09:迫る森


 鬱蒼と生い茂る木々の間を縫うようにして、一行は森の中を進んでいた。
 松明を一番背の高いスタイナーに持たせることで獣避けにしつつ、獣以外の魔物に警戒しながら歩く。
 草や泥苔を踏みしめる湿った音を響かせながら、ハクエは注意深く辺りの様子を伺う。
 一見するとどちらへ向かえばいいのか全く検討の付かない森であるのだが、ある程度進んでいく内に不自然に植物の絡みついた岩や木が目についてきた。
 きっと、この植物を辿っていった先にガーネット姫を攫った魔物の親玉がいるのだろう。ハクエ達は表情を引き締めると、足早に森の奥へ向かった。

 時折襲い掛かってくる魔物をジタンとハクエが斬り伏せながら進んでいくと、やがて大きく開けた空間に出た。
 巨大な空間一面にびっしりと植物の根が張り巡らされており、その根が続く先に巨大な花の姿をした魔物が構えている。
 毒々しいまでに鮮やかな色の花冠を模した巨大な頭部はハクエ達侵入者を捉え、いくつも生えた根のように太い触手を威嚇するようにうねらせている。
 肉厚の花弁が重なった中央部には、巨大な頭部にしては小さな口が粘りつく液をしたたらせ鋭い牙を覗かせているが、魔物自体の大きさにしては小さいというだけで、人間の頭くらいなら平気で丸呑みできそうな大きさだ。
 さらに、口の周りから生えている雄しべは魔物の動きに合わせて細かく花粉を撒き散らしている。
 巨大な魔物の姿に圧倒される中、周囲を見回したハクエが魔物の後ろで倒れている人影を見付けて声を上げた。
「ガーネット!」
 触手に絡みつかれて吊り下げられているガーネット姫は、死人のような白い顔をしてぐったりと四肢を投げ出したままぴくりとも動かないでいる。
 咄嗟にガーネット姫の元へ駆け出そうとするハクエだったが、遮るように立ちはだかる魔物に近寄る事ができず、たたらを踏む。
 音がなるほど歯を強く噛んでガンブレイドを持ち直したハクエに、ジタンとスタイナーも武器を構え、ビビも杖を掲げた。
「こいつが親玉か!」
「貴様は一切手出しをするな! アレクサンドリアの姫が盗賊に助けられたとあっては!」
 ジタンを敵視しているスタイナーががなり声を上げて魔物に斬りかかるが、眼前に叩きつけられた触手に二の足を踏む。
 その様子を見たジタンは、スタイナーの横を駆け抜けながら叫んだ。
「おっさんとハクエだけで手に負える相手か! いくぞビビ!」
「う、うん!」
 言うが早いか、素早い身のこなしで触手を切りつけるジタンに金切り声を上げた魔物は別の触手をジタンに叩きつけようと大きく振りかぶるが、ビビの放つファイアがそれを阻止する。
 ジタンとスタイナーと入れ替わるようにして後ろに下がったハクエは、荒々しくガンブレイドを構え立て続けに弾を放った。
「ジタン、隊長! あの花粉、あぶない!」
「あぁ、わかってる!」
 硬い触手の表面でハクエの銃弾を受け止めた魔物は、揺れる雄しべから大量の花粉を撒き散らした。
 素早くその花粉から逃れたジタンだったが、咄嗟に動けなかったスタイナーが花粉をまともに浴びてしまう。慌てて顔を覆うスタイナーは、どうやら花粉が目に入ったようで目が開けない。
「うぐぐ……!」
「隊長、下がってください!」
 まともに戦えない状態のスタイナーをビビの方へ突き飛ばすようにして下がらせ、再び前線へ立ったハクエは厄介な攻撃を仕掛ける雄しべを刈り取ろうとガンブレイドを振るう。
しかし、そう容易にやられてくれる魔物ではない。
 魔物は大きく身震いをさせて急激に魔力を高めたと思うと、鋭い咆哮と共にハクエにサンダーの雷を落とした。
 振り上げていたガンブレイドを通じて全身を駆け巡る電流に、ハクエは堪らず悲鳴を上げて膝をついてしまう。
「きゃああ!」
「ハクエ! くそっ、……うわっ!」
「ジタン、あぶな……わあっ!」
 触手を斬り付けていたジタンが、ハクエとスタイナーの状況が芳しくないのを見て駆け寄ろうとするが、ジタンの腹目掛けて飛んできた触手に叩きつけられてしまう。
 ビビがファイアを放って援護しようとするが、ジタンを叩きつけた勢いをそのままに向かってきた触手に杖を取り落としてしまった。
「ぐっ……」
 びりびりと痺れる身体に鞭打ち立ち上がろうとするハクエだが、神経を侵す電流に上手く力が入らない。そんなハクエを嘲笑うように触手が伸びてきたかと思うと、身体を持ち上げられて空中で強く締め上げられる。
 内臓が潰れそうなほど圧迫される身体に、意識が飛びそうになるのを辛うじてこらえていると、ふいに触手がハクエを放り出した。
 重力に従って地面へ落下し、衝撃に咳き込むハクエを軽々抱き上げる逞しい腕。その腕の持ち主を見上げれば、意外な人物と目が合った。
「げほっ、ブランク……!?」
「危なっかしくて、見てられねーな!」
 圧迫から解放されたことで激しく噎せるハクエを抱えたまま後方に跳躍したブランクは、そこでハクエを下ろした。
 咳き込みながらブランクを見上げていたが、やがて呼吸を整えると気を取り直して立ち上がる。
 締め付けられていた身体はだいぶダメージを負っていたが、それよりもあの魔物を倒すことが先決だ。
「どいてな、俺が手本を見せてやる」
 ジタンにポーションと目薬を投げつけたブランクは、魔物へ素早く駆け寄りひゅんと風を切る音と共に触手を斬り付けた。
 ハクエ達があんなに苦戦していた筈の触手がブランクの剣によって紙切れのように容易く斬り落とされる。
「へへっ、ブランクのやつ、カッコつけやがって……!」
 ブランクの登場に目を丸くしていたジタンは、投げつけられたポーションと目薬を受け取るとにやりと口の端を吊り上げた。
 ポーションを自分とビビに使い気を奮い立たせると、目薬をスタイナーに与える。
「む……!」
「おっさん、ビビ、一気にいくぜ!」
「わ、わかった!」
 クリアになった視界に目を瞬かせるスタイナーと、杖を持ち直したビビに声を掛けたジタンが地を蹴ってブランクの横に並ぶと、二人でタイミングを合わせて魔物の花冠に剣の雨を浴びせる。
「うおおおおおお!」
 たまらず悲鳴を上げた魔物はぐらりと身体を傾かせ、畳み掛けるように剣を振り上げたスタイナーの剣を目掛けてビビがファイアを放った。
 炎を纏った剣が花冠を燃やし、悶え苦しむようにのた打ち回る触手を焼き落としていく。
「これで……終わりよッ!」
 立て続けに与えられるダメージに耐えかねてだらりと大きく口を開いた魔物にトドメを刺すべくハクエが放った弾丸が口の中目掛けて潜り込み、大きな音と共に内部で爆ぜた。
 耳をつんざくような魔物の断末魔が巨大な空間に響き渡る。
 断末魔が絶えた後、仰け反ったまま動かなくなった魔物を尻目にスタイナーとハクエは一目散にガーネット姫に駆け寄った。ガーネット姫に絡みつく触手をスタイナーが斬り払い、落ちてくる身体をハクエが受け止める。
 ジタンが取り出した薬を受け取ったハクエが口を開かせて流し込むと、ガーネット姫は咳き込んだ。その背中をハクエが優しく摩すり、スタイナーが身体を抱き上げる。
「姫さま、お気を確かに! すぐに良くなりますぞ」
「これで、少し休めば大丈夫だね!」
 薬の効果を身をもって知っているビビが安心したように言う。
 ハクエもそれに頷いてガーネット姫の顔を覗き込んでいたが、突如揺れ始めた森に再びガンブレイドを手に取った。
「クッ、次はなんだ……!?」
 ハクエ同様、姿勢を低くして剣に手を掛けていたブランクが周囲を見渡すと、至る所から魔物が続々と湧き出てこちらに向かってきている。
 迷うこと無く真っ直ぐ此方へ向かってくる魔物の異様な様子に、ただならぬ事態を察知したジタンとブランクがハクエ達を急かした。
「ダメだ、囲まれるぞ!」
 波のように迫り来る魔物をガンブレイドで追い払おうとするハクエだったが、斬っても斬っても次から次へとやってくる。
 それどころか、伸ばした腕を斬り落とされようが頭部の一部が欠けようがお構いなしに迫る魔物の姿に、ハクエは言い様のない恐怖を感じて堪らず身を引いた。
「なんなのよ、これ!」
「逃げるが勝ちってことか!」
 周囲にさっと目を配したジタンとブランクが抜け道を見つけるなり走り出して誘導する。
 ガーネット姫を抱えたスタイナーと、それを援護するハクエがジタンの後に続き、ビビも足を縺れさせながらも何とか付いていく。
 その後ろを、地鳴りを響かせるほどに数を増やした魔物が容赦なく追いかける。
 ジタンとブランクが先陣を切って走りながら行く手を阻む魔物を切り捨て道を作り、後に続くハクエがスタイナーとビビに襲いかかる魔物に弾を撃ち込んで二人を守る。
 切り立った崖を飛び降りた先で、ジタンは不意に立ち止まった。
「どうしたんだ!?」
「森の様子がおかしい……!」
「これ以上おかしくなるってのか! どうなってんだよ、この森は!」
 信じられないような顔でぐるりと頭上を見渡すジタンに、ブランクも頭上を見上げた。
 先ほどの花の魔物を倒すまではただ鬱蒼と生い茂るのみだった樹々が、まるでジタン達を責め立てるようにざわめいている。
 近づいてくる魔物の咆哮の他に、木の葉が大きく揺れる音がざわざわと不自然なまでに響いている。
「森が迫ってくる……!?」
「まさか、さっきのあいつが森を維持させていたんじゃ……!」
「ブランク、姫とハクエを頼む! このままじゃ全滅するぞ!」
 言うなり再び走り出したジタンに続くブランクはジタンの言葉の真意を汲みかねて彼の背中を睨みつける。けれど、それを問いかける暇も無く迫り来る魔物に舌打ちをすると剣を振るうのだった。
「ちょっと、冗談じゃないわよアレ……!」
 ビビに襲いかかろうとしていた魔物に弾を打ち込み、周囲を見渡したハクエが引きつった声を上げた。
 その声に走りながらジタン達が視線を向ければ、徐々に石化していく樹々の姿があった。ハクエ達を追いかける魔物もろとも石化していく森に、一行は走る速度を上げる。
「ビビ、つかまって!」
「う、うん!」
 足のコンパスが短い為に速く走れないビビを、ハクエが片腕で抱き上げ首に腕を巻きつかせる。ビビの重みでハクエの走る速度もやや落ちたが、ビビを一人で走らせるよりは幾分もマシだ。
「うわっ!」
「ジタン!?」
 後方で上がった声に視線を向ければジタンが魔物に追いつかれそうになっていた。
 片腕で銃弾を放とうとするハクエだったが、ビビを抱えている為に上手く照準が合わせられない。
 やがて一匹の魔物がジタンを捕らえようと鎌のような腕を振り上げたその時、鮮やかな赤色がジタンを思い切り突き飛ばした。
「ブランク! おい!」
「チッ……ジタン、さっさと行け!」
 ジタンを突き飛ばして代わりに捕らえられたブランクは抜け出そうと藻掻くものの、簡単には抜け出せないことを早々に悟るとジタンに向かって何かを投げた。
 それを拾い上げたジタンは背後で動いていたものがどんどん石化していく冷たく無情な音を耳に入れながら襲い来る森の蔦を交わして走り続け、やがて見えてきた出口に滑り込むようにして飛び込んだ。
 乾いた草の上を転がったジタンは直ぐに立ち上がって振り返るが、森の出口には蔦がびっしりと絡みついて石化し、ジタンが蹴っても叩いてもぴくりとも動かない。
 ビビを下ろしたハクエがガンブレイドで斬り付けても、硬く弾き返すだけで傷ひとつ付けることができなかった。
「余計な事しやがって……ブランク」
「ジタン……」
 ブランクから受け取った紙筒を悲痛な表情で見下ろすジタンの横顔を見ていたハクエは、硬く閉ざされた森の入口に視線を戻す。
 そして、プリマビスタを出る時にブランクが言っていた言葉を思い出して唇を噛んだ。
(ブランク……まさか、この事を想定して言った訳じゃ、ないよね……?)
 石化した蔦に手を這わせれば、石独特のひんやりとした硬い感触が返ってくる。
 その姿こそ見れなかったものの、ブランクは間違いなくこの森の中で魔物に捕らわれたまま石化している筈だ。
「……ブランクのバカ」
 硬く冷たい蔦の上で拳を握ったハクエは、やがて俯いたままのジタンをその場に残して踵を返し、ガーネット姫の元へ向かうのだった。



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