14:穏やかに忍び寄る


 淡い光の中、自分を見下ろす影がある。
 どこまでも続く透き通るような光の中、その影だけがこの空間の中で浮かび上がり、奇妙な印象を受けた。
 青い光の中で浮かび上がる、正反対の色をした瞳はなんとも言えない表情で自分を見下ろし続けている。
 ――なぁ、どうしてそんな目で俺を見るんだ……?
 開いた口からはかすれた音しかでない。
 ひどく喉が渇いているようで、ひゅうと鳴った喉に僅かに痛みが走った。
 その様子を見ていた影は、ゆるやかに頭を振る。
 諦めにも似た、悲しみの混じった表情が眩い色をした髪の隙間から覗いていた。
 ――どうして、こうする事しかできないんだろうな……
 淡い光と、鮮やかな色のコントラスト。
 その中で、優しい歌声が聴こえた。



「う、ん……」
 ジタンが目覚めると、暖かな陽日が部屋の天窓から降り注いでいた。
 耳の奥には柔らかな色の歌声が響いているようで、不思議と安らぎを感じている。
 何か夢を見ていたような気がするが、それよりも心地の良い歌声が頭の中を占めていた。
「聞いたことのない歌だったな……」
 柔らかなベッドの上に横たわったまま、ぼんやりと天井の木目を見上げる。天窓から差し込む光が部屋に舞う埃に反射してきらきらと輝いていた。陽日の匂いがとても心地良く感じられる。
「歌ってたのは……ダガーか?」
 しばらく暖かく柔らかなそれに身を委ねていたが、やがて起き上がる。
 見回してみれば、他のベッドは全て空だった。
「なんだ、みんなもう起きたのか」
 どうやら自分が最後に目覚めたらしい事を知ったジタンは、ベッドから立ち上がって軽く身体を曲げた。
 ぐっと伸びをして関節を曲げればポキポキと小気味よい音がする。最後に上半身を捻って、ストレッチは完了だ。
 歩き出そうとしたジタンは、しかし自分が寝ていたベッドの向かいにあるベッドを見て足を止める。
 そこは昨晩、ハクエがビビを抱えて寝ていたベッドだ。きちんとシーツが整えられている辺り、ビビを起こしたハクエがベッドを整えてから出て行ったのだろう。
 そんな些細な所からでも彼女の性格が垣間見えるようで、ジタンは思わず頬をゆるめた。
「そういえば昨日、ハクエは誰の事を喋ってたんだろう……?」
 彼女の事を考えているうち、昨晩の事を思い出したジタンは緩んでいた頬を引き締めた。
 夜も遅い時間に一人で宿を抜けだした彼女。
 それを追い掛けてみれば、何やら酒場のマスターと意味深な話をしているようだった。
 中に足を踏み入れてしまえば、続きが聞けなくなってしまうと思って踏みとどまり、扉の陰に隠れて聞き耳を立てた。盗み聞くのは悪いと思っていたが、それ以上に彼女の事が気になっていたのだ。
 少し寂しそうな声色は、黒いコートを着た金髪赤目の男の情報を求めていた。
 酒場のマスターはその男の事を父親と認識している様子だったが、彼女の口振りからするとそうではないらしい。
(そういえば、この前も誰かを探してるって言ってたな)
 一昨日の夜、魔の森を抜けた先でテントを張った時の事。
 眠気に身を委ねながら、何気なく彼女が旅をしている理由について尋ねてみた時、ある人を探しているのだと言っていた。何の事もなさ気に答えていた彼女だったが、確かに相手を強く想う色が滲んでいたのをジタンは聞き逃していなかった。
 そして、忘れることのできない、魔の森に墜落した時の彼女の言葉。
 まず間違いなく、同一人物だろう。
 いくらそれなりに腕が立つと言えども、女一人で旅をするには霧の大陸はあまりにも危険だ。
 かつて一人旅をした経験のあるジタンは当時なかなかに大変な道程だった事を思い出して顔をしかめる。彼女の口振りからすれば、少なくとも一年やそこらの期間ではない。もっと長い間旅を続けているのだろう。
 その、金髪赤目の男を探すためだけに。
「金髪に赤目の男……どこかで見た気がするんだよなぁ……」
 わずかな苦みを胸中に混ぜながらも、ジタンは頭を抱えた。酒場のマスターが言っていた、黒いコートを着た金髪赤目の男。ジタンには、どこかで会ったような気がしてならなかったのだ。
 けれど、それがいつなのかも、どこで会ったのかも、何故かさっぱり思い出せない。ただ、眩い金髪の奥で輝く宝石のように真っ赤な瞳だけがジタンの記憶に刻み込まれていた。
 そんな、あまりにも朧気な情報をハクエに伝えた所で困惑させてしまうだけだし、何より自分が見たことのある人物と同一とは限らない。
 そう思って、戻ってきたハクエに何かを訊かれてもぼんやりとはぐらかしたのだが、何故か罪悪感を感じる自分がいた。
 酒場のマスターが言うように、金髪赤目の男なんてそうそういないのだ。
「……ハクエ……」
 自分が、もしかしたらその男を知っているかもしれないといったら、何と思うだろう。
「……まぁ、みんなを呼びにいきますかね……」
 ぼりぼりと首を掻いたジタンは、やがておもむろに宿屋を後にした。



「だ、ダガー。そんなに見つめられると照れるのだけど」
 一方、ダガーと共にダリの村を散策していたハクエはじいっと見上げてくるダガーの視線にたじろいでいた。
 泥に塗れたワンピースとサロペットを洗って宿に干している為、ハクエはタンクトップにショートパンツ、ダガーはパフスリーブのブラウスに質素なワンピースを重ねて着ている。
 村娘のような出で立ちをした二人はダガーが興味を引かれるままに村中を散策し、尽きることのないダガーの好奇心を満たしていたのだが、何故だかそのダガーは今はじいっとハクエを見上げている。
「申し訳ありません。ハクエをお手本にさせていただこうと思って……」
「お手本? ……あぁ、なるほどね」
 ダガーの言葉に僅かに首を傾げたが、すぐに納得したように頷く。
 身分を偽り、普通の女の子に扮する事になったダガーは、一番身近にいる「普通の女の子」であるハクエを手本にしようとしているのだ。
 先ほど訪れた畑で老婆と会話をした際、ぎこちないやりとりになってしまった事を気にしているのだろう。頑張る彼女を微笑ましく思い、ハクエは穏やかな表情になる。
「そうねぇ、私を真似しようとするのはねぇ……」
「?」
 不思議そうに首を傾げるダガーに苦笑いを返す。
 ハクエの普段の背伸びしたような口調は、三年前、その身一つで旅に出るにあたって大人達に侮られたくない一心で身に付けた物だ。
 華奢な身体を外套で覆い隠し、つばの広い帽子を目深に被って表情を隠していれば、ぱっと見ただけではまだ子供だとはにわかには判断できない。後は、身の振り方に気をつけてさえいればハクエを子供扱いする大人なんてまずいなかった。
 だからこそいつの間にかこの口調がすっかり板についていたのだが、ダガーにこれを真似させるのは少し気が引けた。
 昨日、ジタンはビビを見ながらダガーに喋り方の手本を示していた。その前にハクエを見ていたのだが、すぐにビビに視線をずらした辺りジタンも同じ事を考えていたのだろう。とはいえ、身近な所に指標がいた方が良い事には違いない。
「よし、それじゃあ、慣れるまでは私をお手本にしていいよ」
「本当ですか!」
「うん、改めてよろしくね、ダガー」
「はい、よろしくおねがいしま……よろしくね、ハクエ」
「うん」
 ハクエが手を差し伸べながら言えば、ダガーは嬉しそうにその手を握り返してくれた。
「せっかくだし、喋る練習でもしようか?」
「喋る練習?」
 ハクエがダガーの手を引いてやってきたのは道具屋だ。
 カウンターの中には年若い少女が座っており、来店したハクエ達を見上げている。
「いらっしゃいませ!」
「あの、ちょっと、おしゃべりしませんか?」
「おしゃべり?」
 緊張気味に話しかけるダガーを不思議そうに見る少女に、ハクエが言葉をつなげる。
「私達、昨日この村に来たばかりなの。何か村の面白いお話はないかな?」
「あ、そうだったんですか。えぇっと……」
「エブ〜〜っ!」
 ハクエの言葉に納得した少女は、客人に聞かせる面白い話はないかと悩み始めたが、それを元気の良い声が遮った。
 見れば、道具屋のドアを勢い良く開け放った子供がそのままの勢いでカウンターへ駆けてくる。
「ヤチャ! 今はお客さんが来てるの」
「なんだよ、せっかくすんげぇこと教えてやろうと思ったのに!」
「……わたしが仕事しているの見ればわかるでしょ?」
 エブに窘められたヤチャという子供は、それでも元気一杯にエブに返した。それを腰に手を当てて咎めるエブに、ダガーは慌てて声を掛けた。
「あ、あの、わたくし……いいえ、わたし、のことは気にしないでください」
「お品物、見させてもらうね」
「へへっ、ごめんよ! 実はさ……」
 ダガーとハクエの言葉に、さして悪びれた様子も見せていない子供はエブに何かを一生懸命に話しはじめた。
 二人はそれを耳に入れながら、背を向けて品物を眺めるふりをする。
「実は、あれが出歩いてたんだよ! しかも、喋ってた!」
「あれが……? まさか、みんなちゃんと管理されている筈でしょう?」
「ホントだって! オレ、グドと一緒に見たんだよ! でもきっと、今ごろ連れ戻されてるだろうな!」
「そうじゃなきゃ困るわ。あれが村の中をうろついてたら、怖いもの」
(なんの事を話しているのかしら……?)
 無邪気に話すヤチャとエブ。
 ダガーは話の内容よりも二人の言葉を聞き取るのに必死になっているようで、じっと品物を見ながら真剣な表情をしている。
 普通の村人の会話にしては不穏な色の滲むそれは、ハクエの心に疑心を抱かせた。管理されているだの、連れ戻されているだの、およそ普通の会話とは思えない。
(昨日、宿屋の主人がビビを見ていた目つきも、どこかおかしかった。それに、さっきから子供か老人ばっかりで大人を全く見かけない……この村、何かある……?)
 以前訪れた時は、そんな事を微塵も感じさせないのどかな村だった筈なのだが。
 早めに村を出たほうが良さそうだと、得体のしれない予感にハクエは眉を潜めるのだった。

  あの後、道具屋にやってきたジタンに今後の事を決めたいから宿に戻ってくれと言われた二人はすっかり仲良く雑談を交わしていたエブに別れを告げて宿に戻ってきた。
「よかった、乾いてる」
「ありがとうございます、ハクエ」
 干していた服を取り込み、ジタン達が戻らないうちに着替えて具合を整える。
 淡い色のワンピースを着て腰にベルトを巻き付けポーチを括りつけるハクエ。ダガーも質素なワンピースから鮮やかなオレンジ色のサロペットに着替えて手袋をはめていた。
 今まで着ていた、借り物の服を畳んでベッドの上に置いた所でジタンが戻ってきた。
「お、着替えたんだな。さっきの服も可愛かったぜ」
「それはどうもありがとう」
「ビビには声を掛けたからもうすぐ戻ってくると思う。どうだい、この村は? 城の外には滅多に出ないんだろ?」
「ええ、子供達も楽しそうだし、見たことのない物がいっぱい! それにこんなに自由に歩いたのは初めて!」
 ジタンの言葉に目を輝かせながら興奮気味に返すダガーは、純粋に村の散策を楽しんでいたようだ。
 満面の笑みでジタンに感想を述べていたが、ふと表情を戻す。
「でも……どうして子供達しかいないのかしら?」
「私も、それが気になっていたわ」
「そうなんだよな……これまでだったら村のそば一面の畑で働いてたんだけどなぁ」
「すごく小さい畑しか無かったわ」
「働いてるのも、腰の折れたおばあさんただ一人だったわ」
 ハクエが感じた違和感を、ジタンとダガーも感じ取っていたらしい。
「だろ? この村は……何かありそうな感じがする。ビビが戻ったらすぐに出発しよう」
「スタイナーは……どうするの?」
 早めの出発を提案するジタンに頷くハクエと不安そうな顔を見せるダガー。
 ここまでの話で一度もスタイナーの名が挙がらなかった事を気にしているようだ。
「南ゲートを越えるうまい手を考えたんだ。城の連中はダガーだけを探してるから、目立つダガーを隠せばいいんだ。平和な世の中だからな、きっといける! つまり、あんなおっさんがいなくてもこのオレがいれば大丈夫ってことさ!」
 不安げなダガーの問いかけに不敵に笑って返したジタンはトントンと己の胸を親指て叩いてみせる。つまりは、この村にスタイナーを置いていくという事なのだろう。
 ちょっと非道かもしれないが、何かとジタンを敵視し、ハクエにも厳しい眼差しを向け始めているスタイナーはダガーをリンドブルムまで無事に送り届けるには少し厄介な存在だ。
 彼は彼で純粋に任務をこなそうとしているだけなので非難される謂れはないのだが、それにしても仕えるべきダガーの話をも聞こうとしないのではこの先が思いやられる。
「……ま、仕方ないわよね。隊長にはなんとか頑張って城に帰ってもらいましょ」
「そういうこった」
「そうですか……」
 自分を守るためにここまで着いてきてくれた彼を見捨てるのは心苦しいと言う表情のダガーだったが、やがて静かに頷いた。

「……結果的に、忍び込んでも大したことはなかったんだけど、それでもキング家ってのは怪しいところなんだ」
「聞いたことある。トレノのオークショニアでしょ? よくあんなに怪しいモノを次から次へと仕入れられるわよね」
「全くだぜ。それを暴いてやれたら面白かったんだけどなぁ……っと、盗みの話はつまんないかい?」
 あれからビビが戻ってくるまで他にすることもなかったハクエ達はジタンの冒険話を聞きながら過ごしていたのだが、ふとダガーが窓の外へ視線を滑らせた。
 それを見逃さないジタンが首を傾げる。
「いいえ、そういうことではなくて……ビビがまだ戻らないからちょっと気になっていたの」
「あれからもう一時間は経つ、か……ちょっと遅いかもね?」
「そうだな、遅すぎる。スタイナーのおっさんは兎も角、ビビが戻らないのは変だな。よし、ビビを探しに行こう」
「うん」
 荷物をまとめて立ち上がったジタンに、ハクエとダガーもそれぞれ続く。
 チェックアウトの為に相変わらず机に突っ伏している宿屋の主人に声を掛けた際、何故かしきりにハクエ達を早く村の外へ出したがっていたのがやたら気にかかったが。
 ジタンが最後にビビを見かけたという場所へやってきたハクエ達はきょろきょろと辺りを見回し、痕跡を探す。
 その時、遠くから何かの鳴き声が聞こえてきた。
「チョコボの鳴き声?」
「ビビは、ここにチョコボがいるって言ってたんだ」
 チョコボとは、鳥の姿をした大型の草食動物だ。
 穏和な性格と身体の丈夫さ、更に高い脚力から騎乗用として、また家畜として様々な用途で飼育されている。
 成人男性よりも高い背丈のチョコボだから、鳴き声が聞こえれば大抵姿も見ることができる筈なのだが、何故か見回してみても姿が見えない。
「ヘンね、近くから聞こえるはずなのに、まったく姿が見えない」
「あぁ、……ん、この声は……?」
 不思議がるハクエに頷いてみせたジタンは、次に奇妙な泣き声を耳に入れた。
 それはチョコボの鳴き声よりもずっと近くから聞こえ、どこかで聞いたことのある声のように思う。
「あの穴から聞こえるのか……?」
 ハクエ達のすぐそばにある建物に寄り添うようにして地面から僅かに突き出している円筒は中が空洞になっており、覗きこんでみれば底は暗いが泣き声がより鮮明に聞こえてきた。
 そして、その声の正体を察したジタン達は表情を険しくする。
「……ビビか?」
「……ジタン?」
 声の正体はビビだった。
 円筒を通して返ってくるすこしくぐもった声でもわかるほどにうるんだ声。ハクエは堪らず地面に膝をつき、筒に向けて声を掛ける。
「ビビ、ビビ! どうしたの、なにがあったの? 今どこにいるの!? 動けないの!?」
「ハクエおねえちゃん……さ、さっきまで人がいて……ここから出るなって言われた」
「落ち着け、ハクエ。ビビの声が聞こえない……怪我はないか?」
「うん」
 立て続けに言葉をぶつけるハクエの肩を掴んだジタンがその場からどかし、代わりに筒に向けて話しかける。
 円筒の前からどかされたハクエは立ち上がり、ビビの言葉を待ちながらも先程よりも注意深く辺りを見回した。ダガーもハクエに倣って周囲を伺う。
「わかった。今からそっちに行く。なるべく早くいくから、大人しくしてるんだぞ?」
「……うん」
 沈んだ声が返ってくるのが耐えられないハクエは、ジタンがこちらを向くのも待たずに走り出した。
「きっとどこかに入口がある筈だ……って、おい、ハクエ!」
「ハクエ、待って!」
「ったく、人の事になるとすぐ感情的になるんだな、アイツ……ダガー、追いかけよう!」
「ええ!」

 走り出したハクエに追いつくのは案外早かった。
 円筒の傍にある建物に勢い良く飛び込んだかと思うと、入口の傍らにある大きな置物を押し上げようとしていたからだ。
「ハクエ、落ち着けよ!」
「ジタン! この置物の下、見て!」
「これは……よし、どいてな。オレが動かす!」
 彼女が何をしているのか理解できなかったジタンとダガーだが、その言葉に置物の下を見れば梯子のようなものが覗いていた。
 きっと、地下に続く道はこれの事だろう。ジタンがハクエと入れ替わると置物をどかし、道を開ける。人ひとり通れる程度に開けられた穴は梯子で行き来ができるようで、続く先には松明の灯りが見えていた。
 ハクエが先に飛び降り、ジタンとダガーがそれに続く。二人が降りてくるのを待ちながら周囲を警戒していたハクエは、二人に向き直ると眉根にしわを寄せた。
「保存窟……にしては随分様子が変みたい」
「こいつは……ただの保存窟ってわけじゃなさそうだな」
 農村などで採れる食料などを一時的に保管するために地下に保存窟が掘られるのは珍しい事ではない。
 別の村で、人の良い農民にそこを案内してもらった事が何度かあるハクエはその構造を大まかながら記憶していたのだが、このダリの村にこさえられた保存窟は記憶にあるものとは少し違う。
 効率よく食料を出し入れ出来るように、降りればすぐに保存庫への扉が見えるものなのだが、眼前に広がる細長い道はまるで地下道かなにかのようだ。
 少なくとも、降り立ったその場所からでは奥の様子が伺えない。
「いったいなんだってんだ、この村は……」
 警戒するジタンに同意を示す。
 揺れる松明が不気味に照らす地下道を注意深く進んでいると、やがて人の気配がした。大きな樽と壁の間に隠れ、様子を伺う。
「なんで動いてるんだろ、コレ……コレ見付けたのって村長の弟さんだって?」
「らしいよ〜。兄弟喧嘩も終わったから、晴れて俺達の仲間入りだってさ〜」
 聞こえてきた声は二つ。どちらも成人した男の声だ。
「……弟さんって、あのバアさんと同じ考えじゃなかったっけ?」
「『畑を潰すとは何事か!』ね? あんなの、村長と喧嘩してたから言ってただけでしょ〜。人手も足りなかったし、いいんじゃないの〜? それより、コレ、早く箱に入れよう」
「……箱に入れて送れば、城の連中が判断してくれるよ」
「……!?」
 男の会話に身体を揺らしたダガーをハクエが抱き締める。今、物音を立てられるのはまずい。
「そうそう! 俺達は作るだけ、ってことさ〜」
 物言いたげにハクエを振り向こうとしたダガーが、視界の端に収まったものをみて口元に手を当てた。でないと、本当に声が出てしまいそうだったからだ。
 彼女の様子を不審に思って視線の先を辿ったハクエもまた、静かに目を見開く。
(なんでこれが……!)
「さ、来い」
「早く来いよ」
 ハクエ達の視界に入らない位置に移動した男二人が、やがて何かの背を小突きながら戻ってきた。
 重い足取りでとぼとぼ歩くそれが立ち止まろうとする度に、男が背を突いて先を急がせる。
 男達が小突いて急かしているそれは、とんがり帽子を目深に被り、黒魔道士のローブを着た子供の姿をしていた。他でもない、ビビだ。
「っあの野郎……!」
 ビビが二人の男に連れられて行ってしまうと、物陰から飛び出したジタンが後を追おうとする。
 が、それをダガーがジタンの尻尾を掴んで阻止する。
「うわっ、ちょ、ダガーちゃん、尻尾は反則……!」
「ジタン、待って!」
「どうしたんだ?」
 その場で腰を抑えて飛び上がったジタンに拳を握って訴えるダガー。ハクエは先ほどまで自分達が身を潜めていた樽をコンコンと叩いた。
「この樽の模様ね、見た事があるのよ……アレクサンドリアで」
「!?」
「これと同じ模様の樽を、城で見たことがあります。きっとここは、アレクサンドリアと何か関係があるのです。ならば、それが何かを突き止めておきたいのです。ですから……騒ぎとなるような行動をとらないでください」
 樽に貼り付けられている、丸い緑の台紙に白い十字星が描かれたそれ。
 ハクエはアレクサンドリア城に滞在していた時に何度か見かけた記憶があり、ダガーもそういうのだから間違いなく城に関わりのあるものだろう。
(……去年はこんな模様、なかったと思うんだけど……陛下の様子がおかしいのと、絶対に何かしらの関係がある)
 真剣な面差しでジタンを見るダガーの胸中は、きっとハクエと同じだろう。
 そんな二人の様子を見ていたジタンが、やがて息を吐いた。
「……わかった。でも、ビビが危ない目に遭いかけたら、オレは騒ぎを起こしてでも助ける。それでいいかい?」
「はい」
「勿論」
「よし、じゃあ急ごう! あいつら奥に向かったみたいだ」
 念を押すジタンに頷くハクエとダガー。
 城に関わる謎が気になるのも勿論だが、最優先事項がビビの救出であることには変わりない。
 地上とは打って変わって怪しい雰囲気を醸し出しているダリの地下を一行は静かに進み始めるのだった。



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