山の向こうに、ある村があると聞いた。
水に恵まれ、山には実や薬草が、田畑には米も野菜もよく実る。
しかし、そこの村は時が狂うという噂だ。
ある旅人は、村に入った時間と出て行った時間が同じだと言う。
そしてある村の者は10の年も取らずに皺が増え、最後は衰弱して死んだ。
旅の者達には影響は無いとはいえその村を恐れ、近付かないようになった。
そこは、狐のように騙す村だと。
「ここか」
前の村から8つほどの山を抜け、久しぶりの普通の地面を歩く。
山から降りればすぐそこに、村があった。
話では田畑などが豊かな場所だと聞いたが、田畑は枯れ、荒れていた。
ここから見える家は木が腐り、今にも倒れそうにまで歪み、草に埋もれていた。
「話とは違うな」
しかし水が豊かなのは間違いないのか、近くから滝の音が聞こえる。
村に入ってすぐの道を歩くと、あることに気付いた。
「ここには若いもんはいないのか」
歩く者は皆年寄りばかり。
若い者は見かけない。
時が狂う村、それは本当に聞いた通りなのか。
「ここには若いもんはいないんですか」
座っていた老婆に尋ねると、驚いた。
「珍しいね、若いお兄さんがここに来るなんて」
「その声は…」
その老婆の声はとても若く、子供の声のようだった。
「私はこう見えて14歳だよ、お兄さん」
にこりと目尻に皺を増やして笑う老婆は、この姿には急に変わったらしく、自分よりも年下だと言う。
しかしその姿で自分よりも年下と言われると、変な気分だ。
「ここは時が狂う村だと聞いたんだが」
「…ああ。親に聞いたところ、この村にあの家の子が来てからだよ。この村がおかしくなったのは」
「子供か?」
「いや、確か歳は18だったようだよ」
「だった?」
裏のありそうな言葉を聞き返すと、その少女は話し出した。
「歳を取らないんだ。あいつは20年以上前からここに住んでる。でもあいつの姿は来た時と変わらないまま」
「……」
「あいつが来てから村人に妙な事が起こるようになった。10にもならない子供が急激に歳を取り、やがて衰弱死していった」
聞いた話と同じだ。
「何人も何人もそうやって死んで行ったけど、ある人は赤ん坊に戻っていき、しまいには消えていなくなった」
そして私の父も、衰弱死して死んだ。
母は私より若くなってしまった。
今じゃ、どっちが母で子か。
私の死期も近いかもね。
少女は話を終えると、ふう、と息を付くと立ち上がった。
「疲れたから帰るよ。こんな体になってから、体にも老いがきてしまったんだ」
ああ、そういえばお兄さんは旅の人?と少女は聞いてきた。
「ただの蟲師さ」