08:それぞれの想いを受け


 刃が激しくぶつかり合う音が聞こえ、ハクエは目を覚ました。
 あれからどの程度経ったのかはわからないが、それほど長く眠ってはいないように感じる。
 飲んだ薬のお陰ですっかり具合は良くなっており、寝起きのぼんやりとした感覚こそあるものの体力も大分戻っている。
 何度か手を握っては開いてを繰り返して具合を確かめると、ベッドから立ち上がり大きく伸びた。
 隣のベッドを見れば、ビビはまだ休んでいるようだ。帽子で顔が隠れて表情こそ見えないものの、すやすやと安らかな寝息が聞こえてくる。
 起こさないように優しく頭を撫でたハクエは、ガンブレイドを腰に下げて荷物を確かめると部屋を出た。

 ハクエが目を覚ました原因である刃の音は、どうやら船の下層から聞こえてくるようだ。
 ジタン達の姿も見えない今、他に行く宛もないハクエは音を頼りに船内を歩く。
「よ、ハクエ」
「あ、起きたッスね」
 床を踏みつける度に鳴る板張りの床がしなる音を聞きながら歩いていると、ぼろぼろに壊れ、見ているだけで不安になるほど足場が崩れかけている螺旋階段にもたれる二人の男がいた。
 どちらの姿にも見覚えがあるハクエはにこりと微笑んで歩み寄る。
「ブランクに……あなたは、マーカスだっけ」
「そうッス」
 マーカスは舞台で少し顔を合わせた事があるだけだが、どうやら覚えていてくれたらしい。舞台上で見せていた迫真の演技とは打って変わり、のんびりと笑う。
 必要最低限の防具だけを身に纏い、継ぎ接ぎだらけのいかつい身体を惜しげも無く晒して赤い髪を固定するベルトで目元までも隠しているブランク。
 頭に巻いた大きなバンダナで目元を隠し、大きな犬歯が口の端から覗き、筋肉の盛り上がる腕には刺青を入れているマーカス。
 一見すると近寄り難い恐ろしげな風貌にもかかわらず、どちらも和やかにハクエに笑いかけている。ギャップが面白い二人だと思いながらハクエは階段に腰掛けた。
「二人とも、ここで何をしているの?」
「チャンバラこなしてるバカを待ってんだ」
 ぶっきらぼうに返したのはブランクだ。腕を組み、足を交差させて階段の柱にもたれ掛かる彼はブーツの爪先で床を叩く。
 相変わらず階下から聞こえてくる刃の交わる音は止む気配がない。
 しばらく耳を澄ませていたハクエは、やがて聞き覚えのある声を聞いて首を傾げた。
「この声、ジタン? なんでまた」
「タンタラスを抜けて、ガーネット姫を助けに行くそうッスよ。その為に今、ボスと戦ってるッス」
「ったく、そんなにあの女が気に入ったのかね」
 ハクエやブランクが疑問の声を上げるのはもっともで、彼らがガーネット姫を誘拐しようと企んでいたという事は、何かしら彼女に対する思惑があったのだろう。
 けれど誘拐作戦が失敗し魔の森に墜ちた今、わざわざ己の身を危険に晒してまで彼女を助けるメリットが有るとは思えない。それも、ジタン一人がわざわざ所属している組織を抜けてまでとなると尚更だ。
 そもそも、城の人間であるスタイナーとガーネット姫の護衛役であるハクエがいるのだから、ジタン達は脱出の術を図って彼女の救出はハクエ達に任せるのが自然な道理だろう。
 そう思っていたのだが、ブランクの言葉に思い当たる節のあったハクエは顎に手を当て息を漏らした。
「ふぅん……さっきのアレ、本気だったんだ」
「何がだ?」
「ビビとの会話、覚えてる? 城でもガーネットや私と似たような約束をしていたの」
「あー……チッ、面倒くせえ奴」
 納得したような声を上げて舌打ちをするブランク。
 その場にいなかったマーカスも、どんなやり取りが行われたかという事こそわからないであろうに、大体の予想はつくようでやれやれと肩をすくめている。
 彼らの反応からして、ジタンはとても義理堅い性格なのだろう。
 アレクサンドリアではハクエとガーネット姫本人、そして先ほどはビビとも約束を交わしていたジタン。例え自分の身が危険に晒されようと、一度交わした約束は違えないのだろう。
 知り合って間もないが、ジタンの人の良い人間性を垣間見る事ができたハクエは口元を緩めた。
「何ニヤニヤしてるッスか?」
「ううん、何でも。大丈夫、私も一緒に行くんだから何とかしてみせるわ」
 不思議そうにハクエを見るマーカスにくすくす笑うと、得意げに背中のガンブレイドを見せた。
 いいものもってるッスね、と笑うマーカスとは対照的にブランクはハクエの身体を一瞥して軽く笑う。
「そんな細っこい身体でちゃんと戦えるのか?」
「失礼ね、これでも一人で旅をしてるのよ?」
「へぇ、そりゃまた何でッスか?」
「……ある人を探しているの」
 マーカスは何気なく尋ねただけなのだろうが、ハクエはその言葉に口を噤むと、やがて寂しそうに笑って答えた。
 予想外の反応にブランクとマーカスはハクエをまじまじと見る。
「恋人でも探してるのか?」
「そんな素敵な人じゃないわ。でも、大切な人なの」
 先ほどまで見せていた、落ち着いた女性の印象と打って変わり、寂し気に笑うハクエはまるで親とはぐれて途方に暮れている少女のように見える。
「ふぅん、そうなのか」
「見つかるといいッスね」
 面白く無さそうな反応を見せたブランクと、ハクエを案じるマーカス。
 必要以上に踏み込んでこない二人に内心感謝しつつ、ハクエは階下が静かになっている事に気がついた。
「終わったみたいね」
「ずいぶん時間が掛かったな」
 もたれていた柱から身を起こしたブランクはコキリと首を鳴らして待ちくたびれたように歩き出す。マーカスも肩をすくめるとそれに続いて歩き出した。
 二人が立ち去って行く後ろ姿を見送りながら、ハクエはふうと息を吐いた。
「ガーネット……大丈夫かな」

 ブランクとマーカスが立ち去った後も、そのまま階段に腰掛けていたハクエは、やがて鎧の擦れる特徴的な足音が近付いて来るのを耳にした。
 見れば、さきほどブランク達が去っていった扉からジタンとスタイナーが向かってきている。
「お、ハクエ。もう起きても大丈夫になったんだな」
「えぇ、ずいぶんとカッコ良い姿になってるわね、ジタン」
「へへっ、これくらいどうってことないさ」
 見上げたジタンの身体はぼろぼろで、つい先程までタンタラスのボスと真剣勝負を繰り広げていたことがありありと知れる。
 それでも痛みを感じさせないような顔でハクエに笑いかけるのだから、ジタンはなかなか打たれ強いようだ。
「ハクエ殿」
「……隊長」
 ジタンの後ろから掛けられた声に視線をやれば、スタイナーが難しい顔でハクエを見下ろしていた。
 その顔が真剣な表情をしている事に気付いたハクエは立ち上がって向き直る。
「ハクエ殿。おぬしは姫さまを守ることが任務だった筈だ。それなのに、何故盗賊の片棒を担ぐような真似を……」
 信じられないと言うような表情でいるスタイナーの目は真っ直ぐハクエの瞳を捉えている。
 スタイナーの疑惑は当然だ。女王陛下直々に王女を守るよう命ぜられている筈の者が、彼女を誘拐しようと企む盗賊に手を貸しているとなれば、困惑するのも無理は無い。ハクエだって、逆の立場だったら同じような事を思うだろう。
 けれど、このタイミングで事実を打ち明けたとしてもきっと信用されないし、更なる不信を買いかねない。対処に困ったハクエは、ジタンに視線を投げて助けを求めた。
 それを拾ったジタンがスタイナーに声を掛ける。
「おっさん、今はそんな事話してる場合じゃないだろ。さっさとビビと合流して、ガーネット姫を助けにいこう」
「む……」
 物言いたげにハクエを見続けていたスタイナーだが、ジタンに促されると手甲を嵌めた両手をきつく握りしめて歩き出す。
「姫さまを助け出した暁には、全て話してもらいますぞ」
「……わかったわ」
 ハクエの意図を知ろうとするスタイナーには悪いが、彼女を目的地に送り届けるまで下手に喋るわけにはいかない。
 気まずい沈黙が三人に降りかかる中、ジタンはビビの居る部屋の扉を開けた。
「あ……ジタン」
「待たせたなビビ、お姫様救出大作戦だ!」
 ビビも目が覚めていたらしい。ベッドの上にちょこんと可愛らしく腰掛けていたビビは、一行が部屋に入ってくるのを見ると身体をそちらに向ける。
 そんなビビに態とらしく明るい声を上げたジタンは、大きくウインクをしてみせた。
「よかった、気をつけてね!」
「おまえにも一緒に来て欲しいんだ」
「えっ、ボクが……!?」
 ジタンの言葉にホッとしたような表情を見せたビビだが、続いた言葉に今度は怯えたような表情になる。
「ボクなんかついて行っても、きっと何の役にもたたないよ……」
 尻込みするビビの前で膝をついたのはスタイナーだ。ビビと視線を合わせると、静かに語りかける。
「いや、ビビ殿の黒魔法は森のモンスターに有効であった。こんな半端者の盗賊よりずっと頼りになるのである」
 半端者と言われたジタンはむっとした表情を作るがハクエに腕で押されて閉口する。
「で、でも、ボク、自信がないよ。さっきだって怖くて動けなかったし……」
「姫さまのため……いや、アレクサンドリアの為にビビ殿の力を是非貸していただきたい!」
 静かだが、強い口調で語りかけるスタイナーの隣で膝に手をついて屈みこんだジタンも同様に口を開く。
「責任を感じるなら自ら行動する、それが男ってもんだろ、ビビ? さあ、化け物は待っちゃくれないんだ、早くガーネット姫を助けに行ってやろうぜ」
「う、うん。足手まといにならないようにがんばるよ」
「かたじけない、ビビ殿」
 おずおずと頷いたビビに、胸に手を当てて頭を下げたスタイナーは安心したように笑んだ。
 帽子を直して立ち上がるビビに、スタイナーも立ち上がる。
「大丈夫だよ、ビビ。みんながいるし、私もいる。ガーネットを助けて、さっさと森から抜け出しちゃおう」
 スタイナーと入れ替わるようにしてハクエがビビの前にしゃがみ込んで微笑みかければ、ビビは頷いてくれた。頭を撫でて、頑張ろうねと声を掛けて立ち上がる。
「よし、それじゃあ行くか!」
 話がまとまったのを見たジタンは再び明るい声を出して一行の士気を高めると部屋を後にし、ハクエもそれに続いた。

 既に森へ行く支度を整えていたらしいジタンが必要最低限の荷物を肩に掛け、出入口代わりに使用している大穴へ向かうとその横で壁に持たれていたブランクが片腕を伸ばして歩みを止める。
「ったく、カッコつけやがって。そんなにあの女が気に入ったのか?」
「知ってるだろ、困ってる女をほっとけない性分なんだよ、オレは」
 呆れたように声を掛けるブランクに、ジタンは胸を張って答えた。
 ジタンの後ろにいるハクエとスタイナーは、それは胸を張って言う事ではないだろうと内心思っていたが、口には出さずに二人のやりとりを静かに見守る。ブランクはその答えを想定していたようで、態とらしい溜め息を吐いてみせた。
「お前のそのストレートな性格、ほんとムカつくぜ……」
「はっはぁ〜ん、お前、オレがガーネット姫と仲良くなるのが面白くないんだな?」
「くだらねえ……興味ねぇな」
「おい、なんでそこでハクエを見るんだよ」
 わざとらしい態度で茶化すジタンにブランクは興味無さそうに返したが、頭に巻かれたベルトの下で見え隠れする視線がちらりとハクエに投げかけられたのをジタンは見逃さなかったようだ。
 視線を遮るようにハクエの前に立ったジタンはブランクの顔を覗き込む。
「うるせえな。ほら、コイツを持ってけよ」
「ホレ薬なんてオレには必要ねぇよ。これ以上モテちゃったら困るだろ?」
 ブランクがぶっきらぼうに差し出した薬を見てジタンは照れたように首を掻くが、その場にいた全員からの冷たい視線を受けてそっと腕を下ろした。
「はぁ……そんなんじゃねぇよ、こいつはハクエ達が喰らったタネを取り除く薬さ」
「な〜んだ、そういう事なら早く言ってくれよ、ブランク!」
 心得たとばかりに薬を受け取ったジタンは大事にそれをしまいこむ。
 人の話を聞こうとしないジタンの態度に、いよいよブランクは片手で頭を抑えこんでしまった。ハクエと、流石のスタイナーも内心ブランクに同情する。
 ビビはと言えば、おろおろと二人のやりとりを見守っているだけだ。
「お前がいつも人の話を聞かないからだろーが! それと、これはボスからの伝言だ」
 先程よりも長く深い溜め息を吐いてみせたブランクは、息を吸うとゆっくりジタンに言い聞かせた。
「ジタン、俺達タンタラスを離れても腕を磨き続けろよ。お前はもっともっと強くなれるぜ、気ぃつけて行けよ」
 きっと、言葉こそボスの述べたものではあるが、それにはブランクの思いも乗せられているのだろう。
 静かにそれを聞いていたジタンは、ブランクが伝言を言い切るとくすぐったそうに笑った。
「ありがとよ、ブランク。こんな所でくたばるんじゃないぞ!」
「チッ、二度とそのツラ俺に見せるな……」
 ばしばしとブランクの肩を叩いたジタンは威勢よく船の外に歩き出した。
 スタイナーとビビもジタンに続き、ハクエも後に続こうとした所、ふいに腕を引かれその場に留まる。
「ブランク?」
 振り向けば、ブランクがじっとハクエを見つめていた。じっとハクエの顔を見据えた後、腰に収まっているガンブレイドを見て口を開く。
「こんな細い腕で、よくそんなモンが扱えるな」
「またその話? こう見えて、私は結構腕が立つのよ?」
 先ほども似たような言葉を聞いた気がするハクエは少し頬を膨らませてみせた。
 大人びた性格と裏腹な子供っぽい仕草にブランクは苦笑すると、真剣な眼差しでハクエを見据えて静かに言った。
「……あのバカを頼んだぞ」
「……仕方ないから、頼まれてあげる」
 素直になれないブランクの、不器用に仲間を思う温かさに触れたハクエは、柔らかく微笑んで頷くのであった。



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