進み出て彼女を後ろに下がらせる。
「ガーネット姫、女王陛下が城でお待ちだ!」
「……おまえら、やっぱり城のやつだったのか!」
「おまえら? 何の事である!」
「氷の洞窟でおっさん達が倒れてた時、似たヤツに襲われたんだ」
 ハクエに続いて武器を構えるジタンとスタイナー。
 ジタンの言葉に首を傾げるスタイナーは、続けられた言葉に納得すると鋭い目で黒魔導師を見上げた。
 その視線を受けた黒魔導士は一行をぐるりと見回しせせら嗤う。
「1号を倒したのは貴様か? 我が名は黒のワルツ2号! すべての能力が2号の上を行く。抵抗など考えるだけムダだ! ククク、姫よ、大人しく従うのだ!」
「嫌です! わたくしは帰りません!」
「従わないつもりか? つらい目に遭うぞ?」
 目深に被った帽子の下からダガーを見下す黄色の瞳は、色こそビビと同じだがそれよりもずっと冷たく殺意に満ちていた。
 黒のワルツ2号と名乗った黒魔導士は、必要とあらば攻撃も辞さないと警告したがダガーはロッドを構えて抵抗の意思を示す。
「待たれよ! 姫さまをお連れするのはこのスタイナーの任務である」
「ククク! そんな事知るか! 我が任務の邪魔はさせん!」
 反論するスタイナーだったが、黒のワルツはそれを一蹴するとおもむろに手をかざす。
 高まる魔力の気配に感づいたハクエが弾丸を放つと、意外とでも言うように冷たい黄色の瞳が開かれた。
「貴様がハクエか」
「……私がどうしたっていうのかしら?」
「ククク、貴様が知る由もないだろう。さぁ、姫よ、まわりの者を倒すまで大人しくしていろ!」
「1号といい、なんなのよ貴方達!」
 彼らがブラネの差し金であるならハクエの事を知っていても不思議ではないのだが、それにしても城の人間であるスタイナーには無反応だというのにハクエを見る度に見せる反応はなんなのだ。
 語ろうとしないものの、きっとブラネはハクエに対しても何かしらの命令を下しているのだろう。
 自然とガンブレイドを持つ手に力が入る。
「ハクエ、ダガー、下がってろ!」
「姫さまには指一本触れさせないのである!」
 黒のワルツがハクエにも目を付けている事を察したジタンがダガーとハクエの前に飛び出し、スタイナーが剣を構える。
 ビビもまたハクエの横に立ち、詠唱を始めた。
「――岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち――集いて赤き炎となれ、ファイア!」
「弱い! ――闇に生まれし精霊の吐息の凍てつく風の刃に散れ、ブリザド!」
 ビビの放った炎が黒のワルツ目掛けて走るが、素早く発動されたブリザドにぶつかり蒸発して消える。
 揺らめく視界に黒のワルツが翼を振るって蒸気を飛ばすと、勢い良くジャンプしてきたジタンの姿が眼前に迫っていた。
「なっ!?」
「あんまり油断してると、足元すくわれるぜ!」
 胴体めがけて短剣を振るジタンだったが、既の所でかわされて羽根がはらはらと散らばるだけに終わり、舌打ちをしながら地面に降りる。しかし、避ける先を予測 して放ったハクエの弾丸に羽を射抜かれ大きくバランスを崩して高度を下げ、それを見逃さないスタイナーが剣を振り上げた。
「ぐっ……!」
「これでもう飛べないのである!」
 スタイナーが斬り落としたのは黒のワルツの片翼だ。
 ガクリと地面に膝を付くも、すぐに瞬間移動で距離を取ると詠唱をはじめる。
「羽を失った程度で私が止められるとでも? ファイア!」
「あっついわね、何してくれんの!」
「ハクエ! ――清らかなる生命の風よ、失いし力とならん。ケアル!」
 ハクエ目掛けて放たれたファイアは彼女の身体に容赦なく襲いかかり火傷を負わせる。
 怯んだハクエを見たダガーがすかさずケアルを唱え、淡い光が傷を癒やす。
 火傷が綺麗に癒えている事を確かめたハクエは走り出した。
「よくもやってくれたわね!」
 黒のワルツが距離を取ろうとするのを足を撃って阻止し、顔面目掛けて勢い良く蹴りを放つ。
 まともに喰らった黒のワルツが吹き飛ばされ、起き上がろうとする前にガンブレイドを振りかざし立て続けに弾を撃ち込む。
「ハクエ、下がってろって!」
「乙女の柔肌傷つけられて黙ってられるもんですか!」
「おまえなぁ……」
 ふんと鼻を鳴らすハクエだったが、再びジタンに諭されるとダガーの隣へ戻り黒のワルツへ銃口を向ける。
 それを確認したジタンが短剣を構え直し、スタイナーが掲げた剣にビビの唱えた炎が宿った。
「さあ、一気にやるぜ!」
「クッ、小癪な……!」
 一行が総攻撃の構えでいることに気付いた黒のワルツが瞬間移動をしようと腕を掲げるが、ハクエの弾丸がそれを阻止する。
 その衝撃に蹌踉めいている隙に距離を詰めたジタンの短剣が容赦なく身体を斬り刻み、立て続けにスタイナーの剣が煌めいた。
「ぐおおおおおッ!!」
「――岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち――集いて赤き炎となれ、ファイア!」
 堪らず姿勢を大きく崩した所にビビのファイアがトドメを刺す。
 ぐらりと傾いで地に伏した黒のワルツはそれでも燃え盛る手を伸ばそうと試みていたが、やがて力尽きたのか燻る腕を力なく地に落としぴくりとも動かなくなった。



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